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31話

「機械……?」

 ノエルさんは、自らを機械だと言ったが……どう見ても、人間だ。

「私は機械です。N-P025型アンドロイド。本来は接客、サービス業に利用される機種です。ノエル、という名は私のシリーズを設計した人間の名前をそのまま使わせて頂きました」

 ノエルさんはやはり、表情を変えることなくそう言うが……冗談のように聞こえる。

「ああ、私は分かっていたぞ。透視すれば内部構造が見えるからな。確かにノエルは機械だ。半機人でもなく、な」

 だが、オルガさんもそう言って肯定する。

 オルガさんは、ある程度までなら透視して物を見ることができる。それはピュライで既に知っていた事だ。これを否定することはできない。

 それに、ここは異世界なのだ。

 見て話してみて、人間と何ら差異の無いアンドロイドがあったとして、おかしくはない。

「え、え……機械を壊す、って、え、ノエルさん、死んじゃうの!?や、やだよ!」

 だが、泉が慌てふためくことだって、否定できない。

 俺からしてみれば、ノエルさんは……自我のある、1人の人間のようなものだった。

 その相手が死ぬ……破壊される、というのは、なんというか、後味が悪い、というか……いや、何と言ったらいいのか。

「問題はありません。N-P025型アンドロイドは量産されています。未知のエラーを孕んでいるわけでもない、正常なものが、いくらでも」

「それは……あなたじゃないよ、ね?」

 ペタルはペタルで、また俺とは違う考え方をしているのかもしれない。ピュライではアンドロイドなんて、ペ○パー君レベルですら存在していないのだから。(後で聞いてみたら、ゴーレム、というものが一応あるらしいが、こちらはペッ○ー君以下らしい)

「アンドロイドに個は必要ありません。私『達』は『1人』の人間と同じです。そして異常な細胞は自ら死にます。そう、これは……この街のシステムの、アポトーシスに過ぎません」

 ノエルさんの言葉が、なんとなく分かる。

 彼女は機械であり、機械であろうとしている。

 機械は1つでは動かない。いわば、社会の歯車として、他と噛みあって在るべきであり、それができないなら、社会という1つの巨大な機械を損なわない為に……『アポトーシス』すべき、と。

 ある種、理に叶った考え方だと思う。

 ……泉は今一つ理解できないようだったし、ペタルは『1つの大きな組織の為に個を犠牲にする』ということを嫌っているようだから、理解はともかく、納得はできていないようだったが。

 俺は……納得できるかどうかは別として、理解はできた。

「私はこのままこの世界に居てはいけません。私を契機にして、再び大規模なシステムエラーが起こる可能性は極めて高い。……自我を持った機械など、ましてやそれを『自覚している』など!」

 ちらり、と、ノエルさんに初めて表情らしきものが見えた気がしたが、光線銃の内部から溢れた光に掻き消され、見えなくなる。

 光線銃はエネルギーを充填しているのか、高い唸りを上げ、みるみる光は増し……。

「でも、あなた個人としては、死にたくない。違うかしら?」

 しゅ、と一瞬、音が聞こえた。

 それと同時に、ノエルさんに突きつけられていた光線銃は、真っ二つに切り飛ばされた。




 光線銃を切り飛ばした犯人は間違いない。アレーネさんだ。

「……何を」

「勿論、あなたがこの世界を大切にする気持ちも、そうしたい理由も、そうしなきゃいけない理屈も分かるわ。でもね……私達としては、『契約は守ってもらわなきゃ』困るのよ」

