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106話

 今、アレーネさんの体を乗っ取っているものは誰なのか。


 前提として、まず、敵はアレーネさんじゃない。

 確かに俺を「眞太郎君」と呼び、それらしい反応をしはするが、アレーネさんじゃない。これは間違いない。

 それから、敵はアレーネさんの記憶を全て知っているわけじゃない。

 そうでなかったら、チョコレート・アイスの隠し味を言えなかったのはおかしい。一応、あの時は俺を騙そうとしていたらしいから。

 だが、一部分については、知っているらしい。

 俺の呼び方といい、喋り方といい。なんというか……俺とアレーネさんが話しているのを聞いたことがあるような気がする。

 つまり、俺とアレーネさんが一緒にいる時に会ったことがある相手だ。

 ……となると、大分、絞られてくる気もするが。


 敵は何かの繁栄の為に塔を使おうとしている。

 敵は『翼ある者の為の第一協会』と繋がりがある。

 敵はアリスエリア家と何らかの繋がりがあるような口ぶりだった。

 と考えれば、真っ先に思いつくのは、『翼ある者の為の第一協会』の誰か。

 考えられるのは、『翼ある者の為の第一協会』のトップだろうか。

 アレーネさんは『翼ある者の為の第一協会』で作られた人工生命だったらしいし、どのみち、『翼ある者の為の第一協会』が何らかの形で関わっていることは間違いない。

 だが……『翼ある者達はよくやってくれたわ』と、言っていたか。ということは……『翼ある者の為の第一協会』を従える、誰か、だろうか。

 それに、『私の中に昔からあった、もっと綺麗なやり方』。『私達がこれからの繁栄と共に在り続ける為』。『私に相応しい体』。これらの言葉が、妙だった。

 敵が使った魔法は、手袋で吸収できた。つまり、ピュライの魔法だった。

『翼ある者の為の第一協会』は、何を目指していた?

 アリスエリア家は本来、何の声を聞く一族だった?

 ピュライの魔法が『私の中に』昔からあった、ということは?


 ……それから、気になることがある。

 目の前の敵が、アレーネさんの体を乗っ取ったなら、『敵の元々の体はどこにいったのか』。

 そこにアレーネさんが居るとは、考えられないか。

 元々の体を処分して、そこに居たアレーネさんごと消してしまった、という事も考えられるが……なら、敵は「多分消えちゃったんじゃないかしら」なんて、曖昧な言い方はしないんじゃないか。

