40話
「……ここがさっきの箱の中か?広いな」
そして気がつけば、俺達は建造物の中に居た。
黒い天井と壁には、時折、回路のようなものが虹色に輝いて現れる。
床は発光する白い石材。この床の光のおかげで、視界にはそれほど困らない。
「何の匂いもしない……変なところ……」
イゼルが鼻を動かしながら、眉をひそめた。
確かに、異様な雰囲気のある場所だった。
静かすぎる程に静かで、何の気配も無い。
「ええと、一応ここがスタート地点。後ろにある板の上に乗って『テリオス』って言えば元の地点に戻れるよ」
ペタルに言われて振り向けば、そこには円く磨かれた虹色の石の板のようなものが置いてあった。発光し、絶えず色を変える石の板は、壁や天井を駆け巡る回路のような模様と同じ色をしている。
「じゃあ、ここにテレポートを記録しておきましょうか」
「あ、アレーネさん。この中では移動系の魔法は使えないんだ」
ペタルはアレーネさんを止めながら、苦い顔をした。
「だから、この古代遺跡は危険なんだけれどね……移動系、透過系の魔法は基本的に使えない。用意された迷路を解くしかないんだ」
成程、魔法の世界であるピュライの人にとって危険な場所、と言うからには、この程度の障害は当然なのかもしれない。
だが。
「そっかー。じゃー、私がやっとくねー」
泉がのほほん、と言うと……抱えていたバイオリンを奏でた。
全員が注視する中、バイオリンから奏でられた音が宙に浮かんで、直径15cm程度の水の玉となった。
1つは、虹色の石の板の傍に浮かび、もう1つは泉の傍に浮かんだ。
「はい!これでだいじょーぶ!さ、いこ!」
「待って泉ちゃん、これ、何……?」
浮かぶ水玉をつつきつつ、ペタルが恐る恐る尋ねると、泉は曇り一つない笑顔で答えた。
「水の流れを作る奴だよー。えっとね、この水玉、私達の後をついて増えてくんだけど」
泉が数歩歩くと、泉の傍に浮かんだ水玉が追従してついてきた。
「それで、この水玉を、こうすると!」
そして泉が、水玉に両手の先を突っ込むと。
「うわ」
「い、泉ちゃんが出てきた……」
ぱしゃん、と水の音がすると共に、泉は水玉の中に吸い込まれ、虹色の石の板の傍に浮いていた水玉から出てきた。
「じゃん!……つまり、こーやって帰り道を確保してくれるんだよー。1度に1組しか出しておけないし、一方通行だし、あんまり離れると使えなくなっちゃうけどねー」
つまり、一方通行のテレポート用ゲート、ということか。
往復には使えないが、とりあえず戻ってくる、というだけなら問題なく使える、と。
「これで安全!帰り道は任せてー!」
泉は胸を張っている。とても自慢げだ。後で聞いたら、一人前になって使えるようになった魔法らしい。
本来は、小さな池を作ったりするために水を運ぶ魔法なんだとか。尤も、他の妖精も似たような魔法を引っ越しだの買い物の荷物運びだの、帰宅だのに使っているらしいが。まあ、アウレの事だしな。
「……成程、そうね。アウレの魔法は、ピュライの魔法とはまるで別物だものね……この古代遺跡の規制に干渉せず使えるのも無理はないわ……」
そして何より、このアウレの妖精の魔法は、ピュライの古代遺跡の中でも使えるらしかった。
今のところ、ピュライとバニエラでは使っているエネルギーにある程度の互換性がありそうだ、という事が分かっているが……逆に、今回の事で、ピュライとアウレでは魔法にほぼ互換性が無いことが分かったな。
「ううう、な、なんか早速嫌な予感がする……も、もしかして、このメンバーだと、古代遺跡、全然苦労しないんじゃ……」
ペタルが何とも言えない顔をしていたが……心配するだけ、無駄だと思う。
どうせ心配は現実となる。
そうして俺達は歩き始めた。
「静かだね……ん」
だが、少し歩いたところで、イゼルが頭の上の耳をぴくぴくさせた。
「何か聞こえる。ええと、ぼくの右の、壁の方から……」
イゼルの言葉を聞いて、ニーナさんが右の壁を調べ始めた。
ニーナさんの緑の瞳が明るく輝き、壁に光が照射される。
……。
「……壁を隔てた向こうで何かが動いているようです。いかがなさいますか。破壊しますか」
「駄目だよ!」
「まあ、ちょっと穴開けてみるくらい、いいんじゃないか?」
「だだだ駄目だってば!この遺跡全体がピュライの古代魔法でできてるんだから!」
