30話
「ノエル、あなたの命、私達がきっちり預かるわ。任せて頂戴」
「はい。よろしくお願いします」
アレーネさんは妖艶に笑うと、両手に指輪のようなものを嵌めて大きく手を振り抜いた。
……すると、アレーネさんの手の軌道に沿って、ボットが一刀両断されていく。
何かの魔法、だろうか。
「わーい!遅い遅ーい!」
泉の様子は……見えなかった。
声は確かに時々聞こえるのだが、声がした方で時折ボットがいきなり壊れる、というくらいなので……何が起きているのか、全く分からない。
(後で聞いてみたところ、泉は小さな体躯を利用して、ボットの内部に入ってはコード類を切断して回っていたらしい。恰好どころか、戦法まで一寸法師だった。)
「どうしたどうしたァ!この世界の戦闘用ボットは貧弱だなぁ!」
ばごん、ごしゃ。
金属がひしゃげ、潰れ、床に叩きつけられる凄まじい音に混じって、オルガさんの勇ましい声が響く。
オルガさんはその体に実弾兵器を搭載しているが……今回、それを使うつもりは無いらしい。
何故なら、ここが『マスターコンピュータのコントロールルーム』であるからだ。
今現在狂っているとはいえ、この街を管理しているマスターコンピュータを破壊してしまいでもしたら、この街が大変なことになることくらいは想像がつく。
……よって、オルガさんは銃弾も爆発物も使わず、トラペザリアの技術で強化されたその肉体1つで肉弾戦を行っているのだった。
騒がしく、狙いは大雑把に。足りない部分は全て力でねじ伏せる。
そんな戦い方をするオルガさんは、至極楽しそうであった。
オルガさんは元軍人らしいが、軍人は天職だったんじゃないだろうか。
「眞太郎!反対側からも来るよ!……エラエピセシペタロ、ヴィエイオス!」
実弾を遠慮したオルガさんとは逆に、ペタルや俺は遠慮なく魔法や光線銃を撃ちまくっていた。
こちらも理由は簡単、バニエラやピュライのエネルギーに対しては、マスターコンピュータが厳重にシールドを展開しているからだ。
その分、ボットも光線銃に耐性があるようだったが……ペタルの十八番、魔法の花弁の嵐は少々勝手が違うらしい。特に、軌道が直線的ではない点と、速度が一定ではない点、それから、一度に複数の花弁が襲ってくる、という点において。
花嵐に巻かれて四方八方から攻撃されると、ボットは攻撃の分析にいっぱいいっぱいになってしまうらしく、ボットの動きは目に見えて落ちるようになる。
そこを花弁の手数で押してしまえばすぐにボットは装甲の継ぎ目を切り裂かれ、静かに機能を停止する。
ペタルの魔法は広範囲に及び、静かに、かつ正確に、ボットを次々と戦闘不能へ追いやっていった。
静かさといい、狙いの正確さといい、オルガさんと真逆の戦い方である。
……一方、俺はというと、ひたすら光線銃の引き金を引いていたのだが……今回はあまり戦力になっていないような気がする。
いや、相手の的を1つ増やすことには役立っているのだろうし、俺が光線銃を発射することで攪乱する効果もありはするのだろうが……少なくとも、俺がボットにとどめを刺すことはほとんど無かった。それほどまでに、ペタルとオルガさんの戦果が圧倒的だった、という事なのだが。
がごん、と、ボットが投げ飛ばされて壁に叩きつけられる音が響き……俺達が周囲を見渡すと、動いているボットはもう無かった。
「お?これで打ち止めか?」
「ずいぶんやっつけたもんねー」
ボットを吐き出し続けていた壁は今や閉じ、これ以上増援を送るつもりは無い、とでも言いたげに沈黙している。
オルガさんの言う通り、『打ち止め』か。
だが。
「……ううん、まだ来る!構えて!」
「上よ!」
ペタルとアレーネさんが注意を喚起した直後、天井が開き……質量の塊が降ってきた。
床板が凄まじい音を立て、衝撃が俺達を襲う。
……衝撃が収まった時、そこに居たのは。
「……これは中々楽しめそうじゃないか!」
