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24話

「世界の破れ目」

『ゲート』は分かる。つまり、ピュライで『翼ある者の為の第一協会』が作ろうとしていたものだ。

 特定の世界と世界を結ぶ巨大な通路。設定次第では、結ぶ世界を自由に選ぶこともできるらしい、ということも分かっている。尤も、ピュライのものは破壊してしまったが。

「そう。『世界の破れ目』は……誰かが作った訳でもなく、勝手に生まれてしまった『ゲート』と言ったらいいかしら。安定していないことが多いから、ずっとそこにあるとは限らないし、サイズも人1人通れるくらいの小さいサイズが多いわ。通れるものしか通れないこともあるわ。……そういう『世界の破れ目』は大抵、人が1人通れるくらいのサイズが多いわ。『世界の破れ目』を通って人が『異世界』へ行ってしまう、という事は時々あるのよ」

「成程」

 それはなんとなく、想像がつく。フィクションでもよくある話なので、馴染みはある。

 ……フィクションでよくある事が現実に起きている、という事についてはもう慣れた。

「このソラリウム上空に巨大な『世界の破れ目』ができてしまって、『雲』をひたすら別の世界に通してしまっているとしたら、当然、ソラリウムには雨が降らなくなるでしょうね」

「或いは、別の世界の誰かが意図してそういう『ゲート』を作ってるかも、ね」

 つまり、アレーネさんとペタルは今、このソラリウムの日照りの原因は異世界との何らかの干渉にある、と考えている訳だ。

「そんなことってありますか?」

「あるわよ。ディアモニスの異常気象の類の原因は『世界の破れ目』が増えたことね」

 ……眉唾のような気もするが、何と言っても今まで散々ありえないものは見てきてしまっているのだ。とりあえずは納得しよう。


「だから、ここを出たら一度、ディアモニスに戻りましょう。空を飛ぶための準備をしなくちゃ、ね」

 雲ができる程の上空へ、となると……もしかしたら、ジェットパックじゃ足りないんじゃあないだろうか。

 ……飛行機を飛ばす、とかじゃないだろうな……。




「あのー……イゼル・ルーのお友達、だよね?」

 俺達の話が一区切りしたところで、さっきのウサギ耳の女性がやってきた。

 確か、ロシュ・ラピさん、だったか。

「あの、どうもありがとう!おかげで皆、久しぶりにお腹いっぱいになったわ!」

 ふるん、と豊満なボディを揺らして、ロシュ・ラピさんは……その場で後ろに倒れながら座り込み、ころん、と後ろに転がってからまた、ぴょこんと起き上がった。

 ほんの1秒かそこらの間に腹筋運動して起き上がるような仕草だ。

 ……後でイゼルに聞いたら、これはソラリウム式のお辞儀にあたる仕草らしい。

 少なくともディアモニスでは、動物が腹を見せることは降伏や服従を意味するというから……狼やらウサギやらの耳が生えている人達にとってはこれが礼を表す仕草になるのだ、と言われても納得できる、気がする。

「いいえ。『友達』の頼みだもの」

 アレーネさんはこの世界の文化を読み取ってか、そう言って微笑む。

 ……こちらも後でイゼルに聞いたところ、ソラリウムには『知り合い』という概念が無い。『知り合い』は全員『家族』か『恋人』か『仲間』か『友達』か『敵』なのだという。この中で最もニュートラルに近いカテゴリが、『友達』なのだとか。

