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彼女は生き物に好かれやすい  作者: 彼岸花
第七章 神話決戦

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幕間七ノ八

「さて、これで仕込みは終わった訳だが、どうかね? 気分が悪かったり、身体に違和感があったりはしないかね?」

 彼は、優しい声でそう話し掛けた。

 彼はシルクハットを被り、燕尾服で身を包んだ紳士であった。両手には純白の手袋を嵌め、嗜みとばかりにシンプルなステッキを握っている。細長な顔には過ごした年月の濃さを示すように深い皺が幾つもあるが、瞳には力強さがあり、老いを感じさせない。身体を支える二本の足は震える事なく上半身を支え、凛とした立ち姿を保ち続けている。

 斯様に上品さを醸し、清廉潔白な印象を与える老紳士である彼は、しかしその風体に見合わぬ場所に居た。

 彼が居るこの場所は、都市を形作るビル街の一画……廃れて廃墟となった建物の奥底。時刻は子の刻を過ぎ、僅かに入り込む月明かりが廃墟内の闇を一層濃くしている。暗闇の中を走り回る小動物の鳴き声が聞こえ、野生動物の死骸と糞尿から漂う異臭が満ちていた。降り注ぐ月光が彼を照らし、神秘と風格を際立たせていたが、それは周りとの違いをますます浮かび上がらせるだけ。昼間の表通りを優雅に歩いていそうな彼に、この陰湿で不潔な空間は致命的なほど似合わない。

 挙句対峙する相手が、金色に染め上げた髪を逆立てた状態で固めている、見た目からして素行不良な若者なのだ。この状況で彼を見ても、穢れなき紳士とは誰も思わないだろう。

「……いや、全然悪くねぇ。むしろ今までにないぐらい、最高に高まってる感じだ。ヤク(・・)をやっても、ここまでイッた事ぁねぇぜ」

「そうか。気に入ってくれたようなら何よりだ。ただ、その状態で薬物を使用するのは止めた方が良い。感度が常人よりも遥かに高いから、一発で廃人になってしまうからね」

「はんっ、やる気にすらならねぇな」

 ケタケタと下劣に笑う若者を見ながら、紳士は上品な笑みを浮かべる。とても上品で、整っていて――――人間味を感じない笑みだった。

「今の君なら、常人では相手にもならんだろう。警察は勿論、裏社会を支配した気になっている、ちっぽけな反社会勢力であってもだ。これから君に任せたい『仕事』はパイの奪い合いが激しく、同業者が多数存在するが……君に与えた力があれば、ライバルを潰す事など造作もない。証拠を残したところで捕まる事だってない。全て、君のやりたいようにやれば良い。それこそが我々の望みなのだからね」

 老紳士は両腕を広げながら、演説をするような口振りで若者に語り掛ける。若者は老人の話にはあまり興味がないようで、耳の穴を掻きほじりながら、そっぽを向く。

 とはいえ全く聞いていない訳でもなく。

「臭ぇ事言ってるけどよ、結局のところがっぽり稼いで上納金を払えって話だろ?」

 猜疑心を隠そうとしない眼差しと言葉を以て、若者は老紳士を問い詰めた。

 老紳士は特段迷った素振りもなく、淡々と口を開く。ただし今まで浮かべていた笑みは消え、酷く退屈そうな表情になっていたが。

「君、ここでそれを言っちゃうかね……結構頑張って考えた台詞なんだよ? 若者との会話は年寄りの楽しみなんだから、少しぐらい乗ってくれても良いじゃないか」

「ちっ、ふざけたジジイだ……話は終わりか? なら、俺はもう行かせてもらうぜ」

「む? 構わないが、何か急ぎの用事でもあったのかね? もしそうなら車を用意しようか」

「いんや、急ぎとかじゃなくて、ちょっと力試ししておくだけだ。世話になった(・・・・・・)連中が居るんでね」

 そう告げると、若者はそそくさと廃ビルを後にする。紳士はやれやれと言わんばかりに肩を竦めるだけで、追い駆けもせずその場に立ち尽くしていた。

「……随分と小物を選びましたね」

 しばらくして若者の気配が完全に消えた頃、暗闇の中から一人の、スーツ姿の女性が現れる。

 女性の年頃は二十代後半か。彼女は人形のように表情のない顔で、紳士をじっと見つめた。対する紳士はシルクハットを被り直し、女性には目もくれぬまま語り始める。

「力に慣れていない者は、例えどんな意思を持っていようと簡単に溺れる。今はまだ疑問を抱いているが、用事とやらを済ませた頃には綺麗に忘れているだろう。そうなれば、あの人間は夢中になって『力』を使うさ。小物であるなら尚更ね」

「力の行使を問題視しているのではありません。馴染み過ぎる事を問題視しているのです。あのような輩ではさしたる機能は持てず、ましてや影響を受けたなら」

「それこそ問題ない話だよ。別段、彼に質は求めていないからね」

「……加えて申すなら、『タヌキ』達が感付き始めたようです。これ以上の活動範囲の拡大は向こうの反感を買う恐れがあります」

 先程まで饒舌に語っていた紳士は、女性のこの報告を受けて口を噤む。伸ばした顎髭を擦りながら、困ったように眉を顰めた。

「……もう二~三、手駒を増やしたかったのだがな」

「向こうからしても、人間は貴重な『資源』ですから。それでどうしますか」

「うーむ。向こうも『あの戦い』で痛い目を見た以上そう簡単には我々と敵対しないだろうが、あまり調子に乗って怒らせても怖いからな。ここが退き際だ。『あの人間』で打ち止めにしておこう」

「承知しました。連携しておきます」

 紳士からの指示を、女性は無感情に受け入れた――――それからやや間を開けて、「あ、そうだ」と小さくぼやく。その時の声には感情、というより幼さがある。風貌とあまりに異なる印象の声に余程興味を惹かれたのか、今まで脇目も振らなかった紳士が彼女の方へと振り向いた。

「ん? まだ何かあるのかね?」

「はい、とても大事な話です。パーティーは何時にしますか?」

 大事な、と前置きしてからこのお気楽発言。あまりの落差に、紳士は一瞬ポカンとなった。そして彼は呆れるような、慈しむような、なんとも言えない表情を浮かべる。

「君、そういうのホント好きだね」

「こういう時でないと高いケーキをタダでは食べられませんから」

「しかもケーキ目当てか……そういえば君、甘党だったね。まぁ、他の連中も似たようなものだろうが。分かった、やるとしよう。時期は……ふむ、四十三日後だ。そのぐらい経てば頃合いだろう」

「四十三日後……三月十八日ですね。承知しました」

 女性はこくりと頷き、暗闇の中へと戻っていく。その足取りは、傍から見ればあからさまなぐらい浮かれていた。

 紳士はやれやれと言いたげに肩を竦めてから、彼女の後を追うように、自身もまたゆっくりと歩み出す。

 全てを見透かすように、底なしの暗闇の中を迷いなく――――






















 第八章 Birthdays







はい、という訳で次章は何時も通り現代日本が舞台です。

毎度の事ながらろくな奴が出てこない幕間である。


次回は1月下旬投稿予定です。


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