15話
「2週間で5回、ね……ごめんなさいね、眞太郎君」
「大体は俺が何かするまでも無いんですけどね」
そうしてファンタジックな生活が始まって、2週間と少しが経っていた。
俺はすっかりアラネウムでの生活に馴染んで、また、敵からの襲撃にも慣れていた。
ここ2週間で襲撃は5回に及ぶ。
しかし、泉はあの犬のような化け物の襲撃以来、ほとんど俺に何もさせずに襲撃者を撃退してくれているので特に俺は何も苦労をしていない。
尚、泉は鞄に自らを結びつける安全ベルトを装着することで吹き飛ばされないようになった。
「眞太郎君が襲撃に慣れてしまったという事自体が申し訳ないのよね……」
……しかし、アレーネさんが物憂げにため息を吐く通り、確かに……俺は少々、このファンタジックな生活に慣れ過ぎた感がある。
少なくとも、以前の俺だったら、2週間に5回も『襲撃』があったら、胃に穴が開いていたと思う。いつの間に俺の神経は太くなったのやら。
元々、仕方ない事を仕方ないと割り切ることは得意な性格だったが。だったが……いや、考えるのはやめよう。良い事だ。これは良い事だと思う。少なくとも、今の俺の胃に穴が開いていない事を考えれば、やはりこれで良かったのだ。多分。
「……まあ、少なくとも今月中には、眞太郎君に向かう襲撃者はかなり減るはずよ」
何やら変わってしまった俺自身に思いを馳せていたところ、アレーネさんがそう言った。
「何かしているんですか」
「ええ。最近、オルガを見ないでしょう?今、オルガにはピュライに行ってもらっているのよ」
「オルガさんが」
オルガさんには俺の引っ越しの手伝いをしてもらった後……数度、食事を一緒に摂っただけか。
確かに、あれ以来しばらく見ていないが。
「アラネウムは、異世界間よろずギルドよ。異世界の問題を解決するための組織でもあるわ。……オルガはトラペザリアの人間だけれど、ピュライとの相性は悪くないから、オルガにペタルの問題を手伝ってもらおうと思って」
「それ、大丈夫なんですか?オルガさん1人じゃ危険なんじゃ」
ペタルと避難の為にピュライへ『世界渡り』した時に出会った、ペタルの兄や、その部下らしき人達、使い魔……そういったものも記憶に新しい。それに、俺がこの2週間で受けた襲撃も、5回ともピュライの……ペタルの兄の手先か、『翼ある者の為の第一協会』の人物かのどちらかだった。
下手にピュライへ行ったら危険だろう、という事は想像に難くないが。
「大丈夫よ。ピュライの人にはまだオルガの顔は割れていないわ。それに……オルガの戦闘能力は確かよ。隠密の心得もあるし、ね。ヘマをしたとしても、死ぬことはないでしょうね」
アレーネさんはそう言って微笑んだ。
……確かに、オルガさんは見た目からして強そうではあるが。
そういえば俺は、オルガさんが戦っているところを見たことがない。
ピュライに行っても大丈夫な人だから、魔法の適性がある程度ある人なんじゃないか、という気はするが……。
「ただいま!……お、久しぶりだな、シンタロー。元気か?」
オルガさんが帰還したのは、丁度その日の夜だった。
アラネウムの方はバーとして営業しているので、アラネウムの裏の住居部分……つまり、俺やペタルが住んでいる建物の方へ来たらしい。
「はい。オルガさん、ピュライへ行っていたんですよね」
「ああ!久しぶりの任務だったからな、少し鈍っていたが、無事、任務達成だ。明日の朝、アレーネには報告する」
誇らしげな表情で胸を張るオルガさんには、怪我は見当たらない。
隠密任務、というような事をアレーネさんも言っていたし、戦闘に関わる任務ではなかったのかもしれない。
「あ、危なかった……」
……しかし、その割には、オルガさんの隣に居るペタルが息を切らしてへたり込んでいる。
これは……。
「ああ、私は『世界渡り』ができないからな、ペタルに送り迎えをしてもらっているんだ。……ただ」
俺の視線に何か思うところがあったらしいオルガさんは、少々ばつの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「少々ドジを踏んじまったものだから、こう、ペタルとの待ち合わせ場所に向かう途中で追手に追いつかれて」
