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100話

 オルガさんが先頭になって、次の階層へと上がった。

 ……その途端。

「止まれ!」

 オルガさんの声が俺たちの足を止めさせる。

 そして次の瞬間、金属同士がぶつかり合う、すさまじい音が響いた。

 俺の目に映っていたのは、2体のサイボーグ。

 前、トラペザリアで見たサイボーグとよく似たデザインの1体と……吹き飛ばされるオルガさんの姿だった。


「オルガさん!」

 すぐに階段を上って、階層の上に出る。

 そこには、壁にたたきつけられたオルガさんと、十数体のサイボーグの姿があった。

 オルガさんを吹き飛ばしたらしいサイボーグが、眼窩の奥の赤い光をオルガさんに向けている。

「オルガ・テレモータ、か。一昔前は正規軍が手こずらされていたようだが、今や只の不細工なジャンクだな。こんな屑鉄の集まりに手こずらされたとは、当時の正規軍は相当弱かったのか?」

 サイボーグはそんなことを言いつつ、止めを刺すべくオルガさんへと近づいていく。

「駄目、です!」

 だが、サイボーグは足を止めた。

 いや、止められた……留められた、と言うべきか。

「……何だ、邪魔をするのか?」

 サイボーグは足下を凍り付かされて、不機嫌そうにこちらを見る。

「します。邪魔……します」

 紫穂は髪を逆立てるように揺らめかせながら、サイボーグを睨んでいた。

「なら貴様らも破壊するまでだ」

 十数体のサイボーグが一斉に俺たちの方を見て、それぞれの武器を構えた。

 ……これは、戦闘になるか。

 それとも……さっき、オルガさんと話していたことを思い出す。

 俺は、先に行くべきだ。


 不意に、横から何かが飛んできた、ように見えた。

 そして次の瞬間には、爆音。

「誰がジャンクだって?」

 見れば、そこには立ち上がって、にやり、と笑みを浮かべたオルガさんが居た。


「ジャンクに吹っ飛ばされる気分はどうだ?正規軍の最新鋭機様よ」

「馬鹿な、確かに妨害波をゼロ距離で叩き込んだはずだぞ!」

 慄き、或いは怒るサイボーグ達に、オルガさんは攻撃的な笑みを向けた。

「はは、悪いが、ソフトもオンボロなもんでな。最新鋭の妨害波なんざ、効く造りじゃないんだ。お前等、そんなことも分からなかったのか?最新鋭機ってのは、脳味噌のアップデートはしてもらえないらしいな?」

「何だと、この不細工ジャンク女が」

 オルガさんとサイボーグ達の間の空気が一気に張りつめる。

「オルガさん」

「ああ、悪いな、シンタロー。こいつらは私にやらせてくれ。……少しばかり、頭に来たんでなあ!」

 ……オルガさんの言わんとしていることは分かる。

 つまり、先に行け、と。そういうことなんだろう。

「なら私も残る、です」

 ここで意外だったのは、紫穂もそう言いながら、床をどんどん凍らせていったことだ。

「私の体は、人形、です。もし、戦闘に巻き込まれても、問題ない……です」

 確かに、紫穂は幽霊だ。オルガさん達、サイボーグの高火力な戦いの渦中にいたとしても、致命的なダメージは受けないだろう。

「あ、ならなら、私も残る。もし、どーしよーもない状況になったら、2人捕まえて腕輪で逃げちゃう」

 リディアさんもそう言って、鞄から謎の物体を取り出した。退路が保証されるなら安心だな。

「じゃあ、オルガさん、紫穂、リディアさん。ここは任せます」

「ああ、任せろ。……ジャンクの意地、見せてやる」

 オルガさんは楽しそうに低く笑い声をあげる。

「オルガさんはジャンクでも不細工でもないですよ」

 だが、俺がそう言った途端、オルガさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 ……そしてその一拍後、明るく笑い出す。

「はは、シンタロー、お前、いい男だなあ!」

 リディアさんがヒュウ、と場違いな口笛を吹き、紫穂がわずかに微笑む。

 そして、オルガさんが拳を掌に打ち付けて、サイボーグたちを睥睨した。

「よし……かかって来い。1人残らずスクラップにしてやる!」


 オルガさん達の戦闘が始まった瞬間、俺は残りのメンバーを連れて、フロアの反対側へとテレポートした。

 すぐに気づいたサイボーグ達が何体かこっちに迫ってきたが、足元を凍り付かされるなり、謎の煙に巻かれて明後日の方向へ突進していったり、或いは、オルガさんに殴り飛ばされたり、と、様々な方法で妨害された。

