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49話

 サイボーグの右腕は完全な形で復元されていた。

 まるで、『魔法のように』。

 ……いや、違うか。

 恐らくあれは、『魔法そのもの』だ。




 よくよく考えれば、おかしいのだ。

 トラペザリア最高峰の防衛壁が、こうもあっさりと吹き飛ばされたことが。

 ……だが、それが例えば、ピュライの魔法だったならばどうだろうか。


 ピュライの防護壁は、当然ながらピュライの中で運用することを前提にしてある。

 つまり、ピュライの魔法に対してはとても強いが、逆に、全く予期せぬ攻撃……トラペザリアの銃火器を相手にすると、びっくりするほど弱い。それは『翼ある者の為の第一協会』で既に実証済みだ。

 ……ならば、逆もまた真なり、ということは無いだろうか?

 トラペザリアの防御は、ピュライの魔法によって簡単に破壊できる、と。


 サイボーグが使った金細工のワイングラスは、どう見ても『おかしい』。

 鉄とコンクリートでできているようなトラペザリアに似つかわしくない、という意味以上に。

 あれは間違いなく、異世界の代物だ。きっと、アウレやピュライといった、ファンタジックな魔法の世界のものだろう。

 そうでなかったら、ワイングラスの中の水を肩に掛けただけで腕が復元できるわけがない。そんなものがトラペザリアにあるなら、その技術の片鱗だけでも、オルガさんやルナさんから学ぶことができただろうから。

 ……これ以上考えていても仕方ない。結論付けよう。

 このサイボーグは、異世界の道具を使っている、と。




 互いに互いを警戒して、俺もサイボーグも動かない。

 俺はサイボーグの戦闘力が恐ろしい。真正面から戦ったら必ず負ける。それは間違いない。

 逆に、サイボーグの方は、俺の手袋を警戒しているのだろう。俺の様子を窺いつつ、攻撃してこない。

 ……そう。手袋だ。

 俺が唯一持っている、生き残る為の可能性。それがこの手袋だ。

 俺は未だ、この手袋の性能を理解できていない。

 今のところ、『魔法もしくはエネルギーの反射』のように思えるが……他にいくつか、候補は思いつく。

 ここで手袋の性能を読み間違えたら間違いなく死ぬだろう。


 ……とりあえず、さっきと同じことがもう一度できるかどうか。

 それを最低限確かめるために確かめたい物があるのだが……そんなことをすれば、俺の動きを警戒しているサイボーグがすぐにでも動くだろう。

 かといって、行き当たりばったりで行動するのもリスクが高すぎる。いや、それもやむを得ないか……?

 とにかく、時間が欲しい。確かめるだけなら10秒もあれば十分だ。それだけの時間を稼げさえすれば、この手袋の性質をかなり絞れる、のだが……。

 相変わらず、サイボーグは油断なく構えたまま、俺の動きを警戒している。眼窩に灯った鈍い光は、真っ直ぐ俺に向けられている。

 一か八か逃げるか?奇をてらう行動を挟めば、もしかしたらなんとかなるかもしれない。

 リスキーだが、手袋をこのまま訳も分からず使うよりはまだ、マシか。

 俺はポケットの爆弾を掴みながら、ジェットパックを起動して……。


 轟音。




「待たせたな、シンタロー」

 床板を吹き飛ばしながら現れたオルガさんは、明らかに調整前の機械類むき出しの状態で、しかし確かに、にやり、と笑ってみせた。




 オルガさんの登場に驚いたのは俺だけではない。

 当然だが、敵対しているサイボーグもまた、オルガさんの登場に驚いていた。

 何も喋ってはくれないので分からないが、サイボーグの機械の目に文字列らしきものが流れていくのがちらりと見えた。オルガさんの情報の照合でもしているのか。

「……さて、シンタロー。一応、モニターで見てはいた。状況は今一つ分からんが、『世界渡り』できないらしいことは分かった。ってことで1つ、我儘を聞いてくれ」

 オルガさんはそんなサイボーグを見やりつつ、俺に言った。

「あいつを殺す。手を貸してくれ」

 ……理由は分からない。

 だが、オルガさんは調整もまだ終わっていなくて、オーバーホールしてとりあえず組み立てて動くようにした、という程度の体で無理矢理出てきたのだ。それだけの理由があるのだろう。

