39話
「……報告してきた、という事は、原因は分かったのね?」
アレーネさんが尋ねると、ニーナさんとペタルはそれぞれ頷いた。
「一番の原因は、エネルギー不足です」
「オーバーラテラルゲートは、維持にはほとんどエネルギーを必要としません。だからこそ、バニエラはソラリウムをはじめとした他の世界とずっと繋がっていたわけですが」
「だけど、起動……ええと、つまり、『オーバーラテラルゲート』の作成には、ものすごいエネルギーが必要になるんだ。……正直、ちょっと、どうやって用意したらいいのか分かんないくらい」
成程。そういう事か。
……なんとなく、何とかなってしまいそうな気もするんだが。
「エネルギー……つまり、ピュライで言う魔力だろう?ほっといて充填させる、とかじゃ駄目なのか?」
「100年単位で時間がかかりますが」
「あちゃあ、駄目だな、そりゃ……」
「というか、そもそも、エネルギーを入れておく場所が無いんだ。だから、今用意できる設備で100年待っていたとしても、『オーバーラテラルゲート』を開くためのエネルギーは溜まらないよ」
ニーナさんとペタルの解説に、オルガさんだけでなく全員で肩を落とす。
「……具体的には、どのぐらい必要なんだ、エネルギー」
「バニエラでは、マスターコンピュータが最大のコンピュータです。バニエラの巨大な街1つをマスターコンピュータが完璧に管理しているのですから。……そのマスターコンピュータが10日間、低エネルギーモードに切り替えてようやく捻出できるエネルギー量ですね。システムエラーが起きてからはエネルギーの事を一切考えずに『オーバーラテラルゲート』を作っていたようですが」
……そう聞くと、すごいような、そうでも無いような。
何にせよ、エネルギー総量の実感が全く湧かないのだが。
「とにかく、エネルギーは問題なんだけれど、エネルギー自体っていうよりはエネルギーを入れておく『容器』にあたるものが無いんだ」
「マスターコンピュータに使うようなエネルギー装置が必要になる訳ですから、バニエラでもそうそう手に入りません。規制されていますから」
まあ、そうか。巨大な街1つを管理しているコンピュータが使うのと同等のエネルギー装置なんて、普通の人が手に入れられたら、テロを起こし放題になる。マスターコンピュータに対抗できるようなコンピュータを使われたら困るのだから、当然の規制だと言えるだろう。
「ピュライにはそういうの、無いの?」
「うーん……」
そして、ピュライの方はと言うと……泉が尋ねると、ペタルは天井を仰ぎながら腕を組み、難しい顔をした。
「可能性は、0、じゃ、ない、んだけれど……」
「古代遺跡?」
「そう。ピュライの古い文明が残ってる遺跡だよ」
そしてペタルは、『可能性』について話し始めてくれた。
「ピュライのあちこちにはあってね。そこから時々、古い魔道具が見つかることがあるんだ。この『世界渡り』のブローチも、古い魔道具の1つだよ」
ああ、そういえば、エンブレッサ魔道具店で説明を聞いた覚えがある。
魔道具には3つあり、その内、『術者自身が魔力を消費しなくても魔法を使える魔道具』は、古い魔道具としてわずかに残っているばかりだ、と。
「もし、古代遺跡の中から『魔力をたくさん貯めておける魔道具』とか、『魔力の消費を肩代わりする魔道具』とかが見つかれば、それで用は済む、はず」
ペタルがそう言うと、なんとなく全員、少し希望が見えたような気がして顔が輝く。
「けど、遺跡から勝手に物を持ち出していいのか?規制とかは無いのか?」
「うん。それは大丈夫。……ピュライって、そのあたりがディアモニスとかと比べて、すごく緩いんだよね」
遺跡の発掘は、ピュライの感覚としては「狩りをするようなもの」なのだという。
俺にはその感覚は分からないが、そういう事ならその『古い魔道具』を見つけてディアモニスに持ち帰ってしまったとしても問題は無いだろう。
……が。
「……ただ、古代遺跡の中にそんな魔道具がある保証は無いし、あったとしても、見つかるとも限らない。そもそも、古代遺跡って……すごく、危険、なんだよね」
ペタルはそう言って、1人、難しい顔をしている。
