17話
「え、ちょ、ちょっとまってよ、オルガさん!眞太郎はアラネウムのメンバーでもないのに、戦闘に巻き込むわけにはいかないよ!」
予想はしていたが、ペタルは俺の参加には反対のようだった。
「いや、ゲートがある部屋の真上に穴を空ける予定だからな、潜入と破壊だけなら戦闘にはならないはずだ!それにシンタローはもう何度か戦ってるだろ?じゃあいいんじゃないか?駄目か?」
「逆だよ!ただでさえ迷惑かけてるのに、これ以上なんて!」
一方で、オルガさんは俺の参加には乗り気らしい。
「ちょっとシンタローには頑張ってもらうことになるが、シンタローが今後ディアモニスで安全に生活するためだと思って参加してもらうのが一番だと思うぞ?どう思う、シンタロー」
泉は首を傾げながら俺を見つめ、アレーネさんは俺の出方を窺いながら静かに俺を見ている。
……そして俺の答えは決まっている。
「参加します。……正直、自信は無いんですが、一応テレポートはできるわけだから、緊急避難はできるし……」
そこで一旦、言葉が途切れた。続きをどうしようか、と思案して……それから、若干の諦念と共に、続きも吐き出すことにした。
「興味があるんです」
……これだから良くない。
どう考えても、関わらない方が良い。命の危険どころの話じゃない。そんなことはよく分かっている。
このままだと俺が延々と狙われ続ける恐れがある、というのも、理由のこじつけ程度の意味しかない。
つまり、俺は『自らの意思で積極的に』アラネウムに関わっているのだ。
そう、一度関わって、その内側を覗いてしまって……もう、手遅れだ。もう興味が湧いてしまった。異世界に。アラネウムに。
さながら、蜘蛛の巣に絡めとられた得物のように、俺はもう『こっち側』から抜け出すことができなくなってしまったのだ。
それから、オルガさんから熱い歓迎を受け、ペタルからは巻き込んだことについての謝罪と、参加への感謝を伝えられた。
泉からはのほほんとした激励を受け、アレーネさんからは「やっぱりね」とでもいうような微笑みを向けられた。
……大体、そんな具合にして、俺はこの……魔法の世界であるピュライでミサイルを撃つ、という、破天荒極まりない作戦に加担することになったのだった。
そうして、その週の週末……土曜日に、作戦は決行されることになった。
その頃にはオルガさん経由で様々な物資が調達されていたし、ペタルは『世界渡り』のブローチに魔力充填を完了させ、予備の魔力(つまり予備の電池パック、充電器、みたいなもの)の用意も終わり……準備は万事整っていた。
「じゃあ、最後にいくつか、確認ね」
これからピュライへ赴く、という前に、アレーネさんからいくつか確認事項の確認が行われた。
「今回の陽動は私達。ペタル、オルガ、泉、それから私アレーネよ。……私達の仕事は、陽動。そのままね。とにかく相手を全員建物内から引きずり出すつもりでやりましょう」
陽動が陽動たる所以だが、こちらは目立つことが1つの戦略になる。
特に、『翼ある者の為の第一協会』と直接の因縁があるペタルとアレーネさんは絶対に陽動として戦うべきだった。
そして、死者を少なくする、という観点からは、歌で人を眠らせたり混乱させたりすることができる泉は適任だったし、派手に威嚇射撃するならオルガさんが適任だ。
……つまり、陽動側に戦力をぐっと偏らせることで、陽動を陽動と思わせないようにする、というのが今回の作戦の鍵の1つだった。
「それから、潜入は眞太郎君ね。……1人での作業になってしまうけれど、ゲートの位置から考えれば、そんなに難しい事でもないはずよ。それでも何か万一のことがあったら、すぐにテレポートして脱出して頂戴」
それに伴い、潜入側は俺1人となる。
……だが、幸運なことに、相手はピュライの建物だ。
つまり、『結界』とやらがあり、その『結界』が絶対の物と信じられている魔法の世界の建物。まさかミサイルで破壊されることなんて想定していなかった建物だ。
だからこそ、『世界渡りのゲート』は最上階にあるらしい。それはアレーネさんの証言でもそうだったし、オルガさんが透視した結果でもそうだったらしいから、間違いない。(オルガさんはある程度までの厚さの壁なら透視できるらしい。流石サイボーグ、と言ったところか)
だから俺がやることは、『潜入』とは言っても……オルガさんが持ってきてくれた『ジェットパック』で上空へ飛んで、空からミサイルを撃ち込んで屋上を破壊し、ついでにもう一発ミサイルを撃ち込んでゲートを破壊する……というだけの作業だ。
