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19話

 ジェットパックの燃料がいよいよ危うくなってきた。なので、少し迷ったが……屋上の穴から建物内部に入って、着地した。

「……貴様は……あの時の」

 俺が建物内部の床に降り立って初めて、ペタルの兄は俺のことを思い出したらしい。

「ということは、この騒ぎにはペタルも乗じているのだろうな?」

 ペタルの兄は剣を振って、凍り付いたミサイルを振り落とした。

 ……ミサイルは対魔法の防壁にこそ強いが、魔法そのものに強い訳ではない。このように魔法で凍らされてしまえばそれまでらしい。




 すぐにでもテレポートして脱出した方が良いのだろうが、もう少しだけ、様子を見ることにした。

 脱出するにしても、リトライの時の為にも情報が多い方がいい。幸いなことにペタルの兄はよく喋る性質の人らしいから、その情報に価値があるかどうかはさておき、全くの手ぶらで帰る羽目にはならなさそうだし。

 ……この人は魔法使いだが、人だ。そう。俺はこの人が『人』であることをもう知っている。つまり、この人が完璧ではない事を知っているのだ。

 不意を突けば、俺だってペタルの元に駆け寄って『世界渡り』のブローチを使うくらいのことはできた。

 相手が魔法使いだろうが、何だろうが、隙はある。

 それを窺ってからテレポートして逃げても、遅くはないはずだ。




「アリスエリアの邸宅に何やらおかしな仕掛けを施したようだったが……甘かったな。あのように人を殺さぬ魔法では陽動だと言っているようなものだ」

「……それだけでここに?」

 いや……『花火』が異世界の道具であることに気付いて、真っ先にここを攻めに来たと考えれば何ら不思議ではないか。

「確かにアリスエリアを恨む者は多い。あのような魔法は見たことが無かったが、あの程度ならいくらでもできよう人物からも恨みを買っている。だから誰が襲ってきたかなど、分かったものではない。それは確かだ」

 いや違ったか。

 この人はどうやら、『花火』が異世界の道具であると確証を持っていたわけでは無かったらしい。

 ならば何故か。恨みを買う相手が多いなら、陽動の目的が分からないのは当然じゃないのか。

「だが私はペタルとは違う。魔法の研究に齧りついているだけの連中とも違う!そう!学んできたものが違うのだ!」

 俺の疑問は至極あっさりとした理由で片付けられた。

『学んできたものが違う』。

 ……そういうことか。


 ピュライにはテレポートがある。だから、俺達の普通の感覚とは色々と勝手が違うのだ。

 恐らく、ピュライにおける戦争とは『テレポートの読みあい』に他ならない。

 テレポートは連続使用できないらしいが、それでも一瞬で移動できる影響は大きい。

 最強の軍勢を揃えていた所で、敵が攻めてくる位置が分からなければ防衛できない。

 だからこそ、ピュライの人はテレポートの読みあいや魔法の防衛に長けている、ということなのだろう。




「さて、アリスエリア邸は貴様らの望み通り混乱を極めているが、私は騙せなかったようだな」

 それから俺達が考慮していなかった点が、陽動の両面性だ。

 ……『翼ある者の為の第一協会』の目を欺くために『アリスエリア邸』に『花火』を撃ちこんだ訳だが……それは逆に言えば、『アリスエリア邸』の目をこちらに向けさせてしまうことにもつながりかねない。

 ましてや、テレポート他の読みあいを学んだピュライの人ならば、俺にはおよそ考えつかないレベルの思考を持ってして、どこが本命の襲撃先なのかを予測することができる、ということなのだろう。

