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110話

 それから俺はペタルに腕を治してもらったが、結論から言えば、元通りにはならなかった。

 どうしても、失われた体の一部分を復元することは難しいらしい。

 ましてや、失われた部位が腕一本分ともなれば、かなり大きい。できないのも無理はないことだった。


「はあ。できればシンタローにはこっち側へ来てほしくなかったんだがなあ」

「今更ですよ」

 ということで俺は、トラペザリアで施術して、左腕だけサイボーグ化した。

 オルガさんを散々見てきたのだ。自分の体を一部分機械化することに抵抗はあまり無かった。

 その感覚は、施術が終わった今も変わらない。

 腕は、自分の元々のものと全く同じように、滑らかに動く。

 それに加えて、他の機能もいくらか組み込まれているのだから、文句は無い。

「さて、そしたら次はニーナにパスか?」

「はい。トラペザリアの動力だけだと、世界によっては不具合が生じるらしいので。ピュライの動力と、あと、リディアさんが知ってるタイプの動力をいくつか組み込むとか」

 そして俺の左腕は、更に色々な世界の技術を組み込むことになる。

 それこそ、工学の技術だけではなく、魔法であったり、呪術であったり、といったものまで。

「……それだけぎっちぎちにバックアップしてやれば、まあ、どの世界でも問題なく動くだろうなあ……全員張り切ってるからな。悪いが付き合ってやってくれ」

「ははは……」

 苦笑いながらも楽しそうなオルガさんに、俺も似たような表情を返す。

 ……今回、俺の左腕を賄う計画には、アラネウムの全員が乗っている。

 それこそ、『全員張り切っている』のだ。ありがたいことに。




 結局、俺の腕が完成したのは『世界の狭間』から帰ってきて2週間の後だった。

「ただいまー!」

「ただいま……」

「あらお帰りなさい、泉、シンタロウ。……その様子だと終わったみたいね。お疲れ様」

 フェイリンに労われつつ、適当な椅子に座って、改めて左腕を見る。


 ……腕の改造行程は、多岐に渡った。

 トラペザリアで腕をサイボーグ化して、実弾兵器を組み込み。

 バニエラの技術で動力源をもう1つ確保して、光線銃を組み込み。

 グラフィオその他の動力も組み込んで、更に内部に色々組み込むために腕の中を例の鞄よろしく拡張空間に変え。

 ピュライの魔道具を使えるように左腕を改造して、テレポートの魔道具その他諸々を組み込み。

 ソラリウムの素材と技術で作った鉱石ナイフを組み込み。

 ドーマティオンの呪術を組み込んで腕の強度を上昇させ。

 コジーナの呪術を組み込んで、空港の検査や職質等々の諸々を誤魔化せるように調整し。

 そしてアウレで、腕の見た目を変えてきた。

 ……今、俺の腕は元々の腕と何ら見た目が変わらない。

 しかし、一度使おうと思えば、実弾も光線銃も魔法もナイフも出せる。まだ空間に余裕があるので、腕の中に物をしまっておくこともできる。

 それでいて見た目は普通の腕だし、どんなに検査をしても呪術で誤魔化せるし、滅茶苦茶に丈夫なので壊れることもほとんど無いだろう。

 ……こんなオーバースペックでなくても良かったのだが、アラネウムのメンバー達が揃って張り切ってくれたのだ、しょうがない。

「シンタロウ、終わったならペタルの所に行ってきなさいよ。心配してたんだから。それから泉、ちょっと仕込み、手伝って頂戴」

 フェイリンはてきぱきと動きながら、店の裏手を示してきた。恐らく、ペタルは中庭に居るんだろう。


「あ、眞太郎。腕、終わったんだね」

 店の裏に回ると、そこではペタルが花壇の世話をしていた。

 店の裏の中庭はここ数日で少々、様相を変えていた。具体的には、花が増えたのだ。

 植えてある花はピュライの植物だ。ピュライではこれが魔法の材料にされるらしい。

 ピュライで育てるよりもディアモニスで育てた方が早く大きく綺麗に育つらしく、結果、アラネウムの中庭にはピュライの花が咲き誇っているのだった。

「調子はどう?」

「ああ、むしろ、前よりもいいくらいだ」

 駆け寄ってくるペタルに答えると、ペタルは少しばかり、安堵の表情を浮かべた。

 ……ペタルの責任ではないのだが、俺の左腕が生身でなくなったことについて、ペタルは罪悪感があるらしい。

 治せなかったことについてもそうなのだろうし、或いは、ペタルが見た運命をうまく動かせなかった、ということについてもなのだろう。

 本人の罪悪感について俺があれこれ言っても余計に気を遣わせるだけなので、腕を失ったことについてはあまり言わないようにしているが、新しい腕を気に入った事については積極的にアピールするつもりでいる。

