51話
それから夕食の席で。
俺とオルガさんとで、トラペザリアで戦ったサイボーグについて話した。
ニーナさんが使っていたのに酷似したシールド、黄金の杯。そしてあのレーザービームについても、オルガさん曰く「トラペザリアの物じゃない」とのことだったので、恐らくは異世界の武器だったのだろう。
「で、これがその実物だな」
そしてオルガさんはテーブルの上に、金細工のワイングラスめいた例の物を置いた。
「回収してたんですか」
「まあ、そのくらいの理性は残ってたぞ」
てっきり、これもオルガさんが叩き潰してスクラップにしてしまったかと思っていたが。
「ちょっと見せてもらえるかな」
ペタルが黄金の杯を手に取って見始める。
それから杯を傾けたり回したりしていたが、輝く水が杯から溢れることはなかった。
「……んんー……多分これ、ピュライのものじゃ、ないと思うな。回復させる水を出す魔道具だったんでしょう?ピュライの魔道具なら、水と治癒と創造のオノマでできているはずだし、それなら私にも使えると思うから」
成程、ということは……アウレのものか?
「あ、シンタロー、これ、アウレのじゃないからね。アウレので水がでる奴だったら、私にも使えるもん!」
と思ったら、泉からもそう言われてしまった。
「……となると、私達が行った事のない世界のもの、と考えるのが妥当かしら?」
「ですが、マスター・アレーネ。トラペザリアで交戦したサイボーグはピュライやバニエラのエネルギーを用いたシールドとレーザービームを使用していました」
しかしここでニーナさんから指摘があった。
ちなみにニーナさんは既に修復済みだ。幸いなことにメモリの破損は無かったらしく、トラペザリアでの記憶も残っているとの事。
「そういや、シンタローは手袋で魔法のコピーしてたもんなあ。あれ、ピュライの魔道具じゃなかったら効かなかったのか?」
「後で実験しておきますけど、そうだったとしたら相当ぞっとしますね……」
俺の手袋……魔法を右手でコピーし、左手で再生する魔道具は、ピュライの古代の魔道具だ。ピュライの魔法にしか効果が無くて当たり前の代物である。
……やはり、あの戦い、俺達は相当運が良かったな……。
「そう……ということは、ピュライとも何らかのつながりがあったのは間違いないようね。あとは、この金の杯についても出どころを知っておきたいところだけれど……」
アレーネさんが顎に手を添えつつ思案顔をする傍ら、イゼルがふんふん、と鼻を動かした。
……そして、そっと手を伸ばして、黄金の杯を手に取る。
「……わ」
すると途端、イゼルの瞳が金色に輝き、灰色がかった髪や耳や尻尾がぶわっと逆立った。
「……あら、イゼルは使えるみたいね?」
イゼルが手にした黄金の杯の中には、光り輝く水が湧き出していた。
「え、こ、これ、どうしよう……」
「んー、飲んじまったらどうだ?水だろう?」
「い、いや、それはちょっとやめておいた方がいいと思うな……」
……とりあえず、イゼルが黄金の杯から湧き出させた光り輝く水は、適当な空き瓶に移すことになった。
「えーと、イゼルが使えたってことは、これ、ソラリウムのやつなのかなー?」
「泉様、それは早計かと。私はバニエラのアンドロイドですが、ピュライの道具もトラペザリアの道具もディアモニスの道具も使用することができます」
「うーん、ソラリウムと何かが似ている世界である可能性は高いけれど……分からないよね」
うーん、と全員で唸る。
……異世界の道具が出回っている、ということは、すなわち、『翼ある者の為の第一協会』のような存在がまだある、ということになる。
もし、トラペザリアの正規軍が独自に異世界の道具を調達しているのだとすれば、それは『不干渉』であるべきなのだろうが(その場合、オルガさんが異世界の武具を持ち込んで反乱軍として立ち向かう事に正当性が増す、とも考えるが)、もし、他の世界の何物かが『正規軍だけに』道具を与えている、というような事があるのであれば……アラネウムとしては、それを許すわけにはいかない。
「まあ、とりあえずはピュライから探りを入れることになるかしらね」
……だが、アレーネさんの言葉通り、とりあえずピュライから、ということになるだろう。
一番分かりやすい尻尾だし、そこから辿れば芋づる式にトラペザリア正規軍の武装の出どころが分かる可能性も高い。
「まずは、明日からピュライの調査ね。それから私達が動くかどうか判断しましょう」
アレーネさんがそう締めくくり、とりあえずこれからの予定は決まったのだった。
そして翌日。
「じゃあ、調査に行ってくるよ。よろしくね、ニーナさん」
「喫茶店はお任せください、ペタル様」
俺達はピュライに調査へと向かう事になった。
調査に赴くのは、俺とペタルとイゼルと泉の4名だ。
アレーネさんは店があるし、ニーナさんはそのウェイトレスとして残っている。オルガさんは……。
