第1話 何をするにも、所詮顔
モテない主人公がいてもいい。ただ、それだけのお話です。
「セックスがしたいんですわ」
開口一番にこれだった。
男女が二人。
しかも年頃の思春期の二人が、一つの部屋に集まってだらだらと時間を過ごしていた時に、男子の側から呟かれた言葉である。具体的には、漫画を読んだり、ゲームをやっている片手間の会話だと、想像して欲しい。
普通、このような状況でこの発言であるならば、二人の関係は恋人同士と勘ぐるのであろうが、残念なことに違っていた。
「風俗に行ったらどうでしょう?」
仮に恋人同士であるのなら、このように痛烈な言葉を返してこないだろう。会話のキャッチボールをしていたら、いきなり必殺魔球を投げられたような物だった。
「いや、風俗はダメだった」
普通の男子なら、この時点で心が折れるかもしれないが、付き合いが長いのだろう。女子の痛烈な一撃も軽く流し、男子は静かに首を横に振った。
「知っているか、花子。この国には法律というのがあるんだ。そして、法律上、未成年の俺はそういう施設を利用できない」
「んじゃ、異世界にでも出向けばいかが?」
傍から見れば、花子、と呼ばれた女子の発言は辛辣極まりない。
事情を知らぬ者から見れば、控えめに言っても『お前は不快だから別世界に消えろ』と捉えられても仕方ない。
「や、そんな個人的な理由で世界間を渡るべきでは無いのだ」
「相変わらず、真面目なのですね、次郎」
花子は可憐に微笑んで、男子の名前を呼ぶ。
名前のポピュラーさに反して、二人の会話内容は奇抜である。これではまるで、次郎が望めば、別世界に移動できるような発言だ。
いや…………実のところ、本当のそうなのだ。
「はぁ……そうなのだ、真面目なのだ。だがしかし、童貞の一つぐらいは捨てておきたい」
この、重くため息を吐いている男子の名前は、鈴木 次郎。
ありふれた名前であるが、母親に異世界の魔王を。父親に異世界の勇者を。祖母に外世界の邪神を。祖父に天津神を持つ、超血統の男子高校生なのであった。
「世界を三回ぐらい救ったのに、今だ童貞なのは貴方ぐらいでしょうね、次郎」
「童貞なのは置いておくとしても、彼女の一つも出来なのはなぜだろう?」
「それはですね、次郎。貴方の顔が、なんか女子の興味を引かない感じの不細工だからです」
「所詮この世は顔か。くそ、世界を滅ぼしたい」
ただし、童貞で、不器量で、モテない。
●●●
鈴木次郎は世界を救った英雄である。
一つ、異世界からの侵略軍をたった一人で殺し尽し。
二つ、外世界からやってくる邪神たちの眷属を殺し尽し。
三つ、かつて眠りに付いたはずの国津神たちの反乱を平定し。
齢十七にして、過去に三度、滅亡の危機を回避している。
その間に、様々な事柄があった。命がけの戦場で友情を育んだ。語りつくせぬ悲劇も、奇跡も、体験した。
その間、数多くの美少女たちとの出会いも体験した。彼女たちのために、一つの国を敵に回して、戦い抜いたこともある。
だが、そんな偉大な経歴の持ち主であったとしても、次郎は年齢イコール彼女いない歴だ。全ては、顔の悪さと、間の悪さのために。
「そうですね。問題を解決するために、整形したらいかがでしょう?」
「幼馴染に整形を勧める、この残酷さよ」
「失礼ですね、次郎。貴方のことを思って、私は言っているのですよ」
可憐な笑みで毒を吐くのは、佐藤 花子。
銀のショートヘアに、金色の瞳。人形のような容姿を持つ、絶世の美少女であり、次郎の幼馴染である。
「次郎、貴方はセックスしたいのでしょう?」
「そうっすわ」
「女であれば、誰でもいいのでしょう?」
「それは違う」
「でも、違法は嫌だと。金を渡せば股を開くようなビッチはお断りだと」
「前者は肯定するけど、後者は援助交際とかじゃなければいいんじゃないかなー」
相変わらずこの幼馴染は、口が悪い。口を開く度、傷つけなければ気が済まないほどの、舌禍の鋭さだと次郎はうんざりとした。
