第9話 戦闘系魔法少女の鋼メンタルよ
いつだって絶望は空から降ってくる。
『アイアァアアア! ルゥタダン! シャルタァ!』
人類には理解不能な言語を叫び散らし、虹色の合成獣が摩天楼へと突き刺さっていく。
大気圏外にて顕現し、そこから超高度の降下による、殲滅攻撃。
それが、邪神の眷属たる『RIP』たちの常套手段だった。
『リリリィアアアア! アイ! ルジィィイイウウム!』
己の重量にて、数々の人工物、あるいは人間たちを押しつぶした後は、自由行動だ。眷属たちは、生贄を求めて街を彷徨う。
合成獣たちは全て虹色に輝く体を持っているが、形状が同一な存在は一つも存在しない。
猿のような体に、ライオンの顔を持った物。
蝙蝠の羽に、蟻の足、猫の体を持つ物。
鯨の巨体に、象の足が無数についた物。
そのどれもが、万物の原型を冒涜するような、悍ましい存在だった。気の弱い人
間ならば、眷属たちの群れを見ただけで、正気を失うだろう。
異形の眷属たちは、己の信仰する神への賛美歌を歌いながら、行使する。
脆弱で無知無能な人間たちの絶望を、神への生贄にするために。
兵器を持たない、人間では太刀打ちすることは不可能だ。いや、例え、戦車を持ち出しても、眷属の中にはそれすら、軽々と噛み砕いて咀嚼する異形が居る。
無力な人間は、ただひたすら、己の運命を呪い、絶望するしかないのだ。
「標的を確認――――これより、侵略を開始します」
そのはずだった。
魔法少女という名の、絶対的な希望の具現者が現れなければ。
「幻想行使。これより、半径二十キロ圏内を我が領域と定め、アカシャの海に沈めます」
淡々とした声が、眷属たちへの死刑宣告が響き渡る。
それは、眷属たちが侵略していた街全域に等しく、降り注ぐように告げられ――――次の瞬間、街は海に沈んだ。そのように表現するしかない。なぜなら、眷属たちによって破壊された町並みは、一瞬にして海水に満たされ、摩天楼の頂上まで全て、沈められてしまったのだから。
きっちりと、半径二十キロ。
俯瞰するならそれは、街全てが透明なゼラチンで半球体に固められたような光景だった。
先ほどまで荒れ狂っていたはずの眷属たちは、もう微塵も動けない。空間を固定され、原初の海に沈められては、眷属程度の情報密度では対抗できないのだ。
「固定完了。侵略改竄『デウスエクスマキナ』による幕引きを始めます」
透明だった半球体は、涼やかな声の宣言により、黒く濁る。さながらそれは、マジシャンがこれから手品を披露するように。手品のタネを隠してしまうように。
「カウント開始……ワン・ツー」
ぱぁんと一つ。
清涼な柏手が虚空を裂く。
「スリー! カウント終了…………全ては科学の神の望むままに」
少女のカウントが終了すると同時に、鮮烈な柏手の音が半球体の幕を破る。
すると、黒く濁っていたそれは弾けて、霧散。内側からは、眷属たちが襲撃する前の町並みが現れた。もちろん、壊した建物も、壊れた人間も、全て元通りに修復されて。
――人々の精神を破壊した、邪神の悍ましき記憶さえも排除して。
かくして、此処にご都合主義の侵略が完了された。
眷属たちは『魔法少女』という名の侵略者によって、侵略され、存在を解体。
破損してしまった人類の補填は万全に。
全てを救済した『魔法少女』の姿は誰にも見えず、ただ、その結果があるのみ。
されど、救われた人々の記憶の奥底には、その姿が無意識に刻まれた。改竄の余波だろうか? それとも、行使者のささやかな悪戯心だろうか?
彼らの脳裏には、蒼穹に浮かぶ、真っ白な少女の姿があった。
●●●
「兄さん、兄さん! 魔法少女のデウスさんってかっこいいよね!」
「…………帰ってくるなり、いきなりどうした、妹よ」
時刻はもう十九時を回った夕飯時。
今日も今日とて、可愛い妹や、尊敬する兄のために、次郎は腕を奮って料理を作っていた。そこに、何やらテンションの高い妹――蓮花が帰宅してきたという訳である。
ちなみに、鈴木家本日の夕飯は肉うどんだった。
「ほらほら、とりあえずお前は手洗いうがいして、着替えて来なさい。話はそれから、ゆっくり聞いてやるから」
「わかった! 待ってて………………はい、オッケー!」
「何を逸っているのか知らんけど、領域時間加速まで使うほどか」
戦闘力だけなら次郎にも勝る蓮花にとって、己と周囲の時間だけ加速させることなど造作も無い。ただ、その力をこんな日常で使うのは規格外揃いの鈴木家の中でも、蓮花だけだろう。
「はぁ。それで、デウスさんが何だって?」
「ちょーかっこいいよね!」
次郎が肉うどんの入った丼を渡すと、蓮花はそれをつつきながら語り始めた。
「今日、学校の帰りになんか県外で邪神の眷属が落ちてくるのが見えてから、急いで救援に行ったんだけどねー」
「また、あの邪神どもか。懲りない奴らめ……というか、妹よ。ナチュラルに千里眼を使えるようになってたんだな、お前」
「これを使えると、地方で放送していないアニメも観られるからね」
地方と都心のアニメ格差に抗うため、蓮花は千里眼を獲得したらしい。それよりも先に、衛星テレビなどの契約を見直してみる方が、圧倒的にかかる労力は少ないだろう。だが……蓮花は若干馬鹿だから、そこら辺は周りに仕方ないと諦められているのだった。
