13話
ペタルが置かれている状況について聞いたその日の夜、なんとなく眠れなくて、疑似コイルガンを少し弄ることにした。
ペタル曰く、魔力……つまり、この疑似コイルガンの動力となるものは、ある程度のまとまった睡眠で回復するらしい。
明日はどうせ授業も午後一番に1コマあるだけなので、存分に寝坊できる。
なので俺は、どのぐらい自分がこの疑似コイルガンを使えるのか、試しておくことにした。
短めの鉄釘を装填して、発射。
壁に立てかけた段ボールに釘が刺さるや否や、次の鉄釘を装填して、発射。
次第に装填の速度は上がっていったし、より効率よく鉄釘を装填するためのギミックも思いついた。
暇を見つけて改造したいな、と思いながら、ひたすら鉄釘を段ボールに打ち込み続けること数十回。
「52本、か」
酔いが回ったようにフラフラになった頭で鉄釘を数えた所、その数52本。
どうやら、これが俺の『魔力』の限界らしい。
「52発でダウンするとはな……」
理論上(というか、皮算用上、というか)では100発撃てる計算だったが……やはり、瞬間的にしか『魔力』を使わないとは言え、瞬間的な着けたり消したりの作業はエネルギーのロスが大きいのだろう。
最早まともな働きを期待できなくなった頭を抱えて、布団に潜りこむ。
鉄釘が刺さった段ボールも、改造した方が良いだろう疑似コイルガンも、どうにもする気になれずにそのまま眠る。
……魔力を消費する、という事は、こういう症状を引き起こすものらしい。
という事は、実質、撃てる鉄釘の数はもっと少ない、か……。
翌朝、深い眠りから覚めた。
久しぶりに質の高い睡眠を摂った気がする。疑似コイルガンで魔力を消費したために疲れてよく眠れたのだろうか。
時刻はいつも目覚める時刻よりやや遅い程度でしかないが、疑似コイルガンで試しに1発撃ってみたところ、問題なく鉄釘が発射された。
……6時間も眠れば、魔力とやらは回復してくれるらしい。
身支度を整えたらアラネウムの店内で朝食を摂りに行った。
ついでに、泉に今日の護衛も頼みに行こう、と思いながら。
……だが。
泉の姿が見当たらない。
既に店内ではペタルがキッチンに立ってアレーネさんを手伝ったり、オルガさんが凄い量の朝食を掻きこんでいたりしたのだが、泉の姿はどこにも無かった。
「あの、泉は」
「あら?もう眞太郎君の部屋へ向かったはずだけれど……どこかで会わなかったかしら?」
そしてアレーネさんに聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
泉は言わずもがなの身長15センチ。どこかですれ違っていたとしても……うっかり見落とす可能性が高い。或いは……踏んだり、蹴とばしたりしてしまっている可能性も、無きにしも非ず、である。
「泉ー!」
泉を呼びながら部屋へ戻る。床や壁、窓枠なども見ながら戻るが、泉の姿は無い。
まさか本当に蹴とばしてしまったのではなかろうか、と心配になってくる。勘弁してくれ。
……だが、部屋に戻ると。
「シンタロー、おはよー、おはよー!今日もよろしく!」
「泉、何をしているんだ……?」
「ん?学校に行くんだよね?だからステンバーイしておいたよー」
俺の鞄から顔を出している泉が居た。
「……何時から……?」
「えっとね、朝の7時!」
つまり、俺が起きる前の時間だ。
「ごめんねー、まだシンタロー寝てたけど、作業が遅れて学校に遅刻するといけないから、ちょっとお邪魔したよー」
……一応、俺、ここで着替えもしていたんだが。
泉は体躯の小ささもそうだが、年齢が幼い、という意味でも(実年齢は知らない。外見の年齢だ)小さい。
まあ、妙なことになる相手ではない、とは思うんだが……。
「で、シンタロー、昨日言ってた通り、鞄の中に部屋、作らせてもらったよー」
泉が示す鞄を覗き込むと、中には見慣れない直方体の……タッパーのようなものが入っていた。
