34話
「まー、アウレではそもそも、『商売』って感覚があんまり無いからねー」
鈴蘭さんの店を出てすぐ、泉がアウレの取引について解説してくれた。
「みんな、自分がやりたい事やって、できたものを交換したりして過ごしてるんだー。食べ物は森からいくらでもとれるから、食べるために働く、っていう感覚はあんまり無いよー」
成程……それで、豆電球で『羽』を交換してくれるのか。
なんというか、幸せそうな世界である。スローライフの極致、というか。
「さーて、じゃあ次は牙とか爪とか買いにいこー!」
楽しげな泉の先導で、俺達は次の店へと向かう。
「次のお店はねー……」
だが、ふと、泉の言葉が途切れた。
泉の視線を辿ってみれば、そこには小さな広場がある。
……小さな広場には人が集まっており、中心に何があるかは見えない。
だが、中心で何が行われているのかは分かった。
「音楽、だね。弦楽三重奏……かな?」
ペタルの言う通り、弦楽器のものらしい艶やかな音色があたりに響いている。広場に集まっている人達はこれを聞くために立ち止まっているのだろう。
「バイオリン、か?」
そこまで音楽に詳しくない俺でも、聞こえてくる音色が大体どんな楽器から奏でられたものかは想像がつく。
きっと、艶やかな飴色をした、ひょうたん型の楽器……サイズがいくつかあったが、バイオリンの兄弟みたいな奴をサイズ違いで3つ集めて、アンサンブルにしているのだろう。
「ううん、バイオリンじゃなくて……ビオラとチェロとコントラバス」
だが、俺の予想に反して、泉から訂正が入った。違うのか。
……あのあたりの楽器の音の区別はどうにもつかない。全部ひょうたん型なのだから仕方ない、などと思ってしまうが。大体、何だ、ビオラって。バイオリンと違うのか。
「綺麗な音……」
イゼルは頭の上の耳をピン、と立てて、弦楽三重奏に聞き入っている。
後で聞いてみたところ、ソラリウムにはバイオリンのように、弦を『ひく』楽器は無いのだそうだ。代わりに、弦を『はじく』楽器はあるとのことだが。
……と、いうことで、イゼルにとってこの弦楽三重奏は未知の音であるわけだ。
だが、イゼルが聞き入るのは、物珍しさからだけではないだろう。
俺の耳にも、弦楽三重奏は美しい音楽として聞こえた。それも、至上の、と言っていい程の。
クラシックを聞くような高尚な趣味は持ち合わせていないが……この弦楽三重奏なら、聞いていたい気もする。
結局、俺達はその場にとどまったまま、弦楽三重奏を曲の終わりまでしっかり聞き届けた。
3つの音が重なって曲が終わると同時に、広場は拍手喝采に包まれる。
「すごい、すごかった!透明で、するするしてて、きらきらしてて……風……ううん、水みたいだった!」
イゼルは興奮気味に拍手しながら、その興奮を俺に伝えてくる。
確かに、流れるような美しい音楽だった。水、か。成程。
「すごい……なんて綺麗な、魔法」
一方、ペタルは別の理由で茫然としていたらしい。
「魔法?」
「うん。さっきの音楽は……」
だが、ペタルから話の続きを聞くことはできなかった。
「いっけない!皆、急いで急いで!お店しまっちゃうよー!」
泉の声が耳元に叩きつけられる。流石に、耳元で叫ばれると、辛い。
「あっち、シンタロー、ほら、あっち!」
「わ、分かった。分かったから、泉、少し音量を下げてくれ……」
元気に騒がしい泉に急き立てられて、俺達は再び、次の店への道を急ぐことになったのだった。
……俺達の背後では、広場の喧騒がアンコールを望む拍手へと変わり、やがてまた艶やかな弦楽の音色が響き始めていた。
続いて俺達が向かった店は、お菓子でできた建物だった。
……ココアクッキーでできたレンガがホワイトチョコレートの漆喰と一緒に壁を作っている。窓に嵌めこまれているのはフルーツキャンディーの薄板。屋根はオランジェットで葺かれていて、門は繊細な飴細工。
これでもか、という程に甘い香りを漂わせながらそこに佇んでいる建物は、童話にでてきそう、と言うよりは、いっそもう芸術品に近い。
「ごめんくださーい!」
「はあい!今開けますねー!」
泉が呼び鈴らしきマシュマロをぎゅむ、と押すと、遠くでパフパフ、と音が鳴り、お菓子の建物から返事が返ってくる。
そして、すぐに板チョコレートの扉が開く。
「お邪魔しまーす!」
意気揚々と中に入る泉に続けば、店内もお菓子だらけだった。
棚がクッキーでできている。テーブルの天板はタルトタタンのようだし、ソファに乗っているクッションはマシュマロだ。
……胸やけしそう。
「あららら?もしかして、泉ちゃん!?」
「うん!久しぶり、ケーキ!元気だった?」
……奥から出てきたのは、おっとりした様子の女性であった。またもや、泉の知り合いらしい。
ただしこちらも、泉サイズではなく、通常の人間サイズである。
まあ、アウレにおいてはサイズの違いなど、友達になる障害にはならないのだろうが。
「ケーキのお店では、美味しくって役に立つお菓子を作ってるんだよ!」
それでは早速、ということで商品を見せてもらう。
「うーん、狼の子なら、こんなのどうかしらー?」
