取り戻せアンケート! 10
「カナートスの泉で身体を清めてくるがよい。あの時のお主は、どの女神にも劣らぬ美しさよ」
「ほ、本当? み、見たい?」
「無論だ。ワシは誰よりも、身を清めたそなたの美しさを知っておる。男として無視できるわけがあるまい?」
「そ、そう。なら仕方ないわね」
ヘラは満足気に頷くと、ゼウスと腕を組んで去っていった。
残された面々は、彼女の変貌っぷりに唖然とするしかない。
「ゼウス、適当なこと言ってなかったかな……?」
「それで籠絡できる辺り、ヘラ様もゼウス様には弱いってことですね。そう、まるで私達のように!」
「そ、そうだね」
ともあれ、最大の危機は去った。
ペルセポネとアプロディテの勝負も決着したようなものだし、これでハーデス達は冥界に戻れる。
「でも駄目よー? まだ、私には切り札があるですからねー!」
「クソビッチが何か言ってますよ、旦那様」
「ちょ、ちょっとペルセポネちゃん!? その呼び方は酷くない!?」
「いいえ、正常です。だって私達、アドニス君を奪い合う敵でしょう? 罵倒し合うのは当然だと思いますが……」
「そ、それもそうね。だったら私も、本気で相手をするわー!」
高らかに宣戦布告しながら、彼女が取り出したのは一本の矢だった。
金の矢じりを持つソレは、生殖の神エロスに由来する品。
「ふふふ、コレが突き刺さると、その人は恋の炎に燃え上がるの! だからハーデスちゃんへ使って、私の虜にさせて――」
「ていっ」
ペルセポネは、いつの間に近づいたのか。
効果を説明するアプロディテから、容易く矢を叩き落す。
落ちた矢は美の女神に刺さり、辺りの空気も静まり返った。
「あ、あ、ああ……」
まさかの展開に、ワナワナと震えるアプロディテ。してやったり、とペルセポネは嘲笑を浮かべている。
果たして、矢の力はどのように発揮されるのか。
アプロディテは小さく震えたまま、自分の両手を見つめながら言う。
「なんて美しいのかしら、私……」
彼女の口から出てきたのは、普段とあまり変わらない台詞だった。
「この手も、指も、足も、顔も! 惚れ惚れするわ……ああっ抱きしめたい!」
などと。
身を悶えさせながら、自分で自分を抱きしめている。
もうハーデスとペルセポネのことは眼中にないようだ。意味のない一人芝居を続けて、彼女を助けようとする神もいない。
「さて、帰りましょうか」
「え? い、いいの?」
「しばらくすれば元に戻りますよ。確証はありませんけど」
「不安しかない……」
まあ本来の目的は達成したのだ。天界に長居する必要はない。
本心からの安堵を零して、ハーデスは踵を返す。
「……ところで我が王。私とケルベロス殿は、同行する必要があったのでしょうか?」
「え、えっと……」
アイアコスはいつも通り真剣かつ、悪気のない表情で問いかけている。
ハーデスは必死に考えるが、手頃な答えなど見つかる筈もなく。
とりあえず謝罪して、一件落着? となるのだった。