「そうね、下手するとここから出られなくなるかもしれないもの……オルガ、ニーナ、やめておきましょう」
ペタルとアレーネさんがそう言うと、ニーナさんとオルガさんはどこかガッカリしたような顔をした。ニーナさんすら、若干、そういう顔をした。そんなに壊したかったのか。
「……いえ、待ってください」
ところが、ニーナさんは壁を見つめて、瞳を物理的に輝かせた。
「この点からこちらの点までの直線と床までを垂直に結ぶ四角形上には『壁を破壊から守る』回路しかないように見えますが」
……いや、その瞳は物理的以外でも輝いている。十分に輝いている。
「あれっ、ニーナさんって、ピュライの魔法、分かるのー?」
「はい。今回の『オーバーラテラルゲート』作成の為、ペタル様とともにピュライの図書館を訪ね、魔法理論に関する全ての蔵書の内容をパーソナルデータベースに記憶しました。なので、私自身がピュライの魔法を使う事はできませんが、ピュライで現在解明されている魔法理論のほぼすべては掌握しております。ある程度ならバニエラの技術を用いて再現することも可能でしょう」
なんというオーバースペックな……。
ペタルの方を見ると、最早諦めに至ったような、悟りを開いたような顔をしている。
「ペタル様。これほどの古代遺跡において、このように簡単な魔法だけを組み込んだ壁が部分的に存在していること自体がおかしなことではありませんか。これは破壊を前提としたものであると推測します」
ニーナさんにがっちりと見つめられて、ペタルは……。
「……安全に、お願いします……」
折れた。
……ニーナさんの持っている技術はピュライの魔法と干渉するらしく、壁を壊すことができなかったので、オルガさんが壁を破壊することになった。
「私が荒っぽいことしかできないと思うなよ?」
オルガさんが右の手首のあたりを操作すると、指先に光り輝くナイフのようなものが出現した。
「おー、かっこいーい!」
「ははは、まあ、見てろ」
泉の歓声に笑って応えつつ、オルガさんは指先のナイフを使って、さくさくと壁を切り抜いていく。
まるで、熱したナイフでバターの塊を切っているかのようだ。
「おー、すごーい!」
泉がまたしても歓声を上げる。
いや、泉だけでなく、全員がこの作業を感嘆と共に注視していた。
さくさく、と分厚い壁が切り裂かれていく様子は、とても……非現実的で、面白い。
「よし。じゃ、外すぞ」
壁の4辺を切り終わったオルガさんは、壁の中心に例のナイフを刺すと、少し右手首を操作した。
それにより、壁の向こうに突き出したナイフの先端が鉤状になったらしい。壁はオルガさんのナイフにひっかけられて、引っ張られると同時にこちら側へ抜け落ちた。
「よし。こんなもんだな!」
最後にオルガさんが指先のナイフを消すと、切り抜かれた壁だけがその場にごとん、と静かに落ちた。
「あ、見て、向こう側に部屋が見えるよ!」
壁の向こう側には、やや広い部屋が見える。
部屋の中心には金属製の柱が立っており、明らかに今まで通ってきた通路とは違う雰囲気だ。
「よし、突入するぞ!」
そして、早速、オルガさんが先陣を切って、壁の向こう側へと乗りこんでいく。
「……これ、もしかして、かなりショートカットしちゃったんじゃ……ああ、なんかごめんなさい、ここに挑戦してたくさん苦戦した先人の魔導士さん達……でもこの抜け道、使います……」
ペタルは相変わらず複雑そうだったが……使わなくていい労力を使わなくて済むことは、素直に喜んでいるらしかった。
「この柱、何か書いてあるよー」
壁を抜けて入った部屋の中心には、磨き抜かれた金属製の円柱が立っていて、泉がその柱を眺めていた。
「ああ、ピュライの古代文字だね。……ええと、『全ての玉に光を灯せ』だって。これのこと、かな」
柱には正方形の透明な板が埋め込まれており、その板の辺に8つ、中心に1つ、といった具合に、玉が3×3で9つ並んでいる。
そして、柱から伸びる金属線にはペンのようなものが結び付けてあった。
「このペン……光るねー」
ペンは、レーザーポインターのように光を放っている。
泉が試しに、透明な板の上に線を書けば、その通りに光の線が生まれた。
「あ、これ、曲がると消え始めちゃうんだー」
