8.父の遺品 part2
突如、ジークは後頭部を殴打された様な、鈍い痛みを感じた。意識が薄れ、また二十年前の世界へ行くのかと思ったが、どうやら違うみたいだった。
「うぅ……」
「おや、気付きましたか?」
こちらの顔を覗き込み、無事である事を知った見知らぬ少年は、ニッコリと微笑んだ。
「あ……」
額に手を当てると、濡れたタオルが床にボトッ、と音を立てて落ちた。腕や足にも包帯を巻かれている。この少年は、見知らぬ自分を助けてくれた上に、看病までしてくれた様だ。
「……助けてくれてありがとう。俺はジーク」
「私はルークです。……あ、今は動かない方が良いかと思いますよ」
ルークと名乗った少年は、血の様な赤い髪という見た目と違って、敬語を使っている。
「貴方の身体はとても酷い重傷だったので……私の家に運んで来ました」
「……あ~、俺は何をしていたんだ?……全く思い出せないんだけど、確か、エルリアと広場に行って……あれ?駄目だ!」
それから一体何をしてこうなったのかが、全然思い出せない。装備が変わっている所からすると、兵士達で集会でもあったのだろう。
「なあ、ルーク。何があったか知ってるか?」
気になって思わず、出来事を問う。
「新兵への装備の配布ですよ。貴方は配布時間に間に合わず、別な特殊装備を与えられました。が……それは、ジーク君のお父さんの使っていた装備でした……」
「父さんの……装備?」
突然、脳裏にあの時の記憶がフラッシュバックされた。衝撃の事実を知った自分は、意識が混乱して……そこから先は覚えていない。
「ふぅん……で、その先は?」
「ジーク君の仲間が、私とジーク君に襲いかかって来ました。」
まさか……エルリアはそんな事はしない筈。だって、恨まれる様な事はしてもないし、いつだって親友だと思っていた。それなのに何故……
「そういえば、犬の少年も一緒でした」
仲間に裏切られてしまった?……じゃあ、今までの友情や絆はどこに行ったんだ?
「私が所属している“聖竜騎士団”に入りませんか?我々には、ジーク君の様な、勇敢な人材が必要なのです」
「……“聖竜騎士団”?」
どこかで聞いた覚えのある名前だ。何の組織だっただろうか?
「はい。この騎士団では、対悪魔戦の為に設立された特殊隠密組織です。略称は、“dragon knight”となっていますが……」
『ヴァオオオオオォォッ!!!』
すると、突如大きな揺れと共に、耳が裂けそうな低い咆哮が街中に響き渡った。住民の悲鳴や叫びが壁越しからでも聞こえてきた。
「何だ!?」
「あれは、大型肉食獣グラモス!かなり獰猛なけものだそうです!」
ズシン、ズシン、と地面に伝わる足音は、自らの強さを強調するかの様に重々しい。
一足先に、窓から様子を伺っていたルークの隣で、ジークは息を呑んだ。
熊にとても良く似た姿、黒い体毛に点々と浮かぶ紫の斑点。瞳は赤黒く血走っており、鋭く尖った牙がむき出しになっている。
「早く助けないと!!」
「……待って下さい!」
住民を助けようと急いで窓から飛び降りる時、ルークに腕を掴まれた。
「こんな昼間に戦闘を始めたら、辺り一帯の住民や建物に相当な被害が出ますよ!?」
「でも、このままじゃ……宮殿に行っちまうだろ!?」
この先は、王や召使いが暮らしているオルレニア宮殿がある。仮にもし、こんな巨大な獣が暴走でもしたら、短い時間の間に宮殿は大惨事になるだろう。
「はぁ、仕方が無いですね……私も援護しますよ?病み上がりなんですから」
「どうにでもしろ!行くぞっ!!」
ソファに立て掛けてあったドラゴソードを手に取り、二階のベランダから飛び降りる。
ルークは主に狙撃サポートをし、自分に危機が迫ったら近接戦闘に加入するという作戦が提案された。だが、だからと言って、病み上がり、を連呼されるのは余り気持ちが良くない。
「きゃあぁ~っ!!?」
「ママ~!!!」
グラモスに向かう途中、逃げ遅れた母親と子供が捕まってしまった。両手に二人もいては、万が一、致命傷を負わせ兼ねない。
もし、攻撃を両手でガードしたら……
(いや、考えるな!どうにかしてみせる!)
