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43話

 

「……本当に大丈夫か?シンタロー」

「ええ、まあ、多分。……行った事の無い世界に『世界渡り』するのは初めてですけど、多分何とかなります、多分」

「多分、が多いですね、眞太郎様」

 オルガさんからトラペザリア行きの話が出た翌々日の朝。

 俺達はアラネウム店内で、円になっていた。

「じゃあ、眞太郎、ニーナさん、オルガさん。気を付けていってらっしゃい」

「がんばってねー!」

「ぼく、みんなの無事をお祈りしてるね」

 今回は留守番となるペタルと泉、イゼル、それからアレーネさんに見守られつつ、俺はペタルから借りたブローチを握りしめた。

 ……すると、使い方、唱えるべき呪文が頭の中に浮かぶ。

 そして、それに導かれるようにして、見た事の無い世界の風景も。

「行きます!アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『トラペザリア』!」

 風景がはっきりと見えるような感覚と同時に言葉を口にすれば、いつもの浮遊感に包まれた。




 ぱっ、と、目の前が明るくなり、景色が目に映る。

 だが、その景色をはっきりと確認する前に、浮遊感が確かな重力の感覚へと変わり……衝撃。

「……てて……着地はまあ、しょうがないな」

「すみません……」

 俺の『世界渡り』はペタル程上手くないらしかった。到着したのはトラペザリアの地面から1m程度上。当然、俺達は空に放り出されて、尻もちをつく羽目になった。魔道具を使っていても、術者の技量がこういう所に現れるらしい。

「……ここがトラペザリア、ですか。なんだか懐かしいかんじがしますね」

 一足先に立ち上がったニーナさんが辺りを見回す。

 俺も立ち上がって、周辺の様子を見た。

 ……街の中だ。

 全体的に、黄土色と灰色と黒でできている。

 乾いた土埃と、うちっぱなしのコンクリートと、鈍い艶を持つ金属。

 時折、そこに人々の衣類や塗装された金属板の、彩度の低い色が混じる。

 植物の緑や花の赤は見渡す限りどこにも無いが、コンクリートの壁や瓦礫、金属板やコンテナの隙間から、ぽん、と抜けるように見える青い空が眩しい。

「……ま、とりあえず、トラペザリアへようこそ。ここは人様に勧められる世界じゃあないが……私は好きなんだ」




 それから俺達は、オルガさんがよく使っているという武器屋に向かうことになった。

 用件は主に、ニーナさんと俺の強化だ。

 ニーナさんは独自の防犯システムを搭載してはいるが、トラペザリアで生き抜くためには火力不足、らしい。

 ニーナさんの機体は戦闘用ではなく、あくまでも接客・サービス業用だ。それでも、普通の人間以上の身体能力はあるようだが、武装するに越したことは無いだろう。


 街を歩く。

 治安の悪い世界だと聞いていたが、見ている範囲では、普通の、人の営みがあるだけだった。

 商店があり、そこで買い物をする人。

 道端で立ち話をする人。

 遠くの方で喧嘩のような小競り合いがあるのはご愛敬か。

 ……ただ、町を歩く人の四半数以上が、オルガさん以上に『サイボーグ』だが。

 フルフェイス。オルガさんが小柄に見える程の巨体。その肩に担がれているのは、明らかに銃火器の類である。

 俺達、もしかしてああいう人達と戦う羽目になるのか。下手したら。

 ……そうならないことを祈ろう。




「おーい、ジニア!居るかー!」

 からん、とベルを鳴らしながら、そのベルを遥かに上回る音量でオルガさんは店内に呼びかけた。

「うるさいぞ、オルガ!大声を出さなくても聞こえる!」

 すると、店の奥から金髪の美女が現れた。

 すらりとした手足も、くびれて細い腰も、豊かなバストも、そしてそれらを包むややきわどい恰好も、『武器屋』に似つかわしくない印象だが。

「紹介しよう。こちらはニーナとシンタロー。私の友人だ。……そしてこっちはジニア・レジーナ。見た目に騙されるなよ?こいつは全身フル改造済みの半機人。言ってみれば……美女の装甲を纏った、歩く武器庫だ。更に言うなら、こいつ自身は割と戦闘狂のところがある。気を付けろ」

