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33話

 目の前に広がる、鮮やかな明るい薄緑。

 それは端に行くにつれグラデーションしていき、最終的にはピンク色へと変わっていく。

「うーん!ひさしぶりー!やっぱりアウレの空が一番きれーい!」

 ……アウレの空は、青くない。

 地面の際にピンク、天へ行くほど明るい薄緑。そんな、不思議な色をしている。




 俺達はアウレの小さな森の中の、さらに小さな池の前に来ていた。

 ……いや、池、と言うよりは、『泉』なのかもしれない。透き通って輝く水が滾々と湧き出ている。

「あ、じゃあ皆はここでちょっと待っててね!」

 そして、泉(小人の方だ)は俺達にそう言うと、泉(水たまりの方)の中へと入っていった。

 ぽちゃん、と、小さな音が響き、水面に波紋がふわふわ浮かんで薄れて消える。

「……大丈夫なのか?」

 泉が沈んだきり、静まり返ってしまった水面を眺めつつ、なんとなく不安になってきた。

 うっかり溺れて沈んでいたりはしないだろうか。

「ああ、うん。大丈夫だよ、眞太郎。ここ、泉ちゃんのお家だから。……ほら、泉ちゃんって、泉の妖精でしょ?」

 すると、ペタルからそんな答えが返ってきた。

 ……妖精。

「妖精」

「うん。妖精。泉の妖精だから、『泉』。アウレの妖精はみんな、自分そのものの名前が付いてるんだって」

 てっきり、泉の事は小人なのだと思っていたが……まさか、妖精だったとは。

 アラネウムのメンバーのことですらこの様だ。異世界の事は分からないことだらけである。


「ふしぎなところ……植物が踊ってる……?」

 泉を待つ傍ら、イゼルは手近な植物を眺めて不思議そうにしていた。

 ……一緒に覗き込むと、確かにそこでは、『植物が踊って』いた。

 しなやかな曲線を描く茎の先にはハート形の葉と一緒に、黄色い提灯のような、光る不思議な花がぶら下がっている。

 そしてその植物は、その提灯を振りながら……くねくねと、ふりふりと。そんな具合に踊っているのであった。

「……食べられないのかなあ……」

 イゼルはそんな植物を見て、そんなことを言ったが……その途端、提灯を提げた踊る植物はピン、と伸びあがった。

 注視していると、植物は慌てふためくように地面から根っこを引き抜きつつ、その根っこを足のようにして……すたこらさっさ、と逃げていった。

 逃げていった。

「……植物が逃げてっちゃった……ふ、ふしぎなところ……だね……」

 辺りを見れば、不思議なものだらけだ。

 踊る植物、歌う花。

 空に飛んでいる蝶はレース細工だし、囀る小鳥は翡翠の彫り物でできているかのようである。

「アウレはこういうところなんだ。私は好きだよ。アウレ」

 ペタルはにこにこ、と笑いながら宙を飛んでいたシャボン玉を手で煽り、ふわ、と空の高みへ押し上げた。

 シャボン玉の出どころを探せば、なんと、泉のほとりに割いているラッパのような形の花が、ぷわりぷわりとシャボン玉を吹いているのである。

「……オルガさんは苦手そうだな、ここ」

 オルガさんはメルヘンな世界とは総じて相性が悪いらしい。ということは、このアウレはさぞかし、相性が悪い事だろう。

「ぼくもここ、好き。お日様とお花の匂いがするから……」

 一方、イゼルもアウレが気にいったらしい。くんくん、と鼻を動かしながら、顔をほころばせている。

「……まあ、平和なかんじがする、よな」

 そして俺もまた、アウレの空気は嫌いではなかった。

 のんびりとして、のどかで、ユーモラス。

 そんなアウレは、泉とよく似ているような気がする。




「おまたせー!わー、結構時間かかっちゃった」

 しばらくすると、泉が泉から戻ってきた。その手には小さいながらも泉の体躯にはかなり大きいであろう鞄が重そうに握られている。

「何を取ってきていたの?」

「えっとねー、お気に入りのワンピースと、好きな本と……その他諸々と、それからほっぽってあったバイオリン」

 ……見ると、泉の肩には細長い雫型のような形をしたケースが背負われている。