イゼルに手渡されたのは、小さなガラス瓶。その中に入っているのは、獣の牙の形をした色とりどりのキャンディである。
「このキャンディは舐めている間、獣の牙に力を貸してくれるの!白は光、グリーンは風、オレンジは火の力!」
成程、それならイゼルにもぴったりな効果だ。
だが。
「ちょっと待ってよケーキ、牙を使いたいのにキャンディなの?」
……泉が言うまでも無く、問題がありそうだ。
噛んだり食いちぎったりしたいときに、口の中にキャンディがあると……戦闘に集中するどころではなさそうだ。
「あら、よく考えたらそうねー……改良しなきゃ。あ、じゃあ、こっちはどう?このチョコレートは食べてから少しの間、爪を強くしてくれるわよ!」
「時間はどのくらい?」
「1分!」
……絶妙に時間が短い。
チョコレートを常に食べながら戦う事になるのか……。
「えっ、駄目!?な、ならこっちは?毛並みに風の力を与えてくれる蜂蜜!」
「舐めればいいの?」
「いいえ、塗るの。こう、毛並みに……」
「え……そ、その……べたべたするのは、ちょっと……」
……。
「……やっぱりケーキって、相変わらずだね……」
結局、勧められたものはどれも絶妙に不便な代物だった。
「うーん、だって難しいのよー」
ケーキさん、というらしい女性(名前で分かっていたが、聞いてみたら案の定、ケーキの妖精だった。)は、絶妙にセンスが無いらしい。
「仕方ないなー、私が選ぶから、ちょっと棚見せてー」
泉は肩を竦めつつ、ケーキさんの勧めを全く無視して品物を見繕い始めた。最初からこうしておいた方がよかったかもしれない。
「……ところで泉ちゃん、卒業試験はまだ受けないの?」
棚を見る泉に、ケーキさんが声を掛ける。
……すると、泉はぴたり、と動くのを止めてしまった。
「お姉さんたち、心配してたわよ。お手紙、書いてあげたらいいんじゃないかな」
「……いいよ。平気」
「でも」
「平気だったら!」
泉は振り向くと、普段からは考えられない剣幕で怒鳴った。
「泉ちゃん……」
俺達も驚いたが、ケーキさんも驚いたらしい。
そんな俺達を見て、泉は少し頭が冷えたのか、気まずそうな顔をした。
「……ごめん。でも、本当に平気。試験はすぐ受けるし、お姉ちゃんたちにもその時連絡するから」
そして、それだけ言うと、また黙ってしまった。
……泉の背で、バイオリンケースが揺れている。
そういえば、泉の家に荷物を取りに行った時、『試験』、と言っていたか。
「じゃ、これお願い!」
そして泉は、いくつか適当なお菓子を選んだらしい。
「はーい。ええと、精神力回復のキャンディ1瓶、炎の牙のシロップ1瓶、氷の爪のシロップ1瓶、俊足のチョコレート2袋、恋星金平糖1瓶、フライングケーキ1台。……買い込むわねー。勿論、お代は高くつくわよー?」
「ふっふっふ、まかせなさーい!ケーキ、お代は……これでどうだー!」
会計、ということで、泉がペタルのポケットから取り出したのは……。
「まあ、綺麗!くるくる回るのね!でも、魔法の力は全く感じられないわ!素敵!」
……。
方位磁針……。
方位磁針1つで大量のお菓子を買いこんで、俺達は帰路に着くことになった。
「えへへー、いっぱい買っちゃった。お菓子ならあんまり世界の壁を考えずに皆が使えるからねー」
「オルガさんはアウレとあんまり相性が良くないけれど、アウレのお菓子は大丈夫だもんね」
「うん!フライングケーキはお土産ー!ご飯の後にみんなで食べよーね!」
ちなみに、買い込んだお菓子類を持っているのは俺である。
……別に男だから荷物持ち、などという理由ではない。
有事の際に、ペタルとイゼルが動けた方がいいからだ。
ペタルは魔法使いだし、イゼルは身体を使った戦闘が得意だ。ペタルは万能型、イゼルはスピードタイプ、だろうか。
……この中で一番弱いのは、間違いなく俺だ。悲しいことに。
「それじゃ、ペタル、おねがーい!」
「うん。じゃあ……」
……そして、俺達が『世界渡り』しようとした時。
「泉……?泉、泉なのっ!?」
道の向こう側を歩いていた女性が3人、俺達の方を見て歩みを止めた。
「泉!」
そして女性たちは慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。
だが。
「ぺ、ペタルっ!急いで!急いで出発してーっ!」
「え!?え、でも」
「いいから!お願い!お願いー!」
……事情は分からないが、俺達は泉を信頼している。
きっと、何かあるのだろうし……何かあっても、泉ならきっと、自分できちんと解決させるはずだ。
後から話は聞けるし、その時に俺達が力になることもできる。
だから、今は泉に従おう。
「ペタル、頼む!」
「わ、分かった!……アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『ディアモニス』!」
俺達は女性達を待たずに、『世界渡り』してディアモニスへ帰った。
女性達の悲し気な表情が気になったが……それ以上に、俺の肩の上で今にも泣きそうな泉の事が、気になった。




