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109話

「1人の人は、必ず2つ以上の世界に触れているの。1つは、自分の外側に広がる世界。もう1つは自分の内側に広がる世界」

「内側の世界?」

 聞き返せば、アレーネさんは1つ頷いて俺の胸を指した。

「そう。眞太郎君の中にも世界があるし、私の中にも世界があるわ。。内側を通して外側を見て、外側によって内側が変容していく。そうやって、人は2つの世界と付き合いながら生きている」

 何となく、分からないでもない。

 自己の外側と、内側。それぞれに広がる世界は別の物だ。

 そして人は皆、2つの世界を重ねながら、混ぜながら、或いは乖離させながら、分け隔てながら生きている。

「……ある意味、『ピュライ』は、ピュライの内側の世界だったのかもしれないわ」

 内側の世界。

 それは……心や、意思、思考、記憶……そういった言葉に置き換えられるのかもしれない。

「そしてペタルは今、ペタルの内側の世界に居るはずよ。『ピュライ』の中へ入った時と同じようにすれば、きっとペタルの内側の世界に行けるでしょう。眞太郎君なら、きっと」

 アレーネさんはそう言いながら、ふと、俺の左腕……があった場所を撫でた。

「……でも、ペタルより先に眞太郎君の治療をしなきゃね」

 痛みは無い。フェイリンの幻惑の術は未だによく効いているらしかったし、泉が血液の流れを弄ってくれたおかげで、失血もほとんど無い。今の今まで、片腕が無くなったことなんて忘れていたくらいだ。

「いえ、先に、ペタルを起こします」

 だから、という訳ではないが、俺は自分の腕の治療よりも、ペタルの方を優先したかった。

「……そうね。ペタルを起こせば、腕、治してもらえるかもしれないわ。腕を治してもらったら、一言の文句くらいは言ってやっていいわよ」

 アレーネさんが冗談めかして言う。そうだな、文句。文句も言いたい。犠牲になるなら自分だなんて、そんな運命を自分から選びにいくなんて、許し難い。

「その前にお礼を言いますよ」

 だが、その前に言いたいことはたくさんある。

 そして、それらを言い切る頃には、もう文句なんて言う気持ちが無くなっているんだろうな、とも思う。




 ペタルの部屋に全員が入ると、ぎゅうぎゅう詰めになってしまったが仕方ない。

「ペタル様の身体面に異常はありません。脈拍、脳波は正常です。内臓のダメージも回復しているようですし、体内の魔力の流れも十分かと」

 早速、復活したニーナさんがペタルの容体を見てくれた。ならば、起こしても問題ないだろう。

「つまり、あとは起こせばいいだけなんだねー!」

「ま、そういうことだな。シンタロー、頼むぞ」

 俺はペタルに借りているブローチを手にした。

 魔力は既に充填済みだ。ブローチの中で、7つの星が瞬いている。

 これで準備は整った。あとは、イメージと呪文と決意があればいい。

 俺は全部が限りなく都合よく収まる未来を描きながら、ブローチを握る。

 そして俺は世界を渡る。

「アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス『ペタル』!」




 一瞬の眩さに目が眩む。

 再び目を開けた俺は、そこに広がる虚空と、虚空を舞う光の蝶の姿を見た。

「蝶が羽ばたけば運命が変わる。そういう言葉が、ディアモニスにはあるよね」

 そして振り返れば、無数の蝶が舞う中に佇む少女が居る。

「ピュライでも似たような言葉があるんだ。蝶は運命を変えるものだってされてる。『ペタル』の名前も、古代ピュライ語の『蝶』からつけられたもの」

 ペタルが伸ばした指先に、光の蝶が止まった。そこにもう片方の手を蝶にかざすと、蝶の羽の上に、何か文字のようなものが一瞬だけ浮かび、消える。

 ペタルはそれを見て微笑むと、蝶をまた宙へと返した。

 返された蝶は飛んでいき、どこかへ消えて見えなくなる。

「ねえ、眞太郎」

 ペタルが俺に視線を移して、どこか達観したような、諦観したような顔で笑う。

「運命を選んで、世界をより良い方へ導くなんて、人の手には余ると思わない?」


「ほんの1年先の未来だって、何億、何兆、何京……無限に等しい運命の枝分かれの先にあるんだ。その中から1枝だけを選んで、運命をより良い方向へ導くなんて、人の手には余るよ」