……これは。
「危険……?ご飯がない、とかかな……?」
「いや、イゼル、違うぞ。あれだ、モンスターがたくさん居るんだろう?」
「いやー、違うよ!きっと、謎解きがいっぱいなんだよ!」
「罠があるのですか?」
それぞれがそれぞれの反応を示すと、ペタルは大きく頷いた。
「それ、全部。全部だよ」
「……ご飯が無い、もか?」
「うん。古代遺跡って、すごく深いものが多いから。持って行った食料や薬が足りなくなって、引き返すこともできなくなっちゃって……っていうことも、あるみたい」
成程な。つまり、食料が尽きたり、薬が尽きたり、という程の長い道のり、という危険か。
確かに、食料が尽きると致命的、か。
「モンスターと罠はまあ、想像がつくが……何だ?謎解きって」
「古代遺跡を作った古代人たちは、パズルの類が好きだったみたいで。遺跡の中に、そういう仕掛けがたくさんあって、解けないと先へ進めないようになっていたりするんだ」
そういうゲームがありそうだが、もしかしたら実際、ピュライの古代人の感覚では、古代遺跡はゲーム施設だったのかもしれないな。当時はモンスターの巣窟なんかじゃなかったのだろうし。
「しかも、入っても何も無くて骨折り損になる事だってあるわけだし……そう考えると、できれば別の手段を考えた方がいいんだけれど……」
確かに、古代遺跡に入っても、その先に何も無い、或いは目的とするような魔道具が無い、という場合の事を考えると、効率が良い方法であるとは言えないな。
「しかし、他に方法がありますか?」
だが、ニーナさんの言う通り、他に手段が無い。
少なくとも、その手段を俺達は知らない。
……さて、どうしたものか。
「……まあ、どうせこのまま考えていても埒が明かないわ。折角だし、みんなでピュライの古代遺跡、行ってみましょうか。このメンバーでなら、引き際を見誤ることは無いでしょうし」
そして結局、アレーネさんの一声によって、俺達はピュライの古代遺跡に潜ることが決定した。
「私達なら戦力も十分だろうしな!」
「ピュライの魔法にはトラペザリアの銃火器がバツグン、って、もう分かってるもんねー!」
「オルガさん、古代遺跡を爆破するのはやめてね……?」
……だが、若干、心配ではある。いろんな意味で。
それから、装備や食料、薬などの準備をして、俺達は再び集まってきた。
集まったら例の如く、全員が手を重ねて、『世界渡り』に備える。
「皆、くれぐれも気を付けてね。……じゃあ、行くよ!アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『ピュライ』!」
いつもより幾分気合が入っているようにも聞こえるペタルの声と共に、俺達はピュライへと渡ったのだった。
「着いたよ。ここが、古代遺跡……の内の1つ」
そして俺達がピュライに到着すると、目の前には……。
「……わあ……四角が、浮いてる……」
ぽっかりと、深く大きく抉れたクレーター。
そしてその中心、宙に浮かぶのは、巨大な黒っぽい立方体だった。
「……なんか、予想とかなり違ったな。私はてっきり、もっと建物みたいな奴かと」
オルガさんは何やら困惑しているが、俺も同様に困惑している。
目の前の、途方もなく大きい立方体。
どう見ても、『遺跡』とは思えないが。
「あれ自体が、1つの大きな魔道具なんだ。古代魔法の粋を集めたものだって言われてる」
黒っぽい立方体は、時折、虹色に輝く回路のような模様を表面に表しながら、ゆったりと回転している。
「内部にも魔法が掛かってるから、見た目の大きさは当てにならないよ。皆、覚悟はいい?」
ペタルが緊張気味に言葉を投げかけると、全員がそれぞれに頷いた。
まあ、ここまで来たのだから、中を見ずに帰るのも馬鹿らしい。
何も見つからなかったとしても、一度くらいは中を見てみたい気もした。
「じゃあ……いくよ!ギアナアムフィスヴィティシ!」
ペタルが何か呪文のようなものを唱えると、俺達の体は宙に浮き……。
「す、吸い込まれるー!きゃー!きゃー!」
宙に浮く、巨大な立方体に向かって、吸い込まれていったのだった。




