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42話

『オーバーラテラルゲート』が完成して5日。

 泉は順調にアウレとディアモニスを行き来して、アウレでの妖精の仕事と、アラネウムでの仕事をこなしていた。

 ……尤も、アラネウムでの仕事の方は閑古鳥であったが。

「でも、アラネウムにいるの、楽しいよー。まだ効果が分かってない魔道具弄るのも楽しいし」

 泉はアラネウムに居るだけで楽しいらしく、今日も、ピュライの古代遺跡から持ち帰ってきたものの検分を行っていた。

「鏡とグラスはなんとなく分かったんだけれどなー」

 俺達が持ち帰ってきた魔道具は、藍色の砂時計(オーバーラテラルゲートを起動させるために使った魔力貯蔵機)の他、薄青色の鏡と、紫の石の杖、宝石細工のワイングラス、美しい細工の箱、そして黒い革の手袋と、箱いっぱいの宝物だった。

 ……だが、未だにそれらの効果が、今一つ分かっていない。

「エンブレッサさんでもわからないとなると、どうしようもないよね」

 これらの魔道具を持って、ペタルはピュライへ行ってきた。

 そして、ピュライのエンブレッサ魔道具店に持ち込んで、鑑定を依頼したらしいのだが……エンブレッサさんに分かったのは例の鏡とワイングラスの効果だけだったのである。

「まあ、鏡とグラスの効果が分かっただけでもめっけもーん」

 まあ、2つしか効果が分からなかったとはいえ、薄青色の鏡は『魔法を増幅して反射する』、グラスは『無限に美の水が湧き出る』という効果である事が判明している。

 薄青色の鏡はアラネウムの防衛装置として店内のカウンターの中に飾られることになったし、グラスから溢れる『美の水』は女性陣の化粧水として使われたり、風呂に入れられたりしている、らしい。

 ……もしかして、最近、心なしか風呂上がりに肌がもちもちすると思ったら……まさかそういう事なのか?


「でも、この箱は今一つ分かんないよねー。手袋はもっとー」

 宝物はそのまま宝物だし、杖も上等な魔法の杖であることが判明しているのだが、分からないのは、銀の象嵌が施された2つの箱と、黒い革の手袋だ。

 残念なことに、この2つの魔道具については、全く情報が分かっていない。

「箱はまだしも、手袋に関しては、『多分魔道具だろうけれど魔道具かどうかすら分からない』らしいから、本当に特殊なオノマを使う魔法の道具なんだと思う」

 特に、黒革の手袋については、かなり特殊な代物であるらしい。

 それこそ、『魔法適性の標本箱』とエンブレッサさんに揶揄されているらしい、俺にしか使えないのでは、というレベルの。

「……だから多分、この手袋の効果を調べるために一番いいのは、眞太郎に預けておくことなんだと思うんだけど……どうかな、眞太郎」

「私もシンタローに任せた方がいいと思うなー。あ、でも箱は私がやる!」

 ペタルと泉に言われて、少し迷う。

 恐らく、俺ならば使える、のだ。この手袋。

 だが、この手袋がどんなものなのか分からないからなのか、頭の中には一向にこの手袋の使い方が浮かんでこない。

 であるからして、俺が調査の役に立つとも思えないが……。

「分かった。でも、効果が分かるかどうかは期待しないでほしい」

「うん。まあ、駄目だったら駄目だったで、眞太郎の手袋として使ってよ」

 まあ、気長にやってみることにした。

 この手袋を使うためには何か、特殊な条件でも必要なのかもしれないな。




 ということで、結局、黒革の手袋は俺の預かりという事になった。

 アレーネさんにも一応聞いてみたのだが、『これだけ何の反応も無い魔道具なら、効果が分かったとしても眞太郎君にしか使えないでしょうね』ということであっさり許可が出てしまった。

 ……最近は外を歩く時に手が寒いと思う事が多かったので、折角だから着けることにしている。

 魔道具だろうが何だろうが、手袋は手袋だ。革一枚にしては不思議なほどに暖かいので、とても助かっている。

 ……まさか、これ、そういう魔道具なんだろうか……?いや、まさかな。




 その日の夜。

「アレーネ。5日程度、トラペザリアに帰ろうと思ってるんだが、いいか?」

 夕食の席で、オルガさんがそんなことを言った。

「ええ。それは勿論。でも、珍しいわね」

 アレーネさんの反応を見る限り、かなり珍しい事なのだろう。

 ……そういえば、アラネウムに集まっている人達は、あまり『里帰り』をしないな。

 ペタルは家出というか、家から逃げてきている訳だから仕方ないし、イゼルは『使命』を果たすことを第一に考えているらしいし、元々ソラリウムの人はそういう感覚らしい。ニーナさんは一生バニエラに戻る気が無いらしいから、里帰りなどあり得ないか。

 泉はちょくちょくアウレに戻るようになったが……オルガさんについては、そういえばあまり事情が分からないな。(アレーネさんはもっと分からないんだが、アレーネさんはそういうものだというような感じがするので考えないことにしている)

