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第10話 魔法少女に秘密は付き物

 その場所は教会を装っていた。

 表……地上部分はほぼ完全に、普通の教会だ。礼拝堂や懺悔室などがあり、天使の絵などが描かれたステンドグラスが、窓に嵌めこまれている。


 だが、その裏側。

 特殊な方法でしか入ることの出来ない扉を開け、そこで二十六桁の暗証番号を打ち込まなければ起動しないエレベーターに乗り、やっと到達できる地下。

 その場所こそが、外側の世界から襲い掛かる邪神たちに対抗すべく作られた、魔法少女たちの基地となっているのだった。


「うわぁ! すっごいよ、兄さん! SFだよ! 近未来っぽいのがたくさんだよ!」

「こらこら、妹。はしゃぐのはそこら辺にしとけ。ここは観光するような場所じゃないんだからさ」

「はーい」


 戦隊モノでヒーローたちが使っていそうな基地。

 それが、蓮花がその場所に抱いた感想だった。事実、世間から隠れて悪を討つ組織の基地なので、大まかに間違ってはいない。


「デウスの部屋まで案内する。俺からはぐれるなよ……後、ちゃんと首から許可証を下げておくこと。それが無いと、光線銃で撃たれるからな」

「えっ? なにそれこわい」

「いや、最初に侵入した時は、まじびびったわ。凄く熱かったし」

「まさかの実体験!?」


 ごくまれに邪神の眷属たちが人間に偽装して侵入しようとするため、基地のセキュリティは厳重極まりないのだった。なお、そんな厳重なセキュリティをとある事情で、次郎は強引に突破した過去があるので、光線銃について知っていたようだ。


「しかし、兄さん。魔法少女さんより、白衣の技術者っぽい人たちを見かけることが多いね、ここ」

「当たり前だろ? 魔法少女は実働部隊で、技術者たちは諸々のバックアップ担当だ。実働部隊が、バックアップより多く基地に居ても仕方ないだろうが」

「…………でも、兄さん。その、魔法少女たちの秘密基地って割には、無精ひげを生やしたオッサンだらけで、その……」

「言ってやるなよ、妹。あの人たちが髭を剃る暇も惜しんで頑張っているから、邪神の侵略を防げているんだから」


 なにしろ、世界平和を担う組織の……加えて、表に出すわけには行かない超科学の結晶を取り扱う技術者たちだ。選考基準は厳しく、なおかつ、選考に上げられる人材自体が少ない。なので、組織の業務は、必然として限られた人数によるブラック進行となっているのだった。


 白衣を纏う科学者たちのどれもが、目の下に隈が出来ていたり、目が淀んでいたり、身だしなみを犠牲にして業務に取り込んでいる。時々、奇声を上げながら高速でキーボードを打つ者も居るが、これは仕方ないことなのだった。

 魔法少女だけではなく、彼らのような犠牲の元に世界の平和は作られているのだった。


「世知辛い。思いのほか、世知辛いよ」

「現実なんてそんなもんだ……さて、着いたぞ」


 二人が辿り着いたのは、迷宮のような基地内の最果て部分。

 行き止まりのような場所に、クラシックな木製のドアが取り付けられていた。ドアには、組織のシンボルである『機械仕掛けの太陽』が刻まれている。


「おおい、デウス。来たぞー、次郎とその妹だ」


 こんこん、とノックを二回。

 慣れた手つきでのノックと、気さくな声掛け。それだけで蓮花は、次郎とデウスが気の置けない仲だということを察した。


「次郎ですか、早いですね。今、着替えていますので、少々お待ちを」


 ドアの向こう側から帰ってきたのは、清廉さを感じさせる声だった。例えるのなら、何物もたどり着くことが出来ない山奥に、ひっそりと流れる湧き水だ。世俗から離れ、汚れをまったく感じさせない。


「うーい」


 思わず息を飲んだ蓮花に対して、次郎はまるで気負った様子は無い。

 どうやら、相棒だったという話は真実のようだった。


「に、兄さん、兄さん。私、こんな私服で良かったのかな!? ちゃんとしたドレスとか着てくればよかったかな!?」

「落ち着け、妹。知り合いから紹介された妹がそんな恰好をしていたら、普通に嫌だぞ、俺」

「ああうあうあー」


 デウスの着替えを待つ間、緊張に耐えきれず蓮花が呻き声を漏らす。

 まるでこらえ性のない妹の姿に、やれやれと次郎が肩を竦めた。


「お待たせしました」


 そこで、ドアが開かれた。

 開かれたドアの中から、現れたのは純白の少女だった。


 年は十代半ばか、それよりも手前程度だろうか? 幼さの残った、けれどどこか人形染みた無機質さを持つ容姿に、小柄な体格。陶磁のような滑らかな肌。それを覆い隠すように、白を基調とした修道服を纏っている。ただ、本来、髪を覆い隠すための頭巾は無く、純白のショートヘアを隠すことなく晒していた。