「それはそうと! デウスさんって凄くかっこいい人だよね! 私と同じぐらいの年なのに、惑星根源に干渉する大魔法が使えるなんて! しかも、排除と修復を同時にだよ! 殺された人も、魂が破損する前にすっかり元通りだったよ!」
「あー、あの人は事魔法関係に置いて、うちの母に匹敵するぐらいだからなぁ」
魔法少女。
それは、外なる世界の侵略者たる邪神に対抗すべく、人類が生み出した叡智の結晶である。
遠くない昔の話。人々は邪神の圧倒的かつ、悍ましい神威を討ち滅ぼすため、科学によって、『機械仕掛けの神』を創り出すことに成功した。
ただ、その神の力はあまりにも強大かつ、制御が難しい。
邪神本体相手ならともかく、眷属程度に『機械仕掛けの神』を顕現させていては、鼠を駆除するのにダイナマイトを使うような物だった。リスクとリターンが見合わない。
そのジレンマを解消するために生まれたのが、科学の巫女。『機械仕掛けの神』から、必要分だけ力を借り受け、眷属たちを排除する人間兵器――それが『魔法少女』と呼ばれる存在だった。
その中でも、『デウス』と呼ばれる少女は、力の扱いに関して群を抜いており、眷属程度がいくら束になって襲ってこようが一呼吸で殲滅できるほど。
「しかもしかも! 強い上に可愛いんだよ! かなり上空だったから見えづらかったけど、純白の修道服を着た、凄く可愛いい白髪の女の子だったんだ!」
「…………そうか」
「なんかね、なんかね! 修道服が普通のじゃなくて、メカっぽいというか、パワードスーツみたいでね! なのに、それを自在に扱っているのが、お人形さんみたいな女の子っていう、ギャップがいいの!」
「…………おう、そうだなぁ」
目を輝かせて、己の高揚を語り尽そうとする蓮花と、どこか憐れむように相槌を打つ次郎。
妙な対比であるが、蓮花は己の語りに夢中で、次郎の様子には気づかない。
「でね、でね! 私がデウスさんのお仕事を手伝えば、お友達になれるかな!?」
「いやー、あの人たちはプロだからなー。あんまり素人がちょっかい出すのはどうかと」
「えー? でも、兄さんより戦闘能力あるよ!」
「対邪神戦で大切なのは、戦闘能力よりも、むしろ、あいつらがやらかした後の片付けにあるからな。あまりお前向きではないな。まぁ、邪神本体と異空間で決闘する時ぐらいしか、役に立たないだろうさ」
「ぶぅ」
諌めるような次郎の言葉に、蓮花は口を尖らせて拗ねた。
傍から見ている分には可愛らしい拗ね方なのだろうが、このまま拗らせると最悪、兄妹喧嘩にまで発展する拗ね方だった。なお、鈴木家の兄弟喧嘩は、両親によって作られた異空間でなければ、周囲一帯を塵に還すほどの被害を起こす。
「ええい、拗ねるな、拗ねるな。これでも一応、あいつら魔法少女と共闘した経験
から言っているのだ。素直に忠告に従いなさい」
流石に高校生にもなってそんな喧嘩はしたくないと、次郎は慌てて蓮花を宥め始めた。
「経験って…………あー、兄さんが二度目に世界を救ったっていう話の!?」
「ああ。その時に、お前の憧れているデウスと共闘した経験もある。というか、まぁ、その、なんだ……相棒だったからな、あいつ」
「えぇえええええっ!?」
がたん、とその場で思わず椅子から立ち上がるほどの衝撃だったらしい。蓮花は次郎をまじまじと見つめ…………華麗な動作で土下座した。
「お願いします、敬愛なるお兄様。どうか、私をデウスさんに紹介してください」
「…………いや、妹。やめろよ、そういうの。あくまで俺とあいつは、仕事上の付き合いで。こう、プライベートで関わるほど親しいわけじゃ――」
「私にデウスさんを紹介してくれたら、お兄様にとっておきの美少女を紹介します」
「任せておけ、愛する妹よ」
妹の交友ネットワークは良く知っているので、二つ返事で了承する次郎だった。
彼女を作る為だったら、多少無理やりでも、昔のツテを手繰る程度、造作も無い。
「さぁ、頭を挙げろ、妹。今から、兄はデウスにアポイントを取るから」
「はーい! というか、携帯の番号も知っているの!?」
「それくらい知っておかないと、万が一の事態に色々とな…………っと、しばらく静かにしとけよー」
次郎は携帯電話を取り出すと、慣れた手つきでデウスへ電話を掛ける。
「…………あ、久しぶり。そう、俺、次郎。一か月前に会った以来だよな? うん、そう。仕事の方はどうだ? そうか、なら、いい。必要ならいつでも手を貸すぜ……なに、共に死線を潜った仲だ、遠慮するなよ……俺も遠慮しないから」
次郎が電話を掛けている最中、蓮花はひたすらそわそわしていた。
落ち着いて聞き耳を立てようとしたり、でもそんな真似ははしたないと止めたり、ひたすらぐるぐると机の周囲を回ったりなど。まるで、落ち着きのない小型犬のような有様だった。
「そう、うちの妹がな…………あー、それはまぁ、一応変身形態で。うん、うん、わかったよ。それくらいはお安い御用だ。んじゃ、よろしくな」
ふぅ、と一仕事終えたように息を吐き、次郎は通話を切る。
そして、今か今かと気持ちが逸っている蓮花へ、笑顔で親指を立てて見せた。
「今度の週末、予定を開けておけよ、妹」
「やはー! もちろんだよ、兄さん!」
こうして、鈴木兄妹は『魔法少女』の職場を見学する予定となったのである。