 ……と、そんなことを考えていたら、オルガさんが続けた。

「ああ。皮膚の修理に行った時、一緒に検査もしたんだが、結構あちこちにガタが来てるってことが分かってな。折角だからそろそろオーバーホールしようと思ってるんだ」




 オーバーホール。つまり、分解清掃修理。

 一度パーツ単位までバラバラに分解してから清掃・修理して組み立て直す、ということだが……。

「ま、私は見たとおりの図体だからな。オーバーホールしようと思ったら時間がかかる。オーバーホール後の再調整も含めて、5日くらいは掛かりそうなんだ」

「そ、それってつまり、大手術……?」

 オルガさんはさらり、と言っているが、俺達の感覚からすると、泉の言葉通り……大手術、である。

「ははは、まあ、そういう事になるかもしれないが。私の体の大半は機械だからな、そんなに難しいことでも無いのさ。あんまり深刻に考えないでくれ。人間ドックみたいなものだ」

 人間ドック……本当にドックに入る訳だから、非常に正しい表現だが。


 そして夕食が終わりかける頃。

 はた、と気づいたように、アレーネさんがオルガさんの方を向いた。

「ところでオルガ。あなた、護衛は?」


「護衛……?お家に帰るのに、護衛が居るの?」

 イゼルが不思議そうにしている。俺も正直、不思議な……いや、なんとなく、事情が分かった。

「あー……まあ、居たら安心は安心だが……いや、でもなあ……」

 オルガさんは歯切れの悪い様子で頭を掻いた。

「……アレーネ、分かってるだろ?」

 そして、ちらり、とアレーネさんを見る。

「……ええ、まあ、分かるわよ。でも、あなたが皆を案じるのと同じように、皆もあなたを案じている気持ちは分かって頂戴」

 アレーネさんがそう返すと、オルガさんは気まずそうな顔をして肩を竦めた。

「だが、アレーネ。お前がここを空ける訳にもいかないだろう?それに、ペタルと泉は連れていきたくない。イゼルは狼になれるが……ソラリウム出身だ。トラペザリアは合わないだろう」

「逆に言えば、眞太郎君とニーナなら平気なんじゃないかしら?ニーナはアンドロイドだし、眞太郎君はトラペザリアの道具も使えるし……それに、『世界渡り』できるわ」

 アレーネさんにそう言われたオルガさんは、腕を組んで一頻り唸って……結論を出した。

「ニーナ、シンタロー。ここ3週間ぐらいで、5日連続で開いている日はあるか?」




「私はいつでも問題ありませんが」

「俺は明後日からなら」

 これはつまり、俺とニーナさんに『護衛』を頼む、ということなのだろう。

 ……トラペザリア、という世界については、前から気になっていた。

 一度、シェルター外の生物が全滅した、という世界。

 大規模すぎた戦争。荒れ果てた大地と文化。

 そういう世界だと、オルガさんから聞いている。

 そして、オルガさんからもたらされるトラペザリアの道具は、非常に興味深い物ばかりだ。

 どちらかと言えば、ディアモニス……この世界は、ピュライやアウレよりはトラペザリアに近いような気がしている。つまり、魔法よりも科学、という点において。

 だから俺はトラペザリアへ行くことについて少々、わくわくしたのだが……オルガさんの表情は厳しい。

「シンタロー。ニーナ。トラペザリアは滅茶苦茶に治安が悪い。それこそ、『生身の』女が居たら、まず間違いなく攫われる。需要があるからな」

 成程。それで泉とペタルは除外か。

「喧嘩もカツアゲも日常茶飯事だ。そこに放火や爆発沙汰が入ることもある。強盗が来ることは大前提、殺しだって珍しくはない」

 ……成程。道理で、『護衛』を連れていく必要があり、かつ、仲間を連れていきたくない、と思う訳だ。

「しかも、飯が不味い」

 ニーナさんは涼しい顔をしている。ニーナさんは食事が要らないからな……。

「……それでもいいなら、ついてきてくれると、嬉しい。……あ、いや、別に、いなくても問題は無いんだ。トラペザリアには私の馴染みのメカニックが居るからな、そいつの伝手を使えば、オーバーホール中の安全くらいは確保できるだろうから」

「いや、行きますよ」

「私もご一緒します」

 オルガさんは慌てたように、『来なくてもいい』と付け足したが……だが、俺もニーナさんも、同行を決めている。

 ニーナさんは戦力として期待できるだろうし、俺はペタルからブローチを借りれば『世界渡り』要員として役に立てるだろうから。

 それに、俺はまだ見ぬ異世界に、少しばかり興味があるのだ。

「……本当に、いいのか?後悔するぞ?」

「まあ、オルガさんの故郷ですから」

「私は万一破損したとしても、バニエラから部品を取り寄せて頂ければ修繕は可能ですので。メモリのバックアップをアラネウムに置いておけばより安全です」

 俺達がそう答えると、オルガさんはびしり、と頭を下げた。

「……そういう事なら、じゃあ、すまんが世話になる。面倒を掛けるが、よろしく頼む」

 そして顔を上げて、照れくさそうに笑みを浮かべたのだった。


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