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第21話 分かり切った結末

 鈴木次郎は英雄である。

 加えて、彼は万能だ。

 次郎の物語を俯瞰してきた観測者という存在が居るのならば、次郎の万能さに違和感を持ってくる頃だろう。

 そう、次郎はあまりにも万能すぎる。

 異世界での戦いだってそうだ。

 彼は確かに、悲惨な経験を経て、成長した。また、彼の血筋は非常に強力であり、今まで数々の窮地を覚醒によって乗り越えられてきた。

 だが、ここで聡明な観測者たちは気づくだろう。

 鈴木次郎という存在は、仮に『何の変哲もない平凡な生まれ』だったとしても、同じ結果を出し続けて来たことだろう、と。それこそ、少年漫画の主人公の如く、修業と覚醒を繰り返して。


 ただ、生憎の所、彼は漫画の主人公の如く、愛のために世界を敵に回すなんてことは出来ないので、大抵、覚醒する場合は諦めと憎悪と嫌悪によって、なのだが。

 ダークヒーローでも、もっとましな感情で覚醒するだろうが、生憎、次郎はそういう存在では無い。なにしろ、次郎にはヒロインが存在しない。ヒーローには、彼を愛するヒロインという物が付き物だが、それすらない。

 孤高と呼べば格好いいが、それも少し違う。

 孤独。

 そう、次郎は孤独なのだ。

 どれだけの偉業を重ねようとも。

 どれだけ他者を救おうとも。

 聖者の如く、その身を犠牲にして誰かを助け続けようとも。

 それは彼が――――――いや、話を戻そう。

 鈴木次郎。彼は、万能の天才だ。しかし、その『設定』すらも、彼の根源からすれば、無駄な装飾でしかない。

 彼の根源を突き詰めて行って、最後に残るのはただ一つ『ご都合主義』という、ある意味、非常に悪質な概念だけだ。


 次郎が本気で為そうと決めた事柄は、一旦、過程を飛び越えて結果が保障される。それに対して、周囲が納得するように過程を肉付けしていく。次郎とはつまり、そういうシステムであり、舞台装置なのだった。

 デウスエクスマキナ。

 劇の収拾を着かせるために、神様を呼び出す不敬な演出方法。

 彼の存在を指すのに、これ以上適した呼び名は存在しない。

 故に、次郎は望めばなんでもできる万能の英雄だ。

 どんな困難が待ち受けて居ようとも、彼の心が折れない限り、何があっても打破することが出来る。高位の邪神を、千年かけて殺し尽したように。

 けれど、忘れることなかれ。


 いつの時代も、どんな世界も――――英雄の末路とは、大抵悲惨な物だということを。



●●●



 次郎の神様業は結構大盛況だった。

 なにせ、万能を有する土地神である。願えば、大抵のことが叶えられる――わけでは無いが、背中を押してくれる神様だ。しかも、即効性。最長でも願った三日以内に、願った事柄に関して何らかの助力がなされる。


 けれど、邪な願いに関しては、『反省せよ』という意味も込められてか、良く箪笥の角に足の小指をぶつける呪いが掛かってしまうのだが。

 ともあれ、今時、即効性で効果が分かり易いご加護は、不景気な現代人にとってはかなりありがたい物なのだ。


 そんな大繁盛な次郎神の神社には、様々な人が訪れるようになった。

 いろんな芸能人や、スポーツ選手など、そのご加護にあやかるやめにお忍びでやってき来たりなど。噂が噂を呼び、今では巷でちょっとしたブームを巻き起こすほどだった。

 そして今日も、次郎の元へご加護を肖あやからんとする者が訪れる。


「リベンジマッチ……後は、健康長寿の祈願に来たぜ、餓鬼」

「帰れよ、柊の爺」


 生憎その者は、神を前に乞うなんてことはせず――むしろ、嬉々とした笑みを浮かべて刀の切っ先を突きつけていた。

 時刻は丑三つ時。

 草木も眠り、当然、人間なら眠っているはずの時間帯に、剣鬼と畏れられた老人が、訪れて来たのだった。


「つーか、爺はもう寝る時間だろうが。こんな夜中に、人の領域に入ってきやがって。あれか? 俺が折角張った結界を切り裂いての、ダイナミックお邪魔しますは楽しかったか?」

「ああ、中々斬りごたえのある結界だった。次はぜひ、それを張った神様とやらを斬ってみたいもんだなぁ、おい」

「血の気があり過ぎるぞ、この老人」


 ひいらぎ 源蔵げんぞう

 柊鏡花の祖父にして、『御影流』の現当主だ。

 そして、剣を極め過ぎた修羅でもある。振るう一刀に斬撃の概念が発生し、場合によっては神格すらも斬り殺すほどに。


「男が血の気を失くしたら終わりだろうがよぉ」


 御年七十を超えてなお、その覇気は衰えない。

 袴姿で、ゆとりのある和装である源蔵。だが、その和装の下にはごつごつとした鋼の如き筋肉質な肉体が隠されている。ボディービルダーのように見せる筋肉では無く、剣を扱うこと共に特化した、剣鬼の体だった。

