26話
強い雨に打たれながら、機械の街の遥か上空を飛ぶ。
「この雨、すごいわね」
「やっぱり、ソラリウムの雨雲が全部こっちに来ちゃったのかな」
「えー、でも水たまりは見えないよー?」
眼下の街の様子は雨に煙ってはいるが、水没していたりするようには見えない。
いや、未来都市めいた街であるから、排水機能くらいはあってもおかしくないか。
「とりあえず、もう少し降りてみない?水の様子も見たいし。どうかな、イゼル」
「きゅー」
ペタルが声を掛けると、ドラゴンと化しているイゼルは体躯の割に存外可愛らしい声を上げて答えた。
そのまま、イゼルドラゴンは緩やかに弧を描きながら下降していく。
次第に街並みが近づいてくる。
相変わらずの雨で視界は悪かったが、近づけばそれなりにものが見えてくる。
雨に煙って灰色に見えた建物は、近づけば純白である事が分かる。
汚れが一切見えないのは、雨に洗われ続けているからか、或いは、未知のテクノロジーによるものか。
建物の隙間では乗り物らしき何かが滑るように走っている。しかし、相変わらず人の姿を建物の外に見ることはできない。
「この世界ならオルガも大丈夫でしょうね」
「うん。そう思う。トラペザリアと雰囲気が少し似てるから」
オルガさんの出身であるトラペザリアも、機械とテクノロジーの世界だ。
ただ、オルガさん自身の印象の影響が大分大きいが……この世界よりも大雑把でおおらかなイメージがある。
この世界からは……整然としていて、排他的な印象を受けた。
「……ん?なあに、あれぇ」
街の上空を飛んでいると、不意に泉が声を上げた。
泉が指さす方を見ると……。
「……あれ、は……?」
……球状の物体が複数個、俺達に向かって飛んできている。
そして、その球体群は、ある程度近づくと……ビームを放った。
「っ!?」
イゼルドラゴンは咄嗟に傾いて避けたものの、ビームは立て続けに飛んでくる。
「ちょっと待っ……きゃ!」
「これは……一時撤退、かしら」
ビームはペタルの頭上を掠め、アレーネさんの横を通り、俺達を追いこんでいく。
そして、球体の1つが俺達に迫った。
体当たりするかのように、猛烈な速度で球体が突っ込んでくる。
……だが、軌道は真っ直ぐだ。見切れない訳でもない。尤も、当たったところで装甲を貫けるか微妙なところだが……だが、やってみる価値はある。というか、俺にはこれしかできない。
疑似コイルガンを構え、鉄釘を装填。
『マグネテス』と浮かんだ呪文を頭の中で繰り返せば、疑似コイルガンの中で鉄釘が加速し……。
「……え」
だが、疑似コイルガンは沈黙したまま、びくともしなかった。
「伏せて!」
俺が状況を把握するより先に、アレーネさんの声が飛んできた。
咄嗟に従って、俺はなんとか、イゼルの背の上に伏せることに成功する。
……すると、伏せた俺達の頭上を、先ほどの球体が通過していくのが分かった。
何らかの手段で若干、軌道を逸らされたらしい。恐らく、アレーネさんによるものなのだろうが。
球体が通過しきると、アレーネさんが再び声を上げる。
「ペタル、『世界渡り』して頂戴!」
こんな状況だ。アレーネさんが出した結論に、誰も反論しなかった。
とてもじゃないが、こんなビームに付き合っていられない。一旦戻って体勢を立て直すべきだろう。
「分かった!……アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『ディアモニス』……あ、あれ?」
……だが、撤退を決めた俺達を待ち構えていたのは、恐るべき事実。
「……な、なんでだろう、発動しない……!」
俺達は退路を断たれた、らしい。
『世界渡り』を使おうとしたのであろうペタルの周りには、『ERROR』と赤い光が文字を成して回っている。
ただし、『ERROR』以降の文字列は、文字化けしたように崩れ、読めない。
「これは……?」
「ペタル、他の魔法を使ってみて」
「え、ええと、エラエピセシペタロ!」
戸惑うペタルにアレーネさんが指示すると、ペタルは言われた通り、呪文を唱えた。恐らく、ペタルの十八番、魔法の花弁を生み出す魔法だったのだが……これも同様に、発動せず、『ERROR』の文字列を浮かべただけだった。
「……多分、この世界の防衛システムがピュライの魔法にも適合してしまったんだわ……」
「え、えええ、この世界、ピュライの魔法と似たしくみの技術があるってことー!?」
アレーネさんの推理が正しければ、泉の言う通り……この世界は、『魔法』に似たテクノロジーを持ってして動いている、という事になる。
印象としては……魔法、と言われてもピンとこないが……SFに出てくる架空の粒子、架空のエネルギー。ああいったものはファンタジーで言うところの『魔力』なのではないだろうか。
そう考えれば、この世界の防衛システムとやらがピュライの魔法も防衛してしまったことに納得がいく。
「で、でもどうするのー!?このままじゃ私達、帰れないよー!」
だが、原因が分かっても解決はできない。
今も尚、ビームは俺達を狙って飛んでくる。
「こうなったら……もう一度、『世界の破れ目』まで戻るしかないわ。ソラリウムへ戻れば、魔法を使えるはずよ」
アレーネさんの言葉に、俺達は半ば絶望しかけた。
ペタルの魔法は使えない。俺の疑似コイルガンも、何故か発動しなかった。泉の歌が無生物らしい球体に効くとも思えない。イゼルは飛行で精一杯だし、こんな時に限ってオルガさんは居ない。