 それでも、俺達の感覚でいう『知り合い』と比べるとソラリウムの『友達』は遥かにフレンドリーな間柄らしいが……お国柄ならぬ世界柄かもしれない。


「ええと、イゼル・ルーに聞いたんだけど、お腹が空いている人に食事を分けるのがあなたの使命なの?」

「いいえ?私の元に来た人に手を貸すのが私の使命よ」

「えっ、そうだったの?じゃあ、イゼルはともかく、私達に食事を分けてくれたのは、直接の使命じゃなかったの!?」

 ……イゼルがアラネウムに来た時も思ったが、ソラリウムにおける『使命』とは一体何なのか、よく分からない。

 恐らくはピュライの『預言』のようなものだとは思う。『使命』は絶対、のようなところがあるようだし。

「いいえ、イゼルがそう望んだの。皆に食事を、と。だから私はそれに手を貸しただけなのよ」

「そう……あなたは使命に真摯なんだね!尊敬するわ!」

 妙にきらきらとした瞳でロシュ・ラピさんに見つめられつつ、俺達は曖昧に笑って誤魔化した。

 この世界の『使命』って、何だろうな……。




「あ、あの、アレーネ、さん」

 すっかり空になったタッパーや紙皿などのごみ類を回収していると、イゼルがひょっこり戻ってきた。

「あの、本当に、ありがとう。皆がこんなに幸せそうにしてるの、ぼく、久しぶりに見た」

 イゼルは相変わらずややおどおどとした様子ながらも興奮気味に、とても嬉しそうにしている。

 イゼルの様子を見て、さっきアレーネさんから聞いた内容を思い出す。

 ……イゼル達が満腹になったことで、何か悪影響があるかもしれない。

 だが、これで良かったのだと思う。

 今後もイゼル達に食料を提供し続けるかどうかは別の問題になるが……だが、これだけの人が、これだけ幸せそうにしているのだ。

 この光景を見てしまった以上、食事を提供しない方が良かったとは、もう思えない。

「そう。よかったわ。……ああ、そうだ、イゼル。もしかしたら私達、またここに来ることがあるかもしれないし、あなた達の力を借りなきゃいけないこともあるかもしれないの。もしよかったら、その時は」

「うん、もちろん!ぼく、何でもお手伝いするよ!」

 イゼルが意気込む様子を見て、アレーネさんは微笑んだ。


 その時だった。

「……あ」

 イゼルの金色の瞳が輝く。

 イゼルの瞳に金色の光が煌々と灯り、俺達はその光に照らされることになる。

 いや、俺達だけではない。

 薄暗い居住穴の内部全体が金色の光にうっすらと照らされて染め上げられる。

 誰からか、おお、と、感嘆のような、祈りのような声が漏れた。

 その間、イゼル自身は硬直したように身じろぎ一つせず、恐怖とも畏怖とも、或いは喜びともとれない表情を浮かべている。

 ただ、イゼルの瞳に灯った光は緩やかに明滅しながら輝きを増し……そして、消えた。

「……う」

 光が消えると同時に、イゼルはその場に崩れ落ちた。

「イゼル・ルー!」

 俺達が手を伸ばした瞬間、ウサギの俊敏さを持ってして駆け寄ってきたロシュ・ラピさんがイゼルを抱き起す。

「イゼル・ルー!あなた、『使命』を受けたのね!?」

 興奮しているロシュ・ラピさんが問うと、イゼルはゆっくりと目を開いて、確かに頷いた。

「うん。確かに。……ぼくの使命は……」

 ロシュ・ラピさんから離れて、イゼルが俺達に近づいてくる。

 金色の瞳が、真っ直ぐ俺達を見つめた。

「ぼくの使命は、この人達と共にあること。この人達の助けとなること!」




 イゼル達の言う『使命』とは何か。

 その答えがまた少し分かった。

 ……おそらく、ソラリウムの人々は、さっきのイゼルのように、天啓、のようなものを得るのだろう。ピュライのような、魔法の世界だってあるのだ。瞳の輝きと共に天啓を得られる世界があったとしてももう驚かない。