「これはさっきまでのとは、違う、よね……」
全身を装甲で包んだ、騎士めいた容貌の、巨大なボット。
高さは5mにも及ぶだろうか。
ボットの両腕には光る謎の刃が現れ……ボットの頭にあたる部分に、眼光のように光が灯る。
「……来るわよ!」
アレーネさんの声が空気を裂くと同時に、巨大ボットは動き出した。
「任せろ!」
オルガさんの声が聞こえたと思ったら、俺達の横には床の凹みだけが残されており……次の瞬間、金属同士がぶつかり合う凄まじい音が響いた。
巨大ボットの剣と、オルガさんの下腕に沿って生成されたレーザーナイフがぶつかり合い、両者はそのまま組み合った状態で均衡した。
……次第に、ぎしぎしと何かが軋むような音や、めきめき、と何かが壊れていくような音が響く。
1人と1体が押し合う足下では、耐えきれなくなった床が次第に破壊されていく。
……床が抜けることを危惧したのか、巨大ボットが動いた。
「なっ」
巨大ボットの肩のパーツが浮き上がり、その下から複数の銃身が覗いた。
オルガに向けてレーザービームが集中発射される。
「オルガさん!」
続いて、ペタルが動いた。
「アスピダ、イペラスピソ!」
ペタルの杖から銀色の光が放たれ、オルガさんに向かったレーザービームとぶつかり合う。
……銀色の光はオルガさんの眼前で盾となり、レーザービームからオルガさんを守った。
「すまん!ペタル、助かったっ!」
オルガさんはにやり、と笑うと……巨大ボットと組み合う姿勢を一気に変えた。
レーザービームの発射に集中していたのか、目の前に生まれた銀色の盾に困惑したのか……とにかく、巨大ボットはオルガさんの行動を許してしまう。
オルガさんは巨大ボットの足下へと入り込み、そして。
「もらった、ああああああああああ!」
一気に体を伸ばした。
巨大ボットの巨体も重量も凄まじい物だろうに、オルガさんは……巨大ボットを持ち上げ……。
「っらああああああああああ!」
そのまま投げ飛ばした。
辺りの物を巻き込みながら、巨大ボットが壁に突っ込む。
様々なものが破壊され、ぶつかり合う凄まじい音が響いた。
「今だね!エラエピセシペタロ、ヴィエイオス、オポスマキアイロピロウノン!」
そこへすかさず、ペタルが追撃を仕掛ける。
溢れ出るように生まれた銀の花弁は、それ1枚1枚が鋭い刃と化している。
薄く鋭い刃物は宙に舞い、激しく渦巻き……その勢いのままに巨大ボットへ襲い掛かる。
無数の刃物一枚一枚が巨大ボットを装甲ごと撃ち据え、装甲の隙間から切り裂き、翻弄する。
俺も賑やかし程度に光線銃を連射しながら、花嵐が収まるのを待った。
……そして、銀色の花嵐が収まった時……そこにあったのは、巨大ボットの残骸だった。
沈黙した巨大ボットは、ひたすらに破壊されていた。
大きくひしゃげた頭部。
いつの間にか、すぱり、と切断された腕。
そして、細部にわたって細かく細かく切り刻まれた装甲。
破壊。まさしく破壊であった。
……これを行ったのが、俺の近くに居る3人なのだと思うと、ぞっとしないな。
「……ふー……久々にリミッターを外したぞ。駄目だな、駆動部分がいくらか潰れた」
だが、こちらも無傷、とはいかなかったらしい。
オルガさんは無茶の代償として、体の機械部分を破損させてしまったらしい。
「オルガ!まったく、随分と無茶をしたわね。大丈夫?」
「ははは、いや、楽しかったぞ!……しかし……ま、パーツは結構やっちまったな。いっそ、この機会に一回全部バラして新しい型に換えるか……」
アレーネさんが肩を貸してオルガさんを立ち上がらせる。
……あれ、オルガさんは相当重いはずなんだが、大丈夫なんだろうか……。
「はあ、でも、とりあえずなんとかなって良かった。とてもじゃないけど、あんなの、そう何度もはやりたくないな……」
ペタルもどこかぐったりしている。
花弁を刃物にする魔法は破壊力もさることながら、必要な魔力も大きなものなのだろう。