「ならば、整形でしょう。とりあえず、顔さえ良くて、後は適当に繕っていれば馬鹿な女が引っかかります。そこで童貞を捨てなさいな」
「うん、俺の言い方が悪かったな、花子。俺はだな、そういう性欲オンリーではなくて、もっとこう、恋愛のあれこれも楽しみたいのだ」
「無理です」
「即答かー」
そうかぁ、と次郎は顔を右手で覆って天井を仰いだ。
鈴木次郎は英雄であるが、不器量である。
眉毛は妙に濃くて太く、顔一つ一つのパーツは妙に、野暮ったい。全てが微妙にずれたような感じであり、よく言っても中の下程度の顔面レベルだ。『どこにでもいる男子高校生だ』なんて呼称する、実はイケメンとは違い、リアル男子高校生だ。それも、モテない方の。
「花子さ」
「なんでしょう、次郎」
「人間、外見だけが全てじゃないと思うのだが?」
「次郎……よく聞きなさい」
ふぅ、と浅くため息を吐くと、花子は静かに告げた。
「外見が全てじゃなくとも、恋愛の場合は九割九分程度外見ですよ」
さっくりと、全世界のモテない存在に対して毒を吐く。
「例えば、ツンデレ。外見が美少女でなく、不細工ならどうでしょう?」
「…………うん、うざいな。ちょっとイジメが始まっちゃうレベルで、うざいな」
「あるいは、クーデレ。これはただの不愛想な不細工になります」
「なぁ、やめよう。もう、ここらへんでやめよう」
「そして、ヤンデレ。美少女じゃなくて、不細工なら普通に通報されると思いませんか? 最悪、朝のニュースに乗るような感じになりませんか?」
「不毛すぎる。なんて、不毛すぎる会話だ……」
項垂れる次郎へ、花子は止めを刺すように言った。
「まぁ、かくいう私も外見が整って無ければただの口の悪い女子高生です」
「自分で美少女って言ったぞ、こいつ」
「必要以上に自分を卑下する趣味はないので」
花子は美少女であり、己の口が悪いことに自覚を持っている。
そして、それでいいとも思っているのだ。どちらかが欠けても、佐藤花子というパーソナリティは成り立たない。だから、己がそれを肯定しなければ、誰が自分を認めてやれるんだろう? と薄い胸を張って生きているのだ。
「顔さえ整えば、後はスペックが高いのですから、馬鹿な女ぐらい釣れるでしょう。貴方は」
「…………そりゃ、多少なりとも、他人よりは恵まれた生まれだけど」
「多少?」
にっこり、と花子は笑顔で怒りを表す。
「運動神経抜群どころか、素手でコンクリート製の壁を破砕できる貴方が。頭脳明晰どころか、探偵小説に出てくる理不尽な推理能力を持っている貴方が。大抵のことであれば、一度見聞きすれば後は勝手に上達する万能の才能を持つ貴方が……多少?」
「我ながら、俺。生まれからしてスペックがバク起こしているからな」
次郎は顔以外のスペックは高い。
高すぎで、周りがドン引きするレベルだ。尊敬どころか、畏怖を集めているあたり、愛嬌が見つけられず、敬遠される要素となってしまうのだが。それでも、コミュ能力はしっかりあるので、孤立せず、友達は割とたくさんいる。ぼっちではない。
「私なんて虚弱体質な上に、毎回、テストは赤点。泣きながら追試ですよ?」
「前者はともかく、後者は授業中に同人誌のネームをやってるから……」
「あの時は締切がやばかったんですよ」
次郎と相反するように、顔以外のスペックが総じて低い花子だった。
必要以上に自虐はしない花子なので、これは正当な評価だ。どうにも、花子は何をやっても上手くいかない、そんな性質を持って生まれてきたような存在だったのである。ちなみに、友達も少ない。
だからこそ、花子は俯いて、小さく呟いた。
「しかし、時々思うのですよ、次郎。顔だけはある私と、顔以外のほとんどが恵まれている貴方。どちらが幸せなのだろう、と」
「うん? そりゃ、お前だろうさ」
その呟きを拾った次郎は、『何を言ってやがる』と軽くキレ気味に答える。