「そっか……うん、なら、よかった」

「そういえばペタル。『銀色の』奴、どうだった?」

 それから新しい話題を振れば、ペタルはポケットから銀色の結晶を取り出した。

「これ、だよね。うん。調べてみたら、大体は分かったよ」

 ……俺がペタルの内側の世界から戻った時に、手にしていたものだ。

 つまり、ピュライが消える時、残していった物である。

 銀色の輝きを菫色の瞳に映しながら、ペタルは続けた。

「これは、古代の魔法だった。……人工精霊を生み出す魔法だったんだ」




「人工精霊?」

「うん。古代魔法だよ。人ならざる存在を人が作り出して使役する魔法。今も少しだけなら残ってるけれど……もう、これだけ大規模な物は残ってないんだ。この人工精霊『ピュライ』は、ピュライの文明が一度崩壊する前に作られたんだと思う」


 ここから先はペタルの推測が混じってはいるが、恐らく真実だろう。


 ピュライは一度、文明が滅びている。

 その結果が『古代遺跡』であり、『古代文字』なわけだ。失われた技術や魔法が数多く存在していた理由は、『大きな歴史の断絶があったから』に他ならない。

 そして大きな歴史の断絶があったということは、それ相応の……文明が滅ぶに値するだけの何かがあったということになる。

 それが何かは分からないが、戦争か、災害か、或いは進歩しすぎた魔法による事故なのか……とにかく、それによってピュライは滅びたのだ。

 ……だが、今のピュライは普通に世界として動いている。当然だ。ペタル達が居るのだから。

 だから恐らくは、生き残ったピュライの古代人達は……ピュライを復活させるために、1つ、布石を打ったのだ。

 それが、『ピュライ』。失われた技術で生み出された人工精霊であり、『世界の意思』の正体であった、と。


『ピュライ』は一度滅びた世界を導くことを命じられた人工精霊だった。

 だからこそ、執拗なまでに繁栄を求めた。

 ……そして、世界の繁栄を求め続けたのはそう命じられたからで……遠い昔に死んだのであろう創り主の命令に従い続けた結果だったのだろう。

 そして、『また、私が必要になったら、呼んで。いつでも、助けに行くから』と、言っていた。

 人工精霊『ピュライ』が、自身の依代である銀色の結晶を残していったのはきっと、そういうことなのだろう。

 きっと『ピュライ』は、人工精霊だから……或いは、人工精霊ではなかったとしても、ピュライに住む人々が好きなのだろうから。




「ピュライが居なくても大丈夫なように、頑張らなきゃいけないよね。……うん、頑張らなきゃ」

「あんまり無理はするなよ」

 そして、ペタルはあの日以来、ピュライの整備に励んでいる。

 スフィク氏と一緒になって、新しい世界の仕組みを整えているそうだ。

「うん、平気。……正直ね、やっぱりアラネウムに居た方が落ち着くんだ。ピュライよりもこっちの方が、自分の家みたいな気がして……変かな」

「いや、変じゃないよ。確かにここ、落ち着くし。それにアラネウムだって、ペタルを家族みたいなものだって思ってるだろ」

 そしてその息抜きがてら、アラネウムに来ては花壇の世話をしたり、喫茶店でのんびりしたりしている。

「そう、だね。やっぱり、皆居るから。うん、凄く楽しいんだ。アレーネさんが淹れてくれたお茶飲んだり、オルガさんの冗談に笑ったり、泉ちゃんの演奏聞いたり、イゼルとお買い物に行ったり、ニーナさんがボディの魔改造するの止めたり、リディアさんの変な道具見せてもらったり、紫穂の怪談聞いたり、フェイリンさんの踊り見たり」

「ちょっと待て、またニーナさんはボディの魔改造してるのか!?今度は何を組み込んでるんだ!?」

「今度はバー用の醸造装置だって言ってた。うん、大丈夫。止めたから」

 醸造装置……それ、酒税法に引っかかるんじゃないのか……?

 というか、一体何を醸造するつもりなんだ?日本酒か?葡萄酒か?それとも未知のアルコールでも生み出すつもりなのか?

