16話
「……と、いうことで偵察任務の報告は以上だ!」
アレーネさんとペタルと泉とオルガさんと俺、という面子で朝食の席を囲みつつ、オルガさんから『任務報告』を聞き終わった。
いや、偵察、というか……いや……。
「ありがとう。ご苦労様、オルガ。……そうね、やっぱりオルガの案が無難かしら」
「ああ。適当なミサイルを数発撃ちこんでしまおう」
……俺の理解の範疇を超えていた。
オルガさんが偵察してきたものは、『翼ある者の為の第一協会』の建物……の強度だったらしい。
つまり、ピュライの建物にトラペザリアの武器がどの程度通用するかを確認してきたのだとか。
「いや、凄いな。赤外線視認用ゴーグルは着用していたんだが、何かのセンサーに引っかかったらしい。一度撤退させられた」
「ああ、警鐘の魔法が張ってあったんだね。多分、他にも結界が張ってあると思うけれど……」
「ある程度は確認してきたぞ。ピュライの魔法とやらも中々面白いな。だが、トラペザリアの銃火器は強いぞ!結界とやらを込みにしても、キロトン級の火力があれば建物1つ程度は粉微塵にできる試算だ!……単に突破口を開くだけならその1000分の1で十分足りそうだがな、アレーネ、どうせなら派手にいかないか?」
オルガさんはわくわくした様子で居るが、アレーネさんは首を横に振った。
「駄目よ。不必要な死者は出さない。私達の目的は、あくまで『世界渡り』によって他の世界が侵略される恐れを排除するだけ。つまり、ゲートの破壊だけよ」
「なら仕方ないな。……じゃあやはり、北西の上空から屋上付近を破壊、そこから潜入してゲートを破壊し次第『世界渡り』で脱出……その間、入り口付近で陽動班が陽動、ということになるか」
オルガさんが机の上に広げた地図の上で駒代わりのガムシロップとクリームポーションを動かしながら、随分と物騒なことを言う。
どうやら、屋上から『翼ある者の為の第一協会』の建物を破壊する部分は変更されないらしい。
「そうだね。それが一番、死者が出なくていいと思う。ピュライ人の私だから言えるよ。間違いない。ピュライ人なら、結界を張った建物を破壊されるなんて思わないはずだから、屋上になんて人員を配備しないよ。陽動があれば絶対に皆、入り口に集まってくる」
ペタルも賛同している。
……俺はもう、爆破、という時点で思考がストップしてしまっている。
ピュライの事もよく分からない部分が多いし、トラペザリア仕込みらしいオルガさんの物騒な発想にもついていけない部分が多いので、最早ノーコメントを決め込んでいる。
泉も俺同様によく分かっていない部分が多そうなのだが、泉はその分『物騒な発想』に耐性があるらしいのでまだ俺よりはマシかもしれない。
「どう思う、シンタロー。ディアモニスの視点から見て、この作戦はどうだ?」
そんな状態の俺であったから、オルガさんがそう聞いてきても……俺が言える事は1つだけだ。
「いや、映画でも見てる気分っていうか、なんか、すごいなあ、と……」
というか、なんで俺はここに居るんだろうか……。
「そうね。眞太郎君から見ると、『映画を見ているみたい』でしょう?……その視点が欲しいのよ」
だが、アレーネさんは真剣な顔をしていた。
「その場に居る自分が想像できないでしょう?どういう状況になるかも分からない。眞太郎君は、私達がこれからやることを完全にプレーンな……架空の出来事として考えることができるはずよ」
「そうだな。シンタロー。シンタローの想像力なら、私達が思いつかない欠陥や改善点が見えてくるかもしれない」
……言わんとすることは分かる。例え稚拙な視点だったとしても、別の物が見えている可能性がある限りは一応、話を聞いておく価値がある、ということくらいは分かる。
だが、そう言われても……。
……。
「あの、1つ気になることが」
「何だ?是非言ってくれ!」
「脱出経路です」
「この作戦、陽動班と潜入班が必要ですよね」
地図上に置かれた駒代わりのガムシロップとクリームポーションを示す。
潜入班を示すガムシロップは建物上部……屋上付近に置かれ、陽動班を示すクリームポーションは入り口付近に置かれている。
「でも、『世界渡り』できるのはペタルのブローチだけですよね。だったら、潜入班と陽動班、どちらかしか脱出できないんじゃないですか?」
「ああ、それなら問題ないわ。眞太郎君もペタルに渡されているでしょう。『テレポートの魔道具』。アレを使えばいいのよ」
成程。ピュライから直接ディアモニスへ帰ってくるんじゃなくて、ピュライの中で合流地点を定めておいて、そこに集合し次第『世界渡り』、と。
「では、テレポートの魔道具を使えるのは?」
「私と……ペタルは当然使えるわよね。オルガはどうだったかしら?」
「ああ、テレポートは失敗する確率が高いな!やめておいた方が良いだろう!」
「私は無理だよ!だって道具と体のサイズが合わないもん!」
成程、オルガさんと泉は使えない、と。
