50話
1発。2発。
立て続けにオルガさんは敵サイボーグを殴る。
最高峰の装甲を纏ったサイボーグといえど、馬乗りになられて至近距離から殴られ続ければ無事では済まない。
そしてなにより、オルガさん自身に、相手を無事で済ます意思が無い。
俺が見守る中、オルガさんはひたすらに拳を叩きこみ続け、サイボーグがオルガさんの下で只の鉄屑同然となってもまだ、殴り続けた。
「……はあ」
オルガさんが体を起こしたのは、サイボーグがすっかり砕かれ、延ばされ、溶鉱炉へ投げ込む以外の用途を持たない只の『物』になってからだった。
「……ははは、疲れた」
オルガさんはそう言って天井を仰いだかと思うと……そのままばたりと、背中から床に倒れた。
「オルガさん!」
思えば、オルガさんは調整前の状態だったのだ。本来なら、戦闘なんてするべきではなかったはず。
そう思って駆け寄ってみたが……心配するほどのものでも無かったらしい。
オルガさんはくつくつと喉の奥で笑いながら、さっぱりした笑顔を浮かべていた。
「疲れたが、すっきりしたな、シンタロー!」
そして俺の目の前に拳を出す。
「……それは良かったです」
俺はオルガさんの拳に俺の拳をぶつけて、互いの労をねぎらった。
その後、オルガさんはふらつきながらも自力で手術室へと戻り、その間、俺はニーナさんを連れて一度アラネウムへ戻ることにした。
……襲ってきた敵サイボーグを1体倒しただけで警戒を緩めるべきではないのではないか、とも思ったのだが、それに関してはルナさんもオルガさんも「大丈夫」とのことだったので、ひとまず……酷いことになっているニーナさんをアラネウムへ移すことにしたのだ。
このままもう一度戦闘になりでもしたら、それこそ完膚なきまでにニーナさんがスクラップになってしまう。
サイボーグを倒したことで『世界渡り』を封じる魔法か何かも消えたらしい。俺は無事『世界渡り』を発動させることができた。
俺達は世界渡りすると同時に、アラネウムの、見覚えのある店内に移っていた。
「眞太郎!おかえ……に、ニーナさん!」
勿論、出迎えてくれたペタルには悲鳴を上げられたが。
「に、ニーナさん、大丈夫なの……?」
ニーナさんの代わりか、ウェイトレスの恰好をしていたイゼルも不安げに駆け寄ってくる。
「ペタル、イゼル、ニーナさんを頼めるか。とりあえずオルガさんのオーバーホールが終わるまでアラネウムに安置、っていうことで……」
「う、うん。それは大丈夫だけれど、眞太郎の方は大丈夫なの?私も戦力になりに行った方がいいかな?」
ペタルの申し出はありがたいのだが……少し考えて、すぐに結論が出た。
「いや、ペタルはここに居て欲しい。……ちょっとこっちも色々あって……」
今回戦ったサイボーグ。
あれはきっと、ピュライの魔法を使っていた。
つまり、『翼ある者の為の第一協会』のような……『世界渡り』やそれ同様のことができる団体が後ろに付いている可能性がある。
だからアラネウムに何かあった時のことを考えて、ペタルにはここに居てもらった方が良いだろう。
それに……やはり、トラペザリアはどうにも、危険なので……。
俺がトラペザリアへ戻ると、自動で動いているらしいロボットアームが工房の壁を修理しているところだった。
「ハアイ、お疲れ、シンタロー君」
そして、食堂の机に腰かけつつルナさんがお茶を飲んでいた。
「とりあえず、ありがとね。シンタロー君の活躍によって、無事、オルガの方もなんとかなりそうよ。今、ソフトの最適化中。……参っちゃう。あいつ、ソフトまでアンティークっつかオンボロなのよ?一々弄るのがめんどくさいんだっつの。ま、オンボロすぎてウイルスもクソも無いのが助かるけど……」
「ははは……」
あれか。サポート終了したOSを使ってるようなものか。そういうことなのか。流石だな、オルガさん。