「だって、お前恋人いるだろ。中学の頃からの彼氏で、超ラブラブの」
「卒業したら正式に籍を入れるつもりですよ、ええ」
そう、佐藤花子には恋人がいる。
最初に断言しておくが、鈴木次郎ではない。
「合法ショタの大学生を捕まえるとか……業が深いよな、この幼馴染」
「女であれば誰でもいいという貴方と違いますから」
「失礼過ぎる」
なんだかんだ口喧嘩しながら、それなりの友情を育んでいる二人ではあるのだが、恋人には発展しなかったのだ。というより、二回ほど次郎が告白して、その度に心を折るような言葉で振られている。美少女の幼馴染が居たとしても、必ずしも自分を好きになってくれるわけでは無い。そんな当たり前の現実を、幼い頃から次郎は突きつけられてきたのだ。
「まぁ、それはそうと……なら、そろそろいい加減俺の部屋に入り浸るのもやめるべきだな」
「えー。小遣いで賄えないゲームや漫画……その他いろいろを提供してくれる、とても便利な場所なのですが」
「彼氏にねだれ」
「そんな厚かましい女じゃありません」
「受けるぜ、そのギャグ。最高だ、死ね」
初恋に敗れた上、その初恋の人と友情を今まで続けて。加えて、彼氏が出来た今でも、こうやって色々世話をする次郎の器は小さくない。だが、さすがにもうクラスメイトから『お前らもう結婚しちゃえよー』と茶化された時、『いや、こいつ彼氏いるから、マジで』と真顔で応えるのは嫌だったのだ。心の古傷も痛むし、クラスメイトが気まずそうに謝る姿はもう見たくないのであった。
「彼氏さんに悪いと思うのなら、大人になれよ、佐藤花子。俺たちはもうすぐ、高校を卒業して、社会人になって……モラトリアムも終わるんだ」
「次郎…………」
「というかお前の彼氏さんが会うたびに『本当は僕とじゃなくて、君と付き合うべきだったのかもしれません』とか不安を打ち明けてくるのが、凄く面倒だから。その、察せ」
「あわわわわ……み、美島さんにちゃんと弁解しないと……この不細工に一ミリもそういう感情は抱いてません。生まれてから一度も、って!」
「親切に忠告してやった幼馴染に対する言動がこれだよ」
ちなみに美島さんとは、花子の彼氏の名前だ。
合法ショタが外見にコンプレックスを持つ彼であるが、次郎が認めるほどに男気の溢れた人物である。花子に引っかからなければ、もうちょっとマシな女性と付き合うことが出来ただろう。もっとも、本人からすれば『愛ゆえに仕方なし』とでも真っ直ぐに答えるのであろうが。
「しかし、随分と話が脱線したな。元々どうでもいい話だから、別にいいが」
「そうですね。それよりも私と一緒に美島さんへの弁解ロールを考えてください」
「断る。生憎、俺はこれから忙しい」
幼馴染をあっさりと見捨てて、次郎は呼んでいた漫画本を閉じた。
そして、立ち上がると、ハンガーに掛けられたコートを颯爽と着込む。
「休憩時間はここまでだ。俺はこれから、未来から投入された殺人ロボットから、とある女子中学生を守らなければならない」
「相変わらずの非日常ですね。ちなみに、その中学生は美少女?」
「おう…………そして、彼氏持ちだ…………」
「……………………始めから下心とか持たなければダメージを受けませんのに」
「無理なことを言うな」
美少女と会えば、多少なりとも下心を持つのが男子高校生の本能だ。それは、次郎と言えど変わりない。美少女だから助けるというわけでもなく、不細工でも渋々助ける次郎だが、やはり見栄えが良い方がやる気が出る。ただし、大抵彼氏持ち。彼氏持ちじゃなくても、告白したら普通に振られる宿命なのだが。
「んじゃ、行ってくる。返ってくる前に、部屋から出て行けよ?」
「わかりました。ただ、漫画やゲームの貸し出しの許可は欲しいです」
「…………ちっ。それくらいはいいか」
だらだらと日常を引きずりながら、今日も次郎は非日常へと挑む。
鼻歌交じりに悪党を殺し、美少女に振られる世知辛い非日常へと。