出会いは春から
神話大戦と呼ばれる争いがあった。荒廃した世界を再興し、過ちを犯さないように人々は神が正しく導くべき。このような考えのもとに神による学園の運営が始まり百数年の時が経った。
数ある学園でも最高神ガリアスの運営する超エリート校、学園ガリアルド。その入学試験の合格発表が今日行われていた。
「な、何かの見間違いか……?」
冷静を装うとしているが顔面蒼白、足元は落ち着かず、視線は手元の受験番号用紙と合格掲示を行ったり来たりしている。
実技は完璧、筆記も自己採点では何も問題はなかった。合格は当然と思い込んでいたのに現実はそうではなかった。
受験番号はそこには存在しなかったのだ。
レドリックはこの度、学園の入学試験に不合格となったのだ。
* * * * * * * * * *
季節は春、新緑が芽生え何かと期待に満ち溢れる。所々に咲き誇った花やその香りが街中に溢れていた。
神都アドミリアでは一年に一度行われる学園の合格発表が本日行われていた。
学園ガリアルド、神々の運営する学園の中でも最高峰。なにせ最高神ガリアスの学園となればまさに超エリート校。卒業した暁には人生の成功が約束されたようなものである。
そのため入学試験は狭き門であり多くの者がここで涙を飲む。そしてその難関に挑んだ一人の少年が居た。
少年の名はレドリック。焦げ茶色に先端につれて赤みがかかった髪、鋭い目つきに黒縁のメガネ、下ろし立てのような黒いシンプルな上着が特徴的だ。
何やら落ち着かない様子はまるで都会に慣れていないお上りさん、それもそのはず、わざわざ地方から馬車で二日ほどかけて神都までやってきたいわゆる田舎者であった。
「ったく、いつまで時間をかけてるんだか」
ポツリと独り言を漏らすのは緊張ともどかしさの表れである。人通りを避けるために校門の端に寄り、人の流れを眺めているも待ち人は来たらず。
本来であれば幼馴染とこの場を訪れているはずなのだが、その本人は緊張で眠れず挙句に寝坊。そのうえなぜ起こさなかったのかとレドリックを殴るわ泣き喚く。たまらず一足お先に宿を出たというのだ。
こうして校門で待っているといるのだが、未だにどうして支度にこんなに時間がかかるのか分からないでいた。ただ時間が流れていくことに焦りも感じ始めていた。合格発表は逃げないのだが、目の前の餌を焦らされている感覚がもどかしい。気を逸らそうと瞑想しようにも襟のあたりがチクチクする。
昨日のことだ、幼馴染に宿に着くなり有無を言わさず髪を切られたのだ。折角の晴れの日なのだから、いつもボサボサしている等と色々と言われた気がするがよくは覚えてはいなかった。
おかげで頭が軽くなりスッキリとした気分になるのは良かったが、この梳いた髪がチクチクするのはどうしても気になっていた。
気晴らしにでも視線を空に向ける。青い空に白い雲、視界の隅には咲き乱れる花。ゆっくりと変化していく雲を眺めるのも案外暇つぶしになるものだと思いを馳せていたが、背中に突如衝撃を受けた。
「――きゃっ」
体勢を崩してよろめいたが踏み止まった。振り返れば、呆けた顔で瞼を閉じたまま見上げる少女が尻餅をついていた。
揃った前髪に腰まで伸びた珍しい黒髪、白と黒の二色で彩られた清楚な服。何が起きたのか分からないまま閉じられた瞼の顔には目立つ刀傷が横に入っている。それだと言うのに凛とした雰囲気が感じられる。
よく見れば短めのスカートから見える白い太ももにも不釣り合いな刀傷がいくつも見られた。一体どのような生き方をすればこんな傷を負うのだろうと思いを巡らそうとしたが、目の前の少女を放っておく訳にはいかなかった。
「大丈夫……か?」
レドリックは手を差し伸べて声をかける。見知らぬ少女の取り扱いには不慣れであったが考えうる最善の手段であった。
「あ……ごめんなさい、えっと、とにかくごめんなさい!」