「タッパー……」
「じゃないよ。泉の待機部屋だよー。これなら私も教科書で潰されないし、中に泉の道具とか入れておいてもごちゃごちゃにならないし」
成程。よくよく見てみれば弁当箱の側面には穴が開いていて、そこから泉が出入りできるようになっているらしかった。
「それから、鞄のここのポッケ、使ってないみたいだけど、内側に穴開けてもいい?そしたらポッケから出入りできるんだけど。ちゃんと直せるように開けるからー」
「ああ、構わないよ」
鞄の外側に付いている立体ポケットの内、使っていない1つを示されて許可すると、泉は早速、そのポケットの中に入っていって作業を始めた。
「……あ、シンタロー、今日は学校、何時に行くの?」
と思ったら、ひょこり、とポケットから顔を出して尋ねてきた。
立体ポケットの蓋を片手で押し上げながらもう片方の手と腹でポケットの縁から乗り出す様子が、如何にも小人らしい。
「今日は午後からだ」
「えー、じゃあ、そんなに急がなくても良かったのかー……」
そしてまた、鞄のポケットにもぞもぞと戻っていく泉の様子が面白くて、つい吹き出してしまった。
このファンタジー力の塊のような女の子は、見ていてなんとも楽しい。
そうして泉が出入りしやすいように改造された鞄は、見た目には何の変化も無かった。
しかし、ポケットの内側、鞄の内部へと繋がる位置に穴が開いて、そこから泉の待機場所に直接入れるようになったらしい。
「シンタロー、部屋の中におやつ持ち込んでもいーい?」
「教科書とか汚さないならな」
「わーい!ペタルに何か貰ってこよーっと!」
……泉が部屋を出ていってから、こっそり、泉の待機場所の中を覗いてみた。
すると、中には小さな座布団があったり、何に使うのかよく分からない道具があったり、小さな小さな本があったり、小さなランプが吊るされていたり……まるでドールハウスのような様相を呈していた。
俺はこういった細々としたものを見るのが割と好きな性質である。そして、全国各地の男子同様ご多分に漏れず、秘密基地の類には何か胸が躍る。
よって、俺にとって、この鞄内部にできた小人の秘密基地は見ていて楽しい代物であった。
……泉が今後も改造を加えていくようなら、こっそり覗かせてもらって楽しみたい。
昼前、アラネウム店内には客が居た。
如何にも大人しそうな女性が窓際の席でカフェオレを飲み、営業回り中のサラリーマンらしき男性が奥で軽食を摂っていた。
……話には聞いていたが、実際に客が居るのを見ると不思議な感じがする。
このアラネウムの場所が場所、ということもある。
だがそれ以上に、俺が朝食を摂ったり夕食を摂ったりしている場所に他人……と言うのもおかしな話だが……客が居る、という状況が、何か不思議に感じる。
「あら、眞太郎君、いらっしゃい。お昼ね。座って頂戴」
何となく店内に入りづらく、どうしたものか、と思っていたら、アレーネさんから声を掛けられた。
「はい、どうぞ」
アレーネさんが示したカウンター席に座って少し待つと、カウンターの上にクラブハウスサンドと紅茶のカップが出された。
サラリーマンらしき男性も同じものを食べているところを見ると、本日の日替わりメニューがクラブハウスサンドなのだろう。
「頂きます」
「召し上がれ」
店内に低く流れるジャズ・ミュージックと、店内の客2名が立てる小さな物音、それからアレーネさんが流しでカップを洗う音をBGMにしながら、ありがたく昼食を摂る。
その間、特に会話は無かったが、ふとした拍子にアレーネさんと目が合えば、気だるげかつ優しげな微笑を返してくれた。
……なんとなく落ち着かないながらも昼食を進めている内に大人しそうな女性客は店をでていき、俺が昼食を終える頃、サラリーマンらしい男性も会計を済ませて店を出ていった。
「ありがとうございました」