 ペタルの表情は、蝶の光によって変わって見える。

 諦めか怒りか悲しみか、或いはもっと別の何かか。

 そういった感情が全て交ざって、1秒1瞬ごとに見え方が変わる。

 だが、それらの全てが、ペタルの表情ではなかった。

「だからお前がピュライを導くって言いたいのか?」

 カマをかけると、ペタルは……ペタルにそっくりの見た目をした『それ』は、驚いたように目を丸くして、それから、にこり、と笑う。

「うん、そう。……なんだ、やっぱり、分かっちゃうんだね」

「さっきぶりだな。『ピュライ』」

『ピュライ』は俺の言葉に、益々笑みを深くした。




「かなり自信あったんだけどな。だって、『ペタル』はずっと見てきたから」

『ピュライ』はペタルの姿のままで、拗ねたように口を尖らせた。

「『ペタル』は私の一部みたいなものだった。『ペタル』は私の声を良く聞いたし、そうできる才能があった。私が肉体を手に入れようとした時、ペタルを使うことも考えたくらい。……でも、『ペタル』はやっぱり、ただの人間だから」

 そこで言葉を途切れさせて、『ピュライ』は俺の顔を覗き込む。

「……ただの人間だから、やっぱり、導き手にはなれない。人間の手に、世界は余るよ。『ペタル』は、『世界に』にはなれない」


 何と返すか、少し考えたが、案外すぐに結論が出た。

「別に、それでいいんじゃないか」




「……それはどうして?」

『ピュライ』は怒るというよりは、困惑したような表情を浮かべた。

 当然か。恐らく、『ピュライ』は人間とは……特に、ディアモニスの人間とは違う考え方を持っているのだろうから。

「答える前に3つ、聞きたいことがある。いいかな?」

 尋ねると、『ピュライ』は頷いて先を促した。

「1つ目。そもそも何故、導く必要がある?」

 俺の問いに対して、『ピュライ』はきょとん、として答えた。

「そんなの決まってるよ。世界の繁栄の為だよ。ディアモニスを見ても、他の世界を見ても、誰かが導かない世界はどうしたって、一定以上に繁栄できないよね?ピュライが世界を超えて繁栄するきっかけを得たのは、私が導いたから。人は視野が狭すぎて、必要な事に気付けないでしょう?」

 当たり前でしょう、というように『ピュライ』は首を傾げる。

「そうか。じゃあ、2つ目。繁栄は、何の為に在る?」

「……繁栄が、必要だから……」

「最後だ。3つ目。……繁栄は、誰の為に在る?」


『ピュライ』は何かを思い出したように目を見開いた。

「じゃあ、俺からも3つだ。……1つ目。繁栄は、『世界』のためのものではなく、人間の為のものだな」

「……うん、分かってるよ」

「ああ。それから、2つ目。繁栄は手段でしかない。別に、繁栄しなくてもいい。そうしなくても、『人間は幸福になれる』」

「……そう、だったっけ」

『ピュライ』は俺を見ている。

 その目が無数の星を固めたかのような銀色をしていることに、その時初めて気づいた。

「最後に3つ目。……人間を幸福にするために、繁栄し続ける必要は無い。効率的である必要も無い。もうピュライは十分に幸福にやっていける域に達してる。あとは……人間が勝手にやって、勝手に幸福に暮らしていけると思うよ」

『ピュライ』の銀色の目が、ふる、と揺れたように見えた。


「……そっか、ピュライはもう、滅んだ時とは、違うんだね」

 銀色の目が伏せられ、閉じられる。

「思い出したよ。もう大丈夫」

 銀色をした光の蝶が1匹、『ピュライ』の髪を飾るように止まった。『ピュライ』が触れると、蝶は一瞬光を増して、凝り固まって1つの結晶になった。

 ……その途端、辺り一面で蝶が弾けていく。

 光の粒になって消えていく蝶の中、『ピュライ』は俺を見ていた。

「でも、もし必要になったら。また、私が必要になったら、呼んで。いつでも、助けに行くから」

 差し出された銀色の結晶に手を伸ばす。

 触れる。




 再び開かれた少女の瞳は、以前の銀紫色をしていない。

 昼と夜の間の空のような透き通った菫色が俺を見つめていた。

「……眞太郎?」

 きょとん、とした様子で、ペタルは数度瞬いた。


次回最終回です。

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