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102話

「これは……」

 次の階層に入ってすぐ、俺達は絶句することになった。

「アレーネさんが、いっぱい……」

 そこにいたのは、無数のアレーネさん……によく似た、別の人工生命だろう。

 アレーネさんと寸分違わぬ容姿で、それぞれに武器らしいものを持って俺達の前に立ちふさがる。

 そんな俺達の前に進み出たのは、フェイリンだった。

「ここは私がやってあげるわ。感謝なさい。……シンタロウ達は戦いにくいでしょう?」

 高飛車な物言いで俺達を気遣ったフェイリンは、懐から取り出した扇を広げて、その場で舞い始めた。

 恐らく、コジーナで披露していた幻惑の踊りだろう。アレーネさんによく似た人工生命達は、明らかに惑った様子を見せる。

 踊りの中でフェイリンの指先が宙に模様を描くように動けば、そこに魔術が組み上げられて、人工生命達を惑わせる。

 次第に効果は広がっていき、部屋全体に魔法が広がり……。

 ……しかし、そこまでだった。


「ああ、もう!全然乗ってくれない!下地が悪すぎるわ!」

 コジーナの城の中庭で見たとき、フェイリンの踊りは確か……音楽や、香と共に効果を発揮していた。

 恐らくフェイリンの踊りは、音楽や香といった舞台が無ければ、真価を発揮できないのだ。

「せめて、音楽があれば」

「なら私に任せてー!」

 俺の肩に乗っていた泉が、飛び降りながら大きくなって人間サイズになった。

 そして、バイオリンを構える。

「えへへー、弦楽1重奏だけど、自信はあるよー!」

 泉の元気な言葉に続いて、華やかな弦の音が響きわたった。

 湧き出てはじける水のような、静かに流れる水のような……激しい動きと、しっとりした静かさが混在する音楽だった。

 目まぐるしく表情を変える音楽は、フェイリンにぴったりだ。

「やるじゃない!……誉めてあげるわ」

 フェイリンは艶やかな微笑みを口元に乗せると、そのまま音楽に合わせて踊り始めた。

 ……先ほどまでとは比べものにならないほど大きな魔法が動く気配が感じられた。

 人工生命達は明らかに惑い、迷い、明後日の方向へと攻撃を繰り出したり、その場で立ち尽くしてしまったり、ぼんやりふらふら歩くばかりになってしまったり、と、様々な反応を見せた。


