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第17話 生まれた時から知っている

 実のところ、生まれた時から多分、分かっていたのかもしれない。

 生まれ落ちた瞬間に、耳元できっと囁かれていた。


「お前は愛されない存在だ」


 それは呪いの言葉では無い。

 ただの、事実を告げただけの親切な忠告だった。それさえ望まなければ、それなりに穏やかで幸せな人生を送れるという、言葉足らずの忠告。


 けれど、大抵の人間は赤ん坊の時に、そう告げられても分からない。

 だから必死で周りに合わせて、初恋を誤解して。

 恋愛を羨んで、妬んで、苦しんで。

 段々と大人に成っていく過程で、ふとその忠告を思い出すのだ。思い出し、今までの人生を顧みて納得するのである。


「そうか、俺は愛されないのか」


 例えば、野球の才能を生まれながらにして持っている人間が居る。

 それと同じように、大体の人間には生まれながらにして、『愛される才能』というのを持ち合わせているのだ。美醜や、精神性、あるいはもっと根底の何かによって程度の違いはあれど、ほとんどの人間には『愛される才能』が備わっている。


 だが、稀にそれを与えられなかった人間も存在するのだ。


 彼らは愛されない。

 例え、一時期誰かと恋愛し、付き合うようなことが起きても、それはただの誤解である。吊り橋効果のような物だ。すぐに覚めてしまい、己の空虚さに気付く。


 彼らは愛さない。

 己が感じたことのない物を、彼らは他者に与えることは出来ない。生まれながらにして盲目の者が、色という概念を表現するのが難しいように。彼らは、愛に関しては非常に疎い。他者から見れば鈍感のように思われるかもしれないが、本当にわからないのだ。

 愛しい者と寄り添いたい気持ちも。

 大切な人の笑顔で、報われるような気持ちも。

 世界を敵に回しても、愛する人を守りたいという気持ちも。

 何も、分からない。

 それ故に、彼らは虚ろな中身を埋めようと人の皮を被る。

 まともな人の振りをしていれば、やがて、中身が満たされるだろうと、希望を抱いて。


 中身が空虚であればあるほど、善人の振りをするのが上手いのだ。

 例えば、とある少年のように。



●●●



 そこは悪く言えば古い、良く言えば歴史のある道場だった。

 その武術――『御影流』の開祖は、幕末の時代にその道場を建てた。そして、来たるべき戦乱に備えて、多くの門下生に生き残る術として武術を教えたのである。


 もっとも、『御影流』は剣術から弓術、果ては兵器の扱いも教えるという、なんでもござれの闇鍋武術だったので、まともな武術家からは忌避の対象だったらしい。ただ、雑多な武術ではあったが、その武術を修めた者は皆、戦場で朽ちることなく畳の上で死ねた、という逸話もある。

 殺すための武術ではなく、生き残るための武術。

 それが『御影流』という物だった。


「…………ふぅー」


 現代までしぶとく受け継がれた『御影流』は今や、子供から主婦まで気軽に習える護身術として、割と地元で人気を博していた。なにせ、物騒を通り越して、世界の危機が何度も訪れているリアル黙示録間近の世の中である。我が身を守れるのは自分だけ、というスローガンを掲げた道場へ入門する者が増えるのも、道理だろう。


「…………よし! 弓術と柔術は大体、マスターしたな、うん」


 そんなわけで、鈴木次郎も己を鍛え直すため、『御影流』の門下生となり、修業中である。

 ただ、修業を開始して一週間で弓術と柔術を、達人レベルにまで習得してしまったのだが。相変わらず、努力の意味を嗤うような次郎の才能であった。これではもはや、修業というより進化だ。


「俺の二十年の研鑽が…………」

「長年かけて編み出した秘奥が、一度見ただけで……」


 なお、次郎が技術を会得していく過程で、『御影流』の達人たちが心と一緒に膝を折っているが、気にしてはいけない。次郎の才能とはそういう物であり、次郎の人生はそういう風にできているのだから。


「さて、次は剣術を習おうか。剣は使えないことも無いんだけど、俺のはただの棒振りみたいなもんだからなぁ。できるなら、術理の伴った剣術も覚えておきたい」


 なので、次郎は気にも止めずに次の修業への準備を行う。

 この『御影流』は安全面を第一にしているので、剣術を習う場合はきっちりと、防具を着こまなければならないのだ。竹刀とはいえ、力加減によっては最悪、骨が折れてしまうのだから。


 もちろん、次郎ならば竹刀どころか、真剣で切られても薄皮一枚も通さないような防御力を持っているから大丈夫なのだが、郷に入っては郷に従うようだ。


「そんなわけで、今日から『御影流剣術』を習う、鈴木次郎です。よろしくお願いします、柊師範!」

「帰れ」


 しかし、きっちりと防具を着込んできた次郎に、師範代の少女は冷たく言葉を返した。


「そんな! 何故ですか、柊師範! 俺は真面目に強くなりたいのに!」

「…………あのね」

「妹に勝ちたいんです! 兄より優れた妹なんて存在しちゃいけないんです! 兄の威厳を取り戻すための修業なんです!」

「………………鈴木次郎。アンタさ、絶対、わざとやっているでしょ?」

「おう、まぁな」


 それもそのはず、師範代の少女とは『御影流』当主の孫娘――柊鏡花だったのだから。

 鏡花は面金の下から鋭い視線を次郎へ向けて、言う。


「だったらさっさと帰りなさいよ! こっちは真面目に貴方を倒すために修業しているの! その合間に、門下生の指導もしているの! 忙しいの!」

「俺だって門下生だ。金払っているもん」

「道場を荒らす勢いで技術を吸収している化物が、門下生? 道場破りだって、もうちょっと遠慮するわよ!」


 鏡花の言葉ももっともだった。

 入門してから、一週間も経たずに様々な技術を会得し、達人の域にまで昇華する様は、まさに武術家からすれば悪夢だ。己の修練と努力が否定され、嫌というほどに才能の違いを思い知らされてしまう。