こんな状況で、果たして俺達は『世界の破れ目』まで無事に辿りつけるのだろうか。
「イゼルー!がんばってー!」
そうして、俺達は機械めいた球体群に追われながら、上空にある『世界の破れ目』を目指した。
俺達はというと、ビームを避ける為必死に飛ぶイゼルにしがみつくので精一杯で、球体を退ける余裕も無かった。いや、余裕があっても手段が無かっただろうが。
「なんか丸いの増えてるーっ!」
しかし、球体群は次第に数を増しながら俺達を追いかけてくる。
今のところ、ビームを奇跡的に避けているが、それもいつまで続くか。
「きゅっ!」
「イゼル!」
そしてついに、ビームの1本がイゼルの翼を射抜いた。
イゼルはそれでも飛ぼうとするが……バランスは崩れ、高度も落ちている。羽ばたく力も大分弱い。
これは……詰み、だろうか。
何かないか、と手段を探す俺の思考は、派手な爆音に遮られた。
見れば、球体の1つがその場で爆発四散していた。
「な、何……?」
続いて、もう1つ。
さらにもう1つ。
俺達を追っていた球体は、爆発しながらその数を減らしていった。
「見て、あの人!」
その原因は、すぐに分かった。
球体の間を縫うように飛ぶ人影。
小型の飛行機のようなものに立って乗り、片手で操縦桿、もう片方の手で光線銃を握ったその人は、次々に球体を撃墜していった。
だが、球体は撃墜された後、どこからか増援されてこちらに向かってくる。遠く、雨に霞みながらもその光景が見え、俺達は……現在、俺達の唯一の活路となり得る人影……小型の飛行機に立ち乗りする人を見る。
小型飛行機の人も俺達と同じように、敵の増援に気付いたのだろう。
俺達を手招きすると、建物群の中へと落ちるように飛んでいく。
「……ついていきましょう。今はそれしか無いわ。……イゼル、飛べる?」
「きゅ!」
アレーネさんが言うと、イゼルは再び翼をはためかせ、小型飛行機の後を追って急降下していった。
建物が近づく。俺達の前に壁が迫り、乗り物が迫り……だが、ぶつからない。
イゼルは障害物の間をなんとかすり抜けながら、懸命に小型飛行機の後をついていった。
翼を射抜かれたというのに、よくこんなに飛べるものだ。
……今回はイゼルがMVPだな。
しばらく飛ぶと、先程の球体は追って来なくなった。恐らく、こちらが建物の間に入って少しした時点で追跡を断念したのだろう。
小型飛行機がそういうルートを選んだ、という事なのかもしれないが。
「……一体、何の目的で私達を誘導しているんだろう」
「分からないわ。でも……私達を助けた以上、すぐに私達をどうこうするつもりは無いでしょう。地上へ下りて安全な場所に到達できれば、私がイゼルを治療できるわ。最悪の場合でも、イゼルがもう一度飛べればなんとかなるでしょう」
小型飛行機は相変わらず、俺達を誘導するように飛び続ける。
俺達との距離が開くと、少し止まって俺達を待ち、距離が縮まると再び発進する。
確かに、明確な意志を持って俺達をどこかへ誘導しているらしい。
……だが、相手が人間なら、最悪の場合でも泉の歌がある。なんとかなるだろう。
警戒しながらも小型飛行機の後を追い続け……ようやく、終点が訪れた。
「……え、壁につっこんでない?え?え?ど、どうする!?どうする!?」
その終点とは……壁。建物の壁だ。建物の壁に向かって、小型飛行機は突っ込んでいく。
「イゼル、止まらなくていいわ」
だが、アレーネさんは硬い表情を浮かべながらも、焦ってはいなかった。
「相手だって、自殺するつもりは無いでしょう」
……果たして、その通りだった。
小型飛行機が壁にぶつかるか、と思われた瞬間、シャッターが開くように壁が開き、小型飛行機はその中へと滑り込んだ。
そして、俺達も。
イゼルは滑空体勢のまま壁へ突き進み、ほぼ減速無しで壁の穴へと突っ込んだ。
ドラゴンの体躯にはやや小さい穴は翼を縮めるようにして潜り抜け、壁を抜けた先で翼を立てて減速し……なんとか、無事の範疇に収まるように着地した。
「……た、助かった……?」
泉の声が建物の内部に小さく響くと、ようやく、助かった、という実感が湧く。
実際にはこの後どうなるかは分からないのだが……とりあえず今は、緊張に凝り固まった体の力を抜いてもいいだろう。
「イゼル、本当にお疲れ様。ありがとう。……先に治療だけ、してしまいましょう。ペタルみたいに治療はできないけれど、傷の悪化と傷みは防げるわ」
アレーネさんがイゼルの翼の射抜かれた箇所を指で繰り返しなぞると、次第に翼は元通りになっていった。
とりあえず、これで脱出経路は確保できた、だろうか。
「それから、あなたも。本当にありがとう。助かったわ」
……そして、アレーネさんが振り返って声を投げかけた先では……1人の女性がこちらを見ていた。
脇に抱えたヘルメットや、傍らの小型飛行機を見る限り、この人がさっき、俺達を助けてくれた人だろう。
「いいえ。私は私達にとっての最適解を選んだだけのことです」
流れるような青い髪を振って肩に流しながら、女性はこちらへ向かってきた。
「あなた達には2つの選択肢があります。1つは私達に協力すること。もう1つはここでこのレーザーガンの威力を体感することです。お好きな方をどうぞ」
女性は緑色の瞳で俺達を無機的に見ながら、その手に持った光線銃を俺達に向けた。
……これは……どうやら、一難去ってまた一難、ということらしい。




