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54話

 それから、アレーネさんが店の表に『CLOSE』の札を掛け、俺達はそれぞれに装備や道具を整え、再び喫茶店内に戻ってきた。

「うわー、ホントに『異世界間よろずギルド』なのねー……ほぇー……」

 そんな俺達の様子を見て、リディアさんは感嘆らしきため息を吐いている。

「……って、ところで私の世界の場所、分かるん?」

「ああ、それは大丈夫だよ。依頼人としてあのドアから入ってきた人の世界については情報がある程度分かるから」

 ああ、そういう仕組みになってるのか。

 ……後で聞いてみたら、そうでななくても、ペタルの腕があれば『会ってじっくり観察すれば、その人の世界に行く』位の事はできるらしいのだが。

「行きたい世界に自由に行けるっていいなあ。私のはどーも、そこんとこ気まぐれで」

 リディアさんは隠すことなく、左の二の腕に嵌めた黄金細工の腕輪を見せてくれた。

「気まぐれ?」

「ん。気まぐれ。……『とりあえず他の世界に行く!』って事はできるんだけども……どこに連れてってくれるかはこいつの気任せ風任せ」

 ……。

「それ、元の世界に帰る時は……?」

「ま、気任せ風任せ運任せ。大体20回ぐらいやってれば大体は家に着くかなー、ま、運悪いと50回ぐらいやらされるけどなー」

 それは……それは、怖い。

 目的の世界に行けないってだけじゃない。下手すると、全く以て自分の肌に合わない世界に飛ぶこともあるということだろう。

 ……ギャンブルだ。ギャンブルでしかない!


「えーと、じゃあ、いくよ!アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『グラフィオ』!」

 ということで、リディアさんの足を使うのではなく、素直にペタルの『世界渡り』で俺達はリディアさんの世界……『グラフィオ』へと旅立ったのだった。




「……おお。この世界は悪くない」

 グラフィオに着いて一番、オルガさんが顔をほころばせた。

「ぼくもこの世界、好き。ソラリウムとは違うけど、ちょっと似てる気がする」

 そして一方、イゼルもグラフィオが気にいったらしい。

 イゼルの故郷であるソラリウムはオルガさんと相性が悪かった訳だが……こういうこともあるんだな。

「あ、今回は全員だいじょぶみたいだねー!わーい」

 泉が全員を見回して、ぴょん、と嬉しそうに飛び跳ねる。

 そういえば、全員相性が悪くない世界は久しぶりだな。

「えーと、とりあえず私の家、行く?ってことでいいの?これいいの?」

「ええ、そうね。お願いしてもいいかしら、リディア嬢」

 アレーネさんがリディアさんにそういうと、リディアさんは明るい笑みを浮かべて頷いた。

「よしきたーっ!じゃ!7名様ごあんなーい!……ま、なんもない家ですが。へへへ」

 とりあえず俺達は、リディアさんの案内に従ってリディアさんの家へ向かう事にした。

 ……その道中で、『妙な連中』と遭遇できれば儲けもの。そうでなくても、手掛かりは得られるかもしれない。




 グラフィオの街並みは、『自然と共存している、やや技術力の低いトラペザリア』と言うべきかもしれない。或いは、『明るくからりとしていて、魔法の代わりの技術が発達したピュライ』。