「多分、しばらくは敵襲も無いでしょうし、この後は一気に作業が進むわね。多分、さっきのサイボーグ、正規軍の秘蔵の虎の子だったからね。それを潰されたとなりゃ、ちょっとは考えるでしょうよ」
ルナさんの言葉にほっとする。
流石に、これ以上そう何度も何度もあのレベルの敵と戦うのは嫌だ。
「……っつっても、予定してたより更に1日長く時間もらうけど。あいつ無茶したわねー、折角直した駆動系一式ダメにされたわ。はは。やり直しよ。参っちゃう」
ルナさんはやさぐれたような、しかしからりと明るい笑顔を浮かべた。
「……ね、シンタロー君。ありがとうね。……これでちょっとは浮かばれる、かな」
明るい笑顔をやや暗く、しっとりとしたものにさせながら、ルナさんは床を見やる。
そこには、戦闘に巻き込まれて壊れてしまった椅子の残骸があった。
……そういえばこの椅子、お気に入りだと、言っていたか。
「ああ、椅子なら気にしないで。戦闘になってこの被害なら上出来よ」
俺の視線に気づいたのか、ルナさんは手をひらひら振りながら言った。
「それに……まあ、椅子の制作者の敵討ちができた、わけだし」
ふう、と1つ息を吐いて、ルナさんは俺ではない誰かに向けて笑った。
「ちょっと昔話したい気分なんだけど、いい?」
「この街は昔っから正規軍の監視下にあるわけだけど、私が小さいころはまだこんなにひどくなかったのよ。リアルフードだって、そこそこ供給が行きわたってた。お誕生日にはハーフじゃなくって完璧なリアルのケーキ食べるのが楽しみだったわ。喧嘩はあっても、理不尽な殺しはそんなに無かった。サイボーグじゃなくたってそこそこちゃんと生きていけたし」
懐かしむように言いながらルナさんはカップを傾けて、中のお茶を飲んだ。
中に入っているのは、『貴重な』ハーフリアルフードのお茶であるはずだ。
「でも、変わっちゃってね」
ルナさんは右目に触れた。
その右目は、サイボーグの目だ。
「兵士でもなんでもない、ただのメカニックですら、サイボーグになんなきゃ生きてけなくなった。リアルフードなんて大金積んでも手に入らなくなったし、サイボーグの火力ばっかどんどん上がってって、戦闘はどんどん大規模に、おおざっぱになっていったし、人はゴミみたいに死ぬようになったし……噂じゃどっかに派兵するためにそうしてたらしいけど、実際はどうだか。……私の師匠がオルガをサイボーグにしたのもそんな時期だったわね」
……俺は。
俺はてっきり、オルガさんは『正規軍』を何らかの理由で退役した人だと思っていた。
袂を分かったのかもしれないし、その他の理由があったのかもしれない、と。
だが……違ったのか。
「で、ま……『反乱軍』がね、立ち上がったのよ」
「もう分かってると思うけど、オルガは元・反乱軍のメンバーね」
ルナさんはカップを傾けて、中身を空にした。
「ま、反乱『軍』なんて言っても、所詮は烏合のサイボーグの寄せ集め。……武器を違法に入手して、正規軍から寝返った技術者から技術貰って装甲作って、メンバー増やして、支援してくれる人増やして……でも全部、正規軍の最新武装とやらで消し飛んじゃった」
ルナさんはティーポットを傾けて、2杯目をカップに注ぐ。
そして再びカップに口をつけ、ため息を吐く。
「……シェルターの外のスラム街は全滅。反乱軍の拠点も消し飛んだし、そこに住んでたたくさんの人も消し飛んだ。……この椅子作った奴もそれで死んだわ」
ルナさんは机に腰かけたまま、床に落ちた椅子の残骸を蹴り飛ばした。
カコン、と乾いた音を立てて、木材が壁にぶつかって、床に落ちる。
「それからはシェルターの中に残った反乱軍を探しては殺す、っていう毎日ね。……その時から比べれば、今は大分マシかなあ。死亡確認されてない反乱軍メンバーなんて、もうオルガの他に何人いるかな、ってくらいだし、捜索の手もかなり緩んだから」
