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53話

 カウンター席に座る女性は、一心不乱に……ストローを吸っていた。

 ストローが刺さっているのは、大きなグラス。普段、喫茶アラネウムではパフェを盛ったりするのに使うものだが、今、そこにはミックスジュースらしいものが注がれていた。

 ……女性の周辺には、空いた皿が幾つも積まれている。恐らく、この女性が食べたのだろうが……凄い量だな。

「……ぷはっ!」

 そして女性はグラスの中身を一気に空にして、満面の笑みで顔を上げた。

「ごちそーさん!やー、生き返ったわー!」

 ケラケラ笑いながら女性は椅子の背もたれに寄りかかって伸びをする。そしてまた「はー」と至極幸せそうに息を吐くのであった。

 ……女性の容貌は、見るからに異世界人である。

 肩までの長さの赤みがかった茶髪は癖毛らしく、綺麗に跳ねている。

 ウォーターグリーンの瞳は幸福感と好奇心に輝きながら店内を見回している。

 そしてその服装は……『探検家』といった印象だろうか。

 ベージュ色の上下、歩きやすそうなブーツ。ベルトには小さなランプや鞄、ナイフやロープといった道具がつけられている。椅子の傍らに置かれたバックパックには、更に多くの道具が詰め込まれているのだろう。

 ……そしてそれらの恰好の中で目立つのが、金細工の腕輪だった。

 半袖の服の下からちらり、と見える腕輪は、探検に向く代物には思えない。ちらりと見えるだけで、繊細な細工とそこに嵌めこまれた宝石が分かる。異世界のお姫様が身に着けていそうな腕輪に思えるが……。




「さて、リディア・ローリス嬢?お話の続きをお願いしてもいいかしら?」

 満腹感からか、瞼を緩めかけていた女性……リディアさん、というらしい人は、慌てて目を開いた。

「あ、あー、うん。もち。えーと……どこまで話したっけ?」

「あなたが冒険家で、『色々な世界を旅してまわってる』ってところまでね」

 いきなり出てきた言葉に、思わずまじまじとリディアさんを見てしまった。

『色々な世界を旅してまわってる』ということは……『世界渡り』ができる、ということだろうか?

 ……ということはもしや、さっきの腕輪は『世界渡り』の為の道具、か。

「ついでに、あなたが2日あまり、碌な物を食べていなかったことも聞いたけれど」

「あー、うん、食べたモノっていや、苔、虫、苔、水、水、霞、新鮮な空気、夢、希望……ってそれは置いといて……あー……えーと、じゃー……とりあえず、ここに来た経緯、ってことで、いい?オッケー?」

「ええ。どうぞ」

 アレーネさんが促すと、リディアさんは椅子に座りなおしてから話し始めた。

「ズバリ!この私、リディア・ローリスがここに来るちょっと前!……どっかの世界のどっかの遺跡でたっぷしお宝ゲットして!ほくほくしながら家に戻ったら!変な人達が待ち伏せてて!荷物寄越せとか脅されて!追っかけられて!逃げてましたーっ!……んで、近所の警邏隊駐屯所の扉開けたら喫茶店でびっくり。やー、冒険者やってて長いけど、こんだけびっくりしたのは初めて」

 ……。




 元気かつハイテンションに告げられた『ここまでの経緯』になんとも言えない気持ちになりつつ。

「えーと、変な人達、ってどんな人だった?」

 ペタルが尋ねると、リディアさんは、うーん、と眉間に皺を寄せて少し考え……そして、笑顔になって答えた。くるくる表情の変わる人だ。

「なんか変なフード被った連中!中に1人、えっらいごっついのが混じってた!」

「えっらいごっついの」

「えっらいごっついの!……あー、そこのおねーちゃんよりでかかったなー」

 リディアさんの言う『そこのおねーちゃん』とは、言うまでもなくオルガさんである。

 ……それは。

 それは……もしや。

「あー、そのえっらいごっついの、なーんか変な技使ってきて……鞄のココ!焼け焦げてんのはそいつがぶっぱなしてきた光みたいな奴のせいで……ああん、お気に入りなのにぃ」

 もしや……それ、『えっらいごっついの』とは……サイボーグ、だったのではないだろうか?




