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5話

「エラエピセシペタロ!」

 ペタルが鋭く叫んで杖を振ると、銀色の杖に刻まれた模様が一瞬輝き……ぽわり、と、宙に銀色の光が浮かんだ。

 薄い光は、半透明に透けて淡く輝く光の花びらだ。

 薄明りの花弁は立て続けにどんどん生まれて、宙を舞う。魚の群れが海を泳ぐように宙を舞い、大きな渦となる。薄暗い森の中ということもあり、夜桜の桜吹雪を思わせる光景だった。

 そしてペタルが杖を黒い影に向かって突きつけると、花弁の群れは銀色の光の奔流となって、一気に黒い影に襲い掛かった。

 それに対して黒い影は手にした大鎌を振るって、銀色の光を切り裂く。

「横だよ!」

 だが、ペタルが杖を指揮棒のように振ると、それに合わせて花弁の群れが舞い、今度は左右両側から黒い影を攻撃した。

 ……流石に黒い影もこれには耐えられなかったらしい。

 花弁が宙に溶けて消えると、そこにはもう黒い影の姿は無かった。




 なんとも綺麗な魔法だった。この少女が使うに相応しい魔法だ、というか。

 その美しさと力強さに圧倒されて、しばらく息をするのも忘れていた気がする。

「どうかな、眞太郎。私が戦えるって証明、できたかな」

 ペタルははにかむような笑みを浮かべて、少し胸を張って見せてくれた。

「……綺麗だった。すごいな、ペタルは」

 素直に感想を述べると、ペタルはより照れ入ったように視線を彷徨わせた。

「私が使える魔法はそんなに多くないし、ワンパターンだってよく言われるけど……でも、そう言ってもらえると、嬉しいな」

 そしてまた、ペタルはふにゃり、と笑みを浮かべた。




「……けど、どうしたんだろうな。暗殺用の使い魔、って」

 とりあえず敵が片付いて人心地つくと、気になるのはそこだった。

 ペタルはさっきの黒い影を『暗殺用の使い魔』だと言っていた。

 ということは、『俺かペタルのどちらか、或いは両方』を『暗殺したい』だれかが居る、ということになるんじゃないだろうか。

「さっきの連中、か?」

「……ううん。多分違う」

 俺は真っ先に、白フードの連中を疑ったのだが……ペタルは違ったらしい。

 さっきまでの笑みとは打って変わって、暗い顔をしていた。

「多分……私が目的だったんじゃないかな。……ごめんね、眞太郎。やっぱりピュライに来たのは失敗だったかも」

 ……ペタルにも色々ありそうだな、ということは分かった。

 なんとなく、今までの会話からペタルが何らかの共同体、或いは組織や戒律、常識、法律……とにかく、そういったこの世界のルールに背いて行動しているのだろうな、という事はなんとなく推察できた。

 そういえば、自己紹介しあった時に『苗字は好きじゃない』と言っていたから、やっぱり家族関係なのかもしれない。

「いや、とりあえず俺の『肌に合いそう』な世界がピュライだったんだろ?なら間違ってなかったと思う。俺、異世界に来て酔って気分が悪くなるよりは、よく分からない奴に襲われても守ってもらえる方がいいや」

 なのでできるだけ明るく気軽に言ってみると、ペタルは申し訳なさそうな笑顔を浮かべてくれた。




「うーん……最後の1つがなかなか灯らないな。どうしよう、この辺りの魔力量が少ない、ってことは無いと思うんだけれど……魔法を使ったし、少しだけ場所を移った方がいいかも」