がら、と、何かが崩れる小さな音が響いた。
何気なく、音がした方を向いて……俺達は、愕然とした。
「……え、嘘」
「おいおいおい、どれだけタフなんだ!?」
瓦礫や装甲の残骸を振り落としながら、起き上がったのは……ボロボロになって尚、片腕で光る剣を構え、こちらを見据える巨大ボット。
「……まずい、また来るわよ!」
むき出しになった光線銃の照準を俺達に合わせ、巨大ボットは一歩踏み出し、踏み込み……。
……俺達の眼前で、崩れ落ちた。
「……えっ」
「あらっ」
「な、なんだ?やっぱり限界だったのか?」
しかし、一度破壊したと思ったものが動いたのだ。今度こそ、と思いつつも、また動くのではないか、とも思えて、中々近づけない。
……しかし、このままにしておく不安が勝り、俺達はそろそろ、と巨大ボットの残骸へと向かい……。
「ぷはー!」
「ひえっ!」
がしゃん、と盛大に飛び出してきた小人の姿に驚かされることになった。
「あー、狭かったー!」
「……ああ、泉が内部を破損させてとどめを刺してくれたのね……」
どうやら、どこかのタイミングで泉が巨大ボットの中に入り込んでいたらしい。
「えへへ。今回のMVPは私ってことでどーう?どーう?」
自慢げな泉と巨大ボットの残骸を前に……とりあえず、俺は拍手を贈っておいた。
「……終わりました」
俺達が泉を褒め称えていると、ノエルさんの声が聞こえた。
ノエルさんが作業を終えたらしい。
「エラーによって動いていたボットは機能停止。これより、マスターコンピュータはこの街の修復作業に移行します」
そう言うノエルさんは、若干疲れているようにも見える。俺達は戦闘をしていたが、ノエルさんはノエルさんで、この短時間で頭脳労働をしていたのだから、疲れて当然だろう。
「お疲れ様。これでもう大丈夫なのかしら?」
「はい。マスターコンピュータは本来の機能を取り戻しました。事後処理はマスターコンピュータが自ら思考し、行うでしょう」
……俺達は大分、このコントロールルームを破壊してしまったが……早速、と言うべきか、小さなボットが数台やってきて、壁の穴に何かの板材を打ち付け始めていた。
街のあちこちでも変化が見られる。モニターには、様々なボットが慌ただしげに街を行きかう様子が映っている。また、それと同時に、人々が外に出て、マスターコンピュータの復旧を喜んでいる姿も映っていた。そして、上空に向かって、水をくみ上げるポンプが伸びていく様子も。
この様子なら大丈夫だろう。
「……それから皆さん、ご協力いただいておいて申し訳ないのですが」
モニターを眺めていた俺達がノエルさんに視線を戻すと、そこには……不可解な光景があった。
「報酬は、事前にお話しした通り、ということでよろしくお願いします」
そこには、壁から伸びるアームとアームに握られた光線銃、そして、その光線銃を側頭部に突きつけられたノエルさんが居た。
「……な、どうしてノエルさんが……?」
マスターコンピュータのシステムエラーは修正されたはずだ。俺達はそれを疑ってはいない。
だが、ノエルさんは現に、マスターコンピュータが操作しているのであろう光線銃を突きつけられている。
……だが、一層不可解なのは、光線銃を突きつけられて尚、冷静なままでいるノエルさんだ。
一体、何がどうなっているのか。
何故、マスターコンピュータ復旧の功労者が殺されようとしているのか。
「異常な機械は壊さなきゃいけない。例え、その異常が奇跡的にすべてを解決するきっかけになったとしても、な」
声に振り向くと、オルガさんが複雑そうな顔でノエルさんを見ていた。
「違うか、ノエル」
オルガさんが続けて問うと、ノエルさんは……。
「その通りです。異常な機械は壊されなくてはいけない。そしてそれは私も例外ではありません」
表情一つ変えずにオルガさんの言葉を肯定した。
「私は異常な、機械なのですから」