 バイオリンケース、だろう。ただし、薄い桃色に金細工の装飾がされており、かなり装飾的なものだが。

「……そろそろ試験勉強しなきゃいけないからさー……はーあ、やだなあ……」

 バイオリンケースを背負い直しつつ、泉はため息を吐いた。

 試験勉強、か。泉が憂鬱そうなので、あまり詮索はしないが……きっと妖精にも色々あるのだろう。

「荷物、持つよ」

 泉の鞄があまりにも重そうだったのでそう申し出ると、泉は礼を言って、俺のコートのポケットに泉の鞄を放り込んだ。

 ……サイズの割には重いが、俺にとってはなんてことの無い重さだ。

「あ、そうだ、シンタロー。荷物のついでに、私も運んでくれると嬉しいなー!」

「どうぞ」

 ついでに泉が俺の肩によじ登ってきたが、こちらもなんてことの無い重さである。

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 ……ただ、泉が肩に乗っていると、少し、耳元でうるさいが……。




「それじゃあ、レッツゴーショッピング!……あ、シンタロー、右に曲がって真っ直ぐね!」

 そうして俺達は泉の家から5分程度歩いたところにある、全体的にペールカラーをした街並みにやってきた。

 だが、その街並みは泉サイズではない。

 俺達が普通に入れるサイズの店舗が並び、その間を俺達と大体同じくらいのサイズの人や、人以外の生き物が行きかっていた。

 ……人以外の生き物、というと……。

「木が歩いている」

「うん。アウレはいろんな種族が居る世界だから!」

「猫が歩いている」

「あれはケット・シーだよー」

「あれは……あの、柔らかそうな白い丸っこいのは……」

「……私にもわかんない。誰だろ、あれ」

 そんな始末である。アウレの住民にすら何者なのか分からない謎の生き物まで闊歩しているのだ。種族が多様、などというレベルではない。

 しかも、それらの人々は皆、とてもフレンドリーであった。

 歩いている木に「やあやあ、元気?林檎食べる?」と、その歩いている木に生っている林檎をもいでそのまま差し出された時にはそれはもう、愉快だったし、反応に困った。ちなみに林檎はとろり、と甘く、中々に美味かった。




「どーお?私の故郷、良い所でしょ!」

「うん。賑やかで明るくて、良い所だね。ソラリウムにはこういう街はあんまり無いから……ちょっと不思議なかんじがするけれど……」

 イゼルはアウレの街並みを興味半分、緊張半分で見回しながら歩いている。

 だが、異種族については、俺より順応が早かった。足元の石畳の1枚が「踏まないでよー」と文句を言ってきても、「あっ、ごめんなさい」と、普通にやり取りをしている。

 ソラリウムは色々な獣人が居たし、異種族について寛容なところがあるのかもしれない。

「眞太郎には大分不思議なかんじかもね?」

 一方で、ペタルはくすくす笑いながら俺を見ている。

 ペタルは何度かアウレに来ているようだし、慣れているのだろう。或いは、ピュライが魔法の世界であるために、アウレをさほど不思議に思わないのかもしれないが。

「ああ、ちょっと……いや、かなり、驚いてる。でも、そろそろ慣れてきた」

 俺が異世界に来て驚くのは、何もアウレに限った話ではない。

 大体、どこの世界に行っても多かれ少なかれ驚かされるし、変な物も不思議な物もたくさん見る。

 だが……『そういうものだ』と思ってしまえば、そんなに順応は難しくなかった。

 ディアモニス人たる所以なのか、それとも俺個人の素質なのかは分からないが。

「そっか。なら良かった。……眞太郎はどんな人の故郷にでも行けるし、慣れられるし、好きになれるから……それって素敵だな、って思うよ」

 ペタルはそう言って、笑みを深くした。




「よし!着いた!」

 そして不思議な街並みを歩いた先で、泉が目指していた店に辿り着いた。

 不思議な店である。

 巨大な花の咲きかけの蕾をそのまま建物として利用している、といった風情の外観であり、実際に壁を触ってみると、花弁そのものの手触りがした。……これが本当に生花だったとしても、俺はもう驚かない。

