表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/110

108話

「ははは……ギリギリ足りた……」

 結局、俺は塔の制御に成功した。どんな道具でも使える適正がこんなところでも役立つとはな。

 ただ、そのおかげでバッテリーパックが全て空になった。

 いや、正確にはそれだけだと足りなくて、紫穂のボディであるアンドロイド素体の予備動力を拝借した。

 バニエラの動力はピュライの動力とほとんど同じらしいから、『ピュライ』が制御していたこの塔も、ピュライやバニエラの動力で動かせるだろうな、と考えたが……予想は正しかったらしい。

 塔は、俺の意図するように動き始めた。


「わ、わわわ、急に動いたー!」

 まずは、バラバラになりかけていた『秩序』をいったん戻して、丁寧に整理していく。

 上は上へ。下は下へ。何も無い所には何も無いように。

 次第に『秩序』を落ち着かせていく。必要以上に動かないように。

 今まで何も無く、ただ『秩序』があったせいで床のようになっていた場所は、徐々にその機能を失っていく。

 俺達は次第に重力に引かれて、きちんとした床がある場所まで戻ってきた。

 ……そして最後に、塔自体を動かす。

 道中の仕掛けは排除して、代わりに念のため、鍵をつけておく。

 最後に電源をOFFにするような感覚、眠りにつかせるような感覚で、俺は塔の崩壊を止める。動いていた塔を収めて、そのまま休眠状態へと移行させた。


 辺りが静まり返ったように感じた。元々、音なんて碌に無かったはずなのに、益々音が無くなってしまったかのようだ。

 今まで動いていたものが静かになって、動かなくなって、いつか再び動く日の為に眠る。

 この静寂は、心地よいものだった。


 ……何はともあれ、これで、アレーネさんが『今』死ななければいけない理由は無くなった。

 アレーネさんが『死にたい』と思ったとき、好きなタイミングで塔を動かせばいいのだから。

 そしてその時は……俺が塔を動かそう。

 アレーネさんから一度『死』を奪ってしまった以上は、そうするのが筋なんだろうな、と、思う。

 その時までに、覚悟を決めておかないとな。




「じゃあ、帰ろうか」

 呼びかけると、全員が集まってくる。

 早く戻って、リディアさんと、ニーナさんと、ペタルにも。報告しないといけない。

 全員が集まったところで、俺はペタルのブローチを握りしめる。

「アノイクイポルタトコスモス、トオノマサス『ディアモニス』!」

 いつもの浮遊感の後、俺達は世界を渡って、ディアモニスへと帰った。




 踏み慣れた床を踏む。

 随分と久しぶりに戻ってきたような気がするが、実際には精々数時間ぶりなのだろう。空は青く明るく、窓の外で輝いている。

「じゃ、私はニーナの復元作業をしてくるかな」

 オルガさんが穏やかに笑いつつ、ニーナさんの部屋へ向かっていった。

「アレーネさん、寝かせてくる、です……」

 紫穂は、未だ眠るアレーネさんを宙に浮かべつつ、アレーネさんの部屋へ向かっていった。

 多分、大丈夫だ。

 ニーナさんは本人が言うとおりのアンドロイドだから、スペアボディにメモリを入れれば戻ってくる。

 アレーネさんも多分、大丈夫だろう。俺の感覚でしかないが、大丈夫だ、と思える。

 ……だが。

「俺、ペタルの様子を見てくる」

 俺を庇って重傷を負った、ペタルが心配だった。




「……あっ!シンタロー君!帰ってきたってこたー、アレーネちゃんは」

「はい、無事、連れて帰ってきました」

「そっかあ、よかったー……ん、まあ、アレーネちゃんが無事なら、まだ、いいんかなー……」

 歯切れの悪いリディアさんの言葉に不穏なものを感じながら、部屋の中に入る。

 ペタルの部屋には、憔悴した様子のリディアさんと、ベッドの上で眠っているペタルが居た。

 ベッドサイドには、薬や包帯や、よく分からない置物といったアイテムが並んでいる。恐らく、リディアさんの回復アイテムなのだろう。

 それらのアイテムを一通り使ったと見えて、ペタルに外傷は見当たらなかった。ペタルは穏やかに寝息を立てつつ、眠っているらしい。ひとまず、ほっとする。

「様子はどうですか」

「あー、それが……」

 だが、リディアさんは浮かない顔をしてペタルを見やる。

「目、覚まさないんだわ、ペタルちゃん。もう、かれこれ3日」




「……3日?」

「うん、3日。私がペタルちゃん連れて戻ってきてから、3日経ってるのよ」

