23話
「もし、ディアモニスで恐竜が滅びなかったとしたら、今、ディアモニスに人間は居るかしら?」
アレーネさんの問いについて、考える。
……つまり、俺達が『異世界の誰かを助ける』ことが、その異世界の未来を大きく変えてしまいかねない、ということだ。
「私達が行う事は、そうなる可能性と隣り合わせ……いいえ、『未来を変えること』と『依頼主を助けること』を天秤にかける行為でもあるの」
今回の例で言うならば……例えば、イゼル達、『ソラリウム』の獣人を飢餓から救ってしまった事で、淘汰されるはずだった獣人達が生き残り、人口過多のまま、獣人全体が死滅するかもしれない。
そうなれば、イゼルが本来願ったこととは正反対の結果を招くだろう。
「……でも、そんなのどうしようもありませんよね。要はバタフライエフェクトだ」
しかし、そんなことを言っていたら何もできない。
現に俺達が『ソラリウム』へ来たこと自体が『ソラリウム』への影響になりかねないし、その影響が連鎖して、『ソラリウム』を発展させるかもしれないし、逆に滅ぼすかもしれない。
枝分かれして枝分かれして、延々と伸びるカオスの連続の果てに何があるのかなんて、1つ1つ吟味することはできないし、できたとしても、制御することなんてままならないだろう。
「ええ。そうね。一応、うちには『未来を見る』ペタルが居るけれど、流石のペタルでも、世界の終わりまでの結果全てを見ることはできないわ。それでも行動したいなら、それは私達のエゴを含むことになるわ。でも、アラネウムは行動するのよ。そのための組織だから」
アレーネさんはそう言って、手を開いて指を5本立てた。
「だから、私達が行動する基準を決めたわ」
「1つ目は、その世界での破壊や死傷を最小にすること」
これは今までもやっていることだ。主にピュライで。
……ミサイルで建物の屋上を壊したことについては、それが『死傷』を最小限にする最適解で合ったからに他ならない。魔法が発達したピュライにおいては建物の建て替えにもそこまでの時間もコストもかからないだろうし。
「2つ目は、その世界のあらゆる利害を考慮して行動すること」
これがさっきの解答か。少なくとも目に見える範囲については、結果を考えながら行動する。
今回の例で言えば、イゼルが言っていた『隣の集落』の利害も考慮することになるか。
「3つ目は、『人』を優先すること。……姿かたちの事じゃないわ。知性ある生き物、という意味よ」
これには少し引っかかるところがあったが、アレーネさんの方針がそうならそれで構わない。
少なくとも、『人』を優先させるに至るまでにあらゆる利害を考慮するのだから、間違った事にはならないだろう。
あくまで、『同等の物のどちらか一方を切り捨てる場合』に『人』を生き残らせる選択肢を取る、ということらしい。
「4つ目は、『最善を尽くす』こと。その世界を救う必要があるのなら、助力を躊躇しないこと。……そして5つ目。……依頼者の依頼は、必ず叶えること。……どうしようもない時でも必ず、一部分は、ね」
……4つ目は分かる。目の前に根深い問題があるなら、表面だけの解決ではなく、きちんと根本から解決すべきだ、ということだ。
そして、5つ目の基準が……今回行った食事の提供に繋がるのだろう。
イゼルの依頼は、『仲間にご飯を食べさせたい』。
もしかしたら、イゼルの仲間達に食事を振る舞うことで、他の集落や、他の生物、『ソラリウム』の環境等に影響があるかもしれない。
先程の4つ目についてと合わせて考えれば、『根本の解決をしないことで更なる破壊・死傷を防ぐ』といった結論になることだってあるだろう。
だが、それでも『イゼルの依頼は叶えなくてはならない』。
これについては引っかかった。
善悪を簡単に決められるとは思っていないが……仮に、正真正銘の悪人が居たとして、その人の依頼が世界の為にならない依頼だった場合だ。そのような時、アラネウムは『異世界の破壊』を行うことになる。
……俺は、そのような疑問をアレーネさんに聞いてみた。
だが、アレーネさんは困ったような笑みを浮かべて答えた。