「……ビームを放つごついの、か。ま、短絡的に考えちまえばトラペザリアの正規軍の武装と同じサイボーグ、なんだろうがなあ……シンタロー、どう思う」

 オルガさんが声を潜めて、リディアさんに聞こえないように俺に聞いてくる。

「だとするとリディアさんはトラペザリアの正規軍に狙われていることになりますよね」

 俺も声を潜めて返すと、オルガさんは腕組みして唸った。

「……あいつも反乱軍か?」

「それはないと思いますけど」

 短絡的にもほどがある。

 短絡的は短絡的でも、もう少し、筋道を通しながら考えるならば……。

「リディアさんは『世界渡り』ができるみたいですから、それ目当てだったのでは?」

 俺が言うと、オルガさんは、おお、とばかりに顔をほころばせた。

「あー、それだ。それだな。きっと。……勧誘か、『世界渡り』の魔道具の回収か、同業者潰しかはさておき、な」

 そしてオルガさんはリディアさんの様子を窺う。

 リディアさんは今、泉とイゼルを相手に冒険譚を語っているところだった。中々に社交的で陽気な人らしい。

「……冒険家、ねえ。ま、リディアがもしアラネウムに来るようなことがあったら、『世界渡り』要員がもう1人増えて便利なんだがなあ……戦闘力は期待できないか?」

「どうでしょう。色々な世界に行っていたら嫌でも戦闘になる気が……」

 少なくとも、うっかりトラペザリアのような世界に行ったら、1日に1回は戦闘する羽目になるんじゃないだろうか。




 そんな折、リディアさんの話を聞いていたイゼルがふと、鼻を動かした。

「わ、わわわっ……何?え、どーしたん?えっ?臭う?」

「ああ、ごめんね、リディアさん。イゼルは鼻が良いんだ。別にリディアさんが臭う、とか、そういうわけじゃないよ」

 戸惑うリディアさんと解説するペタルのやり取りの間に、イゼルはリディアさんの匂いを嗅ぎ終わったらしい。

 顔を上げて、イゼルは首を傾げた。

「えっと……そ、その……昨日の、金の器と、同じ世界の匂いがする気がする……」




 イゼルの確認の為、もう一度黄金の杯を持ってきた。

 イゼルは黄金の杯の匂いを嗅いで、それからもう一度リディアさんの匂いを嗅ぐ。

「うん。同じ世界の匂いだよ!この金の器、リディアさんの世界のものだと思う!」

 得意げに尻尾を振るイゼルの言葉に、俺達は顔を見合わせる。

 ……つまり、俺達がトラペザリアで戦ったサイボーグは、リディアさんの世界の道具を持っていた、ということで……。

「あああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 そこへ唐突に、リディアさんの上げた声が響く。

 俺達が驚き固まっていると、リディアさんは俺の手にある黄金の杯に近づいてきて、目を丸くして観察し始めた。

「こ……これっ!これは間違いなく『命の器』っ!古代の神秘の力の粋っ!伝説にのみ名を残すお宝……!ちょ、もーちょいよく見せてーっ!」

 興奮しているリディアさんに黄金の杯を手渡すと、リディアさんは慎重に黄金の杯を受け取り、そして、丁寧に観察し始めた。

「はーっ……ホントに出会えた……伝説の……ひゃー……」

 そして感動のため息を吐きながら、まじまじと、それはもう穴が開くほど黄金の杯を見つめ、それからふと、真剣な顔をして、黄金の杯の柄を握った。

 すると、黄金の杯の中に、輝く水が湧き出てくる。

「……命の水!あああああ、伝説は本当だった!なんて……なんて幸運っ!こんなところで巡り合えるなんてーっ!」

 リディアさんはそんな調子で、ひたすら感動しきっていた。本当にころころと表情の変わる人である。

 しかし、リディアさんの世界、か。

 黄金の杯はイゼルも使えていたから、リディアさんの世界はソラリウムに近い世界である可能性が高いが……どんな世界なんだろうか。




「……さて。リディア嬢。あなたのお話を聞いていて思ったのだけれど、あなた、妙な奴らに狙われているのよね?荷物を狙われたらしいけれど、心当たりはあるかしら?」

 リディアさんの感動が一段落したところでアレーネさんがそう言うと、リディアさんは神妙な顔で頷いた。

「ん。ばっちしある。……ほらー、なんてったって、私は冒険家、リディア・ローリス!とーぜんながら、渡り歩いた世界のお宝はこの鞄の中にあるわけでーす!」

 ……成程。

 つまり、『妙な連中』が狙っていたのは、リディアさんが持っている『色々な世界の道具』か。

 それならば納得がいく。トラペザリアで戦ったサイボーグとのつながりも浮かび上がってきた。


「そう。……でも、恐らく相手も色々な世界を飛び回れるのでしょうね。ということは、もしかしたら、これから行く先でも狙われるかもしれないわね?」

 アレーネさんがそう言うと、リディアさんはおどけるように震えてみせた。

「ひぇー、それは勘弁!……いや、割と覚悟の上だけどもね?なんてったって、あの妙な連中に出くわすの、これで2回目だし、ま、2度ありゃ3度ありますわなー」

 リディアさんは割と肝が据わっているらしい。

 レーザービーム搭載のサイボーグ相手でも、『覚悟の上』か。ということは、戦闘力もそこそこあるのかもしれないな。

「そうね。でも、覚悟しているとは言っても、面倒には違いないでしょう?……ねえ、その妙な奴らをどうにかするの、私達に手伝わせてくれないかしら?」

「へっ?」

 アレーネさんが一層笑みを深めると、リディアさんはきょとん、とした。

「手伝う?って……えっ?ま、まさかあの妙な連中どーにかできるん?できるん?」

「その可能性は高いわね。……実は、私達もその妙な連中を追っているのよ。ということで、利害は一致しそうだし、共同戦線、っていうのはどうかしら?」

 アレーネさんの言葉に、リディアさんが勢いよく身を乗り出した。

「おおー!いい!すごくそれいい!共同戦線っ!……是非!是非よろしくお願いしますっ!アレーネさんっ!」

 リディアさんはアレーネさんの手を握り、ぶんぶん、と上下に振った。

「よっしゃー!これで身の安全が手に入るーっ!サンキュー神様!アレーネ様!やーった!そんじゃーよろしくお願いしますっ!私にできる事はやるから、なーんでも言ってねー!」

 ……リディアさん、とにかく、話が早くて助かるんだが……こう、どうにも、元気が良すぎるくらいに良い人だな……。


 だが、これでとりあえず、一本の『糸』を手繰り寄せることができた。

 リディアさんの持つ道具を狙う連中。トラペザリアのサイボーグ。

 ……恐らくは、異世界間を渡り歩いて武器を集めて、異世界を侵略しようとしている連中だろう。

 リディアさんからもたらされたこの『糸』を手繰っていけば、そいつらの実態を暴くことができるかもしれない。


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