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20話

 キン、と、鉄釘が床に落ちる音が響く。

 音は1回に留まらず、立て続けに数十の音が響く。

 そして金属音からワンテンポ置いて血が滴る水音が聞こえ、更にワンテンポ置いてから、人が倒れる重い音。

 魔力切れかけの俺の頭でも、とりあえず勝てた、ということだけは分かった。




 やったことは至極単純な事だった。

 要は、疑似コイルガンを『暴発』させたのだ。

 距離のある『ぺったんリング』を無理やり作動させたことにより、ぺったんリングは暴走と言ってもいい磁力を発動させた。しかも、6つ一度に。

 ……疑似コイルガンは弾き飛ばされ、俺とはペタルの兄を挟んだ位置に落ちていた。

 そう。俺と疑似コイルガンの間には、ペタルの兄が丁度居たのだ。

 つまり、疑似コイルガンが暴発し、でたらめな磁力を持った時……俺が持っていた鉄釘は疑似コイルガンの方向へ一気に吸い寄せられ、その同線上に居たペタルの兄に突き刺さる結果となったのだった。




 要は、発動時間こそやや長めだったものの、魔法を使った回数は1回きり。暴発であった分、大目に魔力を消費してしまったようだったが……まあ、とんとん、といったところだったらしい。

 少なくとも俺の懐からは50本以上の鉄釘が放たれたと思うが、俺はまだ気絶していない。

 そして一方、ペタルの兄は……死んではいなかったものの、手を蜂の巣にされ、更に真正面から鉄釘を大量に受け……その内の1本は喉に刺さっている。

 彼は今、最早動ける状態ではなかった。

 ぜいぜい、と浅く弱弱しい呼吸が聞こえてくる。恐らく、このまま放っておけば死ぬのだろう。




 俺はゲートに爆弾を仕掛けることにした。

 起爆の方法はやや複雑だったが、予めオルガさんに聞いていたから何ら問題は無い。

「……よし」

 爆弾をセットすると、カチリ、と音がして、爆弾に取り付けられていたライトが点灯した。

 この爆弾は、ライト点灯後、30秒で爆発するように設定されている。

 あとは待つだけで、ゲートの破壊は無事達成できるだろう。

 ……多少、無理をした感もあるが、終わり良ければ総て良し、だ。

 さて。

 後はテレポートの魔道具を用いて、集合場所までテレポートするだけだ。

 ……。

 少し、迷わないでもなかったが……恐らく、ここで放っておいたら、後悔する。俺が。

 なので、俺は気絶したペタルの兄の襟首を掴んで、テレポートの魔道具を使った。




 集合場所に到着すると同時に、爆音が響いた。

 これでゲートは破壊できただろう。これにてミッションコンプリート、ということになる。


 爆音を撤収の合図にして、ペタル達もすぐに戻ってきた。

「眞太郎っ……と、え、えええ、お、お兄様!?な、なんで!?」

 ペタル達は俺を見て安堵の表情を浮かべ、そして、次の瞬間にはペタルの兄を見て不思議そうな顔をした。

「説明は後でする。ペタル、この人の怪我、治せないか。放っておいたら多分死ぬ」

「え、う、うん。分かった。やってみるよ」

 だが、説明の前にまずは、怪我の治療だ。

 ペタルは例の銀色の光で、ペタルの兄の怪我を徐々に治していき……5分程度で、大まかな怪我は治りきった。

「うん。とりあえずこれで大丈夫だと思う。……でも、どうしてお兄様が……?」

「鉄釘がぶっ刺さっていたところを見ると、シンタローと戦闘になったんじゃないか?」

「ああ、戦闘になって……それで、見ての通り、鉄釘まみれにしてしまって……」




 それから、俺はざっといきさつを説明した。

 ミサイルの不発、ペタルの兄が参戦してきてしまった事、こちらの狙いが割れ、リトライの難易度が大きく上がった事……それから交戦して、相手を鉄釘まみれにすることに成功し、爆弾を仕掛けて脱出してきた、と。

