オデュッセウスに胃薬を! 4
しばらく歩いていくと、大きな邸宅が目に入る。
人がいるのは間違いなさそうで、門の前には衛兵が立っていた。彼らの姿を見るなりハーデスは怯えているが、まあ放っておこう。ウダウダ文句言うだけで害はないんだし。
衛兵は一行の姿を認めると、恭しくお辞儀をする。……メラネオスと思わしき人物の姿は見当たらない。妻と一緒に邸宅の中で待っているんだろう。
「お待ちしておりました、ハーデス様、ペルセポネ様、オデュッセウス様。主は中でお待ちですので、案内させていただきます」
「はーい!」
「うう、帰りたい……」
弱音しか吐かなくなったハーデスは、仕方なくケルベロスの背中に乗ることとなった。ヘラから逃げ回った時の健脚ぶりは一体どこへ行ったのだろう?
ペルセポネの方は、陽気な足取りで案内役の後を追っていく。……本当にこの夫婦、似てない部分が多すぎるぞ。何で結婚したのやら。
まあペルセポネが地上に住んでいた時代は、もっとハーデスも活動的だった。紀元前の時代にテレビゲームなんて無かったわけだし。
「はあ、外でスマホゲームはやりたくないんだよ……通信量かさむからさあ」
「ハーデス様、そんなん持ってきてたんスか」
「うん。いやほら、我が出てくるゲーム沢山あるからさ。それで強かったりすると、凄くうれしいんだよね。思わず課金したくなる」
「冥界に地上のお金があるかどうか疑問なんスけど……その前に、どうやってスマホ手に入れたんスか? 自分で契約しに行くとか、まず有り得ないッスよね?」
「あ、裁判官にお願いしたよ。アイアコスが一晩でやってくれました」
「……ハーデス様、そろそろアイアコス様に土下座しては?」
「べ、別に大丈夫だよ! 彼は親切心でやってくれてるんだから!」
単に甘やかされているだけである。
よく分からない怒りをアピールしながら、ハーデスは手元の作業に没頭していく。我もf○teに出たいなー、アルテミスいいなー、と周囲には通用しないネタを振りまきつつ。
「――ねえ、ケルベロス」
「? なんスか?」
「リア充の臭いがしない?」
どんな匂いだ。
三つの鼻をフルに駆使するケルベロスだが、そんな匂いは感じない。辺りに植えられている薔薇の香りの方が強いぐらいだ。
しかしハーデスは感じ取っているようで、らしくなく周囲を警戒している。それを見たペルセポネは微笑み、オデュッセウスは首を傾げていた。
「メラネオスさんが羨ましい、ってことッスか? でもハーデス様だって、常識的に考えればリア充ってやつじゃないッスかね? 美人の嫁さんはいるし、部屋に籠ってても生活なり立つし……」
「バッサリ言うとヒモ生活ですよね、旦那様」
「わ、我が気にしてることを本当にバッサリと!」
だって他に例えようがない。仕事も部下に任せっきりだし。昔は出来る神だっただけに、なおさら性質の悪いヒモ生活だ。
徹底的に生活を改善しない限り、ハーデスが根本的に昔へ戻ることはないんだろう。……ここで駄目なのは、その周囲が現状を良しとしていることである。
ケルベロスにしろペルセポネにしろ、何だかんだと現状の生活は気に入っているのだ。退屈な日常ではあるかもしれないが、何千年と生きていると、そういう日々が大切になってくる。
「旦那様は本当、すっごく恵まれてる環境にいるんですからね? 私に感謝するように!」
「あ、ありがとうペルセポネ。えっと、その、だ、大好きだよ?」
「きゃー、数百年ぶりに言ってくれましたね! でも疑問形で言うのはどうかと思いますよ!?」
「ですよねー」
そんなこんなで、一行は邸宅の中に入っていく。