「ということは、潜入班と陽動班にペタルとアレーネさんを分けることになりますよね」
「そうね」
「それから、潜入班は屋上に穴を空ける必要がありますよね。泉が撃てないのは確実だよな?サイズ的に。ペタルはミサイルを撃てるのか?」
「ううん、トラペザリアの道具は苦手なんだ……」
成程。
……という事は、決まりか。
「なら、潜入はオルガさん、陽動は泉が固定ということになりますよね。それから、アレーネさんとペタルはそれぞれどちらかがどちらかの役割にならなければならない。……アレーネさんとペタルは2人とも、『翼ある者の為の第一協会』と面識があるんですよね。なら、その『どちらかが陽動をしている』状況で、『もう片方が居ない』事に違和感を持たれるのではありませんか?」
事情がよく分かっていない俺なのだから的外れもやむなし、と思っていたが、アレーネさんは考え込んでしまった。
「そう、ね。……今、ペタルがアラネウムに居ることはもう分かりきっているのだし、なら、2人揃っていないと『これは陽動だ』って言っているようなもの、かしら」
「なら、陽動班は全員顔を隠すというのはどうだ?そうすればアラネウムの関与事態を隠蔽できるんじゃないか?トラペザリアのパワードスーツの中にはフルフェイスもあるぞ?何なら戦車をもってきてもいい!」
「駄目ですよ、オルガさん。アレーネさんはともかく、泉やペタルはトラペザリアの武装を使えません。……そもそも、トラペザリアの道具が出てきた時点で異世界の介入が明らかですから……本当の所を言えば、ミサイルを撃った時点でアウトです。アラネウムの関与の疑いは免れない」
「……ああ……そ、そうか……そういえばそうだったな……」
そう。トラペザリア的ミサイルで全部ぶっ壊してしまえ理論はとてもシンプルかつ強力なのだが……異世界人の関与がある事を自己紹介しているようなものでもある。
「でも、アラネウムの誰がそこに居るかは分からないんじゃない?それに、そもそも別々に居てもテレポートなんていくらでもできるんだから、陽動の疑いなんて晴らしようが無いんじゃ……?」
オルガさんが項垂れたところで、ペタルは頭の上に疑問符を浮かべた。
ああ、そうか。テレポートがある程度普及しているピュライの人の感覚ではそうなるのか。
これは異世界ならではの感覚かもしれない。
「逆よ、ペタル。私達が2人揃っていないなら、相手は私達がどう動くかわからないわ。でも、2人揃っていれば、それだけ相手は『分かっている』状態になるの」
だが、俺が言いたかったことはアレーネさんが代わりに説明してくれた。
……そう。
『居ない』証明はしようがない。
だが、ペタルやアレーネさんを矢面に立たせることで、『居る』証明はできるのだ。
「それってメリットなの?」
「ああ、ある意味、逆転の発想だな!相手に情報を渡すことによって、本当に隠したい物を隠す!今回の場合は、『陽動』と『潜入』の2班が居ることを隠して、単純にペタルとアレーネが正面突破しようとしている、と思わせることができるな!」
『居ない』状態では、あらゆる可能性が残る。だが、『居る』状態はそれ以上疑いようがない。
『居る』状態からテレポートしてどこかへ移動することはできるが……ペタルの『世界渡り』についての話を聞く限りでは、相手が魔法を使う瞬間を見ていれば、相手がどう動いたかある程度推測できるみたいだし……それに、相手が警戒するのはあくまで『テレポートした時』だ。ずっと戦い続けていれば、そこに『居る』2人の動向をそれ以上疑うことはできない。
「う、うーん?それって逆に罠っぽくなーい?」
泉は不安げだが、それはご尤も。
「まあ、それは何とかなるはずだ。逆に、『罠っぽい』ことが相手の疑心を誘えるかもしれないし……。それに、トラペザリアの小道具には困らない状況だから」
一応、アテはある。
「オルガさん。何か、こう、派手に火柱が上がるけれどそんなに被害が大きくなくて、被害が拡大もしないような爆弾で、かつ、トラペザリアっぽいかんじの……花火とか。そういうものを用意しておいてもらえませんか?」
「派手に火柱……?トラペザリアっぽい花火……?あ、ああ、構わないが……?」
木を隠すなら森の中、ということで。
……テレポートがある程度普及しているピュライでどの程度通用するかは分からないが、やらないよりはマシだろうから。
ざっと『最後の仕込み』を説明して賛同を得られたところで、ペタルがはっとした。
「あっ、でも、私とアレーネさんが陽動になっちゃったら潜入側にテレポートできる人が居ないんじゃない?オルガさんも泉ちゃんも、テレポートの魔道具は使えないし……」
そして、ペタルが最後の問題にぶつかった。
アレーネさんとペタルを陽動として使うメリットは、潜入班が脱出経路を失うというデメリットでもある。
それは俺も考えていた。
「ああ、それなら問題ない。シンタロー。確かテレポートの魔道具が使えるんだったな?」
「……はい」
……うん。
つまり、俺が参加することで、このピースが揃うのだ。