7.父の遺品
朝、目が覚めると、キッチンから香ばしい肉を焼いている匂いがした。おそらく、大好きな希少草食獣ソルビの肉だろう。
(…ルカは先に行ったのか?)
家具の配置は、元の家と殆ど同じ。ルカとは一緒の部屋で暮らしている。ベッドも隣合わせだ。
「…おはよう。母さん、ルカ」
「おはよ~!兄ちゃん!」
「ふふふ、昨日はゆっくり眠れた?」
アリアは、ソルビのステーキが乗ったフライパンを傾けて、白い皿のサラダの上に盛り付けた。ステーキから溢れ出る黄金色の肉汁に、思わず涎が垂れる程美しい。
「うはぁ~!本当にコレ食べても良いのかよ!?」
「勿論、食べてもらう為に作ったんですもの」
「いいなぁ~兄ちゃんばっかり……僕も食べたいよぉ…」
向かいに座っているルカも、涎を垂らしながら、瞳をキラキラ輝かせていた。だが、1枚しか無い貴重な肉を2等分にするのは、かなり厳しい。
「……しょうがねぇな。ほら、半分やるよ」
「ほ、本当!?ありがとう兄ちゃん!」
ナイフとフォークでステーキを半分に切り分け、ルカの皿に置いた。更に、残りの分を半分にし、アリアの皿に置く。
「…え!?私はいいのよ!貴方の食べる分が無くなってしまうわ!」
気付いたアリアは、慌ててステーキを戻そうとしたが、飛ばしたナイフによって阻止された。
「だって、全員で食べた方がメッチャ美味しいだろ?」
「ジーク……」
そう言いつつ、握り拳位のソルビステーキを口一杯に頬張る。噛み締める度に、口の中に広がる肉汁。弾力のある柔らかい食感。この料理を食べたのは1年振りだろうか。
「うっめぇ~!!」
「美味しい~!!」
「流石はS3ランクね!!」
S3。Sとは草食獣の略称であり、3は美味レベルを表している。レベルは5まである。
「将来はS5のリーフリザードを買えるそうよ」
「あの最高ランクのリーフリザードが!?」
「やった~!!」
すると、古い柱時計の針が午前6時を指した。ボーン、と街の鐘が鳴り、住民達の賑やかな声が聞こえてきた。
暫くすると、
「ジーク!!遊びましょ~!!」
元気なエルリアの呼び声が家の内部まで聞こえた。
「じゃあ、行ってくる!!」
「気をつけて行ってらっしゃい!」
家族に見送られ、扉を勢い良く開けた。新鮮な空気が、鼻や口から身体中に巡る。
「おっはよ~っ!」
突如、エルリアが飛び付いて来た。予想外のアクシデントにより、いつもなら避けていた奇行だったのだが、避けきれなかった。
「な、何だよその格好!?」
透き通る様な青い鎧に身を包んだエルリア。背中には、いつも通り弓と矢立てが装備されている。
「さっき、広場で種族毎に新しい鎧の配布をしてたわよ。私は鳥族の中で一番来るのが早かったの!」
「え?そんな話聞いて無かった様な…やべぇ!!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!!」
大急ぎで人混みの中を駆け抜け、広場へと向かう。確か、午前7時までだった筈。
(間に合ってくれ!!)
家屋が密集しているせいか、道が入り組んでいて迷いそうだ。幸いな事に、広場は都市の中央に位置していた。しかも、天井の岩に大きな国旗があるので分かり易い。
「ハァ…ハァ…竜族の…鎧を、貰いに来ました…!」
片付けを始めていた配布所の男性は、ビクリと驚いた。そして、何だか申し訳なさそうにオドオドしている。
「…申し訳ありません。ついさっき来た方で、鎧が全て無くなってしまいました…」
…鎧が、無い。
兵士にとって一番大切な防具が、無い。思わず、脳内が真っ白になり、卒倒しかけた。
「え、じゃあ、俺は…?…布切れで戦場に行けと!?」
両手で男性の服の襟元を掴み、左右に振り回した。もはや、恥ずかしくて戦場に行きたくても行けない。論外ゾーンまで来てしまったのだった。
「い、いや、そうでは無く、別の予備ならあります!」
「何!?早くそれをくれ!!」
怪しい黒い袋に入れられた中身を恐る恐る見る。中に入っていたのは、布で作られた極普通の上下服と鎖帷子、ブーツと手袋だ。変わった所は、主に肩の部分に金の防具があり、胸元と背中に竜族の紋章が刻まれているだけだった。
「ざけんなよ!!…こんなの着たら、即死じゃんか!!」
一応着てみたが、やはりただの変わった服で、着心地が良い。
「その服には、ドラニウムが沢山練り混まれていて、強度と動き易いのが特徴です!」
すると男性は、テーブル並べられていた様々な剣の中から、一番鋭利な物を選び、身構えた。兵士の構えだ。
「では、お試しをあれ……!!」
「はぁ!!?ちょっ、待てよ…そんな事したら死ぬって!!」
鞘から鉄製の剣を抜き、力強く振り落とされた。
……あぁ、俺の人生短かったな……
背中に嫌な寒気を感じ、更に歩みを速める。もうジークは先に広場に着いてる頃だろう。
「…ジーク!?」
配布所の前に、変わった服を着たジークが横たわっていた。隣には、剣を持った男性が呆然と立っている。
「貴方!!ジークに何をしたの!?場合によっては…」
男性の胸元を掴み、遠くに投げ飛ばそうとした時、ジークが何事も無かったかの様に立ち上がった。
「あれ?痛くねぇ…!?」
「これはですね…かつて、グランと言う勇敢な竜族兵士が身に着けていた装備です。貴方にとても良く似た兵士でしたよ」
間違ない。この服はジークの父親が着ていた物だった。微かに左腕の腕章が、後ろにある写真とそっくりに見える。
「嘘……だろ……?」
その場に崩れ落ちるジーク。瞳の焦点があちこちに移動し、気が動転しているのが、
周りから見てもはっきりと分かった。
「父さんが………死ん……だ……?」
「ジーク!!しっかりして!!」
「ハハ……トウサンガ………イナイ……」
「ジーク!!!」
何度も何度も呼び掛けたが、かなり混乱したジークの意識が戻る事は無かった。
「彼こそ、20年に1度の逸材だ……クフフフ……」
その一部始終を時計塔見ていた謎の人物は、世にも不気味な笑みを浮かべていた。