泉がペンを握って落書きするように光の線を書いていたが、一定以上線が曲がると、今まで書かれていた光の線は端からすっ、と消えていってしまう。
「これは……ええと、ちょっと泉ちゃん、貸して」
ペタルが泉からペンを受け取って、透明な板の上に線を書いていく。
光の線が玉の上を通ると、その玉は光を中に灯した。
「こうやって、全部、急いで……あああ」
しかし、ペタルが線を引いていると、玉は光らせてもすぐ光が消えてしまう。
「えーと、これ、どうやって……?」
ペタルは透明な板の上を試行錯誤、あれこれ線を引いているが、一向に全ての玉を光らせることはできない。
「ん?どうした?壊すか?」
少しすると、壁の検分をしていたオルガさん達も寄ってきたが、流石にこれを壊すのはまずいだろう。
「ううん、オルガさん、オルガさんが全力のスピードでやったら、間に合わない?」
「やってみよう」
ペタルはオルガさんにペンを渡した。
「……ふん!」
そして、オルガさんの体から、高いモーター音のような音が響いたかと思ったら……立て続けに玉が9つ、光った……ように見えたが。
「ああー……消えちゃった……」
「えー、全部光ってたよね?」
「なんだと……」
残念ながら、玉は9つ光ったように見えたが、すぐに全て、消えてしまったのである。
「くそ、おい、ニーナ、できるか?」
「申し訳ありませんが、私は本来、接客・サービス業用のアンドロイドですので」
ニーナさんもできないらしい。
その後、イゼルも持ち前の素早さを生かして頑張っていたが、オルガさん同様、玉に光を灯すも消えてしまった。
「うー……どうしよう、なにかこの部屋に、この魔法を解く魔法みたいなのがあるのかな……?」
ペタルと泉、時々オルガさんはその後も試行錯誤しながらペンを動かしていたが、一向に全ての玉を光らせるに至らない。
……そんな時、俺はピンと来た。
「ペタル、ちょっとペン、貸してくれ」
ペタルからペンを受け取って、俺は柱の上に線を引き始めた。
最初に、左下の玉から。
「要は、曲がらなければ線は消えないんだろう?」
左下、その右隣り、更に右……と、9つの玉のうち、下列の3つに線を引く。
……そしてそのまま、透明な板を突き抜けて、俺は柱の上に線を書き続けた。
「……えっ」
「えー、それ、アリなのー?」
柱の上には、線は記されない。だが、ペンで柱をなぞり続けている間、玉の光は消えなかった。
「このまま一周、と」
そして、円柱の周りをぐるり、と一回転して、再び透明な板と埋め込まれた玉の所へ戻ってくる。
次に通るのは、真ん中の列の玉だ。そして、下列と同様に、また、柱の周りを回る。
「……で、ラストだ」
最後にもう一度戻ってきて、上段の玉3つも光らせる。
……すると。
「ねえ、開いたよ!」
壁の一画が開いて、通路が現れたのである。
「……シンタロー」
「何だ」
だが、泉は不満げに俺をじっとり見つめていた。
「なんか、納得いかない……」
気持ちは分かる。
開いた通路の先に進むと、階段のようになっていた。
「お、下にもあるのか」
「まー、立方体だったもんねー。立体構造でもおかしくないよ」
階段は薄明るいものの、続く先に何があるのか一向に見えない。
「気を付けてね。魔物も出るかもしれないから」
ペタルが念のため、杖を構えて先陣を切る。
ピュライの魔法に対して有効な攻撃手段はトラペザリアの銃火器だが、ピュライの魔法を防ぐ手段としてはやはり、ピュライの魔法が一番であるから、とのことだ。
「ペタル様、ここにも破壊可能な壁があります」
が、ペタルが階段を下りて十数歩で、ニーナさんに止められた。
「いかがなさいますか」
ニーナさんからの問いかけに、ペタルは……にっこりと微笑んだ。
「うん、オルガさん、お願い」
「よし、開けるぞ」
オルガさんが先程同様に、指先のレーザーナイフで壁を切り抜いて、壁を外した。
「……ん?中は……」
が、壁の向こう側は暗く、中がよく分からない。
何かが動く気配はあるのだが……。
「灯り、点けるね。エフィス!」
ペタルが杖の先から光の玉を飛ばすと、壁の向こう側が照らされ、中が見えるようになる。
すると。
「……げっ、やばい!伏せろ!」
オルガさんの緊迫した声が聞こえた次の瞬間、壁の穴から勢いよく、炎が噴き出した。




