来ちゃったよ!? 1
絶句するハーデスの前に現れたのは、一人の少女だった。
闇のように深く、流れるような黒い長髪。年齢は人間の感覚でいうと、十代後半。女性らしいスタイルも目を引く。もし人間界の町を歩いていれば、男性からひっきりなしに声をかけられるだろう。
ケルベロスの視点から言うと、ハーデスには勿体ないぐらいの美少女だった。
豊穣の女神という印象を裏付けるような、実った胸。古代ギリシャにならった長衣の上からも、男の欲情を誘う蠱惑的な要素は十分ある。
ハーデスの方を見てみると、彼は驚いたまま動かない。
性格的には顔を赤くしていそうだが、そんな気配は微塵もなかった。
「な、何でここに……」
「うふふ、旦那様を喜ばそうと思って。あ、この孔雀の髪飾り、どうですか? ヘラ様から貰ったんですけど」
ほんのりと顔を赤くしながら、ペルセポネは髪飾りを見せるように姿勢を屈める。
ヘラとはハーデスの姉。別の視点でいえば弟のゼウス、三人目の正妻に当たる。
ペルセポネにすれば義姉であり伯母であり――面倒な関係の相手だ。まあ神話には良くあることなので気にしないでほしい・
「孔雀って、家庭神であるヘラ様の聖鳥ですからね。夫婦円満な家庭を築くには、とっても良いアクセサリーだと思いません?」
「……あ、あの、さセポネ」
ハーデスは居住まいを正し、ペルセポネと正面から向き合う。
彼は珍しく真剣な面持ちだった。こほん、と咳払いして、満面の笑みを浮かべているペルセポネに一言。
「だ、駄目でしょっ、帰ってきちゃ」
叱っていた。