27話
「とりあえず、話を聞きましょうか。こちらの返事はそれからでもいいかしら?」
「構いません。ではこちらへどうぞ」
女性は光線銃を下ろすことなく俺達に部屋の奥を示した。
「私は後ろからあなた達の進む方向を指示します。進んでください」
油断のない人だ。背中を見せない為にこうまでするとは。
……尤も、俺達はここで逃げたり不意を突いてこの女性を殺したりする気は無いのだが。
「分かった。こっちだね?」
そして真っ先にペタルが進み出て、女性が示した方へ進む。
続いて、アレーネさんと泉(泉はアレーネさんに運ばれているような状態だが)、俺……と続く。イゼルは……どうやら、ドラゴン状態から戻る気が無いらしい。小型飛行機の隣に座りこんで待機の姿勢を取っている。まあ、その方がややこしくなくていいか。
「進んでください」
女性の光線銃が俺の背中、心臓の位置に当てられる。
……ぞくり、としたが、恐怖は理性で押し殺せる。
大丈夫だ。何と言っても、この女性は俺達をわざわざここへ誘導した。
そうまでして、俺達の持つ『何か』が欲しかったからに違いない。
ということは、目的を果たすまでは、俺達を殺すことは無いだろうと思われた。
それに、女性自身が言っている。『協力するか、死か』と。つまり、こちらが協力するならば殺しはしない、ということなのだろう。
「分かりました」
なので俺は、できるだけ余裕を持ってこの女性と接することにした。共闘するならよい関係でありたいし、そうでないならこちらの底を見せたくない。
背に食い込む光線銃の銃口の感触が気になりつつも、俺達は奥へ奥へと歩いていくことになった。
そうして歩いた先には、金属板が壁に嵌めこまれていた。
「ドアを4回ノックしてください」
……どうやら、この金属板がドア、らしい。
先頭を歩いていたペタルが4回、金属板をノックすると、内部で何かが動く音が聞こえる。
そして、金属板が上に持ち上がっていき、金属板の向こう側にあった部屋が見えるようになる。
「入ってください」
俺達が全員部屋の中へ入ると、金属板はまた下へ降りた。ある意味、俺達はこの部屋の中に閉じ込められた、ということになる。
「先に申し上げておきます。この部屋はマスターコンピュータの監視下にありません。この部屋は偽造パーミッションを得た違法改造物に溢れていますし、その内のいくつかは私に接続されています。不用意な行動は控えてください」
詳細はよく分からないが、脅しである事は分かる。
光線銃の銃口が俺の背中から離れたが、抵抗したりする気にはなれない。
「では全員……そちらの、薔薇模様のソファに座ってください」
女性は部屋の中のソファの方を示す。
ソファは数台並べられており、全て布張りだ。
チューリップの織り模様、ダマスク模様、それから、薔薇の刺繍の布張りのソファ。
俺達がそれぞれ薔薇模様のソファに座ると、女性は立ったまま、しばらく俺達を観察した。
「……やはりエラーばかりですね」
そして、表情を変えることなく、そんな感想を漏らした。
「エラー、って?」
「それは今あなた達に話すことではありません」
だが、ペタルが尋ねてみても、女性がそれ以上話すことは無かった。
……一瞬、不思議そうな顔をしたような気がしたが。
「さあ、それじゃあ、あなたの目的を教えてもらえるかしら?じゃないと、協力のしようがないものね?」
アレーネさんがずばり、と尋ねると、女性は1つ頷いて……光線銃を下ろした。
……勿論、俺達は特に何をするでもなく、椅子に座ったまま大人しくしている。
「そうですか」
女性は俺達の様子を見て少し考えるように沈黙してから、話を続けた。
「私の目的は、マスターコンピュータのシステムエラーを修復し、この街に再び秩序と幸福をもたらすことです」
「マスターコンピュータ……?」
ペタルは首を傾げつつ、渋い顔をしている。
……そういえば、ペタルはコンピュータやタブレット端末を使う事が苦手なのだったか。すぐにブルースクリーンになる、などと言っていたこともあったな。
「はい。マスターコンピュータは今、システムにエラーをきたしています。そのせいで現在、この街は狂ったコンピュータに支配されているのですから」
狂ったコンピュータによる支配。まるでディストピアだな。
とりあえず、この世界がどういう世界なのかは大体見当がついたが。
「……狂ったコンピュータが支配している世界で、よくあなた、そんなことを実行する気になれたわね?ましてや、私達みたいな通りすがりに協力を頼もう、なんて」