 俺達はその場をオルガさんと紫穂とリディアさんに任せて、次の階層へ進むべく、階段を駆け上る。

 金属同士がぶつかり合う音も、凄まじい爆発音も、氷が割れ砕ける音も、謎の、むにゅっ、とした音も……やがて、階下へ沈み、聞こえなくなっていった。




 階段の様相は、次第に変わっていった。

 鍾乳石か獣の角のようだった材質は次第に透明感を増していき、捩れるような形は整然としたものへと変わっていった。

 人造物らしさを増したわけだが、単純に上りやすくなるのでありがたい。

「……何か、聞こえますね」

「心臓の音、みたい……」

 しかし、不思議なもので、生物らしさはより増していった。

 要は、整然とし始めた階段はが時折脈打つように蠢き、何か……心臓の音のような、低く響く音が聞こえ始めたのだ。

「……気持ち悪いわね。シンタロー、なんとかしなさい」

「無茶言わないでくれ……」

 フェイリンはどうも、生きているのかいないのかよく分からない塔が苦手らしい。

「……聞こえるのはどうやら、それだけではないようだがな」

 そんな中、スフィク氏がそんなことを言った。

「あ、あれ?スフィクさん、目が」

 そのスフィク氏の目は、ぼんやりと、銀紫色の光を灯していた。

「何か見たんだね、お兄様」

「ああ。私は貴様と違って持ちうるものは全て自分のために使う」

 どうやら、スフィク氏は、運命を見たらしい。

 ペタルは嫌がるのではないかと思ったが、案外、平気な顔をしていた。まあ、ペタルが運命を見ることを厭う理由は、自分の中での矛盾が理由みたいだから……逆に、割り切って能力を行使できるスフィク氏は、ペタルにとってそう悪いものでもないのだろうな。

「それで、何が見えたのー?」

 泉がスフィク氏の顔を覗き込むと、スフィク氏は明らかに狼狽した。

 死線を彷徨わせ、何かを言おうとして口を閉じ……そして、それを口にした。

「……断片しか見えなかったが。貴様等の内の誰かが、この後死ぬようだ」




「そ、それって」

 泉が何か言いかけて、口を噤んだ。

 突然もたらされた死の宣告は、俺たちを動揺させるのに十分だった。


 漠然と、全員が生きて帰ると思っていた。

 しかし、よくよく考えれば、それはとても珍しいことのはずだ。

 戦って、殺して、なのに殺されない。

 それはとても都合のよい妄想だ。

 俺だってもう、人を殺している。なのに殺されることを考えていなかったのは……単に俺が、甘かったのか。

「や……やだよ、やだよー!私、誰かが死んじゃうなんて嫌!絶対に、嫌!」

「落ち着け!まだ、運命は決定した訳ではない!回避する方法があるだろうが!」

 悲痛な声を上げる泉に、スフィク氏は強い調子でそう言ってから、大層嫌そうな顔をした。

「あ、あるの?ぼくたちの誰も、死ななくていい方法……」

 縋るようなイゼルの視線から目を背けながら、スフィク氏はあっさりと、言った。

「進むことをやめろ。そうすれば確実に、死の運命を回避できる」




「スフィク、っていったわよね。お前が見た未来は正しいの?運命を見る力が足りなくて、間違ったものを見たんじゃない?」

 フェイリンがいっそ挑発的というか、喧嘩腰なせりふを発する。おそらく、不安を払拭するためにわざとこういう言い方をするのだろうが。

 当然、スフィク氏はむっとした表情になった。

「馬鹿にするな。私とて、腐ってもアリスエリアの一族だ。運命を読む力が弱くとも、全く見えぬ訳ではない。部分的にしか見えないにせよ、それが誤りだという事も無い」

 そして突き放すようにそう言ってから、ふと、不機嫌とは違う表情を浮かべた。

「……どうするんだ、ペタル。貴様にはよりはっきり、運命が見えているはずだ」

 心配、なのかもしれない。

 スフィク氏は、そういう目を、ペタルに向けている。

「何か、この先に仕掛けがあることは確かだな?そして、その仕掛けを突破しようとしたら、必ず1人以上の犠牲が出ることも」

 だが、スフィク氏に答えたのはペタルではなかった。

「進みます。それが私達の目的なのですから。……そうですね、ペタル樣」

 代わりに答えたのはニーナさんだった。いつも通り、静かで落ち着いていて、無表情に限りなく近い表情だったが……わずかに、笑みを浮かべているようにも見えた。

 ペタルはニーナさんを見て、頷く。苦しげで、かつ、覚悟を伴った表情で。

「うん。……ありがとう、ニーナさん」

 俺達そっちのけで、ペタルとニーナさんだけが納得しているらしい。

 ……だが、なんとなく、予想はついた。

 そして俺は、ぼんやり思った。

 だからニーナさんはさっき、残らなかったんだな、と。


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