「……すまんがアレーネ、流石にこれは無理がある」
「あら、ごめんなさい。そうよね、流石にこれは入らないわね……」
……最近繁盛するようになった喫茶アラネウムは、ウェイトレス1人だと何かと手が回らないことも多いという。
なので、ピュライで隠密しにくそうなオルガさんも店に残ることになったのだが……。
「……そもそも、私がウェイトレスの恰好をするってのは、なんだ。誰が得をするんだ」
オルガさんは、ウェイトレスの服が入らなかった。
当然だ。オルガさんは俺より身長が高い。ガタイもいい。当然だ。当然の結果だ。
「……オルガさん、スカートよりもパンツスタイルの方が映えるかもね」
「あ、じゃーさー、シンタローのやつ使えばいーじゃーん!」
「そうね……それがいいかもしれないわね。眞太郎君、いいかしら?」
「あ、それは勿論……」
……ということで、オルガさんは俺が使っていたウェイターの服を適当に調節して着ることになった。
後で聞いたところによると、客からは好評だったらしい。
うん、少なくとも、オルガさんがスカートにエプロン、っていうのは……誰得だ、とまで言うつもりはないが……何か、何か、こう、何かとても大切な何かが違うと、そう思う。ああ。
「じゃあ、いくよ!アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『ピュライ』!」
……いつものようにペタルが呪文を口にし、そしていつもの浮遊感の後、俺達はピュライの町はずれの森の中へとやってきた。
「うーん、ピュライもちょっぴり久しぶりかもー」
泉は今、普通の女の子のサイズになっている。今回は聞き込みが大半になりそうなのでこの恰好、ということらしい。
「ここがピュライ……霧と森の匂いがする……」
イゼルはフード付きのケープを着込んで、頭の耳を隠している。
「一応、気を付けていこうか。まだ『翼ある者の為の第一協会』が居ないとも限らないし、私はそうでなくても追われてそうな気もするし……」
ペタルもケープのフードを目深に下ろして顔を隠している。
正体に気付きにくくさせる魔法を掛けているらしいので、あまり心配ない、とのこと。
……ピュライにペタルと一緒に行くことについては、当然リスキーな行為だと理解している。ペタルは実家からも、『翼ある者の為の第一協会』の残党からも真っ先に狙われるだろうから。
だが、それ以上にピュライの土地勘があり、ピュライ人であるペタルを連れていくメリットが大きい。
逃げることは割と簡単にできるはずだ。『世界渡り』もテレポートもある。ペタルだけでなく俺もそれらを使えるし(手袋に『世界渡り』をコピーしておいた)、いざとなったら、泉が古代遺跡でやっていた水玉の魔法を保険として使えばいい。
「じゃあ、いこうか。……とりあえず、エンブレッサの所かな?」
俺達はペタルの先導の元、一緒に街に向かって歩き始めた。
ピュライの街を歩くのは2度目だ。
そして1度目と同じような道を辿って、俺達は『エンブレッサ魔道具店』を訪ねた。
「エンブレッサ、居る?」
からん、とベルを鳴らしながら店のドアを開け、ペタルは店内に声をかけ……そして、眉をひそめた。
「……エンブレッサ……」
エンブレッサさんは昼間から飲酒していたらしい。
傍らにジョッキを置きながら、カウンターに突っ伏して寝ていた。幸せそうな顔だった。何よりだ。
「起きて、エンブレッサ!」
「んうう?……んっ?あらー、ペタルじゃないのよー……んーん」
揺り起こされたエンブレッサさんは緩慢な動きで上体を起こすと、大きく伸びをした。
「……はあ。よし、気合入ったわ。で、何をお探しかしら?」
伸びたら目が覚めたらしい。なんというか、さっきまで寝ていたというのに、切り替えが早いというか。
「ええと、今日は買い物じゃないんだ。魔道具が欲しい訳じゃなくて……情報が欲しくて」
「情報?尋ねもの、ってこと?……ちょっと待って頂戴ね?」
エンブレッサさんの目がきらり、と光る。それと同時に、カウンターの内側にあったダーツボードのようなものからダーツのようなものを抜き取り、刺し直した。
……ダーツボードには『開店』『準備中』といった文字が並んでいるらしい。そしてエンブレッサさんがダーツを刺し直したのは『準備中』の位置。
「はい、これで人払いはオーケーよ。さあ、どうぞ」
どうやら、店の表の看板と連動しているらしい。……或いは、看板だけでなく、何らかの魔法も連動しているのかもしれないが。主に、防御とか、そういうかんじの。
しっかりと準備された中、ペタルは声を潜めつつ、エンブレッサさんに尋ねた。
「最近、変な人が魔道具を買って行ったり、大量に買われたり……って事はなかったかな。特に、光のオノマを使う防御壁系の魔道具とか、光を集めて線にして飛ばす攻撃用の魔道具とか」
エンブレッサさんはペタルの問いに大きく頷いて、答えた。
「うん。悪いけど無いわね」
……。