 しかし、そんな中でもフェイリンや泉に向けた攻撃が飛んでくる。

 流れ弾はもちろんだが、中には幻惑が効かない個体が居るらしい。彼女らはフェイリンや泉を狙ってくる。

「っわ、危ない!‥‥大丈夫?怪我は無い?」

 しかし、それらの攻撃が泉やフェイリンに届くことはなかった。

 イゼルがその牙で、爪で、或いは尾や頭蓋で、器用に攻撃をはじき、いなし、泉とフェイリンを守ったからだ。

「ペタルさん、シンタローさん、それから、スフィクさんも!泉ちゃんとフェイリンさんは、ぼくに任せて!」

 舞うように戦って、ひらり、と着地して、イゼルは凛とした声を張った。

「だから、シンタローさん達は、アレーネさんを、お願い!」

 ‥‥考える。

 もしここで、フェイリンと泉による幻惑が通じなくなったら。

 フェイリンは幻惑以外での戦いは苦手なようだし、条件としては泉も似たり寄ったりだ。

 戦力の柱になるのは、イゼルだけ、ということになる。

 その時、この人工生命の集団相手に‥‥勝てなくてもいい。勝てなくてもいいから、せめて、逃げられる保証がほしい。

 なら‥‥『世界渡り』ができるペタルを、ここに一緒に、置いていったほうがいい。

 たとえそのために、この先で俺が不利になったとしても、ここでイゼル達を危険に晒すよりは……。

「大丈夫だよ、シンタロー。ここは私達に任せて!」

 しかし、俺の脳内を見透かしたかのような泉の言葉に、オルガさんに言われたことを思い出す。

 ギリギリまで、ペタルを連れて行かなきゃいけない。

 アレーネさんをアラネウムへ連れ帰るために。

 そして何より、唯一ペタルだけが、運命に干渉できるから。

「分かったんだ。これがぼくの使命!シンタローさんとペタルさんを、この先に行かせる!きっとそれが、ぼくの世界、ソラリウムを助けることになるんだ」

 イゼルは瞳を爛々と輝かせながら、俺達を背に、人工生命達に向かう。

「そのために死んだとしても、悔いはない!」

 凛とした気迫が、人工生命達を揺るがした。襲いかかってくる人工生命達の動きが鈍る。

「大丈夫!オルガさん達が追いつくまで持ちこたえるくらい、余裕だよー!」

「なんなら、足止めなんてケチな事しないで、さっさと決着をつけてしまったっていいんでしょう?」

 泉はバイオリンを奏でながら、フェイリンは艶やかに舞いながら、それぞれ、自信と余裕と決意に溢れた表情を見せてくれた。

「シンタロウ、お前、私を見くびっているんじゃない?‥‥行きなさい。龍に乗った気分でね!」

 人工生命達がまた、襲いかかってくる。

 しかし、俺はもう、迷わなかった。

 ペタルとスフィク氏の腕を掴んで、テレポートの魔道具を発動させる。

 フロアの反対端、上り階段の前に移動したら、すぐに階段を駆け上る。

 俺達の背後で、音楽がより一層、激しさを増していくのが聞こえていた。




 いつの間にか、階段だけではなく、壁までもが透き通り、透明に近づいてきた。

「まるで、宙に浮いてるみたいなかんじだよね」

「階段なんて、もうほとんど見えないしな」

 奇妙な感覚だ。最早、有るのか無いのかすら危うい程に階段は透き通り、まるで、何も無い宙を踏みしめて上っているかのような感覚だった。

「この塔の周辺と同じだな。最早、この階段は物質ではなく、『秩序』によって構築されている」

 塔に入るとき、塔の下へと潜り込んだ。『秩序』を破って、いわば、地面の中へと潜り込んだようなものだ。

 ……つまり、この階段も、そうしようと思えばすり抜けられるのだろう。

 階段をすり抜けたら……駄目だ、多分、死ぬ。足下には、有るのか無いのか分からない階段と、その向こう、遥か下方に下の階が見えた。この高さを落ちたら死ぬ。

「……奇妙な場所だな。無秩序な場所かと思えば、このように『秩序だけで』成り立っている箇所もある」

「俺からすると、『秩序』というものが既に理解の範疇を越えてますけどね」

 感覚では分からなくもない。しかし、言葉にしようとすると、どうしようもなく難しい。

 何も無い場所が『床である』と『秩序』によって定められているから、そこは床と同等のはたらきをする。

 しかし、意識を変えてしまえば、『秩序』などすり抜けてしまえるのだ。

 ……理屈がまるで分からない。どうなってるんだ、このシステム。

「恐らくこの塔は、『秩序』を集めて作ったのだろう。或いは、秩序が集まっていたから作れたのかもしれんが。……『世界の狭間』になど、『秩序』は元々存在しない。この『秩序』は……外から持ち込まれた欠片が蓄積して生まれたものだろう」

 スフィク氏はピュライ人だからか、それともアリスエリアの家系であるからか、『秩序』というものについて、俺より論理的に理解しているらしい。

「そう聞くと、すごく不安定なものに聞こえますね。ここの『秩序』って」

「実際そうだろうな。……気をつけろ。何をきっかけに崩壊するか分からんからな」

 スフィク氏はなんとも恐ろしいことを、さらり、と言って、天井を見上げた。

 ……天井があるという事は、次のフロアの床はまだ、透明じゃない、ということだ。

「……恐らく、この塔は……」

 その先は聞き取れなかった。しかし、口の動きで、なんとなく、分かってしまう。

『この塔は兵器だ』。

 スフィク氏は確かに、そう言っていたようだった。




「ここが最後の障壁だね」

 階を上がってすぐ、ペタルはそう言って杖を構えた。

「……あれがこの階の守護者か」

 スフィク氏は剣を抜き、俺はバニエラの長銃を構える。

 目の前に立ちふさがっていたのは、奇妙なものだった。

 見た目には、生物が鎧を纏っているのか、単なる機械の装甲なのか分からない。しかし、それは塔と同じような材質でできているらしかった。

 白っぽく滑らかで、よく分からない材質。……ひたすら頑丈そうな見た目だし、実際頑丈なのだろう。

 ぎ、と、鎧か装甲かわからないものが動き、俺達を睥睨した。

 そして、腕の一本に、光のようなものが集まり始める。

 ……来る。

 長銃のロックを外して引き金に指をかけて身構え……ふと、長銃の先を、手で押し下げられた。

 白く半透明に光り輝く床の上、ペタルが微笑みながら俺を見ていた。

「眞太郎。絶対に、アレーネさんのこと、よろしくね」

 とん、と、軽い衝撃。

 ペタルに押されたのだ、と気づいたのは、一瞬後。

 それと同時に……敵の腕から、光が形を成して放たれた。


 光が固まってナイフのような形になって、飛んでくる。

 光のナイフは途中で砕けるように分裂していき、ほんの一瞬の間に、俺を360度から囲むように広がった。

 ……そして、無数の光が襲い来る。

 俺達の逃げ場を潰すように。光の刃1つ1つが、明確な殺傷力を持って。

 よろめいた俺の眼前に、光の刃が、迫る。

 避けられない。


「イペラスピスターテトスアンスロポスポウアガポ、ペタルーダ!」

 だが俺は、光の刃に切り裂かれることは無かった。

 光の刃は食い止められていたのだ。

 銀紫色の、無数の蝶によって。

 蝶は1匹1匹が身を挺して、光の刃を受け止めていた。

 ……この蝶は。

「ペタルーッ!」

 俺の前に立った少女の体から、鮮血が迸る。

 無数の刃を、身を挺して受け止めたかのように。


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