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11話

「これからのシンタローの身の安全はфηoζНが守るよ!」

 ペタルの手のひらから俺の手のひらにぴょこん、と飛び移った小人は、よく分からない言語で何かを喋った。が、聞き取れなかった。

 少なくとも、小人、という圧倒的なファンタジー力の前に停止した俺の脳がその発音を理解することは無かったのである。

「え、今何て?」

「ん?фηoζН!」

 ……だが、もう一度集中して聞き直してみても、やはり全く分からなかった。

 不思議な音の連なりを聞いているだけで頭がぼんやりしてくる。不思議な言葉だった。

「あ、やっぱりディアモニスの人も聞き取れないんだねー」

「ええと……今のは」

 頭にかかった霞を振り払って尋ねれば、俺の手のひらの上の小さな少女は、胸を張るようにして答えた。

「今のは私の世界『アウレ』の言葉!……アラネウムのだーれも聞き取れないんだー。ちなみに『фηoζН』は私の名前!みんな聞き取れないから泉って呼んでもらってるよ!」

 なんと、『泉ちゃん』は本名じゃないらしい。

 ……発音するどころか、聞き取る事すら誰にもできない名前を使う訳にはいかない、ということなら仕方がないが。

「じゃあ、改めて!私、泉!よろしくね、シンタロー!」

「ああ、よろしく、泉、ちゃん……?」

「泉、でいいよ!よろしくね!シンタロー!」

 ひたすら明るく元気のいい15センチメートルの少女は、俺の指に抱き着くようにして握手(?)をしたのだった。




 ということで、俺は大学へ向かう道中、泉を鞄の中に入れて連れていくことにしたのだが。

「まるで美少女フィギュアだな……」

 小人の泉は、サイズもさながら、造形もまさしく美少女フィギュアのそれだった。

 紺色のツインテールに水色の瞳、というファンタジーな色彩や、薄桃色のセーラー服めいたワンピースもある意味ではそうなのだが、それ以上に、にこにこと笑みを浮かべる顔や、柔らかい小麦色をした細い手足が『美少女』フィギュアめいている。

 15センチというサイズを除いてみても、泉は小さかった。幼い、という意味で。

 見た目は小学生くらいの女の子に見える。元気な様子がまたその幼さに拍車をかけており。

 ……早い話が、『これ』を所持している俺の趣味が疑われそう、というか。

「シンタロー、シンタロー、シンタローの学校ってどんなとこ?」

「大体は面白い話を座って聞くだけか、つまらない話を座って聞くだけかのところだな」

「つまり座って話を聞く所なんだね!」

 語弊がある気もするが、少なくとも今期の俺の授業は大体そんなかんじである。

「そっかー。その間、泉は鞄の中?」

「ああ……その方が面倒ごとにならなくていいと思う。悪いけれど」

 少なくとも、泉は止まっていればフィギュアだが、動いていたら完璧に小人だ。暴力的なまでのファンタジー力だ。言い訳はできそうにない。

「うん、わかった!シンタローは半分アラネウムの人みたいなかんじだけど、もう半分はお客様だもんね。ご希望には沿うよー。誰彼構わず魔法掛けちゃうのもなんか悪いもんねー」

 泉の『魔法』は、ペタルに聞いたところによると、『幻覚』の類が多いのだそうだ。

 確かに人の目をごまかすには便利かもしれないが、俺の周りの人がことごとく幻覚を見せられる、というのは流石に良心が痛むというか、なんというか。

「でも明日からは鞄の中にお部屋作らせてもらうね。じゃないと、この、教科書っていうのが、ぎゅう……」

「……何か考えよう……」

 泉が人に見つかる心配もそうだし、泉自身が俺の鞄の中で潰されかねない心配もあるし……何より、こんな、教科書にすら潰されそうな、いかにもか弱そうな小人が俺の護衛で大丈夫なんだろうか、という心配もあるし……。