 ほい、と、リディアさんが渡してくれた新聞の日付を見ると、俺達が出発してから1週間あまり先の日付だった。

「多分、『世界の狭間』は時間の流れが違うんじゃーないかな。私も戻ってきてびっくりしたもん」

 苦笑するリディアさんから視線をずらして、改めてペタルを見る。

 外傷は全て癒えた。呼吸もきちんとしている。

 だが、ペタルは、3日経って尚、目を覚まさない。

 血が流れすぎたのか。体力が尽きてしまったのか。はたまた、そういう『運命だった』のか。

 ……あるいは、『ピュライ』が死んだせいか。




 昼頃になってから一度、全員が喫茶店内に集まって、状況を報告しあった。

「アレーネさんは、まだ寝てる、です」

 紫穂はアレーネさんを寝かせて、そのまま戻ってきたらしい。特に何も無かったなら大丈夫だろう。

「ニーナの方は9割方完成したぞ。あとはソフトのアップデートのためにちょっと時間が要るだけだ」

 オルガさんもまた、ニーナさんの修理を終えたらしい。こちらも待つだけか。

「ペタルちゃんは……目が覚めない。もう3日。息はしてるんけどねー……」

「……3日?」

「うん、3日……てこれ、また説明するん?」

 リディアさんに代わって、そこから先は俺が説明する。

『世界の狭間』では時間の流れが異なること、ペタルは外傷こそ完治したが、未だに目を覚まさないという事。

 それから、『世界の狭間』では時間がなくて説明できなかったが、『ピュライ』を滅ぼした、という事も。

「なるほどね。……もしかして、ペタルが眠ったままなのって、その『ピュライ』が関係してるんじゃない?」

「そういや、ペタルは『ピュライの声』を聞いて運命を選ぶ役目をもっていたんだったな」

「その繋がりのせい、です……か?」

 考えれば考える程、気分が重くなる。

 アレーネさんを連れ帰ることができたって、ペタルを失うのなら、それは俺達の目的を達成できたとは言えない。

 どんなに都合のいい考えだったとしても、やはり俺達は、誰1人だって失いたくないのだ。


「ペタルさん……大丈夫かな……」

「大丈夫だ、放っておけ」

 イゼルの不安げな声は、スフィク氏のあっさりとした声に遮られた。

「あれが戻ってくる未来が、私には見えた。不遜にも、あれがピュライを統治する未来だ。どうやら、あれは『ピュライ』を失ったピュライが滅ばないために必要らしい」

 ……そういえば、スフィク氏は、ピュライが滅びる未来が見えていたんだったか。

『ペタルが戻ってこない未来は全て滅びの未来だった』と。

 俺はてっきり、ペタルがアリスエリアの地下を通って『世界の狭間』に行き、『翼ある者のための第一協会』および『ピュライ』のたくらみを阻止することが『ピュライに戻る』ことだと思っていたのだが。

 ……どうやら、スフィク氏には、『その後』についても見えていたらしい。

『ピュライ』を失って、良くも悪くも導き手を失った『ピュライ』は、ペタルが導かなければ滅ぶのか。

「あれが目覚める運命が1つでも存在することは確かなのだ。なら、あれは目覚めるだろうよ。私はあれが目覚める未来に賭けたのだ。目覚めてもらわねば困る」

 スフィク氏は、不安と焦燥を決意で固めたような顔で、じっと虚空を見つめている。

 あとは、祈る事しかできないのだろうか。ピュライを、いや、ペタルを救うために、俺にできることは無いのか。


「なら、ペタルを起こさなきゃいけないわね」

 カツ、と、ヒールが床を打つ音と、聞き馴染んだ声が店内に響く。

「アレーネさん!」

「待たせちゃったかしら。……さあ、ペタルを起こしましょう。依頼人の依頼は、達成しなくちゃね」

 アレーネさんは、変わらない笑みを湛えてそう言いながら、俺にウインクを飛ばしてきた。




「アレーネさん、もう大丈夫なのー?」

「ええ。心配をかけたわね」

 アレーネさんは適当な椅子を引き出してきて座る。すると途端に、店内がいつもの様子に戻ったような、落ち着くような感じがした。

 俺の身勝手だろうが、やはりアレーネさんが居ないと、アラネウムがアラネウムとして機能しないような気がする。

「さて、アレーネ。どうするんだ。ペタルを起こす方法に心当たりでも?」

 オルガさんが身を乗り出すと、アレーネさんは頷いた。

「『世界の狭間』で眞太郎君が『ピュライ』相手にやったことを、ペタルに対してもう一度やってもらうのよ」


次回か次々回が最終回です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