「さて、貴様らの狙いは分かっているぞ……ゲートの破壊。違うかな?まあ、それ以外に無いだろうが」

「……さあ?どうだろうな」

 そしてこちらはもうミサイルを撃ち込んでいる以上、ゲートの破壊を目論んでいたことはバレているはずだ。

 ……このまま帰っても、リトライは多分、もうできないだろう。

 できたとしても、今度はかなり多くの死者を出す結果になるはずだ。相手だって馬鹿じゃない。こちらがゲートを狙っていると知れた以上、対策をしないはずが無いのだから。

 だが、ゲートを破壊できなかった場合、俺の安全が保障されないどころか益々危険になるであろう、という以上に……恐らく、『ディアモニスが侵略される』。




『翼ある者の為の第一協会』の目的は、侵略しやすい異世界を選んで大規模な『世界渡り』を行い、その世界を侵略し、ピュライの為に使うこと、だ。

 ……ピュライの魔法がどれだけファンタジックで非科学的で理不尽かつ強力なものかは、俺自身、既に体感している。

 それこそ、ピュライの魔法使いが数百人単位でやってきたなら、あっという間に人の数千人程度、殺されてしまうだろう。

 軍の類が出てくればまた話は変わってくるのだろうが……日本では厳しいだろう。

 仮に『翼ある者の為の第一協会』を制圧することができたとしても、その頃にはもう何千人、何万人の人が死んでいるはずだ。

 だからこそ、ゲートは破壊したい。

 アラネウムがディアモニスの日本にあるのだから、『翼ある者の為の第一協会』が侵略先としてディアモニスの日本を選ぶ可能性は非常に高い。

 だから、このままテレポートで撤退して、その後、成功の可能性をガクリと落とすであろうリトライに賭けるよりは……。




「そうか。ならば先に、こちらの狙いを教えてやろう。……まずは」

 俺の嗜好を遮って、ひゅん、と風を切る音が響いた。

「貴様を捕らえる」

 俺は突きつけられた剣を見て一瞬ひるんだが、よくよく思い出せば、俺が今来ているコートは、超技術の世界トラペザリアの防刃・耐熱・耐電・耐冷のコートである。

 そして、コートのポケットに手を突っ込めば、俺の手には疑似コイルガンが触れる。

「どうやらペタルは貴様を気に入っているらしいからな。あれが『目』を渡そうとする程だ。さぞ大切なのだろうな?……まあ、野暮なことを聞くつもりも無いが」

 右手で、疑似コイルガンを握る。

 この銃を動かすための『マグネテス』という言葉が、はっきりと脳裏に浮かぶ。

「そして都合の良いことに、貴様は弱い。ペタル如きに守られていたところを見ると、貴様の魔力はたかが知れているのだろう?」

 そして何より……目の前の相手は、俺を舐め腐っている。

 いける。


「ならば餌には丁度いい、な!」

 鋭く吐き出された言葉と共に、剣が突き出される。

 俺には到底届く距離ではなかった剣だが、その切先から青白い光が放たれる。

 だが、俺はそれを避けない。

 青白い光が届くや否や、俺を猛烈な冷気が襲った。だが、それだけだ。コートの耐冷機能はちゃんと働いている。

 だから俺は左腕で顔を庇いながら耐え、冷気が収まったその瞬間を見計らい……撃つ。




「……貴様」

 魔法を動力にしながらも、相手に届くのは凄まじい速度で飛ぶ鉄釘でしかない。

 魔法ではない攻撃は確実に相手の隙をついて届き、その腹に突き刺さって血を流れさせていた。

「ただで餌が手に入ると思うなよ?」

 精々、まだ奥の手を隠している、とでも思わせられるよう、不敵に笑ってみせる。

 ペタルの兄は、腹に刺さった鉄釘を引き抜きながら、やはり、にやり、と笑った。




 直後から、ペタルの兄の猛攻が始まった。

 尤も、冷気の魔法は効かない。コートの耐冷性が俺を守ってくれる。

 同様に、剣にも強い。対刃性も伊達では無いらしかった。

