18話
そうして俺達は、ピュライの森の中へ移動した。
数週間ぶりのピュライは、相変わらずしっとりとして静かな空気を湛えている。
「……流石ね、ペタル。座標は予定ぴったりよ」
「うん。このくらいはさせてもらわなきゃ、ね」
アレーネさんとペタルが囁き合い、微笑みを交わす。
オルガさんもにやり、としながら、地図を取り出した。
「今、ここだな。『翼ある者の為の第一協会』北西の森だ」
オルガさんが示す地図には、森と、森に囲まれた建物が描かれている。現在地点は北西の森。これから俺達はここから南東にある『翼ある者の為の第一協会』結社を目指して進むことになる。
「じゃー、私達はここからぐりーっ、と一周して、こっちからこーだね!」
だが、俺はここにこのまましばらく留まる。
そして、他の4人は森の中を迂回していくようにして、『翼ある者の為の第一協会』結社の東側にまで移動する。
その地点からまっすぐ『翼ある者の為の第一協会』を目指して進み、そのまま陽動に移る、という手筈だ。
「じゃあ、行きましょうか。……眞太郎君、くれぐれも気を付けてね」
「シンタロー、がんばってねー!花火、楽しみにしてるー!」
「シンタロー、『モーターがつぶれないことを祈ってる』ぞ!」
「そっちはよろしくね、眞太郎。気を付けて……」
4人はそれぞれ、俺に言葉を掛けながら歩き始めた。(オルガさんの言葉は、トラペザリアのサイボーグたちの間での『ご武運を』みたいなイディオムらしい。)
「……さて、待機中になんとかしないとな」
そして、俺は……目の前の木の幹に予め隠してあったものを取る。トラペザリアのカメレオン・ステルス機能によって完全に木に溶け込んでいたそれは、リモコンと小型のモニターだ。
リモコンのスイッチを押す。
すると、小さなモーター音が響き、微かに俺の頬を風が撫でた。
俺の目にはどこにあるのか見つけられないが、モニターには確かに、『それ』の位置が表示されている。
あとはこのモニターを頼りに、俺はこれを動かすことになる。
……これは、俺達の奥の手、というか、より陽動を成功させやすくするために講じた策であった。
それは、カメレオン・ステルス機能を搭載したドローン。
そして……そのドローンに搭載された、『花火』。
「じゃ、発進」
俺は『花火』を乗せたドローンを発進させた。
微かなモーター音がより小さくなり、やがて聞こえなくなる。上手くいけばいいが。
尚、このドローンの行き先は……ペタルの実家、である。
ドローンの操作は案外上手くいった。ちょっと拍子抜けするほどに。
あとは適当なタイミングまでペタルの実家上空でホバリングさせておいて、ペタル達から合図があったら『花火』をドローンから切り離せばいい。
俺は俺自身の周囲にも警戒しながら、ひたすら合図を待ち続けた。
……そして、ついに合図があった。
南東の空に、花弁の竜巻が巻き上がったのが見えた。ペタル十八番の魔法だ。
ペタル達は無事、『交戦開始』したらしい。
ペタル達は、『翼ある者の為の第一協会』に『交渉』をしに行った。
……『交渉するふり』をしに行った、と言うべきか。
とにかく、最初から自分達の存在を確認させ、背後にオルガさんという『未知の戦闘力』をちらつかせながら相手が飲めない条件を出し……そしてそのまま、『交渉決裂からの交戦開始』、という流れを作っているはず。
これは、『陽動』として、『翼ある者の為の第一協会』の人員を結社内部から外へ連れ出すためのものだ。
……今回の『陽動』の目的は、『死者を出さない』ことにある。単にゲートを爆破したいだけなら、それこそ、オルガさんが本気を出してとっておきのミサイルなり核弾頭なりを使って結社ごと消し飛ばせばいい。
だが、『死者を出さない』ためには、最低限、ゲートの傍から人を離しておく必要がある。
その為の『陽動』なのだ。
つまり……今、ペタル達は……真っ向から、『翼ある者の為の第一協会』の人員と戦っている。