「初めまして、鈴木蓮花さん。そして、お久しぶりですね、次郎。私は魔法少女名、デウス。科学の神を信仰し、悪しき神を祓う者です」


 静謐。

 発する言葉一つ一つが、場を静寂していくような感覚すら覚える涼やかな声。

 ただ、そこに存在しているだけで雑音を排除するような、存在感。

 それこそが、魔法少女デウス。


「どうぞ、お見知りおきを」


 かつて、次郎と共に世界を救った、次郎の相棒だった。



●●●



「まぁ。私とお友達に、ですか? ええ、こちらこそよろしくお願いします、蓮花さん」

「やっはー! デウスさんとお友達だぁ!」


 デウスと蓮花の交流は、問題なく行われていた。

 元々、蓮花は鈴木家の血を引く存在なので、コミュ力は高い。加えて、デウスも外見らしからぬ大人びた対応で噛み合っている。

 ワイワイと騒ぎ立てるように語り掛ける蓮花と、静かに微笑むデウス。

 両者の属性は正反対かもしれないが、案外、凸凹な友達関係として、美味くやっていけるだろう。


「やれ、一安心だな」


 一方、次郎は二人の会話に口を出すことも無く、静かに出されたコーヒーを味わっていた。


 デウスの部屋は、何度か次郎も訪れているが、以前と変わらない相変わらずの殺風景である。家具は最低限で、ろくなインテリアも無い。まるで、安いビジネスホテルを連想させるような、質素な部屋模様だった。

 ただ、一つだけ目立つ物があるとすれば、それは『古ぼけたラジオ』だ。

 無骨で、無駄に大きく、地下深くにあるこの基地では、何の電波も拾うことのできない、ただのガラクタ。


「…………本当に、変わらないな」


 その古ぼけたラジオを、次郎はどこか懐かしげに眺めていた。

 思い返すのは、生臭い鉄の匂いと、焼けつくような痛みの記憶。けれど、ただ苦しいばかりではなかったはずだと、記憶は追憶する。

 死と隣り合わせで、けれど、確かに存在していた青春の記憶を。


「変わる必要などありませんでしたからね」

「…………独り言に返事するのが、お前の悪い癖だったな、そういえば」


 次郎が苦笑交じりに視線を向けると、デウスが静かな微笑を浮かべていた。

 隣に、蓮花の姿は見当たらない。


「蓮花さんは、これからトレーニングルームで一緒に訓練してみましょうか? と誘ったら、止める間もなく行ってしまわれましたよ」

「あいつ、トレーニングルームの場所知らないだろうが。馬鹿だなぁ」

「私もあんなに簡単に暗示にかかってしまうとは驚きでした」

「おいこら」


 次郎が非難の視線を向けるが、デウスは微笑を崩さない。


「申し訳ありません。久しぶりに、貴方と二人でお話したかったもので」

「…………ふん」


 デウスは紛れもなく絶世の美少女であり、まともな男性であるのならば、そのように声を掛けられただけで感激の極みに至るだろう。だが、次郎は逆にうんざりだと言わんばかりの表情作って、応えた。


「だったら、何時までもその気味の悪い猫を被っているなよ。今なら、妹の夢を壊すことも無いからな……元に戻って話せよ」

「そうですか、では――――変身解除」


 デウスが小さく呟いた途端、その姿が変貌した。

 アニメの変身シーンのように、光に包まれるようなことも無く、ただ、モザイクのように姿が歪み、霞み、瞬く間に別の姿へと変わっていたのだった。



「いよぉおおおおおお! マジで久しぶりだなぁ、相棒ぅ! なんだよ、最近は俺に会いに来てくれなくて寂しかったぜぇえええっ! アイムラビット! 寂しいと死んじゃう!」



