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第7話 超人的な学校生活

「なぁ、主様。前々から疑問に思っていたわけだが」

「なんだよ、ラセツ」


 先日、ゲロを吐くまで花子をからかった結果、もれなく完全無視三日目に突入している次郎。仕方ないので、放課後のだらだらした暇つぶしを羅刹と過ごしているのである。

 つまり、放課後の教室で適当に漫画本を読みながら時間を潰しているだけの、非常に不毛で非生産的なことをしているのである。まぁ、生産的な暇つぶしの方が珍しいのだが。


「主様ってさ、モテない以外は万能だよな?」

「まぁな」


 羅刹の疑問に、驕るわけでもなくさらっと答える次郎。

 事実、次郎は万能である。各分野の突出した鬼才には劣るが、それでも、秀才の域を超える天才であり、その分野は万能。一を知れば、十を知ることなんて容易い。


「そんな主様がさ、なんで今更学校に通ってんだ?」

「学歴が欲しいから」

「……身も蓋もねぇ」


 羅刹はうんざりしたような顔を作るが、別に次郎は冗談を言っているつもりは無い。


「仕方ないだろ、世の中は学歴社会なんだよ。なんでもできるからと言っても、この日本は未成年が働くのに適してないし。大体、金を稼ぐだけなら俺はどうとでも出来るし」

「ああ、主様は労働で金を得ることが目的じゃなくて、労働自体が目的なのか?」

「好きな仕事について、好きな労働で対価を得る……日本人として理想の未来だぜ」


 望むのであれば、次郎は瞬く間に巨万の富……は言い過ぎだが、それ相応の資金を稼ぐことが出来る。実体の無い金を転がして、資金を増やしていくことも、それ以外の方法も可能だ。

 なので、次郎にとっては金を稼ぐことよりも、仕事が充実していることこそ、重要視する面なのだった。


「へぇ……それで、主様は将来、どんな仕事に就きたいんだ?」

「…………」

「あれ? おいおい、主様。ご立派なことを言うぐらいだから、てっきり、もうそういうのは決まっていると思ってたんだが……」


 ただ、問題だったのは、次郎はなんでもできるからこそ、『何かを好んでやる』ということにまったく適していないのだ。加えて言うのならば、次郎には趣味も無い。趣味として始めたそれが、気付けばプロ級になってしまい、段々と趣味の域から外れてしまうからだ。なので、強いて趣味として挙げられることがあるのなら、現在のような不毛な暇つぶしがそうである。


「ちなみに、ラセツは将来とか考えているか?」

「話を逸らしたぜ、この主様」

「うるせぇ。どうせこのご時世の仕事なんて、なんだって辛いんだ。適当にダーツを投げて当たった職種にでもなってやるよ」

「自分も他人も馬鹿にする所業ですぜ、それは」


 拗ねる主を、仕方ない人だ、と笑う羅刹。

 こういう所はどうしようもない癖に、不満交じりに何でもこなしてしまえる次郎の難儀な性質を、羅刹はそれなりに気に入っていた。


「主様。俺としては将来、裏稼業っていうか、腕っぷしが役に立つ仕事に就こうと思っているぜ。この世界にもそういうのは少なからずあるみてーだからな」

「と言うと、傭兵とかか?」

「それもいいですがね。俺としてはもっと、一対一の戦いを楽しみたいわけで」

「ほう」


 現代社会にやって来たオーガ族の羅刹であるが、まだ闘争への気持ちは衰えていない。それどころか、次郎の周りに居るだけで次々と新しい戦いが待っているので、そういう気持ちは昔よりも、故郷の世界に居た時よりも昂ぶっていると言ってもいい。


「そういうこう……腕っぷしが役立つような仕事を――――主様が起業してくれたらいいな」

「おい、お前……そこまで来て俺任せかよ?」

「悪知恵と小細工程度なら得意なんだが、どうにも俺は経理とか経済にあってないみたいでな、主様」


 地頭は良いが、羅刹はどうにも学校の勉強というのが苦手だった。加えて、経理や経済など、目の前で直接起こっていない出来事に関する学問は非常に苦手だった。嫌悪していると言っても良いぐらいである。


「なんでもできる主様違って、俺には目の前の事しかできないのさ。良くも悪くもな」

「そうか」


 からからと笑う羅刹に、次郎は少し思案して答えた。


「悪いが、それについてはまだ検討中だ。お前が望むなら、そういう場所を探してやることもできるが、俺自身が起業するとなると、また別だからな。どうせなら、戦いとは無縁の平穏生活を送りたいし」


 世界を三度も救うほどのイベントに巻き込まれている次郎が言うと、高度な自虐的なギャグにすら聞こえる未来予想図だった。しかも、本気で言っているのだから、救いが無い。


「ああ、うん…………未来に希望するだけは自由だよな」

「暗に俺が平穏に暮らせないと言っているのか、お前?」

「昨日の帰りに、謎の宇宙兵器と戦っていた人の台詞とは思えねぇぜ」

「ぐ……」


 中学二年の頃、異世界召喚されてから、どうにも次郎はそういう出来事を引き付けやすい体質に覚醒してしまったらしい。しかも、巻き起こす一つ一つのイベントを、最近はシナリオも伏線も無視の、力任せのデウスエクスマキナで終わらせている。この世界の筋書きを作る脚本家が居るのなら、鈴木次郎という存在はこの上ないシナリオブレイカーだろう。


「仕方ないだろ、あっちが喧嘩を吹っかけてくるんだ!」

「でも、他人のイベントも潰すだろ、主様」

「こっちの生活に迷惑が掛かりそうな奴は積極的に潰すな!」

「時々、世界を敵に回しても愛を貫く系の奴もデウスエクスマキナするだろ」

「過去の経験から、そういうのはうざったいからもうこりごりなんだよ! 適当に世界を敵に回さなくてもいい環境にぶち込んでやったわ!」

「…………主様よ、少しはサボったらどうだ?」

「サボったイベントで世界の危機が訪れたらどうする、お前」


 つまるところ、次郎はそういう脅迫概念にとらわれているのだ。

 三度も世界を救ってしまったものだから、自分が動かなければ状況が悪化すると思っている。自分がどうにかしなければ、どうしようもない悲劇が訪れると思っている。

 その結果、自分自身が疎かになり、未来すら見えないのだ。


「はぁ、主様。その正義感は間違いじゃないが、大概にしたらどうだ? 元々、世界なんて不安定でいつ滅んでもおかしくない……でも、意外と滅びにくい物ですぜ」

「そりゃ、そうだが」

「後、心配性の男はモテない」

「…………考慮する」


 正義の味方になりたいわけじゃない。

 ただ、本人は降りかかる火の粉を払うついでに、見捨てたら気分が悪くなりそうな奴らを片付けただけである。優しさも多少はあるが、一番に来るのは『面倒臭さ』だ。大概、悲劇を経験した存在は世界とかを憎んで、非常に面倒なイベントを起こす傾向にある。


 だが、と次郎は思い返す。

 この世界には次郎一人だけが存在しているわけでは当然なく、巻き起こる様々なイベントも、次郎がやらなくても他の誰かが担当するだろう。いや、次郎が全てを薙ぎ払うかのようにイベントを潰しているからこそ、大変になっているのかもしれない。

 だとしたら、少しは休んでもいいではないのだろうか?


「主様、しばらくは自分の事だけに集中したらどうだ?」

「そう、だな……そうかもしれない」

「自分のことに本気な男子は、最近の流行だぞ」

「え、マジか」


 羅刹の『モテる』という言葉に背中を押されて。

 ついでに、自分の将来に関して考えるため、しばらくはイベント潰しを自重し、男子高校生として学園生活を満喫することにした次郎だった。



●●●



 昨日の決断を、さっそく次郎は後悔していた。『モテる』という言葉に釣られて、色々と本気を出して自分を殺してやりたい気分だった。


「ラセツよ」

「なんだい、主様」

「本気を出したら、学年単位でドン引きされたんだが?」

「あー」


 次郎が最初に本気を出したのが、体育の授業。

 バスケの試合で、妙に張りきった次郎はダメな方向で本気を発動させた。

 具体的に言うのなら、カリスマと軍略系のスキルを最大発動させて、自分の味方の限界以上を引き出した。それだけならまだしても、これでは不公平だからと、相手チームに激を飛ばし、実力以上を引き出して、その上で勝ったのだ。


 結果、生まれたのは体育の授業にあるまじき白熱した試合と、その後にやってくる壮絶な反動だった。なにせ、クラスの男子の全員がほとんど、熱気に当てられたバスケをしていたのだから、全滅は必然である。


「クラスの男子連中には悪いことをした……でも、あいつら優しいから。『すげぇ楽しかった』と親指を立てて許してくれたぜ」

「よかったじゃないですかい」

「女子は男子の白熱ぶりに引いて、首謀者である俺は吊し上げをくらったがな。くそ、こっちに聞こえるように陰口を言いやがって……」

「そりゃ、強制覚醒させた本人だけぴんぴんしてたらなぁ」


 なお、体育の授業の後、男子全てが疲労で倒れたので学級閉鎖が怒ったらしい。

 主犯である次郎は、職員室を飛び越えて、校長室へ。明らかに合法ロリの校長から、自重しろとガチ説教をくらったのだった。


「俺はもう、学校生活では本気を出さない。世界が俺に追いつけない」

「その台詞が似合う奴、主様以上に知らないわ、俺」


 そんなこんなで、こってり絞られた後の昼休み、完全に次郎はやる気を失っていた。そもそも、次郎のスペックは完全に学生レベルを超えている。なので本気を出したいのなら、海外の相応の大学などに行ってからやればいいのだが、結局、そこまでしてやりたいことなど無いのだ、次郎という万能天才は。


「もうしばらく何もしたくない」


 壮大に空振りした次郎のやる気はもはや、底辺まで落ち込んでいる。

 だが、世界が追いつけないなんて大仰な例えを使った罰だろうか? やる気を失くしていても、世界は次郎を待っていてくれなかった。



『全人類に告げる! 我々は、第二十四銀河系三番地惑星からやってきた――――』



 街全体に響くのは、謎の技術によって拡散された侵略者の声。

 日本語に自動翻訳されたそれの主は恐らく、先日次郎が破壊した宇宙兵器の所有者だったりするのだろう。しかも、背後には宇宙艦隊とかが控えていたりするのだろう。


「…………主様、出番だ」

「他の奴に任せろよ」

「昨日のことは謝るから、マジで頼むよ、主様」

「…………はぁ」


 渋々立ち上がり、次郎はため息と共に空を見る。

 蒼穹の彼方から、ぽつぽつと見える、明らかに現代人類が持ちえない技術によって作られた兵器たち。


「んじゃ、今日も行ってくるわ」

「マジでお疲れさまだぜ」


 ひょっとしたら地球侵略出来たかもしれないその宇宙兵器の艦隊は、数十秒後、次郎によって鼻歌交じりに滅ぼされることになった。


 まるで、買い物でも済ませるかのような気軽さで、日常の延長のように。


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