 ……気が休まりそうにない。




 結局、大学構内で泉は概ね静かにしていてくれたし、泉を見咎められることは無かった、はずだ。

 一度だけ人目の少ない時に外に出て花壇の花で何かしていたが、それ以外はずっと鞄の中で、時々、俺だけに聞こえるくらいの音量で話しかけてくるだけだった。

 ちなみに講義もこっそり聞いていたらしく、後で古事記について教えさせられることになったが、それはまた別の話。


 そんな状況でも警護は万全、らしい。

 手段は『ナイショだよー』という事だったが、昼下がり、俺にスズメバチが近づいてきたと思ったら、スズメバチは一度宙で硬直した後、フラフラと飛び去って行った。

 そして直後に鞄から泉の勝利の雄叫び(小音量だが)が聞こえてきた。

 ……恐らくは本当に『警護は万全』なのだろう。何をしたのか全く分からないが。

 泉は体躯もそうだが、それ以上にファンタジックな人(人と言っていいのか微妙な気がするが)らしかった。




 授業はおやつ時には終了したし、あとはまたアラネウムまで戻るだけとなった。

 ちなみに、アラネウムまでは徒歩で戻る。

 今まではアパートから自転車で通っていたのだが、アラネウムまでの道程を自転車で移動することは難しい。

 ブロック塀の上や狭い路地裏を、自転車を押しながら通る、というのはいささか無理がある。

 ……ということで、仕方なしに俺は徒歩通学を余儀なくされているのだった。

 それも、アラネウムまでの道……裏通りに路地裏、と、総じて人気の少ない場所を、である。


「やっぱり来たねー」

 両端はブロック塀。ブロック塀の向こうは何かの廃工場。人通りは無く、街の喧騒も遠い。

 そして前後から、白いずるずるした服を着た連中。

「お前だな、ディアモニスからの刺客は」

「……何のことだ」

 白いずるずるの連中が持っているものにはなんとなく見覚えがある。

 ピュライのエンブレッサ魔道具店でペタルが杖を選んでいた時、大体こんなかんじのデザインの棒を見ていた。

 つまり、この連中はピュライの連中で、魔法使いなのだろう。

「とぼけるな。貴様がアリスエリアと関係がある事はもう分かっているのだぞ」

 そして、アリスエリア……ペタルの関係者か。もしかしたら、ペタルの兄が差し向けたのかもしれない。

「近くにアリスエリアが居るな?場所を吐いてもらおうか」

 喋っていた奴の杖に、ぱっと火が灯って揺らめく。

 立て続けに、他の奴の杖にもそれぞれ何らかの魔法が表れた。

 ……銃口を突きつけられているような状態、といったところだろうか。

「動くなよ?不審な動きをしたら一斉に魔法を放つぞ」

 仕方ない、両手を挙げて降参の意志を示すと、ゆっくりと警戒するように包囲網が縮んでいく。


 ……その時だった。

「シンタロー、準備オッケー!耳塞いでー!」

 鞄から明るい泉の声が響く。

「なっ、どこから」

 泉の声は白いずるずるした服を着た連中にも届いたらしい。

 声の出どころを見つけられず、辺りに目を配り始めた連中の隙をついて、俺は挙げた両手で耳を塞ぐ。

 その途端、ぶわり、と、薄桃色の波が広がった、ように見えた。




 波が収まると、そこにはおかしな光景が広がっていた。

「このっこのっ、くそ、離れろっ」

 何も無い宙を執拗に蹴っている人であったり。

「ねむ……すー……」

 突然その場で眠ってしまう人であったり。

「えへへ、気持ちいい……」

 うっとりと恍惚の表情を浮かべて座り込む人であったり。

 ……白いずるずるした服を来た連中は、皆それぞれに、そんな状態になっていた。

 言うなれば、『状態異常』だろうか。

「シンタロー、急いで急いでー!これ、あんまり長くはもたないよー」

 泉に急かされて、俺は『状態異常』になっている人達の間を通り抜ける。

 寝ている人は良いが、錯乱しているような人には下手に近づくと巻き込まれて殴られかねない。気を付けながら人の間を通り抜けて、俺はアラネウムへの道を急いだ。




「えへへ、すごいでしょー」

 そうしてすっかり逃げ出すことに成功すると、泉は鞄から顔を覗かせて、自慢げな笑顔を見せた。

「ああ、すごい」

 これだけの人数を一時的とはいえ、一気に戦闘不能に追いやれたのだから、泉は確かに、護衛としての腕は十分、という事なのだろう。

 心配は必要なかったな。

 ……それから、上着の内側に隠していた疑似コイルガンも。

 俺は武器を使わなくて済んだことに、内心安堵していた。




「……ってわけでねー、ペタル、狙われてるよー」

「……ああ……そっか、『世界渡り』の探知か……うう」

 アラネウムに戻ると、丁度客足が途絶えたところだったらしい。

 アレーネさんが用意してくれた紅茶とアップルパイを貰いつつ、さっきの襲撃を報告すると、ペタルが頭を抱えた。

「探知されちゃったのね。……まあ、仕方ないんじゃないかしら。眞太郎君が世界渡りしていなかったらもっとまずいことになっていたと思うわ……」

 ……どうやら、原因は俺が行った『世界渡り』だったらしい。

 ペタルの兄達から逃げるため、咄嗟に行った『世界渡り』だったが、どうやらそこからこの世界……ディアモニスに俺やペタルが逃げ込んだことがバレてしまったらしい。

「うん。眞太郎には感謝してもしきれないよ……あああ、でも、また迷惑かけてるよね……」

「いや、ペタルの因縁だったとしても、ペタルのせいだとは思っていないよ。今回も何事も無かったしな」

「うん……」

 ペタルはいよいよ落ち込んでいたが、俺自身、ペタルを責めるつもりは全く無かった。

 ペタルとペタルの兄との会話の断片から推測するに、恐らくはペタル自身も被害者なのだろうし。

 ……それに、ピュライの森でペタルが話していたこと。『生まれた時から、運命が決まってるんだ』と。

 あれがなんとなく、気になっていた。

 話していた時の、ペタルの色彩の無い表情も。




「……まあ、今回は泉ちゃん、お手柄よ。よくできました」

 アレーネさんが泉の目の前に皿を置く。

 バニラアイスクリームを添えたアップルパイだ。

 ……ただし、サイズは……俺達が食べているのと同等の、サイズ。

「わーい!アレーネさんありがとう!」

「晩御飯が入る隙間は残しておいて頂戴ね」

「アレーネさんのご飯美味しいからいくらでも入るよー!」

 泉は自分の身長よりやや小さいか、という程度のサイズのフォークを持つと、すいすいアップルパイを切り分けて、食べ始めた。

 ……泉からすると、自分の体の体積より大きいアップルパイを、である。

 呆気に取られて見ている内に、アップルパイはみるみる小さくなっていき、バニラアイスもスプーンで削り取られていく。

 そうして、5分もしない内に皿の上はすっかり綺麗になっていた。

「ごちそうさまー!」

 自分より大きなアップルパイを食べ終えたというのに、泉の様子は食べる前と何ら変わりが無い。

 多少、腹が膨れているか、という程度だ。

「……ファンタジーだ……」

 この小人のファンタジー力たるや……。


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