表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/110

25話

「……確かに、ピュライの生き物であるペタルが普通でいられた訳だから、ドラゴンも使える、わね……」

「ドラゴン?つまり生き物だろう?ちゃんと操縦できるのか?」

「でも他にあんまり無いよねー?ディアモニスの飛行機持ってくるのはドラゴンより大変だと思うなー」

 アレーネさんとオルガさんと泉がそれぞれ意見を述べているが、その中でペタルはやや遠い目をしている。

「……ペタル。その、ドラゴン、っていうのは、捕まえてくるのは面倒なのか?」

 聞いてみると、ペタルは唸りながら首を傾けて……言った。

「うん。そもそも、ピュライでドラゴンが観測されることすら稀だから」

 ……全員、思わず顔を見合わせて黙ってしまった。

 観測すら稀、とは……そんなものを捕まえてきて、乗り物として使う、なんてできるんだろうか?

「……そんなものを使うつもりなのか?何なら本当に、ディアモニスの飛行機を手に入れた方がいいんじゃないか?」

「いや……一応、大丈夫。ちゃんと、安定して入手できるはず、だから」

 オルガさんが心配そうに言うが、ペタルは一応、考えているらしい。

 ……だが、その割には思い詰めたような表情をしているのが気になる。




 結局、その日はそのまま休むことにした。

 どのみち、『世界渡り』のブローチに魔力が最充填されない限り『世界渡り』はできないのだから、休める時に休んでおいた方が良いだろう。


 そういえばイゼルもこれからアラネウムのメンバーになる。そのため、俺やペタルが生活しているアラネウム居住空間には新たにイゼルがやってきた。

 イゼルの部屋はペタルの部屋の隣である。女の子同士近い方が良いだろう、ということらしい。

 ……それを言うと、そもそもアラネウムに『男の子』は俺しか居ないのだが。

 何はともあれ、ペタルはイゼルに対して『使命』関係で思うところがあるらしいので……2人が会話する機会が増えるといいんじゃないか、と思う。

 2人の部屋が隣同士になることで、何か発展があるかもしれない。無かったら無かったで、適切な距離感をお互いに探って落ち着くための時間になるだろう。

 ただ……今のペタルは、少し思い詰めたような顔で頭を抱えているので、イゼルと会話したりなんだりする余裕はなさそうだが。




 翌日、泉の護衛つきでいつも通りに大学へ行き、怠惰に1コマだけ授業を受けて戻ってきた。

 アラネウムの喫茶店部分にはお客さん(ディアモニスの人だ。異世界からのお客さんではなく)が来ていたので、すぐに裏へ回って俺の部屋へ戻る。

 ……すると、途中の廊下で泉とオルガさんがひそひそ話しているのに出くわした。

「やっぱりシンタローが一番被害が少ないだろうな……」

「ええー……で、でも、それってシンタローの気持ちとしてはどーなんだろー……」

「かといって、ペタルにやらせるのもなあ……私が使えればよかったんだが、半機人の体じゃ使えないらしいしなあ……」

「私が使ってもサイズがなー……」

 ……俺の話をしているらしいのだが、間違いなく、当の俺にとって嬉しくない類の話だろう。

 2人のなんともいえない表情がそれを如実に物語っている。

「何の話ですか」

 変に隠されるのもあまり気分が良くないので、聞き耳を立てずにすぐ、2人の間に入ってみた。

「あー……うん。えっとねー……服を引ん剝くなら、シンタローのを引ん剝くのが一番被害が少ないよねー、っていう話」

 ……。

「何の話ですか」

「すまない、シンタロー。事実だ。本当にそういう話なんだ。すまない」

 本当に何の話ですか。




 結局、俺の疑問は夕食後に解消された。

「……成程。ドラゴン、って、そういう」

「うん……正直、これしかないかな、って。空を飛ぶ魔道具は他にもあるけれど、雲がある高さまで飛べるものはほとんど無いし……そういうのって、すごく貴重で高価だから」

 ペタルは難しい顔をしたまま、俺の目の前に瓶を置いた。

 渦を巻くように気泡が入ったガラス瓶の中に、深紅の宝石のような粒が数粒入っている。

「だから、この『ドラゴンタブレット』で誰かが一時的にドラゴンに変身するのがいいと思う、んだけれど……」

 そう。

 俺の服を剥くだのなんだのという話は、『ドラゴン』の話だった。


 ペタルが想定していた『ドラゴン』の調達方法。

 それは、『俺達のうちの誰かが一時的にドラゴンになる』ということだった。

 やり方は簡単で、『ドラゴンタブレット』を用いることでドラゴンに変身する、というだけのものだ。

 ちなみに、以前『プチドラタブレット』なる魔道具は見た事があるが、あれは『火を吹くようになる』だけの代物である。一方この『ドラゴンタブレット』は服用すればドラゴンに変身できる、ということなので、この2つは全く異なるものだ。