尤も、泉が例の歌で眠らせたり、オルガさんが催涙弾を使ったりしているから、かなり楽な防衛戦にはなるだろうし、万一の時は全員テレポートで逃げられるから、そこまで心配も無いのだが。
ペタルの十八番の魔法に続いて派手な爆音が響いたのを確認してから、俺はドローンを操作して『花火』を切り離した。
……そして、俺は背中のジェットパックを起動させる。
ある程度ふかして、ホバリングが安定してきたら、一気に上昇。
小型のジェットパックだからそんなに速度が出る訳でもない、とはオルガさんの談だが、それでも十分すぎる程の速度で森の木々の間を抜け、数秒後には木々の遥か上空に到達していた。
眼下では森がぽっかりと空いた中に建物があり、その前で派手に煙が上がっている。
時折、煙を割いて魔法の花弁が舞ったり、桃色の波が流れたりするのが見えた。アレーネさんが何かをしている様子は良く見えないが、何かはしているのだろう。
それらの様子をちらりと見てから、俺は建物の西側上空へ移動した。
そしてそのまま東の空を見ていると……。
……突如、光の柱が轟音と共に東の空を割いた。
光の柱は例の『花火』によるものだ。丁度、ペタルの実家の玄関前で発動しただろう。
だが、轟音や派手な見た目とは裏腹に、破壊力はほとんど無い代物だという。精々、玄関前の石畳が十数枚吹き飛ぶレベルだ、とか。
光の柱は曇りがちな空を染めつつ、数度、色を変えた。それこそ、『ど派手』に。
……この派手な『花火』の目的は1つだ。
眼下、ペタル達が交戦している中、敵の注意が一斉に光の柱の方へと向けられ……敵の何割かの姿が消えた。
彼らはテレポートしたのだ。
光の柱を派手に上げることで、敵の注意を引く。
それと同時に、陽動班がうまく振る舞う事で……「ペタル達は陽動だ、本命はあの『光の柱』の方だ」と思わせる。
陽動を陽動だと見抜かせながら、その真の狙いを隠れ蓑に隠すことで、より大きな誤認を与える。
……そして、陽動班は依然として戦い続ける。
光の柱が上がった方が本命か、と思わせながら、こちらでも十分すぎる程の戦力を持ってして戦う。
より大きな戦力が背後に控えていると相手に誤認させるか、或いは、こちらと光の柱の両方が本命だと思わせるか。
いずれにせよ、敵は混乱した。より多くの戦力を必要とした。
となれば、建物内部に居た人達も駆り出され……。
……オルガさんが1発、空に向かって火を放った。『透視してみてOKだった』の合図である。
それを合図にして俺は、肩に担いだ小型ミサイルを建物屋上に向けて発射した。
爆音、爆風。
衝撃と熱が、上空に居る俺にも伝わってきた。
そしてそれらの原因となったミサイルが直撃したのだ。建物屋上は当然のように吹き飛んで大穴を空けていた。
勿論、ここからはスピード勝負になる。
俺はジェットパックを操って、もう少し、屋上の穴へと近づいた。
……すると、立ち上る煙が風に煽られて薄れたその一瞬、微かに、穴の奥に『ゲート』が見えた。
話に聞いていた通りだ。
銀色の金属と黒曜石で飾られた、大きな門。あれのことだろう。あとはあれにミサイルを撃ち込めばいい訳だ。
ただし、ミサイルはあと1発。予備の爆弾があるとはいえ、外したくはない。
俺は穴の縁ギリギリにまで近づく。
ジェットパックの燃料に気を付けながら、空中を移動し……敵の狙いが俺に向かわない内に、急いで、でも、焦らずに……狙いを定めて……。
そして、ミサイルを撃った。
だが、起こるはずの爆発は起こらず……代わりに、ピシ、ピシ、と、軋むような静かな音が響いた。
そして、俺を襲うはずだった熱風の代わりに、ぞっとするほどの冷気。
やがて煙が晴れると、そこにあった光景が見えた。
小型ミサイルは剣に貫かれ、そのまま凍り付いている。
ありえない光景だったが、この魔法の世界であるピュライでは当たり前の光景、なのかもしれない。
「どうやら狙いは当たったらしいな」
そして、剣を構えた淡い金髪の男性……ペタルの兄が、唇の端を持ち上げたのが見えた。
明日からほぼ毎日更新に戻る予定です。