「それに、眞太郎」

「え?」

 酒税法に思いを馳せていたら、唐突に名前を呼ばれて驚く。

「眞太郎と話すのも、すごく、楽しくって。帰りたくなくなっちゃう」

 ……ペタルのはにかむような笑顔と共に、面と向かって言われてしまうと、なんとなく……他意はないと分かっていても、照れる。

 だが、ペタルはふと、表情を引き締めた。

 はにかむような笑顔は、強い意志を感じさせる強い笑みへと変わって、ペタルの視線は俺に強く向けられた。

「だから、頑張るよ、私。アラネウムの皆に胸を張れるように。皆がピュライに来て、楽しんでもらえるように。アラネウムもピュライも、大好きだから。大好きなもの1つだって、諦めたくないんだ。……諦めなくったっていいんだって、眞太郎に教えてもらったから」




 それからペタルはまた、ピュライへ戻っていった。

 忙しそうではあるが、その分、ペタルは輝いて見えた。

 ……俺も、頑張らないとな。ペタルみたいに、明確な目標がある訳じゃないが。だが……ペタルに、負けないように。

 皆に、ペタルに、胸を張れるように。




 その日の夜、俺はアレーネさんと向かい合うようにして、バーのカウンターに座っていた。

「はい、どうぞ」

 アレーネさんがグラスを出してくれた。

 透明な液体の中に氷とライムが浮かび、炭酸が弾けてシュワシュワと音を立てている。

「ジントニックよ。このくらいなら平気でしょう?」

「まあ、大学生なので、このくらいは」

 勧められてグラスに口をつける。

 アルコールとトニックウォーターの苦味に、ライムの清涼感。炭酸がある分、飲みやすい印象だった。

「どう?初めてバーで飲むお酒は」

「……こんなもんかな、っていうかんじです。バーって言っても、家みたいなものだし」

 いつもと雰囲気こそ違うが、ここはアラネウムの店内だ。

 ここに住み着いて大分経つわけで、そうなると、ここはバーというよりはアラネウム、大人の店というよりは実家、というような雰囲気なのだ。それは仕方ない。

「ふふ、そう。……なら良かったわ。眞太郎君もここに慣れてくれたって事だし、ね」

 アレーネさんは可笑しそうに笑うと、アレーネさん自身も何か飲み始めた。シックな赤色に炭酸が弾けているのを見る限り、カシスソーダ、だろうか。


 一頻り、グラスの中身を味わった後、ふと思い出して、俺は糸巻きを取り出した。

 つまり、マスターの方の糸巻き、本来ならばアレーネさんの持ち物である糸巻きだ。

「アレーネさん、この糸巻き、」

 だが、アレーネさんに返そうと思って取り出した糸巻きは、俺の手ごとアレーネさんの手に包まれて押し留められた。

「眞太郎君。私はこれをあなたに『あげた』の。貸した訳じゃないわ」

 言われて、戸惑う。

 元々、アレーネさんが俺にこの糸巻きを『くれた』のは……。

 ……俺の顔を見て、アレーネさんは俺が考えていることに思い当たったらしい。くすくすと笑いながら、手を軽く振ってみせた。

「違うのよ、眞太郎君。別に、今すぐ死のうと思ってる訳じゃないわ」

 言われて、ほっとする。

 元々、この糸巻きが俺に譲渡された理由は、『アレーネさんが死に支度をしたかった為』であったのだから。




「けれど……よかったの?眞太郎君」

「え?」

 唐突に、アレーネさんがどこか痛まし気な、或いは申し訳なさそうな視線を俺に向けた。

「眞太郎君、あなたにそんなこと、やらせたくはないけれど。……いつかあなた、私を殺さなきゃいけないわよ」


「……覚悟の上です」

 人を殺すことには、多少慣れた。抵抗が無い訳ではないし、殺したいと思う訳でもない。だが、多分、普通に生きているディアモニス人よりは、慣れている。

 だが、知り合いを……アレーネさんを殺す、ということは、それとは全く意味合いが違うのだ。

 不老不死の女性を救うためとはいえ、俺が、アレーネさんを殺す。

 その時になったらきっと、俺は迷うのだろう。

 でも。

「あのまま、別れらしい別れも無しに永遠に会えなくなるのなら、この方がいいと、思っています。例え、アレーネさんをいずれ殺すことになったとしても」

 それでも俺は、アレーネさんに居て欲しかった。

 このアラネウムは、アレーネさんによって作られた組織だ。ここにはアレーネさんが居るべきだと思うし……そうでなかったら、やっぱり、何か足りないのだ。致命的に、足りなくなる。