 その体を持っているのが、白髪で皺が刻みついた老人なのだから洒落にならない。


 老年に及ぶまで剣に尽した膨大な経験値と、恐ろしいまでの戦闘勘。さらには、衰えを知らない魔人の如き肉体まで相手にするとなれば、次郎と言えど苦戦は免れないのだ。

 事実、以前、次郎と源蔵が戦った際には、次郎が死にかけてようやく勝利という有様だったのだから。


「で、本当に何の用だよ、爺。本当に俺を斬りに来たのなら、全力で相手になるが」

「かっかっか! 嬉しいねぇ! ああ、今すぐにでもやっちまいたいぐらいだ!」


 月下の神社。

 その静かな夜に、源蔵と次郎は互いを見据えて対峙している。静かながらも、張り詰めた緊張が、空気をじりじりと焦がしていた。


「ここでやるのも一興――――だが、やめだ。まだお前を殺すわけにはいかないし、まだ、俺は死にたくねぇ」

「珍しいな、剣鬼のアンタが。雪でも降るか、こりゃ?」

「今は真夏だ、餓鬼」


 源蔵は刀を収めて、肩を竦めて見せた。

 どうやら、戦闘の意思は無いらしい。


「俺がここに来たのは、お前の知恵を借りたいと思ったからだ。何分、俺は剣しかできない男だからな。推理モノは昔から苦手なんだよ。犯人なんざわからんでも、適当に斬り殺せば、いずれ犯人だからな」

「殺人鬼の思考じゃねーか、それ。んで、推理モノってことは、誰か死んだのか? 密室のトリックでも推理して欲しいかよ?」

「…………最近、空気がおかしい」


 冗談めかして言う次郎だったが、対して源蔵の反応は冷ややかだった。否、冗談を笑い飛ばせるほどの余裕が無いのかもしれない。


「お前が神に成ってから三か月…………そう、たった三か月だ。だってーのに、どうにも、世の中が狂ってきているみたいなんだよ」


「どういう意味だ?」

「はっきりとした事件があるわけじゃねぇ。邪神騒動や、国津神の反乱みたいな大規模な異変じゃない。むしろ、その前触れみたいな嫌な空気が溢れてやがる。うまくは言えねぇが、どうしようもない何かが始まっちまうような…………」

「…………ふむ」


 源蔵の言い分はほとんど被害妄想のような、勘と推理ともいえないでっち上げのような物だった。些細な、妙な違和感……例えば、行方不明者の急速な増大。動物たちの変死。終末予言者の動画など、小さな出来事が重なっていき、それがやがて恐ろしい何かに繋がるのではないか、と源蔵は言っているのだ。

 これがただのボケ老人なら次郎は苦労しないのだが、生憎、源蔵の勘は良く当たる。長年、生死の境界線上を渡り歩いた剣鬼だ……己の死が関わる異変には敏感なのだろう。

 そして、次郎もまた、似たような空気を感じ取っていた。


「残念なことに、それはアンタの杞憂じゃないぞ、柊の爺さん」

「そうなると、前みたいに世界を賭けた戦いが始まるってわけか? おいおい、勘弁してくれよ……悪党殺して終わりなら話は早いだろうが、そうじゃないんだろ?」


 柊源蔵は紛れもない強者だ。だが、単純な戦闘能力しか無く、万能性に欠けている。例えば、以前起こった邪神騒動の際も、眷属を斬り殺すことは出来たが、それ以上のことは為せなかったのだ。

 この世界は、強ければ万事解決するという、単純な造りでは無い。

 だからこそ、万能である次郎が重宝されているのだ。


「まだわからない。だが、アンタに手伝って欲しいことがあったら、遠慮なく言うさ。孫娘の住む世界を、終わらせたくはないだろ?」

「そう言われると弱いな。まぁ、最低でもババアになるまではあいつに生きて欲しいもんだ」


 剣の道に生きた修羅ではあるが、源蔵もまた人の子だ。当たり前に、孫娘は愛しいし、孫娘が生きる世界は幸多くあって欲しいと願う。

 そのためなら、己の業を抑えて、今すぐ殺し合いたい相手に頭を下げるほどに。


「んなわけで、よろしく頼むぜ、餓鬼の神様」

「任せておけよ、老いぼれの人間」


 月下。

 静かな丑三つ時に、次郎と源蔵はまだ見ぬ脅威に対して手を組んだ。

 世界という、途方もない巨大な何かと、身近な大切な者を守るために。



●●●



 急な来客も過ぎ去り、空が明るくなってくる頃合い。


「ふぅ、そろそろ俺も寝るかぁ。まったく、神に成ったからって、働き過ぎたよな、俺。三か月はずっと働いた。だから、二週間ぐらいは休んでもいいはずだ」


 思いのほか、自分の神社が大盛況になってしまったので、中々休めない次郎だった。即決でインスタントな加護を与えるだけのお仕事だが、そろそろルーチンワーク化して、下級の使い魔にでも任せようかとでも考えていた。