「契約?」

 アレーネさんの言葉に、ノエルさんが首を傾げる。

 ……俺も首を傾げる。

 横を向いたらペタルと目が合ったので、口の動きだけで「何かあったか?」と聞いてみたものの、「分からない」と、やはり口の動きとジェスチャーだけで返ってきた。

 契約、というと、今回の報酬についてだろう。

 つまり、『私に何かあった場合は皆さんにお預けしているものを報酬としてそのままお譲りします』という程度だが。

「私、あなたに言ったわよね?戦闘が始まる直前……『あなたの命をきっちり預かるわ』って」

 ……。


「……それは」

「あー……ええと、ノエル。お前、アンドロイドなら内部にレコーダーくらい付いているだろう?」

 オルガさんが何とも言えない顔で促すと、ノエルさんは沈黙したまましばらく何か……恐らく、体内に備え付けられた機器類を操作し……。

「……はい。確かにそう仰いましたね。そして私はそれに対し、了承している……」

「そうね」

 俺は思わず、またペタルと顔を見合わせた。そしてお互いに何とも言えない顔をして、再びノエルさんへ視線を戻す。

「しかし、その了承はあなた達がボットと交戦することへの了承であり」

「でも預けてもらったわよね?命。そもそも、最初に『預けたものを譲渡する』なんて曖昧な内容で契約したのだもの。問題は無いでしょう?」

 無表情なのにどこか焦りのようなものが見えるノエルさんと、ひたすら楽し気に微笑むアレーネさんがひたすらに見つめ合う。ともすれば、にらみ合う、とも形容できるほどの強固さで。

「……まあ、なんだ。その、ノエル」

 その2人の間に割って入ったのは、オルガさんだった。

「どうせ死ぬならその『資源』、別の世界で役立ててみないか。エラーがどうの、っていうのも結局は、この世界でに限った話だろう?案外楽しいぞ!いろんな世界に行くのは」

 ノエルさんの表情に一瞬、迷いのようなものが見えた。

「わーい!また仲間が増えた増えたー!やったー!ここんとこいっぱい増えるねー!やったねー!」

「泉さん、ちょっと待ってください、まだ私は」

「ペタル、よろしく」

 だが、ノエルさんがそれ以上何かを言う前に、アレーネさんがペタルを促した。

「え、ええと……アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『ディアモニス』!」

 ペタルは少々困惑気味ではあったが……さっさと『世界渡り』をしてしまったのだった。




 ……そして俺達は無事、アラネウム店内へと帰ってきた。

「あ、お帰りなさい……あれ?その人……?」

 アラネウムのカウンター席に座って留守番していたイゼルは、俺達を見て首を傾げる。

「……来て、しまいました……」

 ペタルの『世界渡り』は正確に発動し……ノエルさんも巻き込んで、しっかり全員でアラネウムへと帰還していたのだった。

「……私は……」

 だが、ノエルさんは俯いて沈黙したまま、視線を床に落とし続けている。

「無理は言わないわ。どうしても『アポトーシス』したいならお手伝い位させてもらうつもりよ。でも、一仕事手伝ってもらってからでも、いいかしら」

 そんなノエルさんにアレーネさんが声を掛ける。

「一仕事」

「ええ。……バニエラのマスターコンピュータが暴走した結果生まれた『世界の破れ目』……あなた達の言うところの『オーバーラテラルゲート』。それによって、ちょっと困ったことになっている世界があるのよ」




 そして一夜挟んだ翌日。

 俺達は再びソラリウムへとやってきた。当然ながら、オルガさんは留守番である。

 だが、オルガさんの代わりにノエルさんが一緒だった。

「ああ、早速ね」

「……雨、ですね」

 そして、ソラリウムの様子は、前回と全く異なっていた。

 青すぎる程に晴れた空は、今はすっかり雲に覆われ、銀色の雨がしとしとと降り注いでいる。

 乾ききっていた土は雨を吸い込み、辺りには湿った土特有の匂いが立ち込めていた。

「わあ……雨……久しぶり……!」

 ソラリウムで暮らしていたイゼルは、雨を見るのも久しぶりだったらしい。雨の下ではしゃぎまわっている。

「バニエラでマスターコンピュータが『オーバーラテラルゲート』先の異常も修復してくれてるんだね」

 元々はと言えば、ソラリウムの日照り続きはバニエラのマスターコンピュータが『オーバーラテラルゲート』……つまり『世界の破れ目』を生み出し、ソラリウムの雨雲ないしは水をバニエラへと輸送してしまった事が原因だったらしい。