 きっとこれが、『寂しい』ということなのだろう、と思う。

「……そう。ごめんなさいね、眞太郎君。こんな役をさせちゃって」

「その分、俺の我儘に付き合ってもらうんです。それくらいは、やりますよ」

 アレーネさんに生きていてほしいというのは、俺の、俺達の我儘だ。

 だから、その我儘の分は、ちゃんと返す。

 いつか、アレーネさんを殺すことで、ちゃんと返す。

 ……でも、その『いつか』は、今ではない。

 きっとずっと先のどこかだ。

 だからそれまでは……アレーネさんに、この我儘に付き合ってもらおう。




「でも、この糸巻きは貴方が持っているべきよ。……道具としても、貴方に向いているわ。それに、アラネウムをこれから引っ張っていくのは眞太郎君だもの。悪くないと思うのだけれど。……貰ってくれるかしら。このアラネウムごと」

 俺の手に握らされた糸巻きは、小さくて繊細で、とても軽いものだ。

 しかし、そこに込められたものはとても重い。

 ……でも、いや、だから。

「分かりました。……頂きます」

 だから、受け取りたいと思った。

 アラネウムからアレーネさんを解放して、自由にしたい。アレーネさんが居なくなるのはずっと先でも、少しでも、アレーネさんを縛っているものを減らしたかった。

 必ず来る『いつか』の為に。アレーネさんはいつか居なくなるのだと、少しずつ慣れていくためにも。




 それからの毎日は、飛ぶように過ぎていった。

 気がつけば夏休みも終わり、俺は学業に戻った。

 散々異世界に行ったり何だりしていたものだから、日常に戻ってもフワフワして、妙な感覚だったが。

 すっかり大学が気にいったらしい泉を連れていって講義を受け、課題をやる傍ら、アラネウムでの仕事もこなす。

 暇なときはアレーネさんから経営を教わったり、オルガさんと肉弾戦の訓練を行ったり、泉に手伝ってもらって課題をやったり、ニーナさんに機械工学を教えてもらったり。

 或いはリディアさんの宝探しに付き合わされたり、イゼルと紫穂の料理の練習に付き合ったり、フェイリンの呪術の実験台になったり。

 それから、ちょくちょく戻ってくるペタルと近況を報告しあったり。

 ……忙しい毎日だが、充実した毎日でもある。

 できないことができるようになっていくし、知らないことを知り、出会ったことの無いものに出会える。

 原動力となっているのは、『胸を張れるように』という思いだ。

 そう思えるということは、俺がこの場所を至極気に入っている、ということなのだろう。

 効きすぎたスパイスのような非日常も、そこに集まる人達も。

 案外、悪くないのだ。慣れてしまえば、非日常だって日常になる。それも、とびきり楽しい日常に。

 ……まあ、慣れるまでが大変だし、慣れたと思ったら未知に遭遇したりするのだから、やはり、大変、としか言いようがないのだが……。




 そんな日が続いて、数か月。

 ……俺は、久しぶりの長期休暇を利用して、実家に帰った。

 帰るのがかなり久しぶりになったものだから、大分文句を言われたが。

 だが、とりあえず実家でのんびりと、それなりに楽しく過ごして……その後が、問題だったのだ。

『台風の影響により欠航』。

 ……テレポートの魔道具は、前回リディアさんの宝探しに付き合わされた時にその地点をマークしてしまったきりだった。

 これでは、アラネウムに戻れない。

 さて、どうやってアラネウムに戻るか、と考えながら、適当に、休憩するために手近な喫茶店のドアを開ける。


「いらっしゃいませ!異世界間よろずギルド、アラネウムへようこそ!……って、あ、あれ?眞太郎?」

 ……ドアを開けた先にあったのは、非常に見覚えのある光景だった。

 どうやら、『困っている人が開いたドアとアラネウムのドアが繋がる』というシステムがここで作動してしまったらしい。なんと無駄な……いや、助かったけど。

「おかえりなさい!」

「……ただいま」

 苦笑いしつつ答えて、いつも通り、また日常が再開した。


後書きは活動報告をご覧ください。


また、23日22時から新連載が始まります。

よろしければそちらもどうぞ。

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