ふと気が緩んだ内に、グラモスに長い尾で払い飛ばされた。尾は、丁度脇腹に直撃してしまった。
「がはっ……!!?」
民家の壁にしたたかに背中を叩き付けられ、一瞬息が詰まる。そのまま地面へ転がると、目の前に落ちているドラゴソードへ手を伸ばした。
「ジーク君!!動かないで下さい!!」
すぐ近くまで迫っていたたグラモスの腕が、二発の閃光弾に打ち抜かれた。激痛により握っていた手が、パッ、と開かれ、親子は解放された。
「ありがとうございます!この恩は一生忘れません!」
母親がお辞儀をして、慌てて子供と一緒にグラモスの体の隙間から駆け抜けて行った。
「大丈夫ですか!?」
白銀の剣を持ちながら、ルークが手を差し伸べた。
「いいよ。一人で立てる」
その手を押し返し、ドラゴソードの柄を力強く握り締める。今日は宮殿で“新兵会議”が行われている筈だ。それにはエルリアやユリウス、他の種族代表が参加者として収集されていた。例え裏切られていたとしても、親友を見捨てる訳にはいけない。その思いが、自分を奮い立たせてくれた。
「さあ来い!!」
『ヴオオオオォォッ!!』
グラモスが怒涛の咆哮を上げた。
*
まだジークは来ないのだろうか?宮殿に居ないし、家にも居ない。もうすぐ会議が始まるのに……
(だ、大丈夫だよ……ジークの事だから、間に合うと思う)
(それなら良いんだけど、もしさ……)
「おい、そこ!うるさいぞ!」
会議についての説明をしていた教官に、途中で睨まれた。すみません、と一言だけ言う。
「それでは、各代表の意見を述べてもらう!え~……まずは、犬族から!」
「は、はい」
ユリウスの垂れ耳が、ピクン、と反応した。そして、重い椅子からゆっくり立ち上がった。
「この計画については賛成です。が、“DB特殊捜索隊”に、いくつか質問がありますが宜しいでしょうか?」
険しい表情をして教官が頷いた。OKのサインだ。
「まず、一つ目、兵力の減少についての事です。特殊捜索隊が抜けた穴はどうするのですか?」
「……一般の住民から何人か援助兵を雇います」
答えたのは、猫族の副隊長ニシャ。怪しく輝く眼鏡を、クイッ、と押し上げた。知力総合順位が、ユリウスに次いで二位だったそうだが、やはり相当な実力者である。
そして、暫く二人の間で質疑応答が繰り返された。
「……では、特殊捜索隊の編成はどのような人材、方法、技術で決められるのです?人員も極力削減した方が宜しいと思うのですか……何故?」
もし、誰も答えられない事態になったら、計画考案権はニシャからユリウスに移る事になる。私とユリウスは、これを狙って会議に参加したのだ。
「う、む……それは…………まだ……」
やはり、ユリウスの読み通り、現段階では決められずにいた。私は、ユリウスとアイコンタクトで喜びの声を伝え合った。
「“相手の性格を知り、自身に役立てる”か。ありがとう。ジーク」
まだ悪魔達が侵略していない頃、とっておきの秘策を教えてくれたのが、何故か少し大人っぽかったジークだった。いや、似ていただけかもしれない。
「猫族·ニシャ、犬族·ユリウスに全ての権限を約束するか?」
「……はい、命に懸けて誓います」
ギリッ、とニシャが悔しそうな歯ぎしりの音を上げた。遂に、ユリウスに計画考案権が移されたのだった。