第12話 久しぶり、宿敵
「やぁ、兄さん! 今度の週末、予定空けておいてね! 約束通り、とっておきの美少女を紹介してあげるからさ!」
「ああ、そういう話もあったか」
「兄さん!?」
時刻は十九時過ぎ。
次郎と蓮花がいつも通り、テーブルを囲んで夕食を食べている時の出来事だった。蓮花は、いつかの約束を果たそうと話を切り出したのだが、どうにも、次郎の態度がおかしいのだ。
「ど、どうしたの、兄さん! いつもだったら、『よっしゃ! もちろん、その美少女には彼氏いないんだよな!? 片思い中の先輩とかも居ないよな!』とかしつこいくらいに確認するところなのに!」
「妹。ご飯を食べている時に、大声出さない」
「ごめんなさい」
謝罪しつつも、蓮花は驚愕を隠せなかった。
なにせ、二言目にはモテたいだの、時代が俺に追いついていないなど、妄言のような、真実のようなことを口走る次郎だったのだ。
それが、美少女を紹介すると言ったのにこの態度。
まるで、玉手箱でも開けてしまって、その手の欲望が枯れてしまったのかと勘繰りたくなるような、淡泊な反応だったのだから。
「まったく、何を驚いているんだか」
「いやいやいや、兄さん! つい最近まで、兄さん、目をキラキラさせながら私の紹介を待っていたよね! まるで誕生日のプレゼントを待つ子供のように!」
「そうかもな」
「それが今では、こんな枯れ切った老人のようなリアクション! はっ、ひょっとして貴様は兄さんの偽物!?」
「お前を圧縮して、永久無限の闇に幽閉して証明しようか?」
微笑んで物騒なことを口走る次郎。
それが実現不可能では無いことは、妹である蓮花が良く知っていた。さすがの蓮花と言えど、次郎に本気で幽閉されたら、脱出するのは難しい。
「じゃ、じゃあどうして、そんなに興味なさそうな反応なの?」
「…………」
心配そうに蓮花は次郎へ視線を送る。
次郎はしばらく沈黙していたが、やがて、妹を安心させるように朗らかな笑みを作った。
「ほら、変にがっつかない方がモテるって聞いたから」
「よかった、何時もの兄さんだよ!」
次郎の説明に蓮花は胸を撫で下ろし、安堵する。
何か病気でも、心配事があるのでもなく、ただ、そういうキャラ作りなのだと。それだけ、今回、自分が紹介する美少女中学生に賭けているのだと、蓮花は納得した。そして、何が何でも兄の恋愛を成功させなければ、という熱意が湧いた。
「そうと決まれば、今から美少女のプロフィールを教えるから、対策会議をしよう!」
「対策会議? いや、普通に街を回って遊ぶ予定じゃなかったか?」
「予定変更!」
ばん、とテーブルを叩いて蓮花は意気込む。
「兄さんはこれがラストチャンスだと思って、スペックをフルに活用すること! どうせ、恋愛は素の自分をとかほざいて、何時も失敗するだから、今回は完璧にキャラを作っていてね!」
「や、キャラを作れとか……それって、いいのか?」
「人間誰しも仮面を被っているって、最近見た漫画で読んだ! というか、付き合ってしまえば、年齢イコール彼女いない歴から脱出できるんだから、そこら辺どうでもいいでしょ!?」
「お、おう」
ぐいぐい押してくる蓮花に、若干、引き気味の次郎だった。
「しかしだな……そのある人から『恋は相手のことを大切に想う気持ちが大切』と聞いたばかりなのだが、それは?」
「なにその、戯言。笑えるね」
「一刀両断かよ、ぱねぇ。今日のお前、切れ味やばいよ」
現役女子中学生にかかっては、男子の夢見がちな恋愛観など、紙切れ一枚分の防御も無いようだった。
「そりゃね? 付き合ってからはそういう心遣いも大切になるけど、兄さんに必要なのは、まずは相手を騙すことでしょ?」
「騙すってお前」
「兄さんは野暮ったい顔つきだけど、生理的にアウトなラインじゃないんだから! メイクして、誤魔化して! 普通にかっこいいかも? レベルにまで持って行く! 後は万能の天才らしく、話術と演技で惚れさせるのだ!」
戸惑う次郎にも構わず、蓮花は身振り手振りも使って畳みかけていく。