 ……そして、ソラリウムの人々は、それを『使命』として、大切にするのだろう。


「我らが友よ」

 奥の方から、1人の男性がゆっくり歩いてやってきた。

 彼の頭にはお約束のように、2本の捻れた角が生えている。おそらく、山羊のそれだ。

「我らが仲間、イゼル・ルーをどうか連れていってほしい。それが彼女の『使命』なのです。どうかお願いします」

 彼はそう言うと、先ほどロシュ・ラピさんがやっていたように、ころり、と仰向けに転がって起き上がった。

「あ、あの!ぼく、何でもする!こう見えてもすばしっこいし、爪も牙も、ちゃんと鋭いよ。あなた達を守る!だから、アレーネさんの使命の旅に、ぼくも連れていって!」

 そしてイゼルも同様に、ころり、と仰向けに転がって起き上がる。

 それからどんどん、居住穴内の獣人達がころころ、と仰向けに転がっては起き上がり、イゼルの『使命』を応援しようと、俺達に頼んでくるのだ。

 ……いや、彼らとしては真面目なのだろう。それは分かる。

 だが……こう、ころころ、と、転がられると……なにかおかしいというか、こう……。

 ……微笑ましい。いや、決して笑ったりはしない。彼らは真面目なのだから。

「……分かったわ」

 そして、アレーネさんが声を発すると、途端に居住穴内が静まり返った。

「私達アラネウムは、あなたを歓迎するわ。イゼル・ルー」




 俺達は獣人達から口々に礼を言われながら、居住穴を出た。

 帰りも行きと同様、イゼルが一緒なのは想定外だったが。

「イゼル、これからよろしくねー!」

「う、うん!泉さん、これからよろしく」

「泉、でいいよー」

 イゼルは早速、泉と打ち解けたらしい。どこかおどおどしているイゼルは、ひたすら懐っこい泉と相性が良いのだろう。

「『使命』、か……」

 一方、ペタルは少し複雑そうな表情をしている。

 ペタル自身は『預言』に縛られ、また、『預言』に縛られることを嫌っている。だから、ソラリウムの『使命』に何か思うところがあるのかもしれない。

「イゼルが来てくれて頼もしいわね。嬉しいわ。メンバーが増えるとできることが増えるもの」

 アレーネさんはいつも通り、妖艶な笑みを浮かべている。

 この人はいつもこの調子を崩さないな。


「……あら?変ね」

 そうして俺達はディアモニスに帰るべく、オルガさんを置いてきた位置に戻った訳なのだが……。

「……オルガさんが居る」

 そう。オルガさんが居た。

 ……オルガさんが居ること自体はおかしくない。だが、オルガさんを視認できる、ということはおかしい。

 そう。オルガさんのカメレオン・ステルスが起動していない、ということは、おかしなことだ。

 俺達は慎重にオルガさんに近寄って、オルガさんの様子を見た。

「……スリープモードのまま、ね。大丈夫そうだわ。体調は悪いんでしょうけれど」

 だが、オルガさんは一応、大丈夫そう、ということだった。

「でも、カメレオン・ステルスが切れていた、ということは……」

 アレーネさんは上空、晴れ渡りすぎな程に晴れた空を見上げて……曇った表情を浮かべた。

「上空へ行くのは、難しいかもしれないわね」




「ああ……久しぶりに死ぬかと思ったぞ!」

 ディアモニスに戻ってすぐ、オルガさんは元気になった。

 さっきまで死んだように眠っていた(というかスリープモードになっていた)人が急に元気になった訳だが、これは別段おかしなことでも無いらしい。

 世界との相性が悪いと体調を崩すことがあるが、それは『世界渡り』で相性のいい世界へ移動しさえすればすぐに治るものらしい。

「ねえ、オルガ。戻って来た時、あなた、カメレオン・ステルスが切れていたわ。それから、設置してあったバリア類も作動しなくなっていたみたいね。何か、そういうふうに設定したのかしら?」

 そんなオルガさんに、アレーネさんが問う。

 ……さっき同様、アレーネさんの表情は曇りがちだ。

「いや、そういう設定はしなかったぞ。アレーネならカメレオン・ステルスを掛けていても見つけてくれるだろうしな!」

「そう……なら、トラペザリアの道具はソラリウムで使わないほうが良いわね……」


 つまり、そういうことなのだ。

『世界と人間の相性』があるように、『世界と道具の相性』もある、という。

 今回の場合、オルガさんが使っていたトラペザリアの道具は、勝手に機能停止してしまっていたらしい。

「今回、オルガの生命維持系が止まらなくて良かったわ」

「まあ、私はアラネウムのメンバーだからな。こういう事も考えて、生命維持系統にはピュライやアウレ産のバックアップを入れてるんだ」

 オルガさんの体の半分は機械でできている。つまり、トラペザリアの道具でできている、ということだ。

 トラペザリアの道具が勝手に機能停止するような環境でオルガさんが動ける訳もない。スリープモードで済んでいたのは奇跡的なレベルだったのかもしれない。


「ログを確認したが……今回、アウレやピュライ産のダイナモは正常に稼働していたみたいだな。これで生命維持できていたらしい」

 オルガさんが虚空を見つめながらそう言う。

 ……俺の知らない技術によって、虚空にオルガさんにしか見えないモニターを表示しているらしい。

「そういえば、ペタルの魔法で食事を温めていたものね」

 言われてみれば、ペタルは食事のタッパーを温める時、魔法を使っていた。

 ペタルは魔法を使う時、『杖』という魔道具を使っている訳だから、ペタルが魔法を使える環境はピュライの魔道具が使える環境、ということになるのか。例外もありそうだが。

「そっか。なら、今回はピュライかアウレの技術で上空へ向かうことになりそうだね」

「そだねー。……うーん、でも、アウレではそんなに空飛ぶ必要ないからなー、そんな技術、無いかも」

「トラペザリアの道具が使えるなら、どうにでもできたんだがなあ……」

 そして俺達は悩む。

 トラペザリアの道具の中には、空を飛ぶものなんていくらでもあるだろう。

 俺がピュライで使ったジェットパックだってそうだし、なんならオルガさんの事だ、小型ジェット機くらい用意してくれそうだし。

 だが、他の世界の技術では、どうも上手くいかないらしい。

 泉は早々に考えることを放棄しているし、ペタルは難しい顔をして考え込んでいる。


 ……そして、ペタルはやっと、口を開いた。

「……1つ、良さそうなのを思いついたよ」

「何!?何!?」

「どんな道具を使うんだ!?」

 だが、『良さそうなものを思いついた』にしては、ペタルの表情は明るくない。

 どこか、遠い目をしながら、ペタルは言った。

「ドラゴン」


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