「まあ……よくそんな無茶をしたわね、眞太郎君……」

「うう……ごめんね、眞太郎、まさかお兄様が家にいて、すぐにこっちに来るなんて……」

「ま、いいじゃないか!全ては上手くいったんだろ?」

「わーい!みっしょんこんぷりーっ!」

 説明が終わると、アレーネさんやペタルには複雑そうな顔をされたが、オルガさんや泉からは手放しの称賛の言葉が贈られた。

 それから、俺はペタルに怪我を治してもらい、全身打撲傷の状態から復活することもできた。


「アレーネさん、そちらは大丈夫でしたか」

「ええ。こっちは全く問題なく進んだわ。……私達側では『花火』は陽動として十分すぎる程役に立ったわね」

 俺の方はペタルの兄が参戦してくるアクシデントで滞ったが、アレーネさん達の方はスムーズに行っていたらしい。

 まあ、俺が戦っている間に『翼ある者の為の第一協会』が乱入してくることも無かったのだから、陽動と壁の役目はきっちり果たされていた、ということなのだが。

「怪我人はたくさん出たけれど、死者は出していないよ。薬と療養で十分に回復する範疇だから、皆元気になるのも遠くないんじゃないかな」

 そして、第二の目的の方も無事、達成されたらしい。

「それから……眞太郎、ありがとうね。……お兄様を、助けてくれて」

 ……ペタルは、気絶したままのペタルの兄を複雑そうな面持ちで眺めている。

「死者は出さない、というのが目標だったから……いや」

 生き物を撃つことには慣れた。鉄釘が刺さって、血を流す様子にも、慣れた。目の前で人間の手が鉄釘に貫かれて蜂の巣になっても、割と冷静に物事を考えることができる程度には、慣れた。

「殺したら後悔する気がした。連れてきたらペタル達が危ない可能性も十分あったけれど、殺す勇気は無かったよ」

 だが、殺したことはない。

 ペタルは、人を殺したことがあるようなことを言っていた。それはピュライがそういう文化を持つ世界だから、ということなのだろう。

 ……だから、俺はディアモニスの人間だから、当然、人を殺さない方を選ぶ。選べるのなら、そちらを選ぶ。

 もし、選べないことがあったら……その時は、きっとひどく後悔するのだろうな、と思う。俺はディアモニスの人間だから。

「……うん。それも、ありがとう」

「……え?」

 ペタルから今一つ脈絡が分からない言葉を掛けられて素っ頓狂な声を上げれば、ペタルは……優しい笑顔を浮かべていた。

「私達は、異世界を侵略させないことを目的にしているから。だから、異世界の人が……ディアモニスの人の眞太郎が、ディアモニスの規範から外れた事をしないでくれた、っていうことは、ディアモニスの一部を侵略しないで済んだ、っていうこと、なんだと思うんだ」

 ……成程。ペタルにとって、俺はディアモニスの一部であり、保護の対象だったのか。だから、俺がディアモニスの規範から外れなかった事が、『侵略を防ぐ』ことになった、と。

「勿論、眞太郎が危なくなるくらいなら……その、殺さなきゃいけない時も、あるかもしれないけれど。でも、私の我儘だけれど、眞太郎はできるだけ、そういうこと、しないでほしいな、って、思うんだ」

 ……未だに、ピュライという世界がどういう所なのか、詳しくは知らない。

 魔法の世界で、ミサイルに弱い。

 魔法があらゆる発展の元になったために、魔法以外の技術がほとんど発達していない。

 預言によって人間の運命が定められ、人間は皆、それに従って生きていく。

 そういった、表面的な事項しか、俺は知らない。

 だから、ピュライにおける殺人がどの程度の重さなのかも分からないし、ペタル自身がどう認識しているのかも分からない。

 恐らく、ペタルがディアモニスに対して持っている認識も、似たようなものだろう。知識こそあれど、感覚は理解できない部分が多いはずだ。

 俺とペタルはお互いにお互いがよく分からない異世界人同士ではあるが、異世界人同士の付き合い方、許容の仕方としては、実に理想的な……平和な、真っ当な、付き合い方ができている気がする。