アレーネさんが言うと、女性は少し目を細めた。笑ったのかもしれない。
「架空の生物に乗ってやってきた人達がコンピュータの手勢である可能性は限りなく低い。そして……あなた達は『ノック』をしましたし、『薔薇模様』を理解していました。確実にあなた達は異世界人です」
そして、女性はこの世界の事を話してくれた。
「この街では今から93億720万5480秒前から、マスターコンピュータが政治を行っています。そして、少なくとも26億445万2010秒前までは『善き治世』であったと評価されています」
……秒単位で言われてもよく分からないのだが……とりあえず、ずっと前からコンピュータが支配者であり、少なくともそれからしばらくは真っ当な状態だった、ということか。
「ですが、26億445万2021秒前から、コンピュータは限りある資源の枯渇を危惧して、オーバーラテラルゲートの開発を試み始めました」
「オーバーラテラルゲート?」
「並行世界、並列して存在する他の世界……つまり異世界へと繋がるゲートです。仮想6次元空間を生み出すシステム、と言ったら分かりますか?」
つまり、『ゲート』か。
理屈は分からないが、この世界でも『世界渡り』に似た技術が存在しているらしい。理屈は分からないが。理屈は全く分からないが。
「しかし、異世界へのアクセスはマスターコンピュータの処理能力を超えていたのです」
「異世界へのアクセスが原因で、マスターコンピュータにシステムエラーが起きたのね」
アレーネさんが言葉を引き継ぐと、女性は頷いて肯定した。
「それからの治世は惨憺たるものでした。マスターコンピュータはこの街を完全に封鎖し、閉じた世界にしてしまいました。そして、ありとあらゆる歴史を削除し始めたのです。……『ノック』や『薔薇』の情報は23億2万12秒前時点では既に抹消されています。……コンピュータは狂った支配を強めていきました。人を幸福へ導くはずのコンピュータは、人を支配し、管理するだけの存在になり果てた」
正にディストピア、ということか。
「私は今から1億2015万6400秒前に誕生しました。……しかし私は、私を生み出したマスターコンピュータのシステムエラーの影響で、『抹消された情報』を持っている状態で誕生したのです。それが、私がこの街でマスターコンピュータ以外が知り得ない情報を知っている理由であり、狂った街が『狂っている』事を自覚できる理由であり、マスターコンピュータを疑う事ができる理由です」
「……よく分かんないけど、とりあえずそのコンピュータを直せばいいんだよね?」
そして女性の話を聞き終わった後、泉はそう結論付けた。
……大分端折ったな。端折りたくなる気持ちも分かるが。
「でも申し訳ないけれど、私達、あんまり機械に強くなくて……」
ペタルは背中を丸めて、眉間に皺をよせている。パソコンを触ればブルースクリーン、ということだから、まあ、ペタルはマスターコンピュータとやらに触らない方が良いだろう。間違いなく。
「問題ありません。マスターコンピュータのシステムの修復については、既にプログラムを完成させてありますから」
女性がそう言うと、ペタルがあからさまにほっとした。
まあ、今からプログラマの真似事をしろ、と言われたら、流石に困るところだった。
「なので問題は……マスターコンピュータのセキュリティをいかにして掻い潜るかということにつきます。マスターコンピュータのネットワークはこの街のほとんど全てを覆い尽くしていますが、その末端から辿って行ったのでは到底間に合いません。修正プログラムを起動させる前に見つかって殺されてしまうでしょう」
「つまり、コンピュータの土俵である『電脳世界』じゃない場所……『現実世界』で戦う、ということね?」
女性はやや驚いたような表情を浮かべたが、すぐに納得したように頷いた。
「成程、流石、異世界の方ですね。その通りです。……マスターコンピュータのコントロールルームに侵入します。……そうすればマスターコンピュータの機能を一時停止することができるかもしれません」
……泉がアレーネさんの耳元で「どゆこと?」と尋ねている。
アレーネさんは少し考えてから……言った。
「要は、相手を直接殴りましょう、という話よ」
……何故だろう。
俺の脳裏に、オルガさんの笑顔がちらつく……。
追記:ご指摘を一方的に受信しましたので修正しました。どうもありがとうございます。




