第2話 血が繋がっているからといって、似ているとは限らない
鈴木次郎は料理上手だ。
幼い頃から、何かと忙しい両親に変わって、妹や兄の食事を用意していたので、自然と上達してしまったのである。今では、田舎町に小さなレストランを出して繁盛させる程度の腕前は持っているのだが、これ以上上達させると、料理バトル系のフラグが立ちそうなので、自重しているらしい。
「妹、餌が出来たぞ、餌が」
そんなわけで、次郎は今日も、妹の昼食を作っていたのだった。ちなみに今日は週末の休日であり、珍しく次郎もトラブルに巻き込まれず平和な昼である。
「兄さん。妹はペットじゃないんだけど」
「なら、自分の飯ぐらい作ってみたらどうだ、女子」
「私はほら、戦闘特化だから……」
「戦闘が出来ても、嫁入りの役に立たないのは母さんを見ていれば分かるだろうが」
「うへぇ」
上下ジャージ姿という緩い格好で、昼食にありつこうとしているのは、次郎の妹である、蓮花だ。兄とは異なり、金髪碧眼、スタイル抜群、容姿端麗の中学生。勝気な目つきが特徴的な、活発そうな美少女だった。
ただし、両親から受け継いだスペックはどれも戦闘特化であり、一部に限り兄である次郎を上回る火力を持つのだが、その分、日常的なあれこれの才能が皆無。毎回、テストの時は兄に泣きながら勉強を教えてもらい、毎食の料理を作ってもらうダメ人間入門者なのだ。
「今日のご飯なんて、ただのチャーハンだぜ? レシピを見れば、誰にでも出来るだろ」
「兄さん。兄さんのチャーハンは、その……凄いパラパラかつ、お米一粒一粒が黄金の旨みが凝縮された神の御業だから。卑下しちゃいけない」
「卑下する気は全くないが、妹にこれっくらいの料理は覚えて欲しいと思っている」
洗濯、掃除は完全にマスターしているというのに、料理だけはいくら練習しても上手くならない母を持った、次郎の切実な願いだった。家庭料理レベルとは言わない。せめて、男の一人飯レベルの料理スキルぐらいは妹に身に着けて欲しいのだった。
「もぐもぐもぐ……しかし、うちの兄は万能の上に、駄目妹の世話まで焼く優しい兄だというのに、なぜ、モテないんだろうねー?」
「おい、なんだよ、いきなり」
昼食の最中。
見ていたテレビの番組がちょうど終わり、ニュースが始まった頃。蓮花はチャーハンを頬張りながら、何気なく呟いた。
「だってさー。普通、世界を三回も救っていたら、そりゃ、ヒロインとか、そういうのがたくさんいるもんじゃない? 五六人ぐらい、うちの兄を好きな美少女が出来て、ハーレムやら、修羅場になるんじゃない? それこそ、うちの父みたいに」
次郎と蓮花の父親は勇者だ。
元々はこの世界に居たごく普通の少年だったらしいのだが、異世界に召喚されて謎の力に覚醒したり。実は祖父母が神様だったりと、いろんなイベントを経た結果、ヒロインが大量生産。結局、ハーレムを許容しなければ世界が滅ぶ修羅場になる所だったので、一夫多妻という形を取っている。なので、何気に次郎と蓮花にはうじゃうじゃ腹違いの兄弟が居るのだ。
「ふむ、そうだな、妹。それについては一つ、兄が幼い頃から考えていた仮説があるのだが、聞きたいか?」
「聞きたい、聞きたい」
「よろしい。では、話してやろう」
次郎は手早く己のチャーハンを片付けると、ふぅ、と一息吐く。
そして、意を決したように言葉を紡いだ。
「思うに、俺。この家の子供じゃないんじゃね?」
からーん、とスプーンが床に落ちる硬質的な音が一つ。
見ると、蓮花が口をわなわなさせて、衝撃の事実に困惑していた。
「な、何を言っているんだよ、兄さん! 兄さんはちゃんと私の兄さんだよ! どうしてそんなことを言うの!?」
悲痛な声で、反論する蓮花。
唐突に、それなりに仲の良い兄から、『血が繋がっていない宣言』をされれば、確かにそういう風になるのかもしれない。だが、それでも次郎は言葉を撤回せず、静かに首を横に振るのみ。
「まずな、妹よ。うちの父親の髪は赤いだろ? 何気に祖父母が人間じゃないから、特殊な色になっているのだ。そして、母は綺麗な金髪だろ? 妹はしっかりその血を継いでいるから、母に似た綺麗な金髪だ」
「う、うん…………それで?」
見て分からないのか? とでも言わんばかりに、次郎は己の頭を指差し、告げた。
「俺の髪、黒じゃん。とても純日本人の髪の毛じゃん?」
「………………ああ!」
「十数年一緒に暮らしていて、まさか今気づくとは……」
ちなみに次郎の兄は、燃えるような紅蓮の髪を持つ。
ここまで来れば、探偵でなくとも、一発で理解するだろう。『ああ、この子は拾われた子供なんだ』と。