 ペタルはブローチを見ながら、柳眉を寄せた。

 見ると、まだブローチには7つ目の星が灯っていなかった。

「眞太郎、少し場所を移動しよう。この奥に泉があるんだけれど、そっちの方に行けば魔力充填が早そうだから。それで星が灯り次第、すぐに『世界渡り』するね」

「分かった」

 森の奥の方へ向かって歩き始めたペタルの後を追って、俺も森の中を歩く。


 森の地面は、草と石ころと木の根と、それからふわふわした腐葉土でできていた。

 あまり歩きやすいとは言えない地面を、それでもペタルに遅れることなくついて進むべく足を動かす。

 ……つまり、俺は自然と地面を注視して進んでいたわけで、前方はおろか、後方になんて注意を払っていなかったのだった。




「っ、エラエピセシペタロ!」

 ペタルが急に鋭く叫んだ方向……前方へはじめて注意を払うと、そこには黒い影がまた現れていた。

 だが、黒い影の大鎌は俺達に届くことなく、花弁の奔流に撃たれて消える。

 花弁の奔流が宙に溶けて消えると、今度は前方と上空から、それぞれ1体ずつの黒い影。

「まだ居るのっ、エラエピセシペタロ、ヴィエイオス!」

 再び俺達に襲い掛かってきた2つの影に向けて、今度はより激しく花弁が襲い掛かる。

 大きな竜巻のようになった花弁が黒い影を飲み込むと、また、黒い影は消えた。

 ……だが。

「っ」

 急に、首が絞め上げられた。

 目だけを動かして俺の首を見ると、俺の首を黒い指のようなものが絞め上げているのが見えた。

「眞太郎っ!」

 ペタルがすぐに気づいて、俺の方に向けて杖を構える。

 が、それとほぼ同時に、俺の首に黒くて薄っぺたい大鎌の刃が添えられた。

 黒くて薄っぺたい、ただの紙か何かのようにすら見える刃なのに、俺の首筋に触れたそれは、確かに刃物の冷たさを持っていた。




「動くな、ペタル」

 俺の後方から男性の声が聞こえると、音もなく、数人の人達が近づいてきた。

 その先頭に立つ男性は淡い金の髪を揺らしながら一歩踏み出し、青灰色の瞳で鋭くペタルを見つめた。

「そいつの首が切り離されるのを見たくないなら、杖を捨てろ」

 ペタルは凍り付いたような表情のまま、動かない。

「……聞こえないのか、杖を捨てろ!」

 男性が声を荒げると、俺の首に僅かに食い込んだ刃が熱を持ったように感じた。途端にぬるり、とした感触が俺の首筋を伝っていく。

 それを見たペタルははっとしたようになり……手に握っていた杖を足元に放った。

「……これでいい?お兄様」

 ペタルの表情には怯えと憎しみ、それから悲しみが共存して、複雑な色を成していた。




「私を兄と呼ぶな。アリスエリア家の恥さらしが」

 男性の冷たい声に、ペタルの表情が歪む。

「その割には、私を連れて帰りたいみたいだね」

「ああ、そうだ。……忌々しいことにな!」

 俺と会話していた時のペタルからは考えられない程に刺々しい声が飛ぶと、男性は表情に強い怒りと憎しみを浮かべた。

「……私とて、貴様のようなできそこないに家の敷居を跨がせることなどしたくはない。だが、これも」

「『紡がれし糸』だもんね。分かってるよ」

 ペタルの言葉に、男性は眉を顰めたものの、それに言葉を返すことは無かった。

 だが、代わりに1つ、指を鳴らす。

「……さて、今まで散々労をかけさせてくれたな、ペタル。……覚悟はできているな?」

 男性の合図で、男性の後ろに控えていた人たちがそれぞれ動く。彼らがペタルを半円状に囲むように陣形をとると、黒い影が現れてもう半分の円を作りだした。

 ペタルは完全に囲まれた。


 ……ペタルは周囲を見回して、それから、1つ、ため息を吐いた。

「……1つ、お願いがあるんだ」

 そしてそう零すと、男性は嘲るように笑う。

「何だ?今更何かを願い出て聞き入れられるとでも?」

 だが、ペタルは嘲りに対して、強い意志を感じさせる瞳と声で答えた。

「うん。思ってるよ。……このお願いを聞いてくれるなら、『目』はお兄様に譲る」

 ペタルがそう言った途端、男性の表情が驚愕に彩られたが、すぐに訝りや嫌悪に覆われた。