 鏡花が「あれは違う生物だから! ノーカンなの!」とフォローを入れて回らなければ、最悪、師範代からも辞める人間が出ていたかもしれない。


「いつもは頼まなくても突っかかる癖に、なんだよ、こういう時だけ」

「不満げにされた!? はぁん!? 何これ、私が悪い流れなの!?」

「え? 当たり前だろ、ばぁか」


 ほんの軽口程度の、簡単な挑発。

 次郎が用いる話術の中でも最低ランクの物だったが、頭に血が上った鏡花にはそれで充分のようだ。


「こ、この…………いいわ!」


 鏡花はしばらく怒りで肩を震わせた後、竹刀の切っ先を次郎へ向ける。


「鈴木次郎! 私と勝負しなさい――――普通の剣道で! それで負けたら、貴方は破門よ!」

「んじゃ、俺が勝ったら秘奥一つ見せろよな?」


 いくら鳥頭チックな鏡花とはいえ、普通に戦えば、尋常じゃない身体能力で圧倒されることは知っている。というか、痛めつけられた体が覚えている。もはや、本能の域で、鏡花は次郎を恐怖している。


 なので、今回はルール無用の辻バトルでは無く、ルールありのスポーツ。それも、明らかに初心者であろう次郎に対して、剣道で勝負を挑んだのである。これならば、卑怯だけれど、最初の一度ぐらいなら、勝利を味わうことが出来るだろう、と。


 さて、ここで一つ、鏡花に思い違いがあった。

 それは、次郎は剣道初心者では無い、ということだ。

 なぜならば、次郎は通っている高校でよく部活の助っ人や練習相手を頼まれるのだ。競う相手としては、心が折れることこの上ないが、それさえ受け入れれば、次郎は非常に有用な人材だからだ。なにせ、一度説明すれば、大抵のことをやってのけられる上に、教える側としての才能も豊富。なので、自分が出来なかったことを、次郎からコツを教わって会得する――なんて頭のおかしい練習方法も可能だったのである。

 つまり、


「はい、俺の勝ち」

「んぎゃおー!?」


 やっぱり鏡花は次郎に勝てなかったのだ。



●●●



「まさかガチ泣きするとは……悪ふざけが過ぎたか」


 次郎が、剣道で普通に勝利を修めた時点ではまだすすり泣き程度だった。だが、その後に、すすり泣きながらも見せた秘剣を、次郎が一回見ただけで完全模倣した時点で、ガチ泣きへと変わってしまった。

 完全敗北した上に、自分の技もあっさりと盗まれたのだ。そりゃ、泣きたくもなる。


 ちなみに、次郎は道場全員から冷たい視線を受けて、逃げるように道場を後にしたのだった。当然の報いである。


「さすがに居心地が悪すぎた…………うん、でもそれなりに収穫はあったから、良しとするか」


 道場から家までの帰り道。

 次郎は雑多な街並みを歩きながら、脳内で一週間の間に培った技術を反芻する。

 指の動きから、足の運びまで。些細な仕草も見逃さず、完全に記憶し、それを自分の動作に当て嵌めて、完全に習得する。

 才能に加えて、思考さえ加速するほど集中力があって為せる業だった。


「これで、妹の力任せにもある程度の技術で対抗できるだろう。流石に、負けっぱなしだと、兄の威厳が薄れるからな…………や、それ以前、最近妹が冷たいし」


 全ては妹である蓮花に敗北してから、己の未熟さを叩き直すための行動だったのだが、その過程で周りの人間の心を折るのが次郎だ。あまり興味の無い他人に対しては、色々と考慮がぞんざいになってしまうらしい。

 そんなことだから、未だに蓮花と仲直りが出来ないのだ。


「…………あるいは」


 歩みを止めて、次郎は空を仰ぐ。

 空は黄昏。

 焼け落ちるような、美しい夕焼けだった。


「これでいいのかもしれない、な」


 ぽつりと、何かに納得するように次郎は言葉を零した。

 次郎が何を持ってその結論に達したのか、恐らく、親兄弟でも理解は不可能だ。

 妹と不仲のままを、何故『良し』とするのか? 

 それはまるで、己から人が離れていくことが望ましいという孤独主義。

 だが、それこそが、本来あるべき己の姿なのだと、次郎は微笑む。


「今日は、外食でいいか」


 微笑んで、次郎は歩みを進めた。

 自ら、地獄への階段を下っていくように。



「そう、それでいい。君はそうであるべきだ」



 歩み始めた瞬間、すれ違いざまに囁かれた言葉。

 見知らぬ少女の声の呟き。

 なのに、次郎は何も不思議に思うことなく、言葉を返した。


「分かっているさ。生まれた時から、ずっと」


 互いに振り返りもせず、次郎と少女の交差は終わる。

 次に、両者が交差するのはきっと――――


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