「オルガさんは待ち合わせ場所に、その追手を引き連れたまま来たんだ……」
「『世界渡り』する所に居合わせられると魔術の解析?とやらをされるらしいからな、仕方ない、ペタルにも手伝ってもらって、追手を粗方片付けて、それ以上どうしようもなかった残りは撒いてから帰ってきた、というわけだ」
それはなんとも災難な事で。
「よく無事でしたね」
「いや、恥ずかしいことに無事じゃなかったな。右肩の駆動部分が破壊された。まあ、この程度なら自力で直せるから何の問題も無いがな!ははは」
そう言って、オルガさんは着ていたジャケットを脱いで見せてくれた。
……そこにあったのは。
「……機械」
首筋から肩にかけて、オルガさんの皮膚が焦げ付いて焼き切れたようになっている。
そして、その皮膚の下にあったのは、千切れたコードがはみ出た、金属の部品の塊だった。
「ああ、言っていなかったか。私は半機人なんだ」
オルガさんは。
いわゆる、サイボーグ、という奴らしい。
「私の世界トラペザリアは……まあ、何と言うか、ディアモニスで言うところの『世紀末世界』というやつで」
どこで仕入れたんですかその知識。いや、なんとなく想像はできるが。199X年、世界は核の炎に包まれた。オーライ。
「大きな戦争があってな、シェルターに逃げ込んだ生き物以外は一度死滅したよ。……私は戦争に参加した軍人でね。この体は戦うために改造したものさ」
言うと、オルガさんは左腕を構えた。
ジャコン。
……およそ人体から出る音としてはあり得ない音が響くと、オルガさんの左手の手首が横にずれ、手首の断面から銃口が覗いていた。
「ま、この通り、私は全身に武器を仕込んでいる。人工筋肉による強化もあるから、単純な身体能力もディアモニス人の数十倍はあるな。50mくらいなら5秒掛からずに走れるぞ。駆動部分への負担を考えなければ4秒を切れる!」
自信満々、といった具合に胸を張られても、何と反応して良いのやら。
「……ということで、まあ、魔法だ何だというものも、単純な身体能力や耐火性、耐電性、防刃性には敵わない、ということだ!こうして負傷したとしても、パーツ交換はいくらでもできるしな!」
呵々として笑うオルガさんと、オルガさんの焼け焦げた皮膚やその下から覗く金属パーツを見て、俺はアレーネさんの言葉に深く納得した。
成程。たしかにこの人は、ヘマをしても死にそうにはない。
「ということでペタル。悪いが、魔力充填が終わり次第、トラペザリアへ連れていってくれ」
「うん。分かってる。それから、果物持ってくればいいかな?あ、オルガさんは休んでて」
「ああ。頼む。助かるよ」
ということで、俺やペタルの部屋がある建物の1階、居間のような場所のソファでオルガさんは休憩し、俺もそれに倣って向かいのソファに座っていることにした。
ピュライで何かあったとしたら、間接的にしろ、俺に関係のある話になる。聞ける話は聞いておきたかった。
それから、単純な興味も無いわけではない。
「果物、何かに使うんですか?」
部屋を出ていったペタルを見送りつつオルガさんに尋ねると、オルガさんは頷いた。
「ああ。トラペザリアは荒廃した世界だからな。リアルフードはとても高価なんだよ。特にディアモニスの果物は美味いからな!一箱あれば最新の武装が一式買える!」
そうか、荒廃した世界だとそういう物価設定になってくるのか。
……異世界間で貿易をしたら、とんでもなく儲かりそうだな……。
「しかしだな、実に運が良かったのは、ディアモニスの果物がトラペザリアに昔あった果物とそっくりなことなんだ。ピュライの果物を見た事はあるか?シンタロー」
「いや、無いですが……名前だけ、ペタルから聞いたことがあったような」
ペタルとピュライで雑談していた時、なんとかのタルト、とか、そういうかんじに果物の名前が出た覚えがある。勿論、聞いたことのない名前だった。