何故だか、ここで妥協をしたら兄に一生彼女が出来ないと思い込んでいる蓮花は、次から次へと、己の知っている中学生の恋愛事情を説明した。
これから紹介する美少女のプロフィールから、交友関係。理想に描いている男子のイメージや、どのように行動すれば効果的に相手の気を惹けるか、など。とにかく、徹底的に蓮花は無い頭を振り絞って次郎に叩き込んだのである。
「頑張って、兄さん! 私は超応援していから!」
「わかった……わかったから、そろそろ飯を食え。せっかくの飯が冷めるぞ?」
「ああっ、私のコロッケが悲しいことに!?」
「まったく」
次郎は、大げさに嘆く蓮花のコロッケを、電子レンジで加熱する。
加熱の最中、大好物を前にしても、自分の心配をしてくれた妹を思い、ひそかに微笑を浮かべた。
●●●
週末までの時間はあっという間に過ぎた。
次郎は蓮花の気持ちを汲むべく、己の主義を曲げて準備に取り組んだ。
メイクの仕方、話術、演技から、得たプロフィールから相手の心理を解析したりなど、それはもう念入りに準備を重ねていたのだった。
かつての相棒である閻魔がその姿を見たら、『おいおい、今度はどんな相手を殺しに行くんだよ!? 手を貸すぜ!』と全力で勘違いするほど真剣だった。
こうして、次郎は週末までの時間で、完全に対象を攻略するためのペルソナを作り上げたのである。元々、このように対応していれば、今まで出会った美少女の中で、数少ない彼氏持ちではない者を逃すことは無かったのだが…………そこは、やはり感傷だから仕方ない。
なんにせよ、今回だけは次郎のスペックをフルに活用した本気の攻略である。
こうなってしまえば、例え相手がどれだけ気難しい美少女であっても、攻略できるだけの才能が次郎にはあった。
後は、実行するのみだ。
「うんうん。随分とマシな顔になったね!」
「必死でメイクを覚えた兄に対する言葉がそれか、妹」
週末の休日。
蓮花が約束していた美少女がやってくる数分前。次郎と蓮花は最終チェックを行っていた。
「普段からもそうすれば、格好いいのに」
「お前これ、軽くプロの領域に入るレベルのメイクだからな? 頭に『特殊』の文字が入る一歩手前のラインだからな、これ」
メイクを施した次郎の容姿は、上の中レベルのイケメンにまで変貌していた。元々、パーツの一つ一つは親譲りで形が良いので、それを上手く組み合わせて誤魔化したのである。その出来栄えときたら、はっきり言って詐欺のレベルだ。メイクを落とした瞬間、女子のテンションもガタ落ちするほどの。
「記念写真撮っていい?」
「そこまでするほどのことじゃねーだろ?」
「いやいや、兄さんが格好良くなったんだから、記憶にも記録にも残さないと」
「そういうもんかね?」
蓮花にとって不器量な次郎も立派な兄だが、こうして格好良くなった兄も素晴らしいものだと感じているらしい。頬を緩ませて、携帯カメラ機能を駆使する姿は、どこか誇らしげでもある。また、写真を撮られる次郎も悪い気はしていなかった。
――ピンポーン。
と、二人が和気あいあいとしている時、ちょうどよくインターホンの音が鳴った。
「あ、そろそろ来たみたい。兄さん、キャラ作りオッケー?」
「任せておけ。お前の友達が好きな『強気責めクール男子』になり切って見せる」
「壁ドンは自然に! 頭のタッチはNGだからね!」
「既に対策は暗記済みだ! 任せとけ、妹ぉ!」
最後に、互いに親指を立てて作戦の成功を誓う兄妹。
これまでの過程で、友達の美少女の扱いが完全に『ギャルゲーの攻略対象』になっているのだが、最終的には間違えていないのだから、セーフだ。
「さぁさぁ、入って、入って!」
「あ、あの……蓮花ちゃん。そんなに押さなくても」
そして、運命の時がやってくる。
蓮花に押されるようにして、茶の間に入ってきたのは、茶髪の美少女だった。髪はショートヘアで、顔つきは儚く、触れば崩れそうなほどに脆いと感じてしまうガラス細工の美貌。どこか影があり、陰鬱ささえ感じられる雰囲気だが、それさえも美貌のスパイスになっているようだ。加えて、体つきは発展途中にしても、将来を感じさせるスタイルの良さだ。