「ごめんくださーい」

 傍らに生えていた鈴蘭を揺らすと、鈴蘭がちりんちりん、といい音で鳴る。どうやらこれがベルらしい。

「はーい、どうぞー」

 ……すると、蕾の中から声が聞こえ、蕾の花弁の一枚がぺろん、とめくれるように開く。

「さ、入ろ入ろ」

 泉に促されて、巨大な蕾の中に入る。

 俺達が入ると、自然とまた花弁は元のように戻った。

 蕾の内側には、普通の店舗のように棚やショーケースがしつらえてあり、所狭しと様々な道具が並んでいる。

 道具のほとんどは宝石と金や銀で細工されたアクセサリーのようなものなのだが……ここはアクセサリー店なのだろうか?

「いらっしゃいませー……って、あれっ!?い、泉!帰ってきてたの!?」

 店内を見ていると、突然、店員が現れた。

 店員の女の子は、泉より少し年上、というように見える風貌をしていた。

 だが、泉のように身長15cmという事はなく、ペタルと同じくらい……150cm後半くらいの身長がある。

「うん!鈴蘭、元気だった!?」

「うん、元気よ!わあ、久しぶりー!」

 鈴蘭、と呼ばれた女の子は、身長15cmの泉を手のひらに乗せつつ、再会を喜んでいる。

「……ええとね。紹介するね!この子は私のお友達の鈴蘭!名前の通り、鈴蘭の妖精だよ!」

「はじめまして!泉のお友達のみなさん!」

 ……身長15cmと、身長150cm後半がにこにこしながら俺達に挨拶してくる。

 この2人、同じくして『妖精』らしい。

 ……花の妖精は大きい、とか、そういう違いがあるんだろうか……?