「でもでも! ちゃんと兄さんが赤ちゃんの時の写真も! 成長過程のアルバムもあるよ!」
「それは恐らく偽装だ、妹よ」
「偽装!?」
目を剥く蓮花に対して、次郎は名探偵の如く推論を並べていく。
「うちの両親は優しい。何かの事情があって、誰かの子供を引き取って育てているのだろう。だが、本当に自分の子供のように扱うため、色々工夫をしているのだ。いずれ、分かってしまう真実であろうが、出来るだけ長引かせるために」
「そ、そんなの!」
「――それに」
悲しげな微笑みを浮かべて、次郎は最後に告げた。
己が幼少の頃から、自他ともに認めていた事実を。
「俺、家族の中で唯一不細工だろ? 控えめに言っても、似てないって」
そうなのだ。次郎の家族は、次郎を除き、全てが美形。祖父母に至っては、神なので、人間が直視したら目が潰れると錯覚するほどの美しさである。
対して、次郎はというと、どう見ても中の下レベルの顔。普通によく見たら不細工な感じの顔だ。なので、友達に家族を紹介するときは色々と苦労するのだ。そして、苦労した後に、『ごめん、なんかデリケートなことに口を出しちゃって』と気まずそうに目を背けるのだ。
「アレは辛い、辛すぎる……」
「兄さん、そんな、そんなの嘘だよ、兄さん!」
トラウマを思い出し、遠い目になる次郎の肩を、蓮花は必至で揺さぶる。
「嘘では無い、認めるのだ、妹よ……俺とお前は血が繋がってないのだ……」
「兄さん! そんなことを言わないでよ! 今までずっと、家族だったじゃない!」
「そうだな、そしてこれからもだ。例え流れる血が違おうとも、俺たちの絆は変わらない。これからも家族だ……」
「う、うわぁあああああん! にいぃいいいいさぁああああああん!」
休日の昼下がりに絶叫する蓮花。
果てしなく近所迷惑だが、いきなり兄がこんな告白をしたら、そりゃ、絶叫をするというものだった。心が無防備のところに、フルオートで銃弾をぶち込まれたようなものなのだから。
「ただいまー…………って、お前ら何してんの?」
「おかえり、太郎兄さん」
「太郎兄さん! 兄さんが! 次郎兄さんが!」
そんな昼ドラめいた兄妹劇が繰り広げられている時に、長男である太郎が帰宅した。朝からのバイトがやって終わり、昼飯でも残っていないかと帰って来たのだが、そんな時に、こんな騒ぎだ。そりゃ、怪訝そうに眉を顰めたくもなる。
「…………なるほど、つまりお前らは休日の昼下がりにそんな、バカげたことで騒いでいたわけか。心配して損をしたぞ、阿呆」
「失礼な。これでも真面目な悩みなんだぜ、太郎兄さん」
「そうだよ! もしかしたら、次郎兄さんが、うちの家族じゃないかもしれないんだよ!」
チャーハンの残りを温め直した物を食べながら、太郎は嘆息を吐いた。
「まず、髪の色が違うのは、母さんの魔術だ」
「はい?」
目を丸くする次郎に、太郎は言葉を続ける。
「俺は昔、髪の色が他の違うことで苛められてな」
「馬鹿な! 受けた屈辱は三倍返しが基本の太郎兄さんが!?」
「逆らう者は皆、策謀をもって地獄に落とす太郎兄さんが!?」
鈴木家の兄弟間で一番力を持つのが、長男の太郎だった。直接的な戦闘能力は低いのだが、その分、悪魔的な頭脳を持っている。なので、逆らう者は全て、悪魔の如き策謀を持って制裁を下してきたのだった。
「そういう時代もあったんだよ……んで、話し戻すぞ。お前が生まれてくるとき、俺は母さんに頼んだんだ。せめて、弟は俺と同じように苛められないようにしてくれ、って」
「太郎兄さん……」
「だから、お前の髪が黒いのは、俺と両親の愛情の印だ。恥じることなく誇れ」
そして、逆らう者には容赦しないが、その分、太郎は身内に優しい。次郎のように誰にも優しいというワケでは無く、大切な身内にのみ、その優しさを向けるタイプなのだ。
「あ、あとお前と俺らが似てないわけじゃないぞ? 体のパーツの一つ一つは似ているが、全体的に似てないだけで。お前がたまたま、逆奇跡で不細工に生まれただけだし」
「太郎兄さん!?」
「つーか、仕込まれたところから、生まれるところまでを見ていた俺が言うんだから、間違いなくお前は俺の家族だって」
「なんか、色々台無しだぜ!」
「さすが過ぎるよ、太郎兄さん!」
もっとも、優しさと同じぐらい容赦もないタイプなのだが。
「ふー、というかだな、次郎よ」
なので、太郎は容赦なくこの茶番劇の幕を下ろすことにした。
「お前があの両親の子供でなければ、神さえ切り伏せる理不尽さの説明が出来んのだよ」
「あー」
「あぁ……」
結局のところ。
両親の理不尽なまでの強さを一番引き継いでいるのは、次郎であり。そういう所は、一番濃く両親から受け継いだ、似た者親子なのであった。