 石畳の通り。レンガの街並み。通りの脇や家屋には花や雑草が元気に顔を見せている。

 通りの一部は大きな木を迂回するように曲がっていたり、逆に、木の根に侵食されて石畳が盛り上がったり、割れたりしている箇所もある。

 グラフィオの自然は、自然と生活に溶け込んでいるらしい。

 逆に、金属や機械類が無いのかと言われれば、そんなことも無い。

 蒸気機関らしい機械はあちこちに見られたし、蒸気を運ぶためのパイプや、動力を伝える為の歯車やピストンも、街のあちこちに存在していた。

 ただし、それらは程よく錆びて、レンガの街並みに溶け込んでいるため、嫌に目立つということもない。

 全体的に調和のとれた街並みだ。

 ……そして、それらの景観には、人が居る。

 買い物に出てきた主婦。人の間を縫って駆けまわる子供。往来の脇で椅子に座って新聞らしきものを読む老人。

 果物を売る店からは元気な売り子の声が聞こえ、惣菜を売るらしい店からは少年が注文する声が聞こえる。

 とにかく、明るくて活気がある。そして何より、平和だ。

 グラフィオの街並みからは、そんな印象を受ける。




「じゃーん!ここが私の家でーす!」

 そしてそんな街並みを歩いた先に、リディアさんの家はあった。

「わー、秘密基地みたーい!」

 泉の感想は的を射ている。

 なんというか……狭い路地裏にある、外観からして狭いであろう住居。パイプや機械類が壁を這い、その上を植物の蔓が這う。薄暗く、こじんまりとした家は……確かに、『秘密基地』めいた趣がある。

「……ささ、遠慮なさらずにどうぞどうぞ、入って入って。お茶っくらいは出すからねー」

 リディアさんに促されて、全員、家の中に入る。

 ドアを開けると……そこは、日本のワンルームアパートめいた空間だった。

 端的に言えば、狭い。

「わあ……落ち着く……」

 イゼルが落ち着く、と言うのは恐らく、『狭い所が落ち着く』みたいな感覚なんじゃないだろうか。

「部屋の中もパイプでいっぱいだね」

「まー、機械動かそうと思ったらどうしてもなー、こーなっちゃうのはしょうがないっていうか。そのせいで狭いけど、1人で居る分にはそんなに気にならないし、まーいっか、て」

 リディアさんの言う通り、室内には幾らかの機械がある。

 工作機械らしいものや、ストーブのような生活用品らしいものなど、種類も様々だ。

「で!こっちが私のお宝!」

 俺達が室内を見ていると、突然リディアさんはそう言って、パイプの隙間の何かを操作した。

 ……すると。

「……本当に秘密基地、ってかんじだな!」

「へへへー、でしょでしょ?いいでしょこれいいでしょ?浪漫でしょー?」

 突如、蒸気が吹き出す音と共に、床と壁の一画が動いた。

 がしゃん、がしゃん、と、ピストンの音が立て続けに響き……そこには、ぽっかりと穴が開き、下り階段がその中へと続いていた。


 秘密の地下室の先には、不思議なものがずらりと並んでいた。

 繊細な銀細工の鳥籠に水晶の蝶が閉じ込められたもの。

 流れる水で作ったような、奇妙に内部が動いて見える透明な笛。

 宝石で作られた天球儀。

 複雑な幾何学模様を彫りこまれた金属の立方体。

 ……何に使うのか、何の為の物なのかもよく分からないが、とにかく不思議と目を惹きつけられるような、そんなものが並んでいた。

 だが。

「……これなに?」

「あー、呪いの仮面!って売り込みで売ってた仮面!……被らん方がいいよー?なんてったって、私はそれ被った翌日、屋根の修繕してたら落ちてえらい目に遭ったからねー」

 ……『呪いの仮面』らしい、木彫りのおどろおどろしい仮面とか。

「リディア様、これは銃ですか?」

「あー、それね、寿命を弾にする、っていう銃。怖いから使ってない」

 そんなのとか。

「こ、これ、なんだろ……?」

「イゼルちゃーん、触らんでね。それ、古代のカビ。古代のっつってもカビはカビ。ばっちいよ」

 ……果てはそんなものまで、並べてあるのだ。

「ま、いちお、ドロボーが入った時の保険、っていうんかな。変なもんも混ぜておいてる!」

「……それ、なんか……もうちょっとなんか、なかったのかな……?」

 ペタルが頭を抱える気持ちがよく分かる。


「とりあえずこの部屋の防犯はもう少し強固にしておきましょうか。武器になりそうな物もあるものね。リディア嬢が狙われている以上、この部屋のものも守っておくべきだわ」

 アレーネさんがそう言うと、すぐにニーナさんが進み出た。

「マスター・アレーネ。お任せください。バニエラの防衛システムを蒸気機関に組み込むことができます。正規の行程を経ない侵入者に対してのシールド展開、不正なアクセスを試みた侵入者に対しての光学兵器の使用等のセキュリティシステムであれば、数時間もあれば十分です」