アレーネさんのしっとりと静かな声が店を出る男性に掛けられ、店のドアが閉まる。
カラン、と、ドアのベルが1つ鳴ると、店内のBGMはジャズ・ミュージックだけになった。
「……ふう。ごめんなさいね、眞太郎君。落ち着かなかったでしょう」
「いえ、平気です」
むしろ、喫茶店に置いておいてもらっている身である以上、申し訳なく思うのは俺の方である。
「まあ、あまり気にせず気楽にやって頂戴ね。昼食だけじゃなくて、おやつにだって歓迎するから」
しかしアレーネさんはありがたいことにそう言いながら微笑み……そして、微笑みの種類を変えた。
しっとりとした微笑みを浮かべていた唇が艶めかしく弧を描き、瞳が妖しく光る。
「……勿論、夜に来てくれてもいいのよ?」
「い、いや、バーは遠慮します……」
「あら、残念……」
若干しどろもどろになりながら返すと、アレーネさんはくすくす笑う。
「もうお酒が飲める齢にはなっているんでしょう?」
「1人で飲む齢じゃない自覚はあります」
一応、この間二十歳の誕生日は迎えている。
だが、二十歳の酒の飲み方としては、恐らく同年代の友人と安居酒屋で盛り上がって飲むのが正しい。
少なくとも、バーでグラスを傾ける特権は、二十歳の若造には与えられていない気がする。
「そう?……なら、私と2人で飲む?」
だが、そんな俺の内心はお構いなし、とでも言うように、アレーネさんは揶揄うような言葉を続けた。
「遠慮します」
「あら、つれないのね」
残念、とアレーネさんが肩を竦めると、ぱたぱた、と、奥の方から足音が響いてきた。
「アレーネさん、お待たせ……あれ、眞太郎、今お昼ご飯?」
ウェイトレスの恰好をしたペタルが顔を覗かせると、ペタルの頭の上に乗っていた泉も同時に俺を見つめた。
「ああ。それで、これから大学」
「そっか。じゃあ泉、眞太郎をよろしくね」
「おっけー!任せておいて!行こ、行こ、シンタロー!」
ペタルの頭の上から飛び下りた泉が俺の目の前に着地して、俺の指を掴んで引っ張る。
早く出かけたいらしい。多分、鞄内部の待機部屋の居心地を確かめたいんだろう。
「ああ、分かった。アレーネさん、ご馳走様でした。美味かったです」
アレーネさんに声を掛けつつ、泉に引っ張られて席を立つ。
「あら、良かったわ。……眞太郎君、さっきの話、本気にしてくれていいのよ?」
若干艶を帯びた声に振り向けば、アレーネさんは悪戯めいた笑みを浮かべていた。
……なんとなく、この人には敵わない気がする。
大学へ向かう道中は、昨日同様徒歩である。
尤も、徒歩とは言ってもあちこちによじ登ったり隙間を通ったり、と、とても『歩いているだけ』とは言えないような行路ではあったが。
「シンタロー、ペタルから移動用の魔道具、もらってるんじゃないの?使わないの?」
「あれは緊急用だからな」
「そっかー」
確かに、ペタルからは『好きな場所にテレポートできる』魔道具を渡されている。
しかし、使用回数が限られるものである以上、緊急時でもないのに使用するのは気が引けた。
「でも、どこかで1回練習しといた方が良いよー。私、それ使うの、すごく苦手だったから」
「そういうものか?」
「あ、でもシンタローは『世界渡り』できちゃった人なんだっけ。じゃあ心配するだけ無駄かなー」
……その後、泉が苦手な魔法の話などを聞きながら道を行き、ようやく『徒歩』らしい道程になった頃。寺の裏、大きな木が数本生えて、さながら小さな森のようになっている道を進んでいる時だった。
「……シンタロー、武器、用意して」
泉の潜めた声に緊張しながら、ポケットに手を突っ込んで入れた疑似コイルガンと鉄釘を握る。
強めの風が吹いて、木がざわざわ音を立て……その中から、がさり、と、明らかに異質な音が響いた。
「シンタロー、上!」
泉の声に上を見ると……犬のような生き物が、俺達に向けて飛びかかってくるところだった。