「それで。怖い爺さんは帰ったから、そろそろ顔を見せたらどうだ、藤二?」

「やれ、ばれてましたか」


 次郎が何もないはずの空間に声を掛けると、その空間の狭間から、するりと学生服姿の少年が現れる。もちろん、こんな時間に神社を訪れる未成年は、首塚藤二ぐらいだ。

 藤二は、冷たい美貌で嘲笑を作って言う。


「大盛況のようで何よりです。やっぱりあれですかね? 元々人間失格だから、神様の方が向いていたのかもしれませんね、次郎さんは」

「お前の毒舌も相変わらずで何よりだよ」


 口をへの字に曲げて、次郎はそっぽを向く。この手の絡んでくる毒舌家は、まともに相手をしないのが一番の対処だと理解しているからだ。

「首塚の方としても、土地神が信仰されているのはいい傾向です。なにせ、最近は本当に狂神が発生する事件が本当に多い物で」


「そういえば、二か月前からずっと出張だっけか?」

「ええ、鏡花を苛められずに要求不満過ぎて死にそうです。ああ、あのポニーテイルを掴んで、引きずり回したい……」

「そんなんだから、柊の爺さんに殺されそうになっているんだよ、お前」


 二か月前から、ずっと各地方を回って狂神の対処を行っていた藤二だったが、その変態ぶりは変わっていないらしい。これが、日本有数の名家、首塚家の次期当主だと言うのだから、世も末だろう。


「つーか、まだ犯人は捕まってないのか?」

「さすがに作為的な事件だってことは分かっているんですが、痕跡の無さがどうにも」


 ため息交じりに弱々しく嗤う藤二。こんな時まで次郎を馬鹿にすることを止めないのは、溢れ出る嫌悪感が藤二を支えているから出来ることだ。誰にでも出来ることじゃないし、誰も見習いたいとは思わない。


「どうしても無理だったら、俺と頼っても良いぜ? 人は神に乞う物だからな」

「貴方に二度も懇願するぐらいなら、舌を噛み切って死にます。あ、その前に鏡花を殺して、黄泉路に連れて行きます……逆に返り討ちになる可能性が九割ですが」

「毎回思うけど、よく恋人やっているよなぁ、お前ら」

「殺し愛最高です」


 恍惚とした表情で呟く藤二。

 心の底からの言葉だという上に、藤二のヤンデレ部分を鏡花は割とウザったく思っていることも踏まえると、救いようがない馬鹿である。


「というか、次郎さん。人の恋人事情に口を出すぐらいだったら、羽喰飛鳥との同居生活の方はどうなっているんですか? あれから二か月も経つんですから、攻略済みとまではいかずとも、デレさせるぐらいは――――」

「ん? お前、首塚の家から聞いてないのか?」

「え?」


 ここから鋭く毒舌で次郎の心を穿って行こうとした藤二だったが、目を丸くして言葉を止めた。次郎の反応があまりにも淡泊で、そして、まるで何かが終わったかのような物言いだったからだ。


「羽喰飛鳥だったら、一か月前には神社を出ていっているよ」

「…………何故? まさか、追い出したので?」

「そんなわけあるか。ちゃんと自分の足で、自分の意思で出て行ったぜ。うん、これから幸せになるためにな」


 朗らかな笑みを浮かべて、しみじみと次郎は語る。


「でも、あいつなら大丈夫だ、きっと幸せになれるさ」


 傍から見れば、それは子供を見守る父親の顔に見えたかもしれない。いや、事実、その推測に間違いは無いのだが、それだけではないと藤二は気づいてしまった。

 何かがおかしいと、この先の言葉を聞いてはいけないような。

 そんな、不吉な予感が藤二の本能に警鐘を鳴らさせた。



「だって、あいつはちゃんと自分で好きな奴を見つけて、笑顔で出て行ったんだから」



 その言葉に、朗らかな笑みに、慈しむような口調に、藤二は訳が分からなくなってしまっていた。

 そんなことが、有り得るのか、と。

 有り得てしまっていいのかと。

 藤二の驚愕は無理も無い。なぜなら、藤二は二か月前、地方を回る長い出張に旅発つ前、しっかりと見ていたのだから。

 微かだが感情を取り戻し、世界中の誰よりも次郎を慕う飛鳥の姿を。


 確かに、愛があったはずの光景を。


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