ジェットパックで空を飛ぶ練習は十分に行った。ミサイルを持ったりする関係で燃料はそんなに多く積めないが、屋上を爆破するための燃料としては十分だろう。
「それから、眞太郎君は万一、ミサイル2発でゲートを破壊できなかった場合は……オルガから渡されているわよね、例の爆弾を仕掛けてから退避して頂戴ね」
「はい」
そして、万一ミサイルの狙いが外れたり、ゲートの強度が想定以上だったりした時の為に、爆弾を渡されている。
……中身が何なのかはよく知らない。オルガさん自身も、『仕組みはよくわからんがとりあえず強いぞ!』程度のノリで渡してくれた。
ただ、話を聞く限りでは……黒色火薬とか、ニトログリセリンとか、そういうものが『ちゃちなもの』だと思えてしまう程度のものであることは確かだ。
スマートフォンを5枚重ねたくらいのサイズのブロック状であるこの爆弾は、今回の最終兵器となる。
つまり、これでもゲートを破壊できなかったなら、その時は潔く撤退、という事だ。
「テレポートの先はペタルに登録してもらっているけれど、『翼ある者の為の第一協会』から北西に2km程度の森の中よ。一応、覚えておいて」
最後に、地図を広げてもう何点か確認事項を確認したら、これで大体確認も事足りた。
「それから、ペタル」
アレーネさんはふう、と1つ息を吐くと、ペタルの方を向いた。
「本当にいいのね?」
アレーネさんは真剣で、ほんの少しばかり気遣わしげな表情を浮かべていたが、それに対してペタルは確固たる意志を感じさせる表情で頷いた。
「うん。いいよ。……むしろ、やってくれた方がすっきりするかもね」
そして最後に1つ、晴れやかな笑顔を浮かべて見せれば、アレーネさんはほっとしたような表情を浮かべた。
「そう。分かったわ……じゃあ、オルガ。くれぐれも死者は出さないように頼むわよ」
「ああ、任せておけ!最適な『花火』を用意したからな!」
「あと、どろーん、だっけ?私、アレに乗ったら空飛べるなー……この作戦終わったら1台ちょーだーい!」
「あ、泉、それは駄目だ。ディアモニスのこの国ではドローンが空を飛ぶとそれだけで刑罰の対象になることがあるから……」
各自が軽口を叩きながら最後の確認事項を詰めて、確認は終了。
俺達はそれぞれにそれぞれの装備を整えて、十数分後、アラネウムの店内に集合し直した。
「準備はいいかしら」
アレーネさんが、アラネウムのドアに『CLOSE』の札を下げて戻ってきた。
「はい」
「大丈夫だよ」
「いつでも行けるぞ!」
「わーいわーい、久しぶりの喧嘩だー!」
俺達は全員、いつもの恰好ではない。
俺はオルガさんがくれたコートと、飛行用のジェットパック。テレポート用の魔道具と例の爆弾と小型ミサイル2発分。そしていつもの疑似コイルガン。
ペタルの手には杖が握られている。エンブレッサ魔道具店で購入したものだ。それからフードのついたショートコートのようなものを着て、その下にいつもより硬い生地のシャツとジャンパースカート。靴はやや無骨に見えるブーツだ。
オルガさんは俺のものと似たデザインの、しかしもっとずっと使い古された軍用コート。武器らしい武器は肩に担いだロケットランチャーのような武器だけだが……オルガさん自身が武器のようなものだから、見た目は当てにならない。
泉はいつものワンピースではなく、どこか中世の剣士を思わせるようなパンツルックになっていた。それから、腰にはしっかりとベルトが巻かれ、ベルトから繋がる皮紐はペタルのウエストへと繋がっていた。吹き飛ばされ防止策らしい。
俺達がそれぞれに返答すると、アレーネさんも俺達が集まる輪の中に入ってきた。
そのアレーネさんは……いつものドレス姿のままだが、手には見慣れない指輪のようなものがついていた。あれが武器なんだろうか。
「今回の依頼主はペタル・アリスエリア嬢。依頼内容は、ピュライの『翼ある者の為の第一協会』結社最上階にある『世界渡りのゲート』の破壊。達成目標は死者を出さないことと、環境の破壊を最小限に留めること。成功報酬は各世界の平和と安寧、それから眞太郎君の身の安全、かしら?」
アレーネさんはやや形式的な言葉を口にすると、妖艶な笑みを唇に乗せた。
「それじゃ、準備はいいかしら?」
アレーネさんの視線が全員と順にぶつかり、全員がそれぞれ肯定の意を示す。
「さあ、ペタル」
「うん。皆、行くよ!……アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス、『ピュライ』!」
最後にアレーネさんがペタルを促し、ペタルはブローチを握りながら呪文を口にする。
そして、呪文の最後の1単語が聞こえるや否や、俺達は異世界へと移動したのだった。