「それは大丈夫だと思いたいわ。アラネウムに来られる人は、『困っている人』だから。私利私欲の為に依頼を出そうとする人は、そもそもアラネウムに来れないのよ」
一応、セキュリティシステムはある、ということか。
……確信犯による犯罪だってあるのだから、一概には何とも言えないが……それは、『その世界のあらゆる利害を考慮して行動する事』で防げると思う。
「さて。……これで先にしておくべき説明は終わったわね?」
「うん。後は眞太郎が気になるところがあれば随時聞いてもらうとして……早速、今回の『ソラリウム』を『どうするか』。考えようか」
今までの話は、前提に過ぎない。
これから俺達が考えるのは、『ソラリウム』の依頼について。
俺達はイゼルとその仲間達に食事を提供するだけでいいのか。彼らが食料を自給自足できるように技術を提供すべきなのか。隣の集落とやらとの関係改善に助力すべきなのか。
もしかしたら、これ以上何もしないことが最善なのではないか。
……それらを考える為に、必要な情報はまず、『隣の集落』についてだろう。
「え、隣の集落?……うん、昔からあんまり仲はよくないみたい……」
早速、イゼルに『隣の集落』について聞いてみると、予想通り、芳しくない答えが返ってきた。
「今回の食糧難と何か関係があるのかな?」
「うーん……食べ物が足りないのは、どこも一緒だよ。いつからか雨が降らなくなって、木が枯れて木の実が無くなって、獣が森で生きていけなくなって居なくなっちゃって、どこでも食べ物が足りないから……」
イゼルは少し迷っていたようだったが、俺達が続きを促すと、口を開いた。
「隣の集落には、食べ物がこっちよりたくさんあるから、分けてもらおうと思ったんだけれど……駄目だった……仕方ないよね、隣の集落でだって、皆お腹が空いてるんだもん……」
イゼルは耳と目を伏せながら、ちらり、と、空になって積み上げられていくタッパーを見た。
ここよりは食べ物があったとはいえ、やはり食糧難である隣の集落の事を思っているのだろう。
「そう……その隣の集落の他に、この近くに誰かが居る場所はある?」
「ううん。前まではもう1つあったんだけれど……あんまりここに食べ物が無いから、山を越えて行っちゃったみたい。でも……山の向こうに行った仲間が、どこにも集落が無かった、山の向こうも木が枯れてた、って……」
成程。『ソラリウム』は全体的に日照りが続き、食糧難が起こっているらしかった。
そして俺達はイゼルから聞くべき事を聞いて、再び会議に戻った。
「……まず、『隣の集落』との利害の一致は簡単ね」
「そうだね。食料さえあれば、皆が幸せになれると思う」
イゼルとの会話から分かった事はいくつかある。
その内の1つが、『隣の集落も食糧難』であるということだ。
イゼルは隣の集落に食べ物を分けてもらいに行ったが、隣の集落はこちらの集落を助ける余裕が無い。
結果、食べ物を分けてもらいに行ったイゼルは隣の集落の人に追われて、逃げる羽目になった、と。そういうことだったらしい。
……つまり、こちらの集落と隣の集落は敵対しているわけではない。
どちらにも十分な食料があれば、争いもなくなるはずだ。
「そうね。なら、『ソラリウム』全体の十分な食料の為に行うべきことは何かしら?」
そしてその短期的解決策としては、俺達がまた食事を運んで来ればいいとして……長期的解決についても、解決の糸口が見えている。
「日照りの解消、ですか」
「正解よ」
アレーネさんは微笑んでいるが……だが、それこそ。
「それって、『異世界の破壊』に繋がりませんか」
日照りを解消させる、という事は、天候を弄る、ということに他ならない。そして天候を弄りなんてしたら、この世界全体に影響を与えかねない。
「そうね。……『これが自然なのだとしたら』ね」
だが、アレーネさんは冷静だった。
少し考えるようにして宙を見上げ……そのまま1分程の後、アレーネさんの指が、天井を指した。
「調べてみましょう。私の予想だと……上空、雲ができるくらいの位置に、『ゲート』もしくは『世界の破れ目』があるわ」