「……どういう風の吹き回しだ」

「さあね。……それで、聞いてくれるの、どうなの」

 男性は少し逡巡してから……1つ頷いた。

「内容によるが。聞くだけは聞いてやってもいい」

 その答えを聞いて、ペタルは、ふ、と1つ息を吐く。

 安堵にも、諦めにも聞こえるため息だった。

「そんなに難しいことじゃないよ。……そこの人は関係ないから解放してほしいんだ」

 ペタルがちらり、と俺を見て、申し訳なさそうに、口元に笑みを浮かべた。




「ほう。余程こいつが大切なんだな」

「関係の無い人を巻き込むのは私の矜持に反するんだよ」

 ペタルはそれきり、俺とは目を合わせずに話を続けることにしたらしい。

 俺をこれ以上取引の材料にしない為、だろうか。

「……まあ、いいだろう。そいつは魔法使いではなさそうだしな。……だがその代わり、貴様を館へ連れ戻り一通りの儀式が終わったら、『目』は貰うぞ」

「いいよ」

 ペタルが頷くと、男性が近くに居た人に合図した。

 途端、俺の首を拘束していた指は消え、鎌は退けられ、俺は地面に投げ出される。

 急に肺に流れ込んだ空気に咳き込みながらペタルの方を見る。

 ペタルは相変わらず、俺の方を見ていなかった。

「ではしばらく眠っていろ、ペタル」

 そして男性がそう言うや否や、ペタルの周りを囲んでいた黒い影が動いて、大鎌の柄でペタルの頭部を殴りつけた。

「っ……」

 ペタルの細い体が傾いで、そのまま地面に倒れる。

 とさ、と柔らかな音を立てて地面に沈んだペタルは、それきり動く気配が無かった。




「あの」

 男性が倒れたペタルに近づいた時、俺は声を発していた。

 絞められていた喉から出る声は若干掠れてこそいたが、発声にそこまでの問題も無い。

「……何だ」

 俺の言葉に、男性が振り向く。

 その顔には僅かに苛立ちが浮かんでいたが、一応、俺の話を聞いてくれる気にはなったらしい。

「俺、そいつに貸してたものがあるんですが。返してもらってもいいですか」

 敵対するではなく、どちらかと言えば媚びるぐらいのつもりでそう言うと、男性はじっと俺を見つめた。

「……駄目ですかね」

 俺も薄笑いを浮かべつつ、男性をじっと見つめ返す。

 そのまましばらく、見つめ合いというか、睨み合いが続き……。

 ……先に折れたのは、男性の方だった。

「何を貸していた?金か?それとも」

「説明しにくいものなので、自分で取りますよ」

 薄笑いを盾にしながら、俺はペタルに近づいた。

 若干、男性は警戒したようだったが、俺が手ぶらだったからか、それとも俺が何かしても対応できる自信があったのか、特に何も言われなかった。


 できればペタルの杖は拾っておいた方がいいんだろう、と思いながら、でも俺が杖を持ったら警戒されるだろうな、と思い、杖には手を伸ばさない。

 ……俺にできるのは、時間稼ぎ。

 ペタルが目覚めるのでもいいし、オルガさんやアレーネさんが助けに来てくれるのでもいい。

 だから俺は時間を稼がなきゃいけない。

 そして、ペタルを手放してはいけない。

 それは、ペタルが俺を元の世界に戻せるからというだけではなく……形容しがたい、恐らくあまり賢くない感情によるものだ。

 だから、できるだけ時間を稼げるように。

 時間を稼げなかったとしたら、俺もペタルも、生きた状態で一緒に居られるように。

 そう動くために、俺は『本命のアイテム』に手を伸ばす。

 ……ペタルの襟のリボンにつけられたブローチには、星が7つ、灯っていた。

 ブローチに、触れる。


 その時、俺の頭の中を何かが走っていった。




「貴様」

 男性が動いたが、それよりも先に……俺の口が動いていた。

「アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『ディアモニス』!」

 口が動いてから咄嗟に、ペタルの手を掴む。


 ……俺の視界は揺らぎ、ぼやけ……そして、足元が消え失せ、俺達は落下し始めた。


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