ようこそタルタロスへ! 1
「俺、ハーデス様のこと見なおしたッス」
「え、な、なんで?」
「だって、ついに部屋から出たじゃないッスか!」
そう、いまハーデスは、冥界の底タルタロスに向かっている。
同行者はペルセポネ、ケルベロスの一人と一匹。行動をうながしたヘラは、面倒くさい、ということで帰ってしまった。ゼウスの浮気も監視したいそうで。
「……しかし、本当なのかな? 父上たちがもう一度反乱を起こすって」
「有り得ない話じゃないですよね。こっそり力を付けていたのかもしれません」
「うん……って、あれ?」
一行の正面には、タルタロスへの入口が見えている。
だが、あるべき存在がいない。
門番である、三体の巨人だ。ヘカトンケイルと呼ばれる彼らが、タルタロスの出入り口を見張っているはずなのだが……
「い、いない!?」
「あらあら、どうしたんでしょうね。ハーデス様と一緒で、お仕事が嫌になったとか?」
「そ、そんな馬鹿な……」
三体のヘカトンケイルは職務に忠実だ。昔はハーデスを見掛けるなり、兄貴ぃ! と親しげに声をかけてきたぐらいである。
ハーデス自身は彼らと縁が薄いが、弟であるゼウスはちょっとした関係がある。
ヘカトンケイルはその昔、父親によってタルタロスへと放り込まれた。それをティターノマキアの際、ゼウスが救出。その恩があって、彼らは神々と忠義を誓っている。
「ま、まさか本当に父上は……」
「急ぎます? 旦那様」
本気だったら今のハーデスには手も足も出ないが、確認しないことには始まらない。
職務のため、ハーデスは門番のいない入口を降りはじめた。
辺りが一気に暗くなる。壁に立てられている松明が、唯一の明りとして威勢を張っていた。
「おー! きおったか!」
「ち、父上……!?」
そんな時に出迎える、父クロノスの声。
ティターン神族の特徴である巨体は、右手に大きな木製の酒杯を持っている。おまけに、顔はほんのり赤い。
酔ってやがる。