「オルガの友人か。珍しいな。……紹介に与ったが、ジニア・レジーナだ。ここで武器を取り扱っている。……よろしく」

 ジニアさんはそう言って不敵に笑いながら、ジャコン、と機械音をさせて、腕から銃口を複数覗かせた。

 ……。

「お、今の凄いな!継ぎ目が分からなかった。相変わらず金かけたボディだな!」

「まあ、この街での金の使い道など、ボディと武装くらいしか無いのだからな、仕方ないだろう」

「飯も不味いしな」

「ああ……いや、このボディに物を言わせて、正規軍にハーフリアルフードを貢がせた。だからここ最近は飯には不自由していないな。……その正規軍の男はその後馬鹿なことをしようとしたから、まあ、それもボディに物を言わせて殺してやったが」

「そいつは結構なことだなあ。ははは」

 オルガさんとジニアさんが立ち話を始めたところでニーナさんの様子を窺ってみたが、ニーナさんは2人の物騒な会話にも全く動じていない。流石、アンドロイドの鉄面皮である。羨ましい。

 ……泉やイゼルのリアクションが恋しい。




「……で、今日はこいつらの武装、買おうと思ってな」

 2人の立ち話はそんなに長引かず、さっさと俺達へと話題が戻ってきた。

 オルガさんが示すと、ジニアさんは俺達を観察し始めた。

「……片方はアンドロイドか。もう片方は……な、生身っ!?」

 俺の中身が分かるのか。いや、そういう目をしている、ということなんだろうが……。

「ああ。生身だ。だから金に糸目は付けないぞ」

「……完全な生身など、久しぶりに見た……。もしやオルガ、お前、こいつらの護衛任務を?」

「ま、そこは機密って事で頼む」

「そうか、まあ、そうだろうな。……待っているがいい、適当に見繕って持ってきてやろう」

 オルガさんが適当に濁すと、ジニアさんは一度店の奥へと戻っていった。

「オルガさん」

「何だ?シンタロー」

 その隙に、俺はオルガさんに聞きたいことを聞いておくことにする。

「生身、って、そんなに珍しいんですか」

「ああ、珍しいな。……そうだな、ディアモニスで言うところの……マニュアル車ぐらい少ない」

 生産停止続出、と。

「それはまた、どうして」

「そりゃ当然、半機人の方が性能が良いからなぁ……生身のまま生き残れるのは、ごく一部の富裕層だけだ」

 ……淘汰された、という事か?

 だとしたら……凄まじい、としか言いようがないが。

「ま、ということで、シンタローの『中身』が見えないようにするための装備も買うからな。……生身だって事はな、即ち、『富裕層です』って公言してるようなもんだ。そんなことでそこら辺の有象無象にホイホイ襲われちゃたまらんからなあ……」

 オルガさんの言葉で思い出す。

 成程、ここは治安が悪い街、だった。




 それから、ジニアさんが持ってきてくれた装備一式の他、俺達はそれぞれ、使い勝手の良さそうな武器を選ぶことになった。

「反動が小さいのはこの辺りだ。生身だと反動も気にしないといけないからな……万一、奪った武器を使う時は気を付けろ」

「そうだな、シンタローなら、こっちもいいんじゃないか?最初に使ってた銃、アレと勝手が似てると思うぞ」

 俺は2人のアドバイスをもらいつつ、銃火器を選ぶ。

 ……俺自身は、特に訓練をしている訳でもない、一般人である。

 だから、あまり重量のあるものは持てない。

 スピードに関しては、ジェットパックと『俊足のチョコレート』があるからトラペザリアのサイボーグたちとも渡り合える。単純な『移動』に関しては、間違いなく勝てる。だが、肝心の火力と耐久力と持久力は、と言うと……不安、の一言に尽きるな。