「それで、問題は変身する時と変身が終わった時なんだよね……」

 そして、この『ドラゴンタブレット』による変身には、1点、ままならない欠点があった。

「変身は、『その人自身だけ』に効くものだから……装備品とか、そういうものまでは考慮してくれないんだ」

 そう。

「つまり、変身が終わったら全裸」

「うん」

 そういうことだった。




「ということで、シンタローが変身するのがいいかなー、って話してたんだよー」

「すまないな、シンタロー。私は全裸だろうが気にならないんだが、半機人はどうもこの手のピュライの道具は使えないらしい」

 泉とオルガさんの言い分は……まあ、分からないでも、ない。

 泉が変身したら、身長の関係で小さなドラゴンにしかならなさそうだし、体の半分が機械のオルガさんは変身したが最後、機械部分だけ変身し損ねてスプラッタドラゴン状態になるだろう。

 だから、変身するとしたら俺かペタルかアレーネさんか……ということになる。

 そして、女性を全裸にするのも忍びないから、というのも、100歩譲って納得しよう。

 だが。

「そもそも俺はその『ドラゴンタブレット』を使えるんでしょうか?ほとんどの魔道具が使えないんですが……」

「……それは……盲点、だった……!」

 俺の魔力の少なさは折り紙付きなのだ。




「うーん……やっぱり、私がやるよ。うん。元々、こんなこと眞太郎に任せるのも申し訳ないし……アレーネさんよりは私の方が変身後の制御が得意だろうし……」

 そうして再び難しい顔で唸り始めたペタルは、そう結論を出した。

 頬を赤らめつつ、困ったような顔をして『ドラゴンタブレット』の瓶を見つめている。

「……変身を解く時にうまくマントか何かをかぶせてもらえれば……ううう」

 ……ペタルがだんだん涙目になってきた。

「あ、あの、オルガさん、私にカメレオン・ステルス搭載して……」

「変身する時に装備の類は剥がれるんだろう?」

「あ、あああ、そうだった……」

 ……こんな調子でペタルはどんどん追い詰められていき、ついに自己暗示をかけるが如くぶつぶつと何やら呟き始め……。

 そんな時だった。

「あ、あの……ぼく、変身、できるよ?」

 イゼルが、そんなことを言いながら、ひょっこり顔を出した。




 イゼルから軽く『イゼルの変身』について説明されたが、百聞は一見に如かず、ということで、実演してもらうことにした。

 場所はアラネウムの店舗の裏側。中庭のようになっている場所で、ある程度の広さがある。

「じゃあ、いくよ」

 その中心でイゼルがくるり、と宙がえりした。

 イゼルの髪がばさり、と舞い、宙がえりするイゼルの体を包み隠す。

 髪に隠れながらイゼルの体は丸くなり、くるりと回って……。

「がう」

 ……ひらり、と地面に着地したのは、イゼルの髪の色によく似た毛色の狼だった。

「……イゼル、なの?」

「くーん」

 ペタルが手を伸ばすと、狼はすりすり、とペタルの手に頬ずりする。

 狼は胴体に布を巻きつけている。よく見れば、それはイゼルが身に着けていたワンピースだった。

 簡素な作りの巻きワンピースだからこそ、狼に変身しても着たままでいられるのだろう。

「わー、イゼルすごーい!」

 泉が狼の毛の中に埋もれてはしゃぐと、狼は満足げに一声、「ばう」と鳴いた。




 それからまた狼が宙がえりすると、狼はイゼルの姿に戻った。

「こういうふうに、ぼくらは皆、変身できるんだ。だから、変身したぼくが、ええと、その、どらごん?に変身すれば、服の心配はしなくても平気だよ」

 一応念のため聞いてみたが、イゼルは狼に変身している間は服を着ていなくても問題ない、という感覚らしい。

 俺達と共通の感覚で良かった。

「そう……なら、今回はイゼルに任せましょうか?」

「うん。そうだね。ならあとは、イゼルにもピュライの魔道具が使えるか、だけど、ええと……じゃあ、イゼル、ちょっと私の部屋に来てくれるかな」

「う、うん!」

 見えた平和的解決方法にほっとしながら、ペタルとイゼルが連れ立って行くのを見送る。