 オルガさんの目は爛々と、狂気めいて輝いている。

「……分かりました。オルガさん、1分、稼いでください」

 俺が答えると、オルガさんは俺の方を向かずに口角を上げて答えた。




 サイボーグが動く。

 それと同時に、オルガさんも動く。

 両者は衝突する、と思いきや、直前でオルガさんは身を翻して、そのままサイボーグの足を払った。

「はっ!機体の性能だけで勝てると思うなよっ!」

 足を払われたサイボーグは即座に体勢を変え、オルガさんを押しつぶすように動く。

 だが、オルガさんはあっさりとその場を抜け出して、サイボーグと一度距離を取った。

 ……恐らく、オルガさんも、このサイボーグと正面切って組み合ったら負けるのだろう。

『機体の性能』は明らかに敵のサイボーグの方が上だ。オルガさんは調整前のガタガタな状態なのだろうし……第一、ルナさん曰くの、『中古』らしいから。

 だから、オルガさんはサイボーグを避けて、いなして戦っていた。

 機体の性能では負けているが、オルガさんにはそれを補う戦闘技術とセンスがある、ということなのだろう。

 ぎこちない動きが混じりながらも、オルガさんは鮮やかにサイボーグと渡り合っていた。


 その中、俺は壁の瓦礫に隠れて、懐を探る。

 取り出したのはバッテリーパックだ。バニエラの電池のようなもの。ピュライの魔力とバニエラのエネルギーが似ているが故に、ピュライの魔道具を動かす動力として使っているものだ。

 ……そのバッテリーパックは、俺の懐の中で見事に全て、残量0になっていた。


 続いて俺は、もう一度手袋の甲を観察する。

 描かれている文様は、右手は暗い青。左手は明るい橙。デザインも微妙に異なっている。

 当然ながら、その文様を読み解く力は、俺には無い。

 だが、推測することはできるのだ。


 ピュライの古代遺跡にあったこの手袋は、当然ながら制作者が居たはずである。ならば、この手袋は、制作者が意図して『手袋にした』はずなのだ。

 魔道具の形は様々だ。魔除けが鈴の形をしていたり、磁石が指輪の形をしていたりする。それこそ、どんな形のものにどんな魔法の力があるか、分からないのだ。

 ……だが、道具が道具である以上、パーティーグッズであるとか、隠さなければならない道具であるとか、そういう場合を除いて、『合理的な形』をしていて然るべきである。

 つまり、この手袋は、『手袋の形が理に叶った』魔道具であるはずだ。


 では、手袋の特徴とは何か。

 手袋とは、身に着けるものだ。軽い。持ち運びに不便しない。手の操作がそのまま伝わるもの。それから、2つで1組。

 ……これらの条件を考えれば、この手袋が『魔法の反射』を行う魔道具ではないように思えてくる。

 ただ魔法を反射したいなら、手袋にする必要が無いからだ。

 それこそ、手鏡であるとか……そういった道具でいいはずだ。ましてや、手袋の甲に左右異なる文様をつける必要は無いと思う。

 そう。俺はこの手袋の、『2つで1組』である点こそが用途に合う特徴なのではないか、と思うのだ。

 例えば……2つ1組の効果の道具、であるとか。




 最後の証明だ。

 俺は倒れたニーナさんに心の中で謝りながら、ニーナさんの胸部を開き、中にあったバッテリーを取り外した。

 俺はバッテリーを懐に収めて、左手をサイボーグに向けて伸ばす。

 右手じゃない。何故なら、俺と向かい合っていたサイボーグの『右腕』が吹き飛んだのだから。だから、左手が正解のはずだ。

 ……そして、使い方の分からない道具に向けて、明確な意図を伝える。

『コピーした魔法を再生しろ』と。


 その瞬間、俺の左手からレーザービームが放たれて、サイボーグの左足を消しとばした。




 サイボーグが、ぐらり、とよろめく。

 支えようと踏み出した左足は消し飛んでいるのだ。体を支えようがない。

 倒れるサイボーグの眼光が、ちらり、と困惑するように瞬いた。

「もらったァアアアアア!」

 そしてその隙を逃すオルガさんではない。

 オルガさんの機械の腕は力強く振り抜かれ、サイボーグの腹部に突き刺さり……直前で止まる。

 オルガさんの拳を阻むのは、輝く壁だ。

 ……見覚えがある。ニーナさんがピュライの古代遺跡で使っていたシールドによく似ているから。

 ということは、あれもピュライの魔道具だろう。

 なら、話は早い。賭けになるが、駄目で元々、だ!

「オルガさん!もう一発行きます!」

 俺はサイボーグとの距離を詰めながら、『両手を』出した。

『再生』と『コピー』を念じながら。

 そして、もう一度『再生』を。




 起きた事はほんの一瞬に凝縮されていた。

 まず、俺の左手からレーザービームが放たれかけて、消えた。

 テレポートも『世界渡り』もこうして消えたのだ。要は、相手のサイボーグが『魔法を阻害する魔法』かそれに近しいものを使ったという事に他ならない。

 ……そしてその『魔法を阻害する魔法』は俺の右手の手袋によってコピーされる。

 そして間を置かずもう一度、左手から魔法が再生される。

『魔法を阻害する魔法』で、サイボーグのシールドの魔法を阻害するように、と。




 ほんの一瞬、目まぐるしく魔法のやり取りが交わされた後、びしり、と鈍い音が響いた。

 オルガさんの拳が、敵サイボーグの腹部の装甲を砕き、貫いていた。


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