……恐らく、オルガさんがアラネウムに来たのはその頃なのだろう。
『困った人の前にアラネウムへの扉が開かれる』。
ということは、オルガさんは逃げていたか、或いはそれに似た状況になっていたのかもしれない。
「ってことで、ま、正規軍は私達の敵。反乱は制圧されちゃったわけで、つまり私達は戦争に負けた訳だけど、まだ死んだわけじゃない。……こうやって敵討ちくらいは、してやりたいわよね」
ルナさんはそう言ってカップの中身を空にすると、机から降りた。
「だから、ま、ありがとね、シンタロー君。敵討ちへのご協力、感謝いたします、ってかんじ。……はーあ、んじゃ、そろそろオルガの方終わってるだろうし、またこもってくるわ」
そしてルナさんはまた床下へと戻っていき……その途中で振り返った。
「あ、それからさ……ん、私の友達のこと、守ってくれて、ありがと」
俺が何も言う前に、ルナさんは床下へと消えていった。
そしてそれから2日半。
「はーあ!ほんとに!ほんっとに!よくもまあこんなに手間かけさせてくれたわねこのポンコツっ!」
「ははは!まあそう言ってくれるな!ありがとうな、ルナ!」
……無事、オルガさんのオーバーホールと修繕は終了したのだった。
オルガさんはすっかり元の姿に戻って、快活な笑みを浮かべている。
「それから、ニーナとシンタローには本当に世話になった。ありがとうな」
「こちらこそ。オルガさんが居なかったら殺されていました」
今回の戦闘は本当に綱渡りだった。
賭けばかりだったし、偶然の要素が何度も俺を助けてくれたし。
……二度とこんなことは御免だ。
「じゃあ、ルナ。これからしばらくは気を付けろよ」
「はいはい。ま、多分しばらくはあっちこっちフラフラ逃げ回るわ。行き先はサムかジニアには伝えとく」
「ああ、分かった」
これからルナさんはしばらく、逃亡生活らしい。
とはいっても、相手もルナさんを追いかけることは途中であきらめるだろう、とのことだった。それに関してルナさんは、「ま、色々コネがあんのよ」と笑っていたが。
「じゃ、オルガ。アンタも精々スクラップにならないようにね!ジャムるんじゃないわよ!」
「ああ!そっちこそ、駆動系潰すなよ!」
「バーカ、こちとら戦闘用重サイボーグじゃないんだからそうそう潰してたまるもんですかっての!」
ルナさんはオルガさんと軽口を叩き合うと、ひらり、と工房の窓から出ていった。
「……じゃ、シンタロー!『世界渡り』を頼む」
「了解です。……アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『ディアモニス』!」
そして俺達もまた、ディアモニスへと帰還したのだった。
「お帰りなさい!」
店先で真っ先に出迎えてくれたのはペタルだった。
『世界渡り』できる者として、『世界渡り』がなされるタイミングがなんとなく分かるのかもしれないな。
「ただいま、ペタル!」
「お帰りなさい、オルガさん!あちこちちゃんと直った?」
「ああ、もう当分は心配ないだろうな!」
オルガさんの力強い声に、ペタルが胸をなでおろす。
「もう、本当に心配したんだから……」
「ははは、そりゃ悪かったな!」
オルガさんがカラカラ笑うと、声に気付いたらしいアレーネさんが店から出てきた。
「ああ、お帰りなさい、オルガ。無事で何よりだわ」
アレーネさんも心配していたのだろう。そっと優しく安堵の息を吐いている。
だが、アレーネさんはすぐに表情を引き締めた。
「……早速で悪いけれど、報告をお願いできるかしら?眞太郎君も」
アレーネさんの言葉に思い出す。
そう。俺達アラネウムにとって、非常に重要な情報を持ち帰ったことを。
「トラペザリアで、ピュライかその他の異世界の道具を確認しました」