 つまり、どこかに『敵の元々の体』があるはずで……いや、違う。


 きっと、敵は、元々体を持っていなかった。

 幽霊である紫穂がアンドロイド素体を体としたように、体を元々持っていなかった敵が、アレーネさんの体を乗っ取った。

 そう考えれば辻褄が合う。

 敵は体を持っていない。だから、俺は『今までに会ったことがある』なんて感じなかった。

 その上、アリスエリア家の能力に干渉できる唯一の存在であり、『翼ある者のための第一協会』を自由に動かせる存在だった。ある意味、信仰の対象ですらあっただろう。




『ピュライ』。

 それが、目の前の敵の正体だ。




 突然、体が傾いた。

 バランスを失って、床……いや、『秩序』の上に叩きつけられる。

 ジェットパックのエネルギーが切れたのだ。

 咄嗟に足を動かしたが、間に合わなかった。

「あら、もう終わりなのかしら?残念な奴ね」

 呆気ない衝撃と、一拍遅れて焼けるような痛み。

 俺の左腕が切断された。




「案外、呆気ないわね」

 足音もさせずに、アレーネさんの姿をした敵……ピュライが、近づいてくる。

 やがて、黒いヒールが血だまりを踏み、血飛沫を俺の顔に跳ね上げた。

「アレーネがとても気にしているようだったから、もっと楽しませてくれるかと思ったのだけれど。ねえ、眞太郎君?」

 痛みと失血と、喪失の衝撃によって、俺の体は動かなくなっていた。

 動かなければ死ぬ。分かっている。だが、動けない。

「じゃあ、さようなら。眞太郎君。蜘蛛の巣アラネウムに掛からなければ、普通に生きられたのにね」

『秩序』が動く気配があった。

 俺は最後に、俺を見下ろす目を見返して、「ピュライ」と、呼ぼうとした。

 だが、掠れて声は形にならず、そのまま『秩序』は動き。




 爆音。

 そして、俺のすぐ上を駆け抜ける気配と、骨が砕ける鈍い音。

「そこまでだ!」

 俺の視界には、お世辞にも五体満足とはいえないオルガさんが、壮絶な笑みを浮かべながら、ピュライを殴り飛ばす姿が映った。




「し、シンタロー!大丈夫ー!?待ってて、すぐに血を元の流れに戻すから!」

 見れば、泉が駆け寄ってきて、俺の腕の切断面を見てすぐ、バイオリンを弾き始めた。

 すると、流れた血液が浮き上がって、宙に血管があるかのように流れ、循環し始めた。

 これで失血死することはなさそうだ。

「酷いわね……とりあえず、痛み止めの幻惑をかけておいてあげる」

 続いて、フェイリンが何か呪文のようなものを唱えると、焼けるような痛みが遠のき、かなり楽になった。

 気づけば、体もなんとか動くようになっている。俺は体を起こして周囲の様子を見た。


 オルガさんが殴り飛ばしたピュライは、一撃で骨を粉砕されたらしい。だが、相手は不老不死の体を持っている上に、この塔を使って『秩序』を操作しているのだ。オルガさんの一撃も、ピュライを数秒、動けなくするに留まり、その後はすぐ、オルガさんとピュライの戦闘にもつれ込んだ。

 今はオルガさんとイゼルとスフィク氏が3人がかりで攻撃して、均衡がとれている。もちろん、相手は不老不死、こちらは体力に限界のある生物だ。長引くほどに不利になる。

 さっさと蹴りを付けなくてはいけない。


「ちょ、ちょっと。シンタロウ!幻惑はあくまでも幻惑よ!あなたの傷が治った訳じゃないのよ?」

「分かってる」

 立ち上がると流石にふらついた。今まで当たり前に存在していた腕が1本無くなっただけで、バランスを取ることすら難しい。

「そ、その、眞太郎さん、腕……大丈夫、です、か……?」

 紫穂が気遣わしげに声をかけてくる。だが、笑って、「大丈夫」と返せる程度には大丈夫だった。

 腕を失った喪失感は、確かに大きい。だが……戦っているオルガさんを見ていたら、かなり気が楽になった。

 ……この戦いが終わったら、トラペザリアに行って、左腕だけサイボーグにしてもらおう。




「おい、シンタロー!咄嗟にぶん殴ったが、こいつ、アレーネじゃないな!?」

「はい、体はアレーネさんですが、中身は違います!」

 戦いながら叫ぶように聞いてきたオルガさんに答えると、オルガさんは「よし、ならいい!」と、攻撃の激しさを増していった。

「……中身が違う、って、私みたいな、です……か?」

「うん、そうだと思う」

 紫穂にも答え、それから俺は、皆に今までに分かったことを伝えた。


「ええと、私と、オルガさんとリディアさん、は、サイボーグ?の群を、全滅させました、です」

 それから手短に、俺が見ていなかった部分を教えてもらう。

「それで、次の階層に行ったら、泉さんと、イゼルさんと、フェイリンさんが戦ってて……ほとんど終わってたので、ちょっと、お手伝いして、片づけました、です」

「それで、上に行ったらペタルとスフィクが居たから、そこも加勢して片づけたわ」

「ペタルは怪我が酷かったから、リディアさんがアラネウムへ連れて帰ったよー。それで、ペタルがシンタローに、これー、って」

 泉がウエストのポーチ(グラフィオ製)からペタルのブローチを取り出して、俺に差し出した。

 ブローチの中で、星が7つ、瞬いている。

「それからねー……『私に見えていた運命は、きっと全部じゃなかった。ピュライ人じゃない眞太郎になら、最高の運命を選べるのかもしれない』って言ってたよー」


 ペタル達に運命を見せて、運命を選ばせていたのは、『ピュライ』の意思だった。

 だから、『ピュライ』がペタルに見せたくない運命がまだ残っているかもしれない。いや、絶対にある。

 きっと受け取ったブローチは、『ピュライ』に対抗する唯一の手段だ。

 ……思えば、俺が最初に使った魔道具は、この世界渡りのブローチだったな。


 残っている右手にブローチを握って、『ピュライ』に向き合った。

『ピュライ』は俺を止めようと動く。

「アノイクイポルタトコスモス」

 オルガさんが殴り、イゼルが噛み砕き、スフィク氏が斬りつけて、『ピュライ』の動きが止められる。

「トオノマサス」

 目が、合った。

「『ピュライ』!」


 バチリ、と、電流が走ったような感覚の後、意識が途切れて真っ暗になった。


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