「……ピュライの果物はどうにも、魔法の国の果物、といったかんじでな……うーん、とにかく、加工でもしない限り、トラペザリアでは売れそうになくてな……発光する果物なんて、明らかに怪しいだろう?」
発光するんだ。ピュライの果物って。
「それから、ピュライはほら、魔法があるだろう。だから、食べ物も下手すると魔法の類が掛かっていたりするから……私は大抵のものは食っても平気だが、トラペザリア上層部は生身の人間だからな!下手に魔法の食べ物を食って死なれでもしたら、私は祖国でお尋ね者になる。それは嫌だ!」
下手に食ったら死にかねないんだ。ピュライの果物って。
……異世界の文化は話に聞くと面白そうだし、実際にピュライの雰囲気には心踊るものがあったが……気を付けないと、駄目だな。
それから少しすると、ペタルが布袋にリンゴ5つとブランデーの瓶1本を入れて持ってきた。
「これでいいかな」
「ああ、完璧だ!ありがとう!」
オルガさんは袋を覗き込んで、至極嬉しそうに笑った。
「いやあ、本当にディアモニスに来てよかった!1日ちょっと働いただけでリアルフード食べ放題だもんな……ふふふふ……じゅる」
……嬉しそうで何よりだ。
「これでついでにアップグレードも……ふふふ……ん、ああ、そうだ」
嬉しそうなオルガさんは、はた、と気づいたように俺に向き直った。
「シンタロー。何か欲しい武器はあるか?」
「え?」
「いや、トラペザリアはピュライよりはディアモニスに近い世界だ。シンタローが使える武器は多いはずだと思ってな!ピュライのゴタゴタに決着が着くまでもうしばらく掛かりそうだし、その間シンタローの身を守る武器がもう2,3あってもいいんじゃないか?」
オルガさんは目を輝かせてそう言ってくれた。が。
「……トラペザリアの武器、というと」
「そうだな、銃火器の類が多い。勿論、火薬を使う銃だけじゃないぞ?レーザー銃の類も少し高いが普通に手に入る。或いはプラズマスローワーとか」
……つまり。
「残念ながらオルガさん、この国ではそれらを携帯していると逮捕されます」
銃刀法違反待ったなしである。
結局。
その日の夜中、オルガさんはアレーネさんに報告するより先に、右肩を直しにトラペザリアへと向かったらしい。
そして、翌朝。朝食を摂りに行こうとした俺の元へやってきたオルガさんの手には、包みがあった。
「シンタロー!ちょっと着てみてくれるか」
着てみる、という言葉に首を傾げつつ包みを解くと……中からコートが出てきた。
軍用コート、というのか、そういったデザインのコートだ。ごく普通のコートに見えるが。
言われるままに袖を通すと、若干、ごわついた感触というか……生地の硬さが気になったが、まあ、普通のコートの範疇だろう。
「うん。よし。サイズも合うな!」
「あの、これは」
満足げに頷くオルガさんに聞いてみると、オルガさんは笑顔でナイフを取り出し……俺に向かって投げた。
「っ!?」
至近距離だし、オルガさんが投げるナイフの速度は速すぎた。
避けることもできず、俺は腹でナイフを受け……。
「……あれ」
しかし、ナイフは俺に突き刺さることなく弾かれて、床に落ちた。
「ご覧の通り、これは防刃・耐熱・耐電・耐冷コートだ!ふふふ、いくらディアモニスが武器にうるさい世界だったとしても、防具に文句は付けられまい!」
……成程。オルガさんは俺に防具を買ってきてくれたらしい。
「この季節ならコートを着ていてもおかしくないだろう?よかったら使ってくれ!」
コートの生地を握ってみると、不思議な感触がした。
しなやかでも爪が立てられないような感触。これが防刃布、というやつなのか。
不思議な感触のコートは、何やらとても心強い。
「ありがとうございます。使わせてもらいます」
「ああ!これからも迷惑をかけると思うが、よろしく頼むぞ、シンタロー!」
オルガさんに感謝しつつ、でもできればこのコートが役に立つようなことが無ければいいな、と思う。
「さて、そろそろアレーネに報告しないとな。……これから少し、面倒になりそうだ。戦闘員を増やせればいいんだが……」
……恐らく、無理な願いなのだろうが。