 ぎゃはははは! と下品な笑いを上げるのは、先ほどまでデウスだった存在だ。そして、今は『串原くしはら 閻魔えんま』という青年だった。

 背丈は高いが、華奢で、纏う牧師の服装は襤褸切れのように擦り切れている。

 髪は虹色に輝く特殊塗料によって染められ、雑多に切り刻まれて。顔つきは美形であるが、軽薄さがにじみ出るような笑みが口元に張り付いていた。


「なーんてなぁ! 別にそこまで親しい仲じゃねーしなぁ、俺とお前!」

「そうだな。お前の喧しい語りを聞いてたら、うっかり殺したくなる程度の友情だ」

「俺も俺も! お前の不細工な面を見ていると、いっそのことぐちゃぐちゃにして、整形してやりたいほど大好きだぜ?」


 次郎と閻魔は、互いに貶し合うような言葉を吐き捨て会い、友情を確かめる。

 それは、日常的な温かいそれとは違い、粗野だが無駄に頑丈な、戦友としての絆だった。


「お前みたいな異常者が、よくもまぁ、高校生生活なんてやれているよなぁ。俺、未だに信じられないぜ! あ、ひょっとして女子高生を積極的にファックするためか?」

「ちげぇよ、馬鹿」

「手ごろな女居たら、俺にも紹介しろよ、この野郎!」

「だから、違うっつーか、童貞に何を言いやがる、この生臭神父!」


 そう、何を隠そう…………今、次郎と楽しそうに罵り合っている閻魔こそ、魔法少女デウスの正体だった。

魔法少女とは『機械仕掛けの神』から、必要な分だけ力を運用するための巫女であり、兵器だったのだが、その正体は鍛え抜かれた軍人たちである。少女など一人もいない。むしろ、女性など全体の一割にも満たしていない。


 元々は、年端もいかない純潔の少女が、信託を受けて魔法少女となっていたのだが……その内、『あんな小さな女の子を戦場に送り出してたまるか!』という常識的な判断により、年齢制限、性別制限を解除。変身後は少女の姿になってしまうものの、本物の少女が戦場に出ることは無くなったのであった。


 戦闘系魔法少女はなぜ、鋼メンタルなのか?

 それは、厳しい訓練を受けた軍人だからだ。

 魔法少女なのになぜ、物騒な兵器の扱いに長けているのか?

 もちろん、訓練を受けた軍人だからだ。

 魔法場所なのに、なぜ、恐ろしい邪神たちに立ち向かって行けるのか?

 恐怖を扱う訓練を受けた、軍人だからだ!


 そして、串原閻魔もまた、神父のような恰好はしているが、軍人である。華奢な外見だが、服の下は無駄な脂肪など一切無い細マッチョである。


「んだよ、なさけねぇ! 男なんてな、女をファックして初めて一人前だぜ? 面が不細工? 関係ないね、そんなの! カクテルに目薬を混ぜろ! 酔っていれば合法だ! ついでに、喘ぎ声でも出させりゃ、裁判にも勝てる!」

「最低のクソ野郎という言葉が似合う奴だよ、お前は」

「はっ!? ひょっとしておい、魔法少女姿の俺に欲情してたりしたのか!? この童貞! ピーチボォオオオイ! 残念ながら、間接ホモはちょっとなぁ!」

「…………」


 無言で魔力を右腕に集中させる次郎。

 なお、次郎の右手は中学生の頃に比べて、変化していなくとも、あの時以上の力を振るうことが出来るようになっていた模様。


「はい、タイムぅ! ちょ、おま! マジになるなって! ほんと、めんご! めーんご! 後でこっそり年齢制限の無い風俗連れて行ってやるから!」

「マジで?」


 もっとも、中学生の頃に比べて、性欲に正直になったので凶暴性は落ち着いているようだ。


「マジマジ。もう、俺とお前の仲だろ? とっとおきに連れて行ってやんぜ」

「前にそう言われて連れて行かれたら、ニューハーフの巣窟だったんだが、今度はそういうこと無いよな? 絶対、可愛い女の子だらけだよな?」

「信じろって、今度こそ俺を信じろって! 産めよ増やせよ、ファックせよ! と主も言っているんだしさぁ」


 敬虔な信者に撲殺されても仕方ない言動の閻魔だった。


「わかった。今度こそお前を信じよう…………騙したら、お前の正体を妹にばらすからな」

「はぁーん? 別にいいけど、それでダメージ受けるの、アンタら兄妹だけじゃね?」


 げらげらと軽薄に笑う、閻魔。

 こんな下品極まりない軽薄な男がデウスだとしれば、確かに、蓮花の幻想は粉々に打ち砕けるだろう。


「はっはっは…………言っておくが、うちの妹の八つ当たりは恐ろしいぞ?」

「…………どれくらい?」

「邪神を殺せる」


 ちなみに、その場合、次郎と閻魔も粉々に砕けてしまうだろうが。


「オウケィ、ブラザー! 科学の神に誓おうじゃないか!」

「言っておくけど、ガチだからな? 冗談じゃないからな?」

「そこは冗談の方がよかったなぁ!」


 魔法少女の秘密は知られてはならない。

 それは大抵、知られてしまったのなら。ろくでもないことになってしまうことが大抵なのだから。加えて、秘密を知ってしまった方も後悔しか残らないだろう。


 一時期は『やったぜ、俺の青春は魔法少女ハーレムだ!』と喜んでいた次郎のように。


「というか、素の状態でこんな奴が、変身したらどうしてああなるんだか」

「そりゃお前、ロールプレイでもしなきゃ…………やってられない時ってあるじゃん?」

「ああ、なるほど」


 つまるところ、次郎はどこまでも美少女とフラグなんて立たないのだった。



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