 恐らく、ペタルの部屋にある道具を使って、オノマ、といったか……つまり、イゼルの魔力の性質を調べるのだろう。俺が以前やったように。

「イゼル、『ドラゴンタブレット』使えるといいねー」

 泉が言う通り、イゼルが『ドラゴンタブレット』を使える性質であることを切に祈った。




 ……結論から言えば、イゼルは『ドラゴンタブレット』を使う適性があったらしい。

 ピュライの魔法とソラリウムは相性がいいらしいので、今後、イゼルにピュライの魔道具を使わせることも視野に入れる方針だ。

 なにはともあれ、本当によかった……。


「とにかく、これでソラリウムの上空へ行く手段は手に入ったわね。ペタル、ブローチの魔力充填はどうかしら?」

「うん。もうできてるよ。今からでも行けるけれど、どうかな」

 ペタルの問いに満場一致で賛成し、俺達は再びソラリウムへと向かうことになったのだった。

 ……尚、ソラリウムと致命的に相性の悪いオルガさんは初めから留守番である。




「じゃあ、いくね!」

 ソラリウムの乾いた大地の上、イゼルが宙返りする。

 くるり、と回って着地すると、既にイゼルの姿は狼のそれへと変身していた。

「じゃ、服は預かっておくね」

 ペタルが狼イゼルのワンピースを脱がせて鞄にしまい、代わりに『ドラゴンタブレット』を1粒取り出す。

「イゼル、準備は良い?」

 狼イゼルの眼前に『ドラゴンタブレット』を運ぶと、狼イゼルは鼻を寄せ……そのまま『ドラゴンタブレット』を一舐めして口内へ運び、飲み込んだ。

 ……すると、たちまちのうちにイゼルの姿が変化する。

 グレーとベージュの中間の色をした毛並みは硬いうろこへと変わり、爪の生えた四肢はより大きくなって、爪もより大きく鋭くなっていく。

 牙の並んだ口はそのまま大きくなり、狼の耳の代わりに象牙色の角が伸びる。

 そうこうしている内にイゼルはどんどん大きくなって……すっかり変化が終わると、イゼルの背で、ばさり、と翼が広げられた。

 ……そこに居たのは、グレーとベージュの中間の色をした鱗を持つ、優しそうな瞳のドラゴンだった。




 俺達はドラゴンになったイゼルの背に乗って上昇する。

「わ、わー、すごい!すごーい!」

 泉の興奮ぶりも致し方ないだろう。俺だって、興奮せずにはいられないくらいだ。

 巨大なドラゴンの背に乗って上空へ連れ去られると、すぐに大地が遠ざかっていった。

 風を切って何もない空を飛ぶ。眼下に大地が精巧なジオラマのように広がる。

 鋭く風を切る音と、ドラゴンの逞しい羽ばたきの音がBGMとなって、俺達の空の旅を彩る。

 ……空の旅は中々に爽快感溢れるものだった。

「ねえ、見て。あそこ……」

 ペタルの指さす方を見渡せば、枯れた森の向こうには枯れずに残っている森が見える。枯れた川の跡を辿れば、水が残っている池らしきものも見える。まだ、この世界は死んではいない。

「まだ、間に合いそうね。……丁度、原因も見つかったみたいだし」

 アレーネさんが見上げる視線の先には、奇妙に揺らぐ円形のものが宙に浮かんでいた。

 あれが『世界の破れ目』なのだろう。

「突入するわよ。皆、準備はいいかしら?」

 イゼルドラゴンの背の上、俺達がそれぞれ頷くと、イゼルは高度を上げて『世界の破れ目』へと向かっていく。

 そして。

 ……ぐにゃり、とした奇妙な感覚と共に、俺達は『世界の破れ目』を超えた。




 ほんの数秒にも満たないほどの時間だが、嵐の中を飛んでいたような感覚だった。世界と世界の隙間だったのかもしれない。

 だが、それを抜けると、再び、ぐにゃり、とした感覚。

 俺達は再び『世界の破れ目』を抜け……そこに広がっていたのは。

「……うわ」

「トラペザリア……ではない、わね……」

 灰色の世界だった。

 無数の建物。見た事のない空飛ぶ乗り物のようなもの。植物らしきものは一切見当たらない。それから、人の姿も。

 雨空の下、それら全てが雨に煙って灰色に見える。

 未来都市、とは、こういう街並みなのかもしれない。

 ……ソラリウム上空の『世界の破れ目』を抜けた先は、機械の世界だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