「で、こいつはどうするんだ?ここに置いていくか?」

 そして俺達は、ペタルの兄をどうするか、という事で少し悩むことになった。

「置いていったら心配だよねー、怪我も完治はしてないんでしょ?」

 一応、先ほどまで死にかけていた相手だ。森の中に放置していくのは若干、気が引けるというか、なんというか。

「うーん……それは大丈夫だと思うけれど。念のため、魔物避けの結界を張っていけば、まず安心できる、かな」

 だが、ペタルの話を聞く限りでは、それは問題ないだろう、とのこと。

 回復を行った本人の言う事だし、何より、ピュライ人の言う事だ。間違いないだろう。

「そうね。そこはどうにでもなると思うわ。どちらかと言うと、問題は……ペタル、あなたがお兄さんと話す必要があるんじゃないか、という事じゃないかしら?」

 だが、もう1つ問題があるとすれば……家出してアラネウムに来ているらしいペタルの決着をどうするか、という話だろう。

「勿論、回答を先延ばしにするのも1つの正解だと思うわ。ペタルが決めて頂戴。私達はいくらでも待つわ」

 だが、アレーネさんがそう問うと……ペタルは1つ、微笑みを浮かべた。

「うん。大丈夫。……実はもう、用意してきたんだ」

 ペタルは懐から、レース模様の封筒を取り出した。




「ペタル。ほんとによかったのか?」

「うん。こうしよう、っていうことは、もう決めてたから。多分、お兄様なら大丈夫だと思う」

 俺達は結局、ペタルの兄をあの森の中に置き去りにして、ディアモニスはアラネウムの店内に戻ってきた。

 ペタルはペタルの兄に、1通の封筒を残してきた。

 中に入れたのは手紙と、『兄に家督を譲る』という証文だそうだ。

「でも、ペタルのお兄さんって、未来が完璧に見える訳じゃないんでしょー?」

「うん。少ししか見えないみたいだけれど……だからこそ、預言に決められた未来しかないピュライを変えてくれるかもしれないし、ね」

 案外、ペタルの顔は明るい。

 色々と放り投げて家を出てきた、という事なのだが……それについての心配はしていないらしい。

「それ、いいのか?大丈夫か?というか、そんなこと、お前の兄貴がやろうとするか?」

「お兄様が欲しかったのは家督だから。……だって、預言を大切にしているんだったとしたら、お兄様が『翼ある者の為の第一協会』と組むわけがないじゃない。お兄様は『異世界に行く』なんて預言はされてない。それに、家督を欲しがるわけも無いよね。だからお兄様は、頑張ってくれると思う。……私達、目指していた物はきっと、一緒だったから」

 ……言われてみれば、そうか。

 未来を見て、預言する能力がペタルにしかないのだから、ペタルの兄がアリスエリア家の家督を継ぐことはできない。

 それなのに家督を欲するという事は、預言中心主義への反抗に他ならない訳だ。

「……時々、様子を見に行きましょうね。ペタル」

「……うん」

 ペタルが兄に宛てた手紙に、何を書いたのかは知らない。

 だが、ペタルの表情は明るい。心配は要らないだろう。




「さて。これでとりあえず、ピュライの『翼ある者の為の第一協会』による異世界侵略の芽は摘んだな!」

「そうだねー。これで少し、暇ができるかなー!やったー、休暇だー!」

 何はともあれ、これで一段落した、ということになる。

 オルガさんと泉はそれぞれはしゃいでいるし、アレーネさんも心なしかゆったりした表情をしている。ペタルは言わずもがなだ。

「それじゃあ、ご飯にしましょうか。お腹が空いたでしょう?」

 アレーネさんがキッチンに向かう。

 俺達も適宜アレーネさんを手伝いながら、すっかり遅くなってしまった昼食を作ることにしたのだった。




 昼食を食べ終わった折、シャラ、と、ドアのベルが鳴った。

「ん?表には閉店の札、出てるよな?」

 訝るオルガさんの言う通り、ピュライへ向かう前、アレーネさんは表のドアに『CLOSE』の札を掛けていたはずだが。

 ……そこで俺は気づいた。

 ドアのベルの音が、いつもの音じゃない。

「……あら。タイミングが良いのか、悪いのか。……お客さんみたいね?」

 アレーネさんが妖艶な微笑みを浮かべると同時に、店のドアが開いた。

「……ここ、どこ……?」

 そして、顔を覗かせたのは……おどおどとした少女だった。


 ただし、その頭には……ぴん、と伸びた三角形の耳がある。


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