 つくづく、こういう時のニーナさんは頼もしい。

「そうね。じゃあ、ニーナ、お願いできるかしら。……リディア嬢、この部屋の守りを強固にしたいのだけれど、いいかしら?」

「お、おー?よくわかんないけどなんか凄そうな気配はする!ん!よろしくお願いしまっす!」

 リディアさんは今一つ、『セキュリティシステム』の内容が分かっていないらしかったが、とりあえず許諾は得られたので室内の改造を行うことになった。


「じゃあ、私とニーナが残ろう。私も多少、機械類の操作には心得があるからな!」

 ニーナさんと一緒にオルガさんも残って改造作業を行うらしい。

 オルガさんはメカニックではないが、それでも自分の『応急処置』ができる程度の知識と技術は持っている。

 それに、部屋を改造するのだ。力仕事も多いだろうし、そうなればオルガさん以上の適任は居ないだろう。

「作業するにしても、この狭さだ。他の皆は散策でもしていてくれた方がいいかもな」

「そうね。じゃあ、ここは2人に任せて、私達は外を見ていましょうか」

 そして、狭い室内で作業するのに、俺達が居ると邪魔になる為、俺達は外に出ることにしたのだが。

「あ!なら案内!案内する!させて!へへへ、この辺りにめっちゃ美味しいケーキ出すお店が……」

「ちょ、ちょっとまって、リディアさん。いいの?他人2人を家の中に入れておいて、外に出ちゃって」

 リディアさんは、さも当然、というようにニーナさんとオルガさんを自宅に残していこうとしている。(しかも宝物庫の改造をする2人を、だ。)

 もう少し警戒されると思っていたんだが。

「へ?……あー、そっか、そーね、確かに言われてみれば不用心かー……いやいやいや、でも、皆さんは飢え死に一歩手前の私の命の恩人!そんな恩人達だから……万一、家の中の物ぜーんぶ盗まれたとしても、御礼って事であきらめもつくし、まあ、いいや!もってけドロボー、ってなかんじで!」

 リディアさんはそう言って、ケラケラ笑った。

 ……リディアさんは、こういう人、らしい。




 俺達がそれを言うのもおかしな話だが、一応、リディアさんにもっと警戒するように言い含めながら、俺達はリディアさんにグラフィオの街を案内してもらう事にした。

「えーと、あそこの雑貨屋は時々変なモン入れてるから、興味あったら見てみ。それからあっちの花屋で売ってるハーブティーはイケる!あ、そっちの喫茶店はハズレ。高いし不味い!」

 リディアさんの街案内は、終始こんなかんじであった。

 リディアさんの主観に基づいて紹介されるので、逐一評価がはっきりしていて小気味良い。

「ハーブティー、後で飲みに行こうかな」

「茶葉を分けてもらえるならアラネウムで出してみてもいいかもしれないわね」

「あはは、そしたら異世界カフェもできるねー!いろんな世界のお茶、揃えとくの!わー、それも楽しいかもー」

 ペタル達は楽し気にそんな相談をしている。

 喫茶店にまで異世界要素が入ったら……確かに、それはそれで楽しそうな気もする。

 異世界にはその世界にしかない美味があったりするのだ。それらを楽しめる喫茶店も悪くないかもしれない。


「それからー、あの果物屋はよくオマケしてくれ……ん?」

 だが、そんな調子で街を歩いていると。

「……あ!あいつらっ!あいつらが私の鞄にヤケコゲつけてくれよったフトドキ者だーっ!」

 リディアさんが唐突に叫び、道の向こうを、びしり、と指さした。

 その先には……フードを目深に被った人数名と、同じくフードを被った、巨体。

 サイボーグか!

「……リディアさん、私達の後ろに居て」

 ペタルは静かにそう言いながら、杖を構える。

 真剣なペタルの様子に、リディアさんが大人しく後ろへ下がると……敵も俺達に気付いたらしい。

「来るわよ!さあ皆、依頼人には怪我一つさせないで頂戴ね!」

 アレーネさんの声と同時に、敵からの攻撃が開始した。


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