「えっとね、鈴蘭鈴蘭。今日はこの子の『羽』を探しに来たんだ」

 泉はそう言うと、イゼルをずい、と前へ押し出した。

「え、えっと、あの」

「あ、イゼル。ちょっと変身して!」

 イゼルはまごまごしていたが、言われた通り、変身して狼の姿に変わる。

「……と、こんな子なんだけど、どうかなー」

「ああー、分かったわ!待っててね、丁度いい『羽』ができたところだから!」

 鈴蘭さんはイゼルの変身を一通り見ると、嬉しそうに店の地下へと引っ込んでいった。

 ……蕾の地下、である。益々この建物がよく分からないが、まあ、そういうものだと割り切ろう。


「泉、『羽』って何だ?」

 鈴蘭さんを待つ傍ら、泉に聞いてみる。

 この店にあるものはアクセサリー類ばかりだ。『羽』らしきものは見当たらないが。

「ああ、えっとね、『羽』っていうのは、空を飛ぶための道具、かなー。……例えば、これとか」

 泉は手近な棚から、指輪を2つ持ってきた。

 指輪は銀細工。木の葉のような模様が透かし彫りになっている繊細なものだ。

「ちょっとシンタロー、嵌めてみて!えっとね、両手の中指!」

 うっかり力を入れ過ぎて壊したりしないよう、気を付けながら指輪を嵌める。

 両手の中指にそれぞれ指輪を着けると……それぞれの指輪から、透き通った木の葉のようなものが3枚、扇形に並んで現れる。

 そしてそれと同時に、俺の体は浮き上がっていた。

「うわっ」

 宙に浮いた体は傾き、転倒しそうになる。慌てて体勢を立て直そう、とすると、両手の指輪から現れた木の葉のようなものが消えて、俺は床に尻もちをつくことになった。

「……やっぱりシンタロー、いろんな世界の道具を使えても、ちょこっとずつしか使えないんだねー……」

 ……気持ちは複雑だが、この店に並んでいるものがどんなものなのかは把握できた。

 つまり、ここにあるアクセサリー類は、この指輪と同じように、空を飛ぶための魔法の品、という事なのだろう。


「お待たせー。見て見て、これ、どうかしら!」

 それから戻ってきた鈴蘭さんが持ってきたのは、2つの腕輪だった。

 指3本分くらいの幅の金細工。花の模様と緑色の石が特徴的だ。これは二の腕に着けるものらしい。

「これ、妖精用に作ってあるやつなの。だから、体の大きさが変わっても、それに合わせて腕輪のサイズも変わってくれるはずよ。だから変身しても平気!さあ、使ってみて!」

 イゼルの両腕に金細工の腕輪が通されると、腕輪の石が輝く。

 それと同時にイゼルの髪が逆立つように広がり、瞳が輝き……イゼルの肩のあたりから、透き通った百合の花弁のようなものが4枚、扇形に並んで現れた。

 イゼルは俺のようにバランスを崩すこともせず、ふわり、と浮き上がる。

「……すごい……!」

 イゼルは腕輪から生まれた『羽』を自在に操って、店内を小さく、しかし自由に飛び回って見せた。

「ちょっと変身してみてー!」

 泉の声に応えて、イゼルは宙に浮いたまま変身する。

 ……すると、狼の前足に合わせて腕輪のサイズが変化した。『羽』は変わらずに現れ続けている。

 その状態でも自在に飛ぶことができるらしい。イゼルは嬉しげに吠えた。


「大丈夫そうねー。どうする?これ、買っちゃう?」

「うん、買っちゃう!」

 そしていざ会計、となった時、イゼルが焦り始めた。

「あ、あの、ぼく、お金もってない……」

 ……イゼルの台詞になんとなくデジャヴを感じる。

「あ、大丈夫だよ、イゼル!支払いは私に任せてー!」

 だが、泉はそう言って笑うと……ペタルのポケットに潜りこんだ。

 ……少しして、ペタルのポケットから出てきた泉は、その手に豆電球と電池を持っていた。

「それは……もしかして、異世界の道具!?」

「そう!これはマメデンキュー!光るんだよ!」

 豆電球は豆電球なのだが、泉が持つととても大きく見える。

 泉は電池と豆電球を銅線で繋ぎ、ぴかり、と光らせた。

「支払いはこれでどーだーっ!」

「わーっ、恐れ入ったわ、泉!太っ腹ー!わあい、ありがとう!まいどありーっ!」

 ……鈴蘭さんは豆電球と電池を受け取ると、喜んでくるくる回り始めた。

「……ペタル」

「うん、何?」

 鈴蘭さんと泉を眺めつつ、こっそりペタルに聞いてみる。

「もしかして、アウレには異世界の道具が流れ込んでくるのか?」

「ああ、アウレは他の世界との行き来があったりするから」

 ……それは初耳である。

「大丈夫。どちらかというと、アウレの人達がやることはアラネウムと似てるんだ。……例えば、夜な夜な他の世界の靴屋さんに行って、靴を作るお手伝いをして帰ってくる、とか」

 何やら聞いたことのあるような話だ。

「それで、そのお礼として角砂糖とか、ミルクとか。あとは革の切れ端とか、ネジとか釘とか、そういうものを貰ってくるのがアウレの人達の楽しみなんだ。……その中でも特に人気があるのが、小さな機械類で……」

 ……俺達の視線の先では、豆電球に大喜びしている鈴蘭さんと、自慢げな泉、不思議そうにしているイゼルが居る。

「……アウレの人達の間では、こういうの、すごく高い価値があるみたい」

 ……鈴蘭さんはとても喜んでいるようだから、まあ、いいか。


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