紛れも無く美少女。
蓮花がとっておきと胸を張るのも納得の美貌だった。
「兄さん。この人が、話していた美少女だよ!」
「び、美少女なんて…………えっと、その、柏木 美月です」
儚げな美少女――美月は行儀よくお辞儀をして挨拶をする。
浮かべる微笑は、愛想笑いだとしても、世の中の男子が酩酊してしまうほどの魅力を孕んでいた。
「蓮花ちゃんのお兄さんですね? どうも、初めまして――――え?」
だが、その微笑は次郎の顔を見た瞬間、固まった。
同じく、次郎も蓮花の姿を見た瞬間から、表情を固めている。
「え? なになに、美月ってば、兄さんに一目惚れかな? 兄さんも、蓮花がいくら可愛いからって、そんなに堅くならなくても!」
二人の反応を見た蓮花が嬉しそうにはしゃぐが、残念ながら、真相はそうでは無い。
次郎も、美月も、互いに見惚れていたわけでなく……ひどく驚いていただけなのだ。そう、まるで、『二度と会うだろうと思っていなかった相手と再会した』ように。
「我が焔は逃さず、全てを焼き尽くす猟犬」
最初に行動を起こしたのは、次郎だった。
だが、行ったのは美月への挨拶では無く、己の力を全開放させるための詠唱。
己が全力を出さなければならない場面でしか使わない、次郎の秘奥である。
「爪牙と成りて、邪法を砕かん!」
「ちょ、兄さん――!?」
突然の行動に驚愕する蓮花にも構わず、次郎は詠唱を終えた。
すると、次郎の体内から紅蓮の炎が湧き出るように現れ、同色の鎧に変じていく。変身の時間は、一秒にも満たなかった。紅蓮の全身鎧に包まれた次郎の姿は、特撮モノの出てくるヒーローのようだったが、纏う力は邪神由来の物だったりする。
ただ、天津神や魔王、勇者の因子も組み込んでいるので、純粋なそれより、はるかに強力な仕様になっているのだが。
「貴様がどのような手段を用いて、俺の前に現れたのかは知らん」
先ほどまでの和気あいあいとした空気は完全に死んでいた。
なにせ、次郎の声が完全に悪鬼のそれである。対象に――美月へと向ける殺意しか、込められていない。
「あ、あぁ……」
対して、殺気を向けられた美月は恐怖で震えるのみ。
当然と言えば当然だ。次郎の本気の殺気を向けられれば、大抵の常人は気絶する。もしくは、失禁して発狂する。こうして、正気で恐怖していること自体、かなりの精神強度を美月が有している証拠だろう。
「だが、再び現れたのなら、滅殺するだけだ…………今度は魂も残さない」
もっとも、いくら精神が強かろうが、肉体を物理的に破壊されたら無意味だ。
この全力状態になった次郎の攻撃は、例えどのような概念をもった防御だろうが、それごと焼き尽くして滅ぼす、究極の抹殺能力を持つ。対抗するには、次郎と同規模の質量を持った神格にでもなければならない。
「ま、待った、待ったぁ! 兄さん、ガチで待って!?」
「む……」
そこでやっと、驚愕から回復した蓮花がストップをかけた。
流石に、自分の連れて来た友人が、実の兄に殺されそうになっていれば、おちおち放心もしていられなかったのだ。
「まずは説明をして!? なんで美月を焼き殺そうとしているの!? しかも、めったに見せない本気フォームで! 前に使っているのを見たの、お父さんと親子喧嘩している時だけだったのに!?」
ちなみに、その親子喧嘩は涙目の魔王(母親)の乱入により両成敗になったそうだ。
「…………説明、か」
「ひぃ」
ぎろり、と兜の下から美月へ殺意を向ける次郎。
その様子は剣呑であり、遊びの余地は無い。まぎれも無く、本気の殺意だった。
「いいだろう。理由も教えずにお前に邪魔をされたら骨が折れるからな」
殺意を抑えぬまま、次郎は語る。
初対面であるはずの、美月との因縁を。
「そこの女は――――かつて、世界を滅ぼそうとした邪神の魂を持っている」
二度目の世界を賭けた戦い。
その宿敵との因縁を。