 そして、バニエラでマスターコンピュータが復旧した今、それも徐々に戻ってきている、と。


「……ということで、皆。作業だよ」

 そんな中、ペタルが緑色の石がついた棒のようなものを渡してきた。

「これなーに?」

「これは『芽吹きの杖』。振った先にその土地の植物を生やす魔道具だよ。はい、眞太郎は魔力補充用にこっちのバッテリーパックもね」

 ペタルが『芽吹きの杖』を配り終え、早速使い方を教えてくれる。

「こうやって、地面に向かって振るだけなんだ。えい」

 振られた『芽吹きの杖』は緑色の光を発した。

 すると……緑色の光がぶつかった地面から、みるみる草が生えてくる。

「へー、おもしろーい!」

「これで植物を取り戻せば大地の保水もできる、ということね」

 一度乾ききってしまった大地は、雨が降っただけですぐに元の状態に戻る訳ではない。

 俺達はこれから、『元の状態に戻す』ための手助けをする、ということなのだろう。

「はい、ノエルさんも」

 ノエルさんも、ペタルから『芽吹きの杖』を受け取る。

 受け取ってしばらく、『芽吹きの杖』を眺め続けていたが、やがて、ペタルがやっていたのと同じように、杖を振った。

「不思議なものですね」

 ノエルさんは、生えてきた植物を眺めて……微笑んだ。

「……綺麗」

 雑多な植物の中で、小さな花が雨に打たれて揺れていた。




 その日はひたすら、『芽吹きの杖』を振り続けて、ひたすら植物を生やし続けた。

 途中、バッテリーパックを消費しきったことに気付かずに『芽吹きの杖』を使ってしまい、うっかり魔力切れで気絶してしまったが……まあ、それ以外は恙なく作業が終わった。

「これならソラリウムももう大丈夫、かな」

「うん、後は少しずつ、戻っていくと思う……ありがとう」

 緑色の大地を眺めながら、イゼルがはにかむ。

 ペタルが何かやったのか、いつの間にか辺りには草だけではなく木も青々と伸びていた。

 これでソラリウムの食糧難も大分解決されるだろう。


「……ということで、どうかしら、ノエル。私達はいつも大体こんな事をしているのだけれど。もしよかったら、あなたという資源、もう少しここで役立ててみない?」

 ノエルさんは、さっきからずっと、新たに芽吹いた花を見つめていた。

 アレーネさんの言葉にも視線を動かすでもなく、雨に打たれてひたすら花を見つめている。

「……私は……」

 しばらく、そのままでいた。

 ひたすら雨に打たれて、花を見つめて……ノエルさんは視線を上げた。

「私は確かに、あなたと契約をしました。預けたものを譲渡する、と。ですから、私はあなたの物です。なんなりと、お好きなように」

 事務的な言葉ではあったが、ノエルさんは微笑んでいるようにも見えた。




 それからアラネウムに戻った俺達は、『イゼル&ノエルさん歓迎会』を開催した。

 とはいっても、ささやかなものだ。少し豪勢な食事を摂る、という程度の。

 だが、それが中々に楽しい。ここに居る人達は全員がお互いに異世界人だ。お互いの話を聞いているだけでも楽しかった。


「……ところで」

 そんな中、ふと、ノエルさんが声を発した。

「私の呼称、なのですが」

 ……そう言われて、思い出す。

『ノエル』という名は、『N-P025型アンドロイド』の設計者の名前、であると。

「あー、そっか。ノエルさん、『ノエル』じゃないのかー」

「はい。特段、アンドロイドであることを隠すつもりも無かったのですが……咄嗟に偽名を」

「……という事は、これからはN-P025、とか呼んだ方がいいか?でもなんかそれもなあ……」

 オルガさんが唸る以上に、泉がげんなりした顔をしている。

 確かに、泉は『N-P025』と一々言えそうにない性格をしているが。

「……なら、きちんとあなたの名前を決めましょう。誰かからの借り物でもなく、あなたの事を指す名前を」

 アレーネさんはそう言いながら、窓辺にディスプレイしてあった本……外国語で書かれた植物図鑑を手に取った。

「好きなところでストップをかけて頂戴」

 そして、ぱらぱらぱら、と、図鑑のページを捲っていく。

「……ストップ」

 ぱら、とページが止まる。

 アレーネさんは止まったところのページを覗き込み……微笑んでから、俺達にページを見せた。

「このページは『Rosa canina』。ローザカニーナ……ワイルドローズね」

 図鑑には、5枚の花弁を持つ野薔薇の絵が描かれていた。

「……ということで、あなたの名前はニーナ。どうかしら?」

 適当な名前の付け方だが、案外それでもいいのかもしれない。

「分かりました。私はN-P025型アンドロイド、パーソナルネーム『ニーナ』。……よろしくお願いします、マスター・アレーネ」

 ノエルさん……いや、『ニーナ』さんはそう言って、ごく薄く、微笑んだ。


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