 ……だが、衝撃はどうしようもない。

 剣で斬られることはなくとも、コートの上から叩きつけられる剣は衝撃となって俺を襲う。

 剣を当てられれば出血こそしないものの、ダメージは確実に蓄積する。

「……奇妙な魔道具だな。異世界の物か……?」

 だが、俺が顔に出しさえしなければ、相手にはそんなことは分からない。

 俺は今、剣も魔法も効かない相手としてペタルの兄に認識されているらしい。

 その甲斐あってか、ペタルの兄の攻撃は次第に慎重になっていく。

「どうだろう、な!」

 ……だが同様に、俺の攻撃もまた、相手に届かなくなっていった。

 所詮は鉄釘なので、凍らされて叩き落とされればそれまでだ。

 冷気を真っ向から吹きつけられれば、幾ら高速で飛んでいく鉄釘でも速度が鈍る。そして速度が鈍るだけでなく、鉄釘に氷がまとわりついて、弾が大きく重くなる。そうなった鉄釘は剣で払われやすくなるのだ。

 それに、たとえ鉄釘が払われずに相手にぶつかったとしても、ぶつかる事には速度は落ち、氷にすっかり包まれて鋭さを失っている。

 ただの氷を投げてぶつける程度の攻撃にまでランクダウンしてしまえば、当然ながら相手の脅威にはなりえない。




 ……結局、お互いに決定打が無いまま、しかし俺はじわじわと体力と魔力を削られていく、という時間が過ぎていった。

 俺は全身に打撲傷を負い、体温も奪われて体を動かすのが辛い程になっていた。ペタルの兄はずっと魔法を使っているのだから、魔力の消費による集中力の低下諸々の症状があってもいいと思うんだが……少なくとも、俺の目にはそれが見えない。

「はっ。一体何を覚えてきたのかと思えば、結局は付け焼刃の子供騙しに過ぎないようだな!」

 それでも勝機はまだある。

 このまま時間を稼ぎ続けて、陽動班の援軍を待つこともできるし、ペタルの兄の魔力切れを待つことだって、できなくはない。

 ……それに、ここで撤退するよりは、限界まで試行錯誤したほうがいい。

 怪我はペタルが治してくれるはずだ。傷を厭う理由は無い。

 だから、最後の一片を使い切るギリギリまで粘る。




 剣が光り、青白い光が集まる。そろそろ見慣れてきた挙動から推測して、なんとか冷気を避けるであろうルートを狙って鉄釘を撃つ。

 ……だが、相手の動きは、俺が今まで見てきたどれとも異なっていた。


 剣が迫る。

 青白い光は発射されないまま剣に残っていた。

 咄嗟に避けたが、俺の右腕が避け遅れて、青白く光る剣に強打された。

 衝撃と、鈍器で殴られる痛み。

 それに続いて、コートの上から氷が腕を覆っていく。

 まずい、と思ったのも一瞬だった。

 打撲傷を負い、冷え切ってかじかんだ俺の手は、強打された衝撃で疑似コイルガンを取り落としていた。




「もう少し粘るかとも思ったが、そんなことも無かったようだな」

 疑似コイルガンを取り落とした直後、腹に剣の柄を叩きこまれて倒れた。

 倒れた俺の首の横に、剣が突き立てられる。

 疑似コイルガンはペタルの兄を挟んだ奥にある。俺の手が届く位置ではない。

「奇妙な防御の術を使うようだったが……至近距離で叩きこめば効くのではないか?」

 そうこうしている間に、ペタルの兄が、手に青白い光を宿した。

 ……当然だが、コートが守ってくれる範囲は限られている。僅かに露出した首筋や頭部はどうしようもないし、コートの内側に青白い光が入りこめば、当然、俺の体は凍り付くのだろう。

「無駄な抵抗をするからこうなる。……恨むなら抵抗した自分を恨め」

 そして、青白く光る手が、俺に近づき……。


「っ……!?」

 俺のコートのポケットから一斉に飛び出した鉄釘に貫かれて、一瞬で蜂の巣のようになった。


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