ようやく人に衝突したということを認識したのか、少女は差し出された手を無視して自ら立ち上がりながら土埃を払って平謝りをした。
差し出された手を無視されたレドリックはこのことに少なからず動揺していた。もしかしたら何か対応を間違っていたのかもしれない。いたたまれない感情を装うように冷静な顔を保つ。
「あ、いや、俺は大丈夫だ。君に怪我が……なければ、いいんだけど」
動揺が口に出ているのか言葉がうまく繋がらない。レドリックから衝突したわけではないのだから、このまま愛想よく去ってしまったほうがお互いに拗れないのではないかと考えてしまう。
なにせここで知り合ったとして次に会う可能性は少ないとも言えるのだから。そう、少女が落ちることを前提としてだ。
「本当にごめんなさい。その、いつもはこのような事はないのですが。私が気配を見誤るなんて……」
何度も謝る少女は左手で刀の鞘を握りまるで杖のように地面を突いている。
黒髪に刀、少なくとも少女の出身については確信が持てた。そしてもう一つ気が付いたことがあった。
「その黒髪、君はトオノ領の出身だね。あと失礼かもしれないけどもしや目が……?」
「はい、ご明察の通りです。やはり神都では黒髪も珍しいでしょう。そして恥ずかしながらこの目は生来見えておりません」
トオノ領と言えば遥か昔に流れ着いた異国の民族が切り開いた土地であり、この神都より西の更にその奥にあると言う。もっとも独自の文化と珍しい容姿で知る人ぞ知るものである。
それにしても盲目の少女が誰の付き添いも無しに神都を訪れるというのは驚くべきことである。気配等と口にしていたが、トオノでは武術の達人となれば気配で人の位置がわかるということなのだろうか。以前に読んだ本にそう書いてあったが事実であったかと一人驚愕する。
「ですが気配、気の流れ……それらを感じ取れば日常生活には問題ありません。しかし、私もまだまだ修行が足りなようですね」
「オー、トオノ武術……達人の粋とは本物は存在していたのか」
「達人だなんて、私はまだまだ修行の身。精進が足りておりません」
すっかり打ち解けたようで先ほどの行為もなるほどと合点がいく。目が見えずに気配だけを読んでいるのであれば差し出された手も気が付くことはない。あの無視は必然であったということだ。
しかし一つの疑問が生じる。少女がここに来た理由は一つしかない。入学試験の合否確認だ。合格発表は掲示で行われているのだから少女は一体どうやって――。
「所で、一つ聞きたいんだけどいいかな」
「えぇ、なんなりと」
もしかしたら何かしら手段を用意しているのではないか、そう思って。
「――合格発表をどうやって確認しようと?」
訳の分からない顔をしていた。もちろん掲示を見て確認するのだと言う顔。その顔が間違いに気がついた顔になり、そんな当たり前のことをどうして忘れていたのかという恥ずかしさで顔を真っ赤にして。
「ひょっ、ああぁっ!」
変な声を出してその場で悶える少女。恥ずかしさのあまり顔を手で覆う。
やはり、気配は読めても文字は一切読むことが出来ない。当然ながら掲示の確認など一人では不可能なのだ。この少女は肝心な所で致命的に抜けていた。
「あぁ、恥ずかしい限りです。春の陽気に浮かれてこんな、こんなはしたない姿を晒すだなんて。これはあれです修行が足りませんあと百回、いえ千回素振りを増やして鍛え直さなければっ!」
そういった問題なのであろうか、とにかくこのままでは居た堪れない。そんな気持ちがつい口を滑らせてしまう。
「なんなら、俺が番号を確認しようか?」
口にしてしまってから後悔をした。何のために校門で待っていたのか。それは幼馴染との約束のはず。でも仕方がない、少女は困っていたのだから。子供のときにもよく言われただろう、困っている人がいれば手を差し伸べて上げなさいと。善意による行為なので約束を破っても許されるはず。いや、許してはくれないだろう、あの幼馴染は。
今はともかくあとが怖い。