 だが、だからと言って、火力の高いミサイルだのバズーカだのを装備して、重さの為に機動力が落ちても意味が無い。

 あくまで、俺は俺のメリットを最大限に生かすべきだ。デメリットを潰すためにメリットをも潰していたら勝ち目がない。

 ……ということは、どんなものを選べばいいか、大体分かってきた。

「じゃあ、この小さい奴と……この爆弾、一箱下さい」




 ニーナさんは、細身のライフル銃のようなものと、大型のガトリング銃を購入することになったらしい。

 俺はさっき決めた通り、拳銃のようなもの1つと、爆弾が一箱丸ごと。

 俺が選んだ武器に、オルガさんはけらけら笑っていた。

 ……大体、俺がどういう戦い方をするつもりか、分かったらしい。

 また、武器に加えて防具も数点購入した。

 さっきオルガさんが言っていた、『生身であることを隠す』為の服と、防弾ベスト。防護用のブーツも合わせて、元々持っていた防刃・耐熱・耐冷・耐電のコートを着れば、まあ、そこそこの防御力にはなる。

 ニーナさんも俺同様に防具を購入・装備した。


「では、確かに代金は貰った。……ところで、オルガ。最近、この辺りで見ないと聞くが……その、息災か」

 ジニアさんが何気なく聞いてきたのに対し、オルガさんはけらけらと笑った。

「まあ、ぼちぼち、だ」

 ……まあ、オーバーホールしに来たんだから、どちらかと言えば不健康なのだろうが。

「まあ、お前がどんな危ない仕事をしていようが私は武器が売れればそれでいい」

 ジニアさんは、オルガさんの仕事について、根掘り葉掘り聞く気は無いらしかった。

 代わりに、少し拗ねたような顔をして見せる。

「……今度は、武器を買いに来る以外の用事で来い。酒くらいは用意してやる」

 ジニアさんの言葉に、オルガさんは嬉しそうに笑った。

「なら、今度来るときはつまみを持ってくるかな」

 少し微笑んだジニアさんに対して、オルガさんは更に笑みを深めた。




「よし。これで手持ちの金はスッカラカンだ」

 店を出て少しして、オルガさんはそう言って笑った。

「オーバーホールの代金はどうするんですか?」

「安心しろ、シンタロー。それを今から作りに行く」

 俺の疑問にも、オルガさんは笑って答えて……そして、ふと、真顔になった。

「金を作るよりも先に武器を買ったのは、これから行く場所が闇市だからだ」

 闇市。

 ……大方、非合法な物を売り買いしている後ろ暗い場所であろう、というくらいの見当はつくが。

「ということで、シンタロー、ニーナ。お前達はどうする?先に、知り合いのメカニックの所に行って、そこで待っていてくれてもいいが」

 ……少し、考える。

 オルガさんが気にしているのは、俺達の身の安全でもあり、そしてまた、俺達が足手まといになる可能性を考えて、という事だろう。

 確かに、ニーナさんも俺も、オルガさんほど戦闘に秀でている訳ではない。だが……俺には、『世界渡り』がある。

 オルガさんだって、オーバーホール前の、ガタが来ている状態だという。流石のオルガさんにも『万が一』が無いとも言えない。

「ついていきます。何かあったら、テレポートするなり、『世界渡り』するなりできますから」

「私も同行します、オルガ様」

 俺達が答えると、オルガさんは「分かった」と力強く頷き……。

「……じゃ、ここから先、武器は常に、すぐ使えるように構えておいてくれ」

 物騒なことを言いながら、にやり、と笑って、再び歩き始めたのだった。

 ……俺達の目の前には、ことさら薄暗い裏通りが延びている。

 俺は、ポケットの中で拳銃と爆弾を準備しながら、オルガさんの後に続いた。


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