蛇足的な後日談
どうやら、世界は五分前に創られたらしい。
その真実を、ある日唐突に赤梨朽名は理解した。
「というよりも、過去を持った私が今、創られたみたいだね。まったく、彼は凄いな、私でなければ気づくことなく日常生活に埋没していただろう」
しかし、理解した場所と時間がまずかった。
何せ朽名は、この世界ではどうやら普通の高校に通っている女子高生という設定になっている。しかも、今は数学の授業中だったらしい。
「…………赤梨。先生、そういうシュールなギャグは嫌いじゃないけど、その、な? 邪気眼系の体を張ったネタは授業中にやるもんじゃないぞ」
「あ、すみませんでした」
この世界の朽名は、ごくごく平凡な女子高生という設定だったので、さっくりと教師に謝って、大人しくした。なお、マクガフィンとしての能力も宿命も、須らく次郎が消し去ってくれたので、今の朽名は正真正銘の一般人だ。
なので、隣の席の友達から『ナイスギャグ! つまらない授業の中で笑いを取りに行く貪欲な姿勢……私は嫌いじゃない!』などと親指を立てられたら、普通に赤面モノである。
そして、時間が経つにつれて、段々と『あれ、これってただの白昼夢的な妄想じゃないかな?』などと疑ってしまえば、疑心暗鬼は止まらない。
「違う、違う……私は流行から遅れた中二病患者ではないんだ……」
己の存在を証明するために。
刻まれた記憶が間違いでは無いと断言するために、朽名は確認作業を行うことにした。もちろん、週末の休日を使って、ちゃんと両親に許可も貰って、だ。どうやら、この世界の朽名は普通に優等生で、愛の溢れた家庭に生まれた設定らしい。
「確かに朽名って名前はあれだけど! でも、この名前はわざと縁起の悪い名前を付けることによって、子供の幸福を祈る的な風習だから! DQNネームじゃないからぁ!」
移動の最中、朽名はぶつぶつと何かに言い訳するようにずっと呟いていた。
傍から見たら、立派な不審者だが、幸いなことに朽名は地味ガールでステルス性能に長けていたので、補導されるような残念な結果にはならなかった。
そして、
「ほ、ほんとにあったよ、御影流の道場! 一応、ホームページで確認したけど、実際に見ても間違いない! 記憶通りだ!」
朽名は無事にその道場を見つけることが出来た。
古めかしくも、威厳溢れるその道場を。
「あれ? ひょっとして体験入門の人?」
「ひゃん!?」
朽名が感慨に耽っていると、ひょっこりと黒髪ポニーテイルの少女が門から顔を出した。どうやら稽古中だったらしく、胴着姿である。
「い、いえ、その…………この道場に知り合いが通っていたので、ちょっと寄ってみただけなんですよ!」
「へぇ、そうなんだ。一応、門下生は全員覚えているから、名前を教えてくれれば呼ぶけど?」
「大丈夫です! その人がここの門下生だったのは、昔の話なので!」
引きつった笑顔で、そさくさとその場を立ち去ろうとして…………ふと、何かを思い立ったように足を止めた。
「あの、やっぱり、その……貴方が覚えているかどうか、訊いてみてもいいですか?」
「ん、いいよ。特徴のある人だったり、腕が立つ人だったら覚えているかしれないし」
「ありがとうございます。では……」
朽名は黒髪ポニーテイルの少女に――鏡花に、訊ねる。
「鈴木次郎って人、ご存じですか?」
「んん? 居たっけか、そんな見本みたいな名前の人? ごめん、覚えてないや」
「…………そうですか。や、わざわざ付き合って貰ってありがとうございます」
「いいよ、いいよ」
分かり切ったことだったが、確かめたくなった。
そうだ。この世界が存在するということは即ち次郎は賭けに成功したということで、だけど、成功したということは代償を払ったということなのだ。
鈴木次郎は、世界を四度救った英雄は、この世界には居ない。
全てを救って、最後に自分だけ取りこぼして消えてしまったのだろう。
その美しい心意気を、胸に抱いて。
「それじゃ、稽古頑張ってください」
「あはは、ありがと」
「ついでに、眼鏡でヤンデレ属性の彼氏と末永くお幸せに」
「えっ?」
今度こそ、朽名はその場を立ち去った。
足を止めることなく、最後にささやかな悪戯だけを残して。
●●●
世界は平穏だった。
ざっと見回っただけでも、異常である何かは確認されない。
こっそりと、魔術師だの、殺し屋だの、その手の非日常は残っているようだが、もう、世界を揺るがすような、大規模イベントが多発するような気配も無い。
「当たり前か。この世界は生まれたばっかりで、まだまだ先があるんだから」
記憶にだけ存在する街の景色。
朽名がそれを確かめていく内に、もう空が夕焼けに染まっていた。
気づけば、まともな昼食もとってない。おまけに、朽名の足がガタガタである。無理も無い。朽名は生粋のインドア体質という設定なのだ。そんな奴が、一日中歩き回ったら、そうもなるだろう。
「ふぃー…………次郎君も、もうちょっと優遇した設定くれればいいのに」
朽名は赤く染まった公園で、一人、愚痴を零した。体力が回復するまで、ベンチで休憩しているのだ。
周りには、残り少ないタイムリミットを全力で遊ぶ子供たち。
後は、男子小学生と女子高校生のカップル――小学生にしか見えないが、実は大学生の青年だったりする――がイチャイチャしていたり。
黒髪の偉丈夫が、ガラの悪い仲間とつるんで馬鹿な話で盛り上がっていたりなど。
本当に、平穏そのものの光景だった。
「…………眩しいなぁ。眩しいよ、次郎君。君が守った世界は、本当に」
例え、過去が伴っていない世界だとしても、その輝きは本物だった。
誰が何を言おうと、偽物だと断じられようとも、朽名だけは本物だと言い張って見せよう。
何せ、前世で一番憧れた英雄が守った世界だ。
ただそれだけで、朽名にとっては紛れも無い本物なのだから。
「さて、用事も済んだし。帰るとするかな…………あ、でもお腹空いたなぁ」
「んじゃ、ケバフあるけど、食う? ケバフ」
「ケバフかー。うーん、年頃の女子高生が食う物じゃないような気が」
「でも超美味いぞ、これ。なにせ、俺が屋台で作っていた残りだし」
「えー、そっかぁ。それじゃ、一つだけ味をみてみようかなぁ。ありがとうね、次郎君……んん? え?」
ふと気づくと、朽名の目の前にはホカホカでジューシィな肉の塊が。使い捨ての紙皿の上に、食欲をそそるソースが掛けられた状態でスタンバイされている。
そして、朽名の隣に座って、ケバフを差し出している少年は――――
「次郎君!? え!? 本物!?」
「よぅ、久しぶりだな、朽名。元気そうで何より」
この平穏な世界を創り上げた対価として、存在消滅したはずの英雄、鈴木次郎だった。
その鈴木次郎が、おしゃれな私服に身を包んで、何故かケバフを朽名に差し出している。
「ちょっと待って。ごめん、ちょっと待って。展開に思考が付いていかない」
「なら、まずは肉を食え、肉を。美味い肉を食えば、心が落ち着くぞ」
「そんな理屈…………もぐもぐ、うめぇ!」
「だろう?」
とりあえず、ケバフを食べて落ち着いた朽名は、次郎へ質問を投げかけた。
「なんで存在しているの?」
「まともな男子だったら、心が折れそうな質問だなぁ、おい」
「茶化さないで! …………ちゃんと、答えて欲しいんだよ」
「ふむ」
一息間を空けて、次郎は何でもないように語り出す。
「前の世界の歴史全部上書きはさすがに無理があったので、とりあえず、移行していた魂の情報は凍結して保存。後は、ちまちま異世界で俺と交流のあった奴らを集めて、世界を均して、上手いこと千年ぐらいで下地を整えたんだよ。んで、下地を整えたら、歴史全部上書きじゃなくても、人類だけ騙せば普通に大丈夫な仕様になっていたから」
「なっていたから?」
「むしろ、俺の情報量が余る感じだったわ、世界再誕」
「………………私の涙を返せよ、ちくしょう」
項垂れる朽名に、次郎はけらけらと笑いながら謝る。
「悪い、悪い。いや、でも時間をかけて方法を変えたら、意外と大丈夫なもんだな! 流石にもう、世界を救うようなスペックは無いけど、普通に生きていく程度なら問題ないし、俺」
「ははは、そうだったね、そういう奴だったね、君は!」
「おうともさ」
どこまでもご都合主義の塊で、平然とした顔で出来なことをやってのける。
それこそが、鈴木次郎だということを、朽名は改めて確認した。
「ちくしょう! 私もまともな家庭に生まれた設定にしたのはありがとうだけど、どうせなら、もっと優秀なスペックをくれてもよかったんじゃないかな!?」
「お礼と文句を同時に言われるとは……でもな、それに関してはなぁ」
「なにさ!?」
逆切れ気味の朽名に対して、次郎は無慈悲に告げた。
「お前を転生させるなら、どうせならお前が生まれると同時に世界を再誕させた方が良い感じじゃないかなぁ、とか思ってさ」
「…………うん?」
「運命システムを導入して、まぁ、大体現在に置ける人類の顔ぶれは変わらないようにしたし」
「えっと、つまり?」
「お前が記憶を取り戻すよりも前から、世界は存在しているぞ? 設定とかじゃなくて、お前が生まれると同時に、この世界は生まれたんだから」
「うわぁあああああああっ!?」
頭を抱えて、朽名は悶絶する。
耳まで真っ赤に顔を染めて、つい先ほどまでの己の言動を恥じた。なにせ、先ほどまでの朽名は、リアルに世界五分前仮説を信じていた大馬鹿野郎だったのだから。
ぶっちゃけ、ただの中二病に等しい存在だったのだから。
「痛すぎる! 痛すぎるぞ、私ぃ!」
「しゃーないだろ。前の世界の記憶と同期したら、あの時の会話から推測するだろう」
「だとしてもぉ! だとしてもぉ!」
「落ち着け、落ち着け、どうどう。だから俺がこうやって、説明しにきたんだろうが」
次郎の説得によって、朽名はやっと落ち着きを取り戻す。
まだ、うっすらと頬が上気しているが、それは仕方ないことだ。
「うう、恥ずかしすぎる……って、あ。そういえば、異世界に飛ばした人たちはどうなったの? 開拓に千年かかったらしいけど」
「まぁ、千年と言っても圧縮時間だからな。ほら、邪神ニーナのあれみたいな。だから、異世界に飛ばした組が待った時間は精々、一週間程度だぜ」
「次郎君はなんでも出来るなぁ」
「今はもうそうでもないけどなー」
次郎は苦笑して、言葉を続けた。
「万能ってほど天才じゃなくなったし。俺の血筋の情報は根こそぎ使ってしまったし。膨大な戦闘経験や、覚えたいろんなことも、もうほとんど残っていない。今の俺は、ただのちょいと不器量なフリーターだ」
「次郎君…………」
どこか哀愁を漂わせながら語る次郎に、思わず朽名は言葉を飲み込んだ。
下手な慰めも、賞賛も、無意味だと悟ってしまったから。
「まぁ、いろいろ失ってばかりだけど、手に入れた物も一つあるんだぜ」
朽名の感情の変化を察してか、次郎は努めて明るく振舞う。
ポケットから携帯端末を取り出して、何かを操作。そして、一枚のが画像データを、朽名に見せる。
その画像に写っていたのは、
「はい、この娘、俺の彼女ね」
おっとり系黒髪ショートの美少女だった。
しかも、朽名ですら知っているほど、お嬢様学校の制服を着ている。恐らく、その彼女は良いところのお嬢様だろう。
「…………は?」
今度こそ、朽名は驚愕で心臓が止まるかと思った。
あんぐりと口を開けて呆然とし、きっちり三分間思考停止をした後で、やっと言葉を絞り出す。
「なんで?」
「趣味が合ったからだな。お互い、TRPGの愛好者だったから」
「違う、そうじゃない。デウスエクスマキナとしての、愛されない呪縛は!?」
「んなもん、真っ先に俺の中から情報として世界構築に費やしたわ」
情報整理する時は、要らない物から容赦なく消していく。これが基本である。基本であるが、それをまさか自分にまで適用させるとは、さすがの朽名も思わない。
「できたの!?」
「できなきゃ、お前が愛に溢れた家庭に生まれるわけないだろうが。お前の転生させる時も、同じような手続きしたし」
「すげぇ!」
「もっと褒めろ、もっと褒めろ」
「最高! 色男! 大英雄! 天才! 救世主!」
半分ぐらい、次郎への賞賛が事実だから恐ろしい。
「ちなみに、彼女とはどうやって知り合ったのかな? どんな恋愛イベントがあったのかな?」
「いや、オフ会で」
「割と普通の出会いだぁ!?」
「現実なんてこんなもんだが、幸せだから関係ないね!」
元舞台装置の二人は、人間らしくはしゃいで、笑い合う。
結局のところ、鈴木次郎とはそういう奴なのだ。
誰にも出来ないようなことをあっさり平然とやってのけて。
「そんなわけで、現在地味ガールとして灰色青春な朽名に朗報!」
「わーい、何かな、ぶっ殺すぞ?」
ずっと抱えていた空洞すらも、瞬く間に満たしてみせて。
愛すら、その果てに手に入れて。
「俺が厳選したイケメンたちとの合コンに、お前を呼ぼう思います」
「ぶっ殺すとか言ってごめんなさい、超行きたいです」
「いいさ、いいさ、元同僚みたいなもんだからな! さぁ、次の週末は空けておけよ、朽名! 性格はちょっとアレだが、面だけは最高なイケメンたちがお前を待っているぜ!」
「ちょっと待って、面だけはって何!?」
どんな困難さえも、決して汚れない心意気を抱えて乗り越える。
これはそんな少年の日常物語。
もう英雄では無くなったけれど。
「大丈夫、大丈夫……ちょっと修羅系男子と、悪党系男子とか、後は変態系男子が居るだけだからさ!」
「平凡な女子高生と合コンする面子じゃないよ、それぇ!?」
「うるせぇ! そいつらと、世界を均す時に女の子紹介するって約束しちまったんだよ!」
「こいつ、元同僚を売る気満々だーっ!?」
彼の周りから騒動が無くなることは有り得ない。
だから、やっと手に入れた物を零さなように、きっと精一杯もがいて、生きていくのだろう。
舞台装置では無く、一人の人間として。
「俺だって彼女とまだエロい事してねぇんだよ! 贅沢言うなぁ!」
―――ちなみに、